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082 この一歩が、百年先の君に届くなら【アイゼア視点】

 プルシアに呼ばれたメリーは雑踏を縫うようにこちらへと近づいてくる。明らかに警戒した様子だったが、アイゼアと目が合うと見知った存在を見つけた安心感からか僅かに表情を和らげた。


「こんばんはー。私たちのこと覚えてる?」


 ひらひらと親しげに振られたプルシアの手をメリーは冷めた目で一瞥(いちべつ)し、微かに眉根を寄せた。


「以前救助に来てくれた騎士の方々で合ってますか?」

「そうそう。僕の同僚のスマルトとプルシアだよ」

「はーい、私がプルシア・エイミスね。よろしくー」

「スマルト・ハイアットだ。俺のことも覚えてくれると嬉しい」


 怪訝(けげん)そうにしながら目でこちらへ訴えてくるメリーに二人を紹介した。プルシアとスマルトの二人から握手を求められたメリーは、警戒をうっすらと滲ませたまま慎重に握手を交わしている。


「あのときは助けていただきありがとうございました」

「いやいや、礼を言いたいのは俺の方だ。こちらに死者を出さずに済んだのは間違いなく奇跡だったよ。戦ってくれてありがとう」

「私も直接会ってお礼を言いたかったの。ありがとう、助かったわ」

「自分のためにやったようなものなんで、お礼を言われるのはなんというか……」


 そうは言うが、あのときの戦い方はメリーにしてはかなり配慮を感じた。これまで通りであれば、一人残らず皆殺しにしていてもおかしくない状況だった。


 何を思って自制したのか、それとも何らかの心境の変化があったのか、これまでの彼女の行動や思考を思い起こしてみてもいくつか推測できる程度で、確信に至れるほどの考えは浮かばなかった。


「いいじゃない。言われて悪い気はしないでしょ? 私は命拾いさせてもらってるしさ」

「……確かにそうですね」


 本人の中で腑に落ちたのか、メリーは納得したように頷いた。短い会話の中で警戒しなくて良い相手だとわかったのか、表情の強張りはすっかり抜けている。


「そうだ、せっかくだし俺たちと一緒に飲んでいかないか?」

「いえ、私は遠慮して──」

「もしかして何か用事あった? 急いでたとこ引き止めちゃった感じだったりする?」

「そういうわけじゃないんですけど」

「なら良いじゃないか。俺の奢りだからお金の心配もいらないぞ?」

「金欠で断ってるわけでもなくて、単に私は──」

「椅子もちょうど一つ空いてるしな」

「そうそう。まるでメリーが来るのを予期してたみたい……これはまさに運命ね」

「テーブル席に椅子四脚は一般的です。適当なこと言わないでください」


 断ろうとしている様子のメリーなどお構いなしに、二人は囲い込むように屁理屈をこねて畳み掛けていく。とにかく切れ間なく話しかけて場に留まらせ、疲弊させて要求を飲ませるつもりらしい。


 メリーの目が『アイゼアさん、何とかしてくださいよコレ!』と必死に訴えてくるが、軽く微笑み返して黙っていたら視線が物凄く冷ややかなものへと変わった。


 助けを得られないことで諦めてしまったのか、二人の思惑通りメリーは了承した。げんなりとした表情を一切取り繕おうともせず空いている椅子を引いて座り、呆れたようなため息をついた。


「特務騎士ってみんなこんな感じなんですね」

「こんな感じとは?」

「どんな感じ?」


 恨めしそうな目でじっとりと順繰りこちらを見るメリーに対し、スマルトとプルシアは不思議そうに顔を見合わせたあとメリーへと向き直る。


「初対面で図々しく迫って、意のままに従わせてやろうって感じです」

「ずいぶんハッキリ言うなぁ。図々しいってよ、プルシア」

「何で私だけに言うの、スマルトもでしょ。てか、アイゼアの知り合いなんだしアイゼアの印象が悪いんじゃないのー?」

「仮にそうだとしても、今の二人の態度を見てメリーは言ってるんだけどね。まぁ、僕たちは仕事柄みんなこんな感じだし、誰でも同じこと言われてる気はするけど」


 特務騎士は特定の隊に属さず、様々な隊へ派遣されて任務を遂行したり、時には市井に飛び込んで馴染み、生活しなければならないこともある。情報を引き出すのにも遠慮していては何も始まらず、時には強引さも必要になる。


 そういうことに慣れすぎて、多少図々しい態度で出ることにあまり抵抗がないというのが正しいだろうか。こうしたことに苦手意識を持ち続けていては特務騎士は務まらないため、必然的に“こんな感じ”の人が集まることになる。


「はぁ……面倒臭さで胸焼けしそうです」

「酷い言われようだぞ、アイゼア」

「僕はもう慣れてる。スマルトも早く慣れた方が良いよ」

「最初に言っておきますが、不必要な詮索をするつもりなら帰らせてもらいますので」


 メリーの表情は大きく嫌悪を示してはいないものの、かなり強く引き止められたことで警戒心が復活したらしくきっぱりと牽制してくる。普通の人であれば失礼な態度だと気分を害しそうな場面だが、特務騎士は意外とこの手のタイプは気にならない。


 まず仕事柄一癖も二癖もある人物と接する機会が多いので、多少常識外れだったり礼節に欠けている相手にもある程度の耐性がある。次に自分の意思を率直に開示する相手は“とてもわかりやすい”ので、余計な思考を巡らせる必要がなくて楽だと感じるからだ。


 単刀直入な物言いが苦手だったり傷ついたりする人であれば厳しいが、そういう類の繊細さを持つ特務騎士はほとんどいない。図太くなければ特務騎士はやっていけないというだけの話ではあるが。


「二人はそんなつもりないと思うよ。行き過ぎてると思えば僕が止めるから安心して」


 最初に会ったときの印象のせいか、メリーは特務騎士というものにあまり良い印象がない。まだまだ根に持たれているなと感じつつ、メリーの『助けてくれなかったくせに何言ってるんですかこの人』という目は見なかったことにしてメニューを手渡した。


「この店、お酒の種類が豊富だろう? 遠慮なく何でも好きなのを頼んでいいからな」

「あー……すみません。お酒は前に失敗したことがあるのでアイスティーにします」

「え、失敗したことなんてある?」

「忘れちゃったんですか? アイゼアさんが介抱してくれた気がするんですけど……」


 一瞬ヒヤッとしたものの、メリーの誕生日に飲みに行ったときのことを言っているのだとわかり内心安堵した。


 もし違っていたらスマルトやプルシアではなく、誰と、いつ、どこで、どんな失敗をしたのかとアイゼア自身が“不必要な詮索”をしないといけなくなるところだった。


「別に迷惑じゃなかったし、今日も僕がついてるから飲みたいもの飲んでいいと思うけど」

「良いんです。飲むとろくなこと起きないような気もするんで」


 断るための文句として言ったようには見えず勧めてみたものの、メリーはさっさと店員を呼び止めてアイスティーを注文していた。


「ろくなことが起きないってのはどういうことだ? アイゼアと何かあったのか?」

「僕には心当たりないんだけど……」


 なぜ飲むとろくなことがないと考えているのかの真意はわからない。自分が持ち得る情報から推測するなら、酔っていつもと違う自分を晒してしまったとか、弱音を吐いてしまったからだろうか。


「霊族狩りに遭ったとき、友人と飲んだ帰りだったんです。アイゼアさんの件は、単に私が飲みすぎてしまっただけですね。家まで送ってもらった挙句、起きたらびっしり注意書きされた書き置きがあって」

「書き置き? どんなこと書いてあったの?」


 プルシアが明らかに興味本位で尋ねると、メリーは特に躊躇(ためら)うこともなくスラスラと話し始めてしまう。その口ぶりから書き置きの内容はしっかり覚えているようだが、なぜ書かれるに至ったのかについてはかなりざっくりとした説明しかされなかった。


「書き置き残すなんて、マメで献身的なことだな」

「アイゼアって優しいんだねぇ〜」


 やはり好意を知られているせいで、あからさまに意味ありげな視線を二人は向けてくる。だがもしあのとき自分に恋心がなくとも、きっと同じことをしたという確信がアイゼアにはあった。


「当然のことしただけだよ。フラついてたし、警戒心もないし、情緒不安定だし、突然寝始めるし。これがもし外で一人だったらって想像したら、さすがに心配にもなるよ」

「え、私そんな情緒不安定だったんですか?」

「あれ、まさか覚えてない?」


 きょとんとした表情のメリーに全員の視線が集中する。書き置きには、突然寝てしまったことと足元が覚束なかったこと、そして主に警戒心が緩むのが危ないと執拗に書いておいた。急に落ち込んで弱音を吐いていたことはわざわざ蒸し返さなくても良いと思い、あえて書かなかったのだ。


「何となく送ってもらったこととか、家でも何かを話してた気はするんですが……うーん……あまりハッキリ思い出せないと言いますか……」


 どうやら記憶が曖昧でぼんやりとしか覚えていないらしい。すみませんと謝りながら、メリーは気まずさを紛らわすように先程テーブルに置かれたばかりのアイスティーに口をつけている。しゅんと小さくなっているのが珍しく、メリーには悪いが少しだけ可愛らしく見えてしまった。


「なるほど、それはかなり危なっかしいな。アイゼアの言う通りお酒には気をつけた方が良さそうだ。今日は飲めなくても料理があるし、遠慮なく食べてってくれ」

「ありがとうございます」


 スマルトはメリーの気持ちを吹き飛ばすようにパッと軽快に笑い、串焼きが乗った皿を差し出す。メリーは軽く頭を下げると遠慮がちに一本選び、自身の取り皿へと移した。


 再び雑談へと戻り、メリーを会話に巻き込みながら任務先での面白い話やスマルトの家族の話、日常の苦労話などで盛り上がる。話題は会話の中の一部をきっかけに、尽きることなくころころと変わっていった。


 二人の人物像や背景が会話から見えたおかげかメリーの表情も柔らかくなり、楽しそうに笑うようになっている。段々と口数が増えてくると、二人から尋ねられる形で魔法薬師の仕事のことやこの街に住み始めてからのことなどを話していた。


 復讐が終わってからのメリーは少しずつ穏やかな表情を見せるようになり、こうして今日会ったばかりの相手とでも楽しく親しげに会話できるようになってきた。メリーが社会に受け入れられていくという希望が現実に近づいてきているように見えて嬉しくなる光景でもあった。


「この街を気に入ってくれたのは嬉しいが、そもそも何でここに住もうと思ったんだ?」

「言われてみればそうよね。それだけ色々できるならサントルーサよりも住みやすいとこありそうなのに」


 二人の意見はもっともだ。メリーの実力があれば黄昏の月の偏見が薄い場所ならどこでも暮らしていけるだろう。


 だがメリーは兄のカーラントがセントゥーロの監視下に置かれたため、こちらに定住すると言っていた。それだけでなく、他にも理由は思い当たる。


 メリーは妖魔としてスイウを蘇らせたが、彼はメリーの魔力がなければ昼間は猫の姿から人の姿に戻ることができない。おまけにメリーなしでは、イルシーの森からほとんど離れられなくなってしまった。


 彼女がサントルーサという地に留まる条件はそれなりにある。自由になったと思っていたが、改めて考えると存外メリーは不自由なのかもしれない。


「いろいろと理由はあるんですけど……」


 メリーはサントルーサに住み始めた理由を思い出しているのか視線を下げ、少し考えているようだった。内容が内容なだけに正直に言いたくないことも、言えないこともある。


 事情を知る自分が何か上手いこと言ってごまかしてあげた方が良いかもしれないと考えていると、メリーの視線が静かにこちらへと向いた。


「決定打になったのはたぶん、アイゼアさんから専属傭兵の誘いを受けたからだと思います」

「……僕?」


 皆の居場所を作るきっかけになればと思って打診したあの話が、サントルーサ定住を決断させる理由になったとは想像もしていなかった。


 たくさんの可能性があったはずなのに、自分のせいで早々にこの地に縛りつけてしまったのかもしれない。居場所を作るということが、裏を返せば自由を狭めることになるという想像力が今の今までなかったのだ。


「あれがなかったらセントゥーロ国内を放浪してたかもって思うんです。一か所に留まる理由もないし、人の中で暮らす気もあまりなかったので。だから今、すごく感謝してるんです」


 思いがけない言葉に小さく息を呑む。メリーの深い青の瞳に、星の(またた)きのような煌めきが見えたような気がした。


「意味があるならと思って留まった場所が、いつの間にか帰る場所になってました。そんなに長く住んでるわけでもないのに、最近はこの街を第二の故郷のように感じるんです」


 柔らかくはにかみながら笑いかけられ、募る愛おしさに胸の奥が締めつけられていく。思わず抱き寄せたくなるような衝動を抑え、涙腺が緩みそうになるのをこらえた。


 幸せにする方法を見つけられず、日常の何気ない瞬間に気付く種族の壁に希望を折られ続けてきた。霊族狩りの件があってからは、一人の力はあまりにも無力で、メリーのためにできることなど何もないのかもしれないと思い詰めていた。


 しかしそうではなかったのだ。決して思い描いていたような大きなことを成し遂げたわけではない。それでも、ほんのささやかなことだとしてもメリーのためにできることをしていた。メリーのためにできることはあったのだと思うには十分だった。


「すごく大好きなんじゃん」


 ポツリと零れたプルシアの一言に心臓が跳ねる。確かに熱烈な思いを伝えられたような気もして、まさかという可能性が頭をよぎる。第三者のプルシアが言うのであれば勘違いでもないのではと淡い期待をしてしまう。


「そんなにこの街を好きになってくれるなんて、騎士としてちょっと誇らしくなるな」


 というスマルトの言葉で一気に冷静になった。まさかメリーも……とか一瞬でも考えた愚かな自分をぶん殴りたい。確かにサントルーサで暮らし始めるきっかけを作ったことには感謝されたが、あくまでも話の中心は街の方だ。決してアイゼア自身のことではない。


「な、アイゼア」

「確かに。誘った身としてすごく安心したよ」


 とんだ勘違い野郎な自分をひとまず脇に追いやり、話に加わる。以前サントルーサで暮らし始めて良かったと言っていたことは覚えているが、ここまでの思いを持ってくれているとは思わなかった。霊族狩りの件もあり精神面で不安に思う部分もあったが、想像よりかなり前向きに希望を持ち直してくれているように見えて少しだけ安心できた。


 あの夜の出来事を乗り越え、それでも前を向く姿と素直な気持ちを聞けて、アイゼア自身も自然と心が前を向いていた。幸せの形は人それぞれ違い、誰かに与えられるものではなく自分自身の目で見出すものだということを思い出した。


 幸せは失われて初めて気づくとはよく言ったもので、普通に家族と暮らせることを当たり前だと思う人がその幸せに気づけていないのと同じだ。ありふれたものの中に幸せを見出せるかで、その人の幸福度はいくらでも変化する。


 自分の身の丈にあったできることを探して実践していこう。その小さな一歩一歩が、ゆくゆくはメリーを支える力になってくれたらと願っている。

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