第6話
俺は第2層の石造りの階段を降り、第3層へ足を踏み入れた。
空気はさらに冷たくなり、湿気が肌にまとわりつく。 松明は相変わらず等間隔で壁にかかっているが、広間には光が不足していた。
第3層は通路の先に広大な広間が一つ存在するだけのシンプルな構造だった。 広間の隅には淡く光る泉。
そしてその泉のすぐ横に、ぽつんと置かれた木製の宝箱がある。
宝箱は何の装飾もない簡素なものだった。 黒く煤けた古い木材で組まれ、正面に金具の錠が取り付けられている。
(宝箱……罠があるかもしれない)
LUC 1の俺が何の警戒もせずに宝箱を開けるのは愚行だ。
俺は広間の床に転がっていた両手サイズの石を拾い上げ、宝箱目掛けて投げつけた。
ドスン!
石は宝箱に激突し、木材の表面をわずかに削ったが、金属音や爆発音はない。
錠前も開かない。
俺は錆びた剣で宝箱の側面と上蓋を突いてみたが、こちらも特別な仕掛けは発動しない。
意を決して宝箱の前に跪いた。
(罠は発動しなかった。このまま開けるしかない)
緊張で唾を飲み込む。俺は錠を外し、一気に蓋を持ち上げた。
カチッ、ギー……。
古い蝶番が軋む音と共に宝箱の蓋が開く。 中には埃をかぶった薄手の羊皮紙を綴じた一冊が丁寧に置かれていた。
俺はそれを取り上げすぐに『検索』を発動した。
【解析情報 解析結果:序級生活魔法の書。日常生活に必要な三つの基礎魔法を習得できる。】
(魔法!チートではないが生活魔法……悪くない!)
俺はすぐさま羊皮紙を開き、そこに記された三つの魔法を脳内に読み込んだ。
【スキルを獲得しました】
【スキルリストに『序級生活魔法(N)』が追加されました】
俺は泉のそばに腰を下ろし、早速『序級生活魔法』に含まれる能力を確認した。
「検索!」
俺は獲得したばかりの『序級生活魔法』の項目に『検索』を発動した。
【解析情報 解析結果:スキル『序級生活魔法(N)』Lv.1:三つの魔法を使用可能。使用時MPを2消費。 能力:トーチ(ライター程度の火) ウォータ(コップ一杯程度の水) リペア(衣類の修繕や刃物を軽く研ぐなどちょっとした修繕)】
(『検索』と同じNランク。だが、こっちはMPを消費するのか!)
MP 55/55。
俺は緊張しながら最初の魔法を使った。
「ウォータ!」
手のひらを広げると光の粒が集まり、コップ一杯程度の透き通った水が生成された。
俺はそれを飲み干す。喉の渇きが一気に癒える。
次に激しい戦闘と酸でところどころ破けた衣類に手をかざした。
「リペア」
淡い光が衣類を包み、穴がわずかに塞がり生地の損傷が修繕されていく。 辛うじて着られる状態に戻った。
そして手にした錆びた剣。
「リペア」
剣の刃に光を当てると、刃先の小さな欠けや表面の酷い錆がわずかに落ち、鈍い銀色の刃に少しだけ鋭さが戻った。
(これは使える!特に剣の修繕は助かる)
喉も潤し身なりも整えた俺は、第4層へ続く階段を探した。
階段は広間の奥泉の対角にひっそりと開いていた。俺は慎重にそこを降りる。
第4層に足を踏み入れた瞬間、通路の照明が一段と暗くなり、鉄臭い匂いと獣臭い匂いが混ざり合った空気が鼻腔を衝いた。
通路の角を曲がった先、広めの空間に異形の魔物が立っていた。
体高は二メートルを越え、灰緑色の皮膚を露わにし、腰に汚れた腰布を纏っている。 鋭利な牙を剥き出しにした巨大なブタの頭部と、筋骨隆々とした人間の胴体。
奴は巨大な両手斧を肩に担いでいた。
俺はすぐに『検索』を発動した。
【解析情報 解析結果:オーク。 耐久力が非常に高い。知能は低いが残忍。集団行動を好む個体もいる。 弱点:俊敏性が低く、攻撃後の隙が大きい。】
(耐久力が高い上に集団で来ることもあるのか)
目の前のオークはこちらに気づき低い咆哮を上げた。
「グルァアア!」
オークは巨体を揺らし、巨大な両手斧を振り上げ俺目掛けて突進してきた。 その速度はスケルトンやゴブリンに比べると明確に遅い。
俺はSTR 32で強化された足でオークの突進を難なく回避した。
「リペア」で修繕した錆びた剣を、オークの側面目掛けて振り抜く。
グン!
剣先はオークの分厚い皮膚を浅く切り裂いたが、抵抗が強く手応えは鈍かった。
(やはり一撃では無理か)
オークは攻撃を外した反動で一瞬体勢を崩した。 俺はその俊敏さでその隙を逃さず後退する。
ヒット&アウェイ。俺は持久戦を強いられた。
俺は『独り言』で集中力を維持し、オークの遅い攻撃を避け続け、その背後や皮膚の比較的柔らかい部分に何度も剣を打ち込んだ。
一撃一撃は浅い傷にしかならないが、STR 32の力は確実にオークの耐久力を削っていく。
激しい戦闘の末、オークは巨体を揺らし、ついに光の粒子となって砕け散った。
【経験値:200を獲得しました】
オークの消滅跡には、葉で包まれた肉の塊が残っていた。
(肉だ!)
俺はすぐさま肉に『検索』を発動する。
【解析情報 解析結果:オーク肉。食用可能。高タンパク、高カロリー。加熱推奨。】
(食用可能!)
俺はオーク肉を掴むと全力で第3層へ引き返した。
第3層の広間に戻ると泉の横に崩れ落ちた。
「ウォータ!」
生成した水を一口飲む。
俺は第2層へと駆け上がり、ゴブリンを狩った通路の隅々からこん棒や折れた石斧を数本かき集めた。 これらは十分な燃料になる。
俺は泉のそばにこん棒を組み、小さな空間を作った。
「トーチ!」
指先にライター程度の小さな炎を生成する。この炎をこん棒に当て火を移す。
パチパチ……
炎が立ち上る。俺は錆びた剣の先端にオーク肉を突き刺し、焚き火にかざした。
ジュウウウウウ……
煙が立ち昇り、肉の焼ける香ばしい匂いが広間に充満する。
肉の表面が熱で白くなり、脂が溶け始めた。俺は肉の塊を炙り焼きにしていく。
肉の表面が黒く焦げ始めたところで、俺はそれを剣から引きちぎった。
熱い。強烈な熱さが舌と喉を襲うが、構わずがつがつと貪り食った。
柔らかい肉の塊が、舌の上でとろける。 塩気も何もないが、濃厚な獣肉の旨味と、炭火で炙られた香ばしさが口いっぱいに広がり、全身にエネルギーが満ちる強烈な満足感を与えた。
俺は残りの肉も全て食い尽くした。
強烈な満腹感と共に、脳内に警報が鳴り響くかのように強い睡魔が襲ってきた。
俺は火のそばに座り込んだまま、抗うことなく目を閉じる。
(危険だ、無警戒すぎる……いつ襲われるか分からない……)
朝日が差し込むこともない暗いダンジョンの中、俺は無防備に深い眠りについた。
数時間後、俺はハッと目を覚ました。周囲の暗闇に変化はない。
全身が汗冷えしている。焚き火は熾火となって、わずかに赤く光っているだけだった。
俺は跳ね起き、周囲を警戒した。魔物の気配はない。
(馬鹿なことをした!こんな場所で眠り込むなんて。もしかしたら、一瞬で寝首を掻かれてもおかしくなかった!)
体内で激しい後悔と冷たい恐怖が混ざり合う。
空腹が満たされ激しい疲労が取れた身体は全快していた。
俺は立ち上がり、剣を握り直した。
気持ちを切り替え、第4層へ探索へ向かうのだった。
オークの経験値を調整しました。
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