表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/88

079 葬送のときを待っている【メリー視点】

 夕日を受け、鮮やかな茜色に染まる石畳の路地を進む。いつもであればすんなりと辿り着けてしまう家までの距離が長いのは、妙に足が重く感じるせいかもしれない。


 いよいよアイゼアの近くまで来ると、緊張からか体に変な力が入る。昨夜の醜態を見られたくなかったが、アイゼアがいてくれなければおそらく自分はここにいなかった。


 それでも考えてしまうのは、あのとき今と同じくらい頭が回っていればもう少しまともな対応や言葉を選べただろうに、ということだ。今、とてつもなく気まずくてたまらない。


「急に来てごめん。今時間あるかな?」

「大丈夫ですよ」


 どうやら何か用件があってここへ来たらしい。事務的な理由だとしても、友人が来てくれたときには会えて嬉しいという感情がある。ただアイゼアにだけ感情が少し違う反応を示すのは、彼が自分にとって特別な人になってしまったからだと認めざるを得なかった。


 意識していることを気取られないよう、できるだけ平常心を心がける。ゆっくりと呼吸を繰り返すことで気持ちを逸らしながら、玄関の鍵を開けた。


「中へどうぞ」


 メリーはアイゼアを家へ招き入れると急ぎ紅茶の準備をし、リビングのソファに向かい合わせになって座る。するとアイゼアはローテーブルの上に封筒を四枚置いた。


「早速だけど、今日はこれを届けに来たんだ」


 机に置かれた封筒はきちんと封がしてあり、差出人の名前が書かれている。一通はトラヴィス、残りの三通は知らない人の名前で、そのうちの一通は子供と思しき拙い字だった。


「全部私宛なんですか?」

「そうだよ。助けてくれたお礼を伝えたいって」


 どうやらアイゼアが昨夜言っていた『お礼』は本当だったようだ。だがあのとき戦ったのは皆を助けようという正義感からではなく、単に怒りが限界を超えただけに過ぎない。どの道自分のためにも戦わざるを得なかったことを含めれば、感謝されることではないのにと思った。


「だからほら、早く読んでみてよ」


 こちらの微妙な心境を察してか、アイゼアは困ったように笑いながら促してくる。もったいぶる必要もないと封を切り、ひとまず手紙に目を通すことにした。



 内容を総括すると、主に助けてくれたことへの感謝と家族の元へ無事に帰れた喜びが綴られていた。そしてどの手紙にもメリーの存在を頼もしく感じたと書かれている。


 見知らぬどうでもいい他人、そんなふうにしか思えなかった自分の中に初めて彼らが助かって良かったという明確な感情が生まれていた。特に家族と再会できたという話は、どうしてもかつての自分を重ね見てしまう。


 ミュールやフランのように理不尽に死んでいく人や自分のような思いをする人をなくしたいと確かに願った。あの夜、大切な人と引き裂かれるあの苦しみと絶望を確かにこの手が打ち砕いたのだ。


 たとえ大切な人を笑顔にできなくても、幸せにする力ではなくても、この魔力は自身の意思や願いを実現させ、道を拓く力をくれる。その確かな手応えは自身の力が持つ意味を再確認させ、全身に血が巡っていくように活力が戻ってくる。


 最後にトラヴィスの手紙の封を開けた。丁寧な字で綴られた手紙は長い謝罪の言葉から始まっていた。今でも彼がかけてくれた言葉が全て嘘だったとは思っていないし、無知を責めるつもりもない。ただほんの少しだけ、お互い認識が甘かったというだけだ。そして手紙の最後の方に力強くこう書いてあった。


【貴女は変わらず俺の憧れです。もっと精進し、いつか貴女のように皆を守れる騎士になってみせます。】


 さすがに買い被りすぎだと思うが、何か力になれたのならそれは悪くないように思えた。あの場にいた全員が手紙をくれた人たちのように感じているとは思わないが、それでもメリーにとっては十分すぎた。


 親しくもない、もう二度と会うこともないであろう気味の悪い他人に、手紙という形にして丁寧に思いを伝えてくれた。あの光景を目の当たりにし、魔力を肌で感じながらも拒絶されなかった。これまでの自分の経験を考えれば、奇跡のようなことが目の前で起きている。


 一時は友人たちとの関係すら終わらせようと考えていたというのに、心境はすでに大きく変わりつつあった。アイゼアがくれた言葉が鍵となって心を開き、皆と繋いでくれている。そして今回受け取った手紙を読んで、考えも少しずつ固まってきていた。


「アイゼアさん、手紙を届けてくれてありがとうございます。とりあえず今まで通り、ここで暮らしてみようって思います。また少しだけ……希望が持てそうですから」


 これまでと変わらない態度で接してくれる友人たちを、やっと素直に受け入れられそうな気がした。もう一度サントルーサで頑張ってみよう、そう思えた。


「そっか、良かったね」


 アイゼアは顔を綻ばせ、こちら以上に嬉しそうにしていた。他人のことなのに、まるで自分のことのように喜んでくれていることが少しくすぐったい。


「手紙の言葉だけじゃないです。アイゼアさんのおかげで私はまだここにいるんです」

「決めたのはメリー自身だよ。僕は手紙を持ってきただけで」


 アイゼアの微笑みが夕日を受けて僅かに影を作る。錯覚かもしれないが、何となく先程とは雰囲気が違う寂しそうな笑みに見えた。


 感謝しているのは何も手紙を持ってきてくれたことだけではない。昨夜たくさんの言葉をかけてくれたからこそ、ありのままを見て受け止めていこうと思えたのだ。感謝をきちんと伝えなければと思う一方で、昨夜の話を蒸し返すことに抵抗を感じて迷ううちに話題は次へ移ってしまった。


「そういえば、トラヴィスができることならメリーに直接謝りたいって言ってたけどどうする?」

「え、まだ謝るんですか」


 直接謝りたいなんて言われるとは思ってもいなかった。謝罪の言葉はすでに手紙の中に山ほど書かれており、面と向かって更に謝ってほしいとも思わない。そもそもトラヴィスへの怒りはなく、元々自分の中では仕方ないことだという考えで結論が出ていた。


「アイゼアさん、トラヴィスさんへ言伝を頼んでも良いですか?」

「もちろん。言伝でも手紙でも」

「ありがとうございます」


 トラヴィスへ向ける思いは皆への思いと変わらない。魔力のことを知ってもまだ友人でいたいと思っていてくれるのなら、これまで通り楽しくやっていけたら嬉しい。


 せっかく親しくなれたのに、たった一度の失敗で断ち切れてしまうというのはあまりにも残念だ。謝意は関係を修復したいと願ってのことだと信じて、アイゼアへ思いを託すことにした。


「謝罪するためではなく、友人として会いたくなったら来てください。そのときは紅茶とお菓子をご馳走します。そう伝えておいてくれますか?」

「わかった。必ず伝えておくよ。メリーはトラヴィスを許すことにしたんだね」

「許すも何も、元々謝ってもらうことではないですから」


 返答を聞くなりなぜかアイゼアは黙り込んでしまった。じっとこちらを見つめる視線の遠慮のなさに途端に居心地が悪くなる。照れるとかそわそわするとか、そういう類の浮かれた感じのものではない。


 こういうアイゼアの目は今も少し苦手だ。感情の一つ一つを見透かし、心の深層に潜めた何もかもを強引に暴かれそうな気がして反射的に身構えてしまう。


 じりじりと視線に焼かれるようで、穴が空きそうだと内心呟きながらティーカップを手に取り視線を逸らした。ゆっくりと紅茶を飲み、舌と鼻でよくよく味わうフリをしてから視線を戻す。


 やはりというか、バチッと目が合い、この妙な時間が早く終われと念じた。それから間もなく、アイゼアは昨夜と同じ真剣な眼差しをしながら、いつもより静かな落ち着いた声で話しかけてきた。


「どんな些細なことでも良いから、何かあればいつでも僕を頼って。君の力になるって約束したこと、覚えてるよね?」


 何を言われるかと思えば、変な話ではなかったことにひっそり胸を撫で下ろす。アイゼアの言っている言葉には心当たりがある。


 まだ旅の途中に、復讐のその後のことを二人で話したことがあった。約束とはそのときに言っていた内容のことだろう。冗談にはできないような重めの雰囲気に若干気圧されながらも口を開く。


「それは覚えてますけど。些細なことって例えばどんなことですか? どんなふうに頼れば良いんですか?」

「怒りとか悲しいとか寂しいとか、苦しい、しんどいって感じたときとかかな。理由は別にわからなくてもいいから、そういう気持ちになったら遠慮なく僕にぶつけてほしいなって」

「ぶ、ぶつけて……? ぶつけるんですか? さすがにそれは、あの、正気ですか? もしかしてアイゼアさん……」


 思わず言葉を言い淀む。負の感情をぶつけてほしいなんて、いくら仲が良かったとしても狂気の沙汰としか思えない。


 誰が逐一呪詛や罵詈雑言を聞かされたいと思うのか。お人好しといえど八つ当たりしてくれと頼んでくる人は早々いない。そんなことは友人が少ない自分でもわかる。とすれば導かれる答えは一つしかない。


「被虐趣味なんですか?」


 アイゼアの表情がピシャリとあからさまに凍りついた。それまでの真剣な様子はどこへやら、こちらを凝視したまま口まで半開きで呆然としている。反応からしてどうも予想とは違ったようだが、だったらなぜという疑問が残る。少しの沈黙の後、アイゼアは頭を抱えながら深く長いため息をついた。


「……いいかい、メリー。僕は罵倒されたいわけじゃないし、もちろん物理的に叩きのめされたいわけでもない」

「でも要約すると、感情の捌け口にしてくれって感じでしたよね? そういうことになっちゃいませんか?」

「間違っては……ないような? でもなんか想像と違うというか……僕の言葉選びが悪かったよ。メリーは自分を(ないがし)ろにしがちだから、小さくても苦しく感じることがあれば教えてほしいって意味のつもりだった。僕が君の相談相手になれたらって思ってて」

「なるほど相談……相談ですか……」


 自分は誰より自分の思いや考えを優先してきているつもりだが、苦しいという感情に関しては確かに蔑ろにしてきたかもしれない。不要なものとして切り捨ててきたせいか苦しいと感じることもあまりないように思う。それで困ったことも今のところほとんどない。無視できるような些細なことを逐一報告相談していたらキリがないのではとメリーは思う。


「メリーから見れば僕は頼りないかもしれない。でも君が僕の抱えているものに寄り添ってくれたように、君の抱えるものを僕にわけてほしいんだ」

「気遣ってくれてありがとうございます。アイゼアさんは十分頼もしい人ですよ」


 自身を害する全てを不要なものとして切り捨てて生きてきた自分とは違う。アイゼアはどんな苦しみも痛みも決して目を逸らさずに受け止め、向き合い続けてきた人だ。自分とは真逆の生き方だが、それもまた強さの形の一つだと今ならわかる。


 痛みと苦しみを受け入れ、傷つき揺らぎながらも一つずつ乗り越えてきたからこそ他者の痛みにも寄り添える。だからこそ優しくて脆い『人らしさ』を彼は保っている。敬意を抱くほど、どこまでも自分にはないものを持っている。それがメリーにとってのアイゼアだった。


「それよりそんな甘いことを誰彼構わず言ってると、手に負えないほど大勢の人から依存されますよ」


 アイゼアのお人好し具合は正直見ていて不安になる。こんな言葉をかけられてしまったら、極力一人でやってきた自分ですら頼りにしたくなるときも出てくるだろう。


 世の中にはすぐに誰かを当てにする人や善意につけこんで利用するような輩がいくらでもいる。優しく正しくありたいという彼の志が、怠惰かつ惰弱な者共に食い潰されていくのは不愉快だ。見たくない。想像しただけで全身の毛が逆立ちそうなほど腹が立ってくる。


 だからできることならあまり頼りたくない。むしろもっと強くなって、頼るのではなく頼ってもらえる存在でありたい。こんなにも心を砕いてくれたアイゼアだからこそ、この命と魔力、そして人生の時間、その全てを惜しみなくかけたいと思える。


 それが自身に許されたアイゼアへの最大の好意の向け方なのかもしれないとさえ思え、必ず最期まで守り抜いてみせると改めて心密かに誓いを立てた。


「誰にでも言ってるわけじゃないんだけどなぁ」

「怪しい。本当にそうなんですか? 私が全力で寄りかかって、身をもって後悔させてあげた方が良いんですかね」

「大丈夫だよ。メリーのことは全部僕が受け止めるから」

「おぉ……もしやこれがフィロメナさんも憧れる包容力のある男性ってやつなのでは?」

「茶化さないでよ。真面目なんだから……」


 パチパチと手を叩いて褒めると、アイゼアは薬湯を飲んだ直後のような苦々しい顔をした。どうにも彼は本気らしく、冗談っぽくしても真面目に返されてしまった。


 自分にはもったいないくらいの温かな思いやりに、胸の奥が熱で焼けついていくようだった。痛いほどに伝わってくるアイゼアの優しい気持ちだけを掬い上げ、メリーは心の片隅に宝物のようにしまい込む。


やっぱり私、あなたが好きなんだと思います。


 心の奥でひっそり内緒話を交わすように呟くと、無性に虚しい気持ちが掻き立てられた。純粋に恋い慕うことを許さない自分の立場と、複雑に絡み合う感情の中にある確かな想い。もう少しだけ、あと少しだけ想わせてほしい。この感情の殺し方を覚えるまでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ