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008 この世界はあまりにも不平等【メリー視点】

 先日、やっと念願の物件を無事購入できた。これも寝る間を惜しんで魔法薬を生産した賜物だ。と言いたいが、まさか自分でもここまで早く貯まるとは思っていなかった。


 なぜ貯まったのかと聞かれたら、あまり良くない意味で広がった『メレディス・クランベルカ』の名前が、予想外の方向に働いたからとしか言いようがない。


 学生時代からの友人であるペシェが、サントルーサの西区で魔法雑貨店を開いた。メリーはそこへ魔法薬を納品して販売していたのだが、あろうことかあの噂の魔術士『メレディス・クランベルカが作った魔法薬』という触れ込みでペシェが勝手に売り出し始めたのだ。


 当然詐欺だと疑われ騒動となり、本当であることを証明するために、メリーは渋々店まで出向く羽目になった。結局メリーが出向いても、人々は『男性魔術士』だと思い込んでいるせいで信じてはもらえなかった。


 そのまま大勢の人々に囲まれて散々非難されていたのだが、騒ぎを聞きつけてやって来た騎士が偶然にも天界で共に戦った隊の者たちだったおかげで、衆人環視の中で本人だと証明されることとなったのだ。


 そのおかげで売上はその日から倍どころではない伸びを示し、ペシェの商才と商魂のたくましさに、さすが商家の息子なだけあると感心するしかなかった。

 今も生産は追いつかずペシェからは早く大量に納品してほしいとせっつかれている。だが、そんなことはメリーには関係ない。家は買えたので、ここからは無理のない生産速度を維持するつもりだ。


 それよりも『メレディス・クランベルカ』の名前を出して売上が上がると判断したペシェの判断は英断と言っていい。故郷のノルタンダールで委託していたときは製作者名は徹底的に隠して売っていた。


 理由は簡単で『黄昏の月』の作る魔法薬など信用できないからだ。スピリアで同じことをすれば途端に客足は遠退(とおの)くだろう。


 一方で、サントルーサは人も多く人間の割合が圧倒的だ。『黄昏の月』という概念を持つ者もほぼいない。何より、おおらかで寛容な国民性と実際に使ってみた魔法薬の効果が評判となって更に広まり、そういったことは気にも留めないといった者が大半のようだった。



* * *



 引っ越し後、ようやく荷物も片付き、今日は共に旅をしていた四人を家に招待して、お披露目をさせてもらっている。


 メリーの買った家は東区の北西に位置し、住宅街の大通りを一本逸れ、その路地を少し歩いたところに立地している。周囲は住宅地で、隣との間隔の狭い西区や中央区と違い、こちらはやや広めの敷地に建てられているところも好条件だった。中央区や北区に近い関係で利便性も治安も悪くはない。


 橙色の屋根に素朴な佇まいの二階建てのこの家は、内装も中古物件とは思えないほど美しい。温もりのある木の材質や暖炉もあり、どこかホッと寛げる雰囲気が一目で気に入ったのだ。


 この物件で特に気に入っているのが裏庭で、玄関がすぐ路地に面している分、他の近隣の家の造りよりもかなり広く感じる。まだ庭には何も植えてはいないが、これから好きなように作り変えていくのだと思うと楽しみで仕方なかった。


 今は午後の茶会を楽しみながら、皆が一冊の雑誌に釘付けになっている。そこには澄み切った美しい海と白い砂浜の写真が全面に印刷されており、こう書かれていた。


『常夏の島・マルアースル』


 聞いたことのない地名だったが、アイゼア曰く、セントゥーロ王国の有名な行楽地の一つで、特に夏や冬の長期休暇時には貴族や富豪もよく訪れる場所として有名らしい。


「ねぇ、みんなでここに行きましょう! 海よ! 常夏の島よ!」

 フィロメナはペシェの魔法雑貨店で働いており、紹介したのはメリーだった。この雑誌は仕事中の会話の流れで、フィロメナがペシェから譲り受けたものらしい。


 南の島の海に憧れて皆で一緒に行きたいと言っているわけだが、スイウはもちろん、エルヴェも機械の体には海水と砂が好ましくないようで、今ひとつ乗り気ではないようだった。


 そしてもう一つ大きな問題がある。貴族たちの保養地ともなれば、その周辺の価格帯はあまり想像したくない。簡単に言えば庶民的ではないのだ。


「フィロメナの気持ちはわかるけど、マルアースルに行こうと思ったら相当お金を貯めないと……僕としてはカエルレウムの方が良いと思うけどなぁ」

「かえるれうむ?」

「マルアースル島より少し北にある街だよ。カエルレウムは島じゃないけど、十分綺麗な景色を望めるし、この季節でも海に入れる」

 アイゼアは雑誌を手に取ると、パラパラとページを捲り始め、あるページで手を止めてテーブルへと置く。


 説明によるとマルアースルほどの知名度はないが、値段も手頃で一般の人が選ぶ行楽地の一つのようだ。カエルレウムについても特集が組まれているようで、一ページめくってみると美しい夕日と海の青が目に飛び込んでくる。


「いい……いい! 行きましょ、カエルレウム!」

 フィロメナは目を輝かせているが、五人のうちすでに二人は乗り気ではない。アイゼアは日付さえ合わせてもらえるなら行っても構わないと言っているため、メリーの出方次第では多数決でフィロメナが敗北する。


「ねぇ、メリーは行きたいわよね? ね?」

 フィロメナの期待の眼差しを感じながらメリーは雑誌を更にめくり、じっと記事に書かれた文字を追っていく。正直に言えば、あまり興味は(そそ)られていない。


「海ですよねぇ。泳いだことないですし、それって楽しいんですか?」

「えー! 泳いだことないの? あたしも海はないけど、湖とか気持ちいいわよー?」

「気持ちいい……? 気持ち良く死ねるって意味ですか?」


 至極本気の意見を述べただけだというのに、コイツは何を言っているんだ、という四人の視線が遠慮なく刺さる。そもそもフィロメナは湖で泳いだ経験があるのだろうか。あんなところで泳げば凍死してもおかしくないが、天族の体は意外と頑丈にできているらしい。


「天族はいいかもしれませんけど、湖なんて……普通の人なら凍死しますよ」

「凍死?」

 フィロメナは何の話なの、とでも言いたげに首を傾げた。一年の大半を雪景色の中で過ごしてきたメリーにとって、川も湖も海も泳げる場所という認識が湧かない。寒々しく凍てつき、比較的暖かい季節を迎えても海には流氷が漂っていたりする。


「海の色は私の知ってるものとは違いますけど、すごく冷たそうな色ですよね」

 メリーは写真の海を指さして示す。

「こことか、分厚い氷の色そのものですよ」

「フィロメナが流氷の中を泳ぐってんなら、ついていってもいいな」

「もーっ!」


 メリーの言葉を拾ってからかうスイウに、フィロメナは顔を真っ赤にして頬を膨らませている。流氷の中を泳ぐ光景は個人的には見たくはない。見ているこちらが凍えそうだ。


 更にページをめくると、海の写真ではなく森や自然に関するものが増えてきた。常夏の地域の植物や動物、虫などの生き物の生態系についても書かれており、魔法薬に使えそうだと興味を引かれる。


 他にもカエルレウムの海中や砂浜で見つけることができる『潮騒(しおさい)の青』と呼ばれる小さな鉱石のことが書かれていた。『潮騒の青』という聞いたことのない石の名前に強い興味を抱いた瞬間、当然これは行かなくてはという使命感に駆られる。


「私もカエルレウムに行きます」

「え、嘘? やったー! さっすがメリーね!」

 余程嬉しかったのかフィロメナはぴょこぴょこと飛び跳ねて喜びを全身で表現している。更にめくると街の食文化や土産物、名産品などが記載されていた。


「海だけではないのですね。それなら私も行きます」

 エルヴェもメリーの読む記事を横から覗き、賛同する。


「じゃあ、もうスイウも行くしかないね」

「何で俺まで……」

 アイゼアに促されたスイウは心底面倒くさそうにため息をついていた。



* * *



 あの日からあっという間に日は過ぎ去り、とうとう予定していた通りメリーたちはカエルレウムを訪れていた。昨晩から魔術鉄道に乗ってきたのだが、降りた先はまるで別世界のようだった。


 サントルーサの夜はすでに若干の肌寒さを感じる秋風が吹いているというのに、この街にはそんなものは感じさせないほどカラッと乾いた暑さすら感じる風が吹いている。その風に潮の香りを感じ、海が近いのだと改めて実感した。


 フィロメナを中心に相談して立てた旅行計画では、一日目は海へ、二日目は街での買い物に当てることになっている。森への散策は明日の早朝に一人で行くつもりだ。


 ひとまず宿を確保し、部屋に荷物を置いたところまではよかった。水着は季節的にすでにサントルーサでは手に入らず、現地調達しなければならないのだが、人生初の水着選びにどれを選んでいいのか全くわからず呆然と立ち尽くす。


 気温は確かに高いのだが、水に入るのだと思うと途端にどれもこれも寒々しそうに見えてしまう。かといって全身を覆うような形のものは少々値が張り、一日限りで使うものに払う金額ではない。何より隣のフィロメナが可愛い水着じゃなきゃダメだと非常にしつこかった。


「好みで決めさせてあげようって思ったのにやっぱダメね。ペシェの言った通りだったわ。水着の選び方、メリーの分も聞いて覚えてきたから、それを元に探すわよ!」

「そ、そうですか……ありがとう、ございます?」

「メリーに似合う水着を見つけて、早く海に行きましょー!」

 目を輝かせて迫ってくるフィロメナの姿に一瞬ペシェの気配を感じた。以前にも化粧させて、とこうして迫られたことがあったようななかったような。


 そうして流されるままいろいろな水着を当てられ、フィロメナの選んでくれた水着を凍死しないという言葉を信じて購入する。どの道自分では選べそうもなかったのでこれでいい、と無理矢理納得することにした。



 メリーが買ったのはチャコールグレーのワンピース型の水着だ。早速着替え、姿見で確認する。全体のシルエットは、かなり丈の短いフレアワンピースといった感じで、胸元には紐状のリボンがあしらわれている。


 だが胸の中央の下部と腹部に少しだけ肌の見えるような無駄なデザインが施されており、背面に至っては背中の肩甲骨の下辺りまでがっつりと露出している。その下からはレースアップになっており、紐を結ぶことで隠されてはいるが、少し肌が見えているようだった。


 それでもまだマシだと思えるのはおそらくフィロメナの水着のせいだろう。なぜならフィロメナの背中にはホルターネックのリボン部分と、胸部の布地しかない。それ以外はハイウエストのパンツ部分まで全て肌で、腰から上は後ろだけ見たらほぼ全裸みたいなものだ。いやビキニというのはそういうものなのかもしれないが。


 とにかくメリーの水着に比べて圧倒的に布の面積が少なく、背面どころか正面から見ても紛うことなき下着である。おまけに谷間の切れ込みもメリーのものよりかなり深い。豊満な胸の持ち主であるフィロメナは当然谷間をしっかり見せつけてきていた。


「メリー、あたしの水着どう? 似合うかしら?」

 淡いブルーグレーの水着は露出のわりに清楚な色使いで爽やかさを演出しており、溢れ返りかねない色気を抑え気味にしている。フィロメナがくるりと回ると、腰に巻かれたパレオがふわりと広がり、長くスラリとした美脚が眩しいほどに晒された。


「すご……」

 自分が発したものとは思えない、トドメを刺される前の虫のような声が漏れた。元々体の線の出る服を着ていたため、胸の大きさは知っていたが、ロングスカートを脱ぐとこんなにも長く綺麗な足をしていたのかと同性の自分ですら思わず魅入ってしまう。


 メリー自身、今まで露骨に体を晒すことがなかったせいか、顔や体の美醜にあまり興味がなかった。だが身長もさほど変わらないのにここまで美しいものの隣に並ばねばならないとなると、さすがの自分でも否応なしに劣等感を煽られる。


 やや足りてない胸、微妙に子供っぽさのある体形、特別長くもない足、肌を晒すことに慣れていないにも関わらず選ばれてしまった無駄に露出のある水着。


 あまりにも貧相、という死ぬほど無遠慮な自分の感想が自傷行為のように鋭く心を(えぐ)った。まさか自分にもまだこんなくだらないことで悩むような心が残っていたとは、と謎の感動すら覚える。


「ねぇー、似合ってるの? 似合ってないの? ハッキリ言ってちょうだい?」

「えぇ……とてもよく似合ってると思いますよ。フィロメナさんの魅力が余すことなく全開って感じですね……本当に」

 ギリギリ回る思考でフィロメナの水着の感想を絞り出した。やはり大枚を(はた)いてあの全身スーツのやつにするべきだったか……という後悔に足が生え、頭を元気良く駆けずり回っている。


 しかし時すでに遅しだ。ここはむしろフィロメナが完璧すぎるだけなのだと言い聞かせる方針へ転換しよう。そう、自分はただ単にその他大勢なだけで、特別酷いわけではない。隣に並ぶのがあまりにも素晴らしい逸材なだけだったのだと。


「ありがとう! メリーもすっごく可愛いくて似合ってるし、さすがペシェよね!」

 フィロメナは嘘をつけない。つけばすぐに顔に出る。だからこそ嫌味でも何でもなく、フィロメナは本当に可愛いと思ってくれているのだとわかる。それは少し嬉しくあり、かなり複雑な心境でもあった。


「さ、行きましょー!」

 フィロメナに片腕を引かれ、半ば強引に歩き出す。水着と一緒に買った大きな浮き輪をもう片方の手で体を隠すように抱えた。これからフィロメナの隣でこの姿で並ばねばならないというのは晒し者にされるような気分だ。とにかくメリーは気が滅入って仕方なかった。

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