081 おいていくこと(2)【アイゼア視点】
取り留めもなく続いていた会話は、いつの間にか恋愛の話題になっていた。霊族で長命のプルシアは、一人身のまま仕事と添い遂げることになるかもと嘆いていた。
「家で迎えてくれる人かぁ、いいな〜」
「羨んでても始まらないよって言いたいとこだけど、もしかして人間と結婚する気がないから諦めてる? この国、霊族全然いないしね」
羨ましそうに空想に思いを馳せるプルシアにそれとなく話題を振ってみた。もちろんプルシアとメリーでは考えも違うだろうが、霊族が人間との結婚をどう考えているかに興味があった。
以前ペシェとミーリャにも聞いてみたことはあるのだが、自分の想いを知られているだけあって忖度した答えであった可能性を完全に否定できなかったのもある。
「いや、私は人間でも良いんだけど、人間側は抵抗あるんじゃない? 全然変わらない相手の隣で自分だけどんどん衰えてくって結構堪えそうだし。それにさ、これだけ人間がいっぱいいるのに、あえて霊族の私を選ぶ人もいないでしょー?」
プルシアはカラッと何でもないように言うが、アイゼアにとっては予想していなかった意外な答えであった。
孤独に苛まれるメリーを置いていってしまうことばかり頭にあったせいか、置いていく側の自分の方がつらいかもしれないなんて考えたこともなかったのだ。しかしメリーのことを差し引いても、おそらく考えは変わらない。
「へぇ、じゃあ人によるのかもね。僕は最期のときに傍にいてくれる人がいるのは幸せなことだって思うから、そこまで気にならないかも」
もちろんできることなら一緒に同じ歩幅で年を重ねていきたいし、自分だけ老いて体が動かなくなっていくのも歯痒さはあるに違いない。それでもどうしても忘れられず頭をよぎる記憶がある。
薄汚い路地裏の隅、ボロ切れの塊のような姿で死んでいる人は文字通り腐るほど見てきた。何より自分自身が同じような状態で死にかけたこともある。それも一度や二度ではない。
体が弱ると心も弱る。いつもは影のように鳴りを潜めていた孤独が心を呑み込もうとしてくる。その度に声にならない寂しさに涙があふれ、冷たくざらついた石畳に小さなシミを作った。寒くて苦しくて、心配してくれる人はおろか涙を拭ってくれる人すらいない。
あんな惨めな死ではなく愛する人に看取ってもらえるなら、最期の瞬間はきっと幸せだろう。それに加え、養父母を失った経験から置いていかれることの痛みも嫌というほどに理解している。やはり置いていくより置いていかれる方がつらいと思うのだ。
「一人で死ぬって結構寂しいもんだよ?」
「まるで一度死んできたみたいに言うなぁ……」
「はは、こんなとこで働いてれば一人で死にそうになったことくらいあるんじゃないかい?」
「それは確かに否定できんな」
アイゼアの出自や過去のことはある程度スマルトもプルシアも知っている。もしかしたら察している部分はあるかもしれないが、あえてわかりやすい事例を出すことではぐらかした。
「ってことはさ、アイゼアは異種族間の結婚はアリ派なんだ?」
「アリ派って……まぁナシではないけど」
「スマルトはどう? アリ派? ナシ派?」
微妙に重い話題を、プルシアはあくまでも酒の席で出た話といった軽い調子のままにスマルトに尋ねた。スマルトはうーんと唸りながら腕を組み、目を伏せて考え込む。
茶化したりするような雰囲気は一切なく、そこまで真剣にならなくてもと逆に声をかけたくなるほど真摯かつ慎重に答えを探しているようだった。こういうところが本当に真面目だなといつも思わされる。
「少し話がズレるんだが、別に種族が違うからって難しく考える必要なくないか? 好きな気持ちはそのまま通せば良いじゃないか。種族差を加味しても、想いをどう受け止めるかは結局相手次第なわけだし。あれこれ考えたところで自分の裁量の範囲外だろう」
言われてみれば、先程自分とプルシアで考えが異なったように、異種族間の結婚をどう捉えるかはその人の価値観や性格次第だ。そう思うと、異種族間の寿命差の問題は想像しているよりも複雑ではないようにも思えてくる。
「相手を思いやれることは素晴らしいことだが、臆病さへの言い訳にも聞こえるな」
既婚者ゆえの余裕か経験値の差なのかはわからないが、正直痛いところを突かれている。種族差という障害があるからこそ、幸せにできなければ無責任だという考えは嘘ではない。
だがそこに答えが出せなければ想いを告げられないと考えるのは、結局勝算がないからだというのも事実だ。下手な賭けに出て、拒絶されて関係が壊れることを恐れているだけに過ぎない。
しかし同時に、想いだけは自由なのだと肯定されたようにも思えた。種族差は自身に受け止める覚悟さえあれば、想いを諦める理由にはならない。相手を思いやるということはこちらがあれこれ気を使って先回りして考えることではなく、相手の選択を相手に委ねて尊重しながら一緒に考えていくことの方なのだと。
「その反応……お前たち、好きな人がいるな」
スマルトは特務騎士の中でも優秀な方なだけあって勘が鋭い。内心ヒヤッとしつつも、言われてみるとプルシアも誰か好きな人がいそうな雰囲気は言い回しや恋愛関係の話題への関心具合から何となく察せる。
「二人とももう相手が誰か見当ついてるから、名前は言わなくていいぞ」
まだこちらはプルシアの想い人が誰なのか想像もついていないうちにスマルトは一人納得し、グラスの中のお酒を飲み干した。勝ち誇ったような笑みもなく、いつも通りの涼しげな微笑が何とも悔しい。
「勝手にいるって決めつけないでよ。アイゼアはともかく、私は違うんですけど」
「公務部のマルセル・ディラックだろ」
「ちょ、えっ!? 何で知ってるの!?」
「公務部のマルセルって、あのぼんやりした感じの人だよね?」
「訂正して。ぼんやりじゃなくて、ふ ん わ り よ」
「お前の好みって……」
スマルトが何を言わんとしているのかは何となくわかる。マルセルは遠目から見て知っている程度だが、雰囲気がぼん……ふんわりとした、良く言えば癒やし系、悪く言えば冴えない人という感じだった。
性格や仕事面でも少し抜けたところがあるようだが、分け隔てなく温厚なところが周囲に好かれている人物だと聞いたこともある。プルシアは世話を焼きたいタイプなのか、それとも現実に疲れて癒やしを求めているのか。家で迎えてくれる人の話を羨ましがっていたあたりから予想するなら後者の可能性が高そうだ。
「待って、それ以上は言わないで! 私もわかってるから!」
落ち着いた余裕のある振る舞いが板についているプルシアが頬を赤くして慌てふためいている。初めて見るような動揺っぷりに呆気に取られていた。二十代も後半なのに、青春真っ盛りの十代みたいな反応をさせてしまうのだから恋というものは本当に恐ろしい。
「アイゼアはこの前のめちゃ強な魔術士の子だろう?」
突然暴露され、ギョッとしてスマルトを見遣ると、悪気もなさそうににこにこと楽しそうにしている。しっかり当てられているのも癪だが、完全にプルシアからのもらい事故で小さな怒りのようなものがじわりとみぞおちのあたりに滲んだ。
「僕は何も反論しなかったのに何で口に出しちゃったのかな?」
「悪い、おじさん久々の恋愛話が楽しくなっちゃった!」
「楽しくなっちゃった、だって……? めちゃ強とか普段使わないような言葉まで使って調子に乗って……」
「もうやめよやめよ! ね! うん、この話はこれでおしまいにして……ん? あれって……」
プルシアが何かに気づいたのか通りの方へと顔を向けている。ピンと伸びた背筋と視線からそこそこ遠くを見ているのがわかる。
「おいおいおい、まさかヤケクソで男引っ掛ける気か? 俺はそういうのはおすすめしないぞ! 絶対に!」
「違うってば。あそこ見てよ、あのピンクっぽい髪! 間違いなくアイゼアが好きな魔術士の子でしょ」
「その悪意に満ちた呼び方やめてくれないかい?」
プルシアに文句をつけつつも通りへ視線を向ける。行き交う雑踏の中に見え隠れする鮮やかな薄紅色を見つけると暢気に胸が一つ高鳴り、次に締めつけられるように息苦しくなる。
先程の話を受けて少し気持ちが和らいだとはいえ、まだ思考の整理が追いついていない。にも関わらず、素直に反応してしまう自分の愚かさが嫌になる。
「アイゼア見えた?」
「うん、確かにメリーだね」
スピリアではどうかわからないが、メリーの髪色はセントゥーロではかなり珍しく色合い的にも非常によく目立つ。特に夜の景色の中では、暗い水面に揺蕩うひとひらの花びらのようにも見えた。
「こんな時間に一人ででかけてるなんて珍しいなぁ。いつもなら──」
「うわー……もしかして監視してたりする?」
プルシアのジトッとした視線と引いたような半笑いが遠慮もなく突き刺さる。からかい半分、本気半分といった感じだ。本気が半分もあるのが解せない。
「信用ないなぁ……あまり外に出ないって知ってるからってだけなんだけど?」
「あはは、ごめんごめん。それより、あの子ってメリーって呼ばれてるんだっけ?」
「そうだけど?」
「よし……おーい、メリー! こっちこっちー!」
「こ、こら! いきなり大声を出すのはダメだ。周りに迷惑だし驚かせちゃうぞ!」
プルシアの声は思いの外大きく、行き交う人々の視線がいくつもこちらを向く。恥や外聞を捨てなければ任務遂行に支障が出ることもあるため、特務騎士はその辺のネジが緩いがまさにそんな感じだ。
いつもは比較的落ち着いているプルシアの予想外な行動はスマルトを動揺させたらしく、まるで条件反射のように幼い子供を叱るような反応を見せていた。
「いいでしょ。スマルトも直接お礼言いたいって言ってたじゃない」
「それはそうだが……」
「メリー呼ぶのは良いけど、あの件以来精神的に安定してるとは言えないから慎重に対応して」
救出直後のメリーは皆の前から消えようとしていたほど全てを諦めていた。メリーの希望が絶望的なくらい折られた状態から、諦めたくない一心でなんとかギリギリ紙一重で繋ぎ止めたのだ。
メリー自身が強く気持ちを持ち直してくれたおかげもあって今もこの街での暮らしを継続してくれているが、また心折れるような事が起きれば……次はないだろう。
「絶対、余計なことはしないように……いいね?」
「圧すご……」
「ははは! ちょいとばかし人様に見せられない顔になってるぞ?」
こちらの警告もお構いなしに、プルシアは手を勢いよく振りながらメリーを呼び続けた。メリーは声に気づいたのかこちらへ視線を向け、自分の顔を指差して「私ですか?」と、声までは聞こえないが唇が動く。プルシアが縦に首を何度か振って手招きすると、メリーはこちらへと近づいてきた。




