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エピローグ 灰白に灯る朱《あか》【メリー視点】

 重く感じるまぶたを閉じたまま、ごろりと寝返りをうつ。暗闇の向こうに薄く感じる明るさが、もう夜ではないことを告げている。そろそろ起きなくてはと考え始めると、意識も緩やかに覚醒していった。


 思考が少し回り始めてから、ようやくメリーは体を起こした。時計を見ると、朝と言うには遅く昼と言うには早い微妙な時間を指している。その割に部屋が暗いのは、外で雨が降っているからだ。この時期のサントルーサは雨季に入っており、晴れている日の方が少ないのだとか。


 窓から視線を戻し、ぼんやりと部屋の中を眺めていると、隅にある小さな机の上に置かれた本に目が留まる。


 夜空のように深く澄んだ青と沈みかけの夕陽のような淡い茜が移ろうように溶け合った幻想的な色使いの表紙。そこに箔押し加工が施され、細やかな模様が金色に煌めいている。中は雪のように白い上質な紙に、日付を書く場所と罫線、縁には表紙と同じような模様が箔押し加工されていた。


 外側は幻想的で美しく、中は高級感のあるシンプルな日記帳になっている。日記など書きもしないのに、つい心惹かれて衝動買いしてしまったものだった。


 メリーはベッドから下り、机の上の日記帳を手に取る。魔術で鍵をかけて開けないようにしてあり、覗き見られる心配はほとんどない。表紙を開き、一ページ捲る。一日目の日付が記されたページは普段より丁寧な字で綴られている。


【思い出を忘れないよう、一つでも多く残すために今日から日記を書くことにした。衝動買いした日記帳が役に立ちそうで嬉しい。


 なぜ日記を書こうと思い至ったのか、きっかけはアイゼアさんに告白をされたこと。これから彼と共に経験するたくさんの思い出を、一つ一つ残していきたいと思い、早速実践してみることにした。


 彼ばかりに寄りかかって、与えられるものを待つつもりはない。思い出は享受するものではなく、誰かと共に紡いでいくものだと思うから。】


 どうやったって記憶というものはいつかは薄れてしまうものだが、記録しておけば忘れてしまっても思い出すきっかけにできると考えた。負担になってしまっては継続するのが難しくなるため、出来事と自身の気持ちを短くまとめて書くことにした。


 数日前の告白は、夢ではなく現実のことだったのだと日記帳が密やかにささやきかけてくるようで、少しくすぐったい。次にアイゼアに会う日は特に決まっておらず、会える頃には本当に恋人になったのかわからなくなっていそうだった。こうして読み返すことで確かめられるのだから、そういう意味でもきちんと書き記しておいて良かったと感じる。


 メリーは日記帳を閉じて鍵をかけ、寝室を出た。身支度を整えたあと、朝食代わりの紅茶を飲みながら窓の外を眺める。どんよりと重く垂れ込めた雲から、しとしとと降り続ける雨の音に耳を傾けていた。


 故郷のノルタンダールでは、あまり雨音を聞く機会がない。夏期は雨が少なく、雨季は大体冬の初め頃に訪れる。雨季と言っても寒さゆえにほぼ大半が雪になり、雨になることは稀だ。降った雪が溶けてはまた降りを繰り返し、やがて溶け残って積もるようになると本格的な冬の到来を実感するのだ。


 その環境が長かったせいか、メリーにとって雨は少しだけ異国を感じる光景でもあった。サントルーサでは、ノルタンダールの夏の雨よりも温かな雨が降る。とはいえ水に濡れれば体は冷えてしまう。その点、外套で凌ぎやすい雪より雨は厄介だ。


 こんな不快な天候でも、この時間ならアイゼアは仕事の真っ最中だろう。勤務は屋内外どちらもあり、今この瞬間にも雨に打たれながら任務に当たっている可能性すらある。


 それに加え、規定された時間から仕事が始まるのが基本で、時々夜勤まである。騎士団は規律に厳しく時間厳守を徹底される一方で、任務を与えられれば雨が降ろうと槍が降ろうと、労働時間が超過しようと出向かなければならない。騎士というのは当たり前のように無茶を強いられるのだから、大変なんて言葉では収まりきらない職業だ。


 メリー自身も規定の時間に縛られる生活は学院生時代に経験した。おそらく騎士団よりは緩い環境だったと思うが、自由に行動できないことから気疲れすることも多かった。明らかに自分には向いていない生活様式だった。


 学院生だった頃のことをいろいろと思い出していると、メリーはふとあることを閃く。思い立ったら即行動の勢いで、すぐに使い魔の小鳥を手のひらに呼び出した。時間に縛られて生活することに、疲れない人などほとんどいないだろう。きっとそれはアイゼアも同じだと考え、使い魔に言葉を託したいと思った。


 恋人になって数日、正直何をどうすれば恋人らしくなるのかなんてわからない。もちろん恋人っぽい振る舞いや触れ合い自体はぽつぽつと知っている。ただ、メリーが求めている答えはそういうものではなく、心の繋がりや精神面での“らしさ”だった。


 しかし答えが出ないなりにも思うことはある。兄妹や友人が温かく接してくれたように、自分自身も温かな存在になりたい。敵を殲滅して終わりではなく、その先を支える温かな力がほしい。


 皆が当たり前のようにやっている、温度のある守り方ができるようになりたい。まずは恋人であるアイゼアにとって、そういう存在でありたいと思う。


 人を殺めることも躊躇(ためら)わない自分が、人らしい温かさがほしいなんて滑稽だと思うが、諦めれば永遠に手に入らないということも学んだ。幸せの形を探すことや喪失に向き合う強さを求めることにも通ずるが、求め続けた結果得られなくとも、願いを抱いて歩み続けることに意味があるのだと今は信じたい。


 メリーは常に自分を基準とし、自身の思い描く正しさや経験に則って自分がしたいと思うままに行動してきた。ハッキリ言って他人が何を考えているかなんてわからないし、察しようという気もほとんどない。


 だから今からすることが、アイゼアにとってどういう意味を持つかはわからない。たぶん悪いことにはならないだろうと考えながら、いつもと変わらず自分がしたいと思うことを実行する。


 メリーは、自分が温かいと感じた記憶を真似てみることにした。それが気疲れした心を癒やしてくれていたことを覚えているからだ。使い魔の小鳥に口元を寄せ、労いの気持ちと思いを込めて言葉を紡ぐ。


「おかえりなさい、今日もお疲れ様でした。何かあったら──」


 そこまで口にして、言葉を改めることにした。いつだって何かあれば頼りにしてほしいと思ってきた。けれど、何かないと会えないというわけでもない。会いたいから会う、そんな単純で簡単な理由だって構わないのだ。


 時間に融通が利く分、こちらから訪ねられれば良いのだろうが、あちらの勤務時間と勤務場所が不規則すぎるのが大きな問題だった。おまけに騎士団宿舎に住んでいる関係で、会いに行こうにもどこを訪ねれば良いのかわからない。


 かといって騎士団本部や宿舎周辺を長々とうろつけば、あっという間に不審者扱いされるだろう。面倒事になるとわかっていてまで行く気にはなれなかった。


「──何もなくても、遠慮なく来てくださいね。私はいつでも、ここでアイゼアさんを待ってますから」


 声を記録し終わり、行き先にアイゼアが住んでいる部屋の窓を指定しながら、使い魔の頭を一撫でした。帰ってきたとき、使い魔が来ていることに気づいたらアイゼアは驚くだろうか。


『あ、メリーお姉ちゃん。おかえりなさーい』

『おかえり。今日は風が強いから寒かっただろう、早くこっちへ来て温まるといい』

『ねぇねぇ、今日は何か面白いことあった?』


 学院生時代の記憶と共に蘇ったミュールとフランとのやり取りに、再度思いを馳せる。


 割れた薪から香る静かな木の匂いと、微かに漂う煤けた匂い。暖炉の炎の揺らめきと薪の爆ぜる音。穏やかに迎えてくれる声。暖炉前のソファに深く腰掛けながら柔らかく笑うミュールと、目を輝かせて駆け寄ってくるフランの姿。


 変わらず同じ場所で、帰りを待ってくれている人がいる。当時の自分にとっては何気ない日常の一部で、それがかけがえのないものであったことを……全て失って思い知らされた。


 会話の内容も、表情も、そのときの光景や匂いも、いつかは薄れて消えてしまうのかもしれない。それでも二人が教えてくれた『家族』や『兄妹』というものが、本来温かなものだという認識は何があっても覆らないだろう。


 二人がこの胸の中に灯してくれた熱を分かち合えれば、それは相手を温める熱となり、その相手の熱がまた誰かを温めていく。二人の命の熱が静かに密かに繋がっていく。誰にも気づかれなくても、誰にも辿り着けなくても、遡ればその原点には間違いなく、二人の姿がある。


 誰かと一緒に暮らすことに憧れながら、騎士として日々頑張るアイゼアに、自身が感じていた温かさや癒やしをほんの僅かでも分かち合えたらと思った。微々たるものであったとしてもアイゼアの力になれる自分でありたいと願い、手のひらから飛び立つ使い魔を見送った。




 炎はひとりでに燃えたりはしない。炎が絶えず燃え続けるには、常に燃料となる何かを引き換えにし続けなければならない。そして炎はその代価の分だけ応える。


 疎まれて育ったメリーの中の炎は、何も焚べられることなく種火のように小さくなっていった。ミュールとフランが焚べた笑顔や優しさは、メリーの中に穏やかな炎を宿らせ、二人を支えた。


 そして二人の命を焚べられた炎は怒りと憎悪で激しく燃え盛り、焚べた本人であるストーベルやその理想、そしてクランベルカ家という歪な世界をも焼き払う劫火となった。


 全てを焼き尽くし、炎はゆっくりと灰の中で弱くなっていった。そこに焚べられたアイゼアの言葉と想いは、メリーの中の炎を再び大きくした。息を吹き返したばかりの炎は、まだ心許なく揺らめきながらも──柔らかな輝きを放ち始めている。


【あとがき】

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!


この物語は、本編である「境界線に立つ者たちへ」とあわせて、人生で初めて書いた小説です。

自分の好きなタイプのキャラや展開をたくさん詰め込んで形にできたことは、私にとってかけがえのない財産となりました。


まだ完結後の話(短編)も書きたいなと思っているので、完成した際にはこちらに投稿するかもしれません。


執筆当時はネットに投稿するつもりがなく、稚拙な部分も多々あったかと思います。

ここまで読んでくださったこと、感謝が尽きません。

本当にありがとうございました!


もしよろしければ、評価等いただけましたら大変励みになります!


【今後の予定】

現在「嘘が匂いますね、公爵様〜愛を騙る夫の後悔〜 」(ジャンル:異世界恋愛)を連載中です。


真意を隠し『妻を愛する夫』を演じきる公爵と、嘘を“匂い”で見抜く特殊体質を持つ令嬢の恋愛(政略)結婚物語。

心理戦×政治劇×恋愛で展開していく異世界恋愛です。


もし興味を持っていただけましたら、こちらも読んでみてもらえると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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