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072 愚者と優しい嘘つきたち(2)【メリー視点】

 地を這う雷撃は草の根のように細かく枝分かれし、展開しようとしていた魔工学機械だけでなく、すでに地中から生えている結晶の棘をも砕く。


 打ち漏らしもいくつかあったが、狙いを守るべき後方に絞ったことで大半の罠を地中で沈静化させることができた。何がどこから来るのかさえあらかじめわかっていれば、何とかできる程度には努力してきたつもりだ。


 罠が無効化されたのが想定外だったのか首領の男は一瞬だけ驚愕の色を見せ、すぐに忌々しげにメリーを睨みつけた。指示を受けた敵の攻撃がスイウから逸れ、一部メリーへと向く。


 味方が罠の追撃に備えていたおかげで敵の周囲にはいないことや攻撃が自分に向いてくれることは、味方を巻き込んでの乱戦にならないから好都合だ。体は本調子とは言えないが、やりたいように戦えることは間違いなく追い風になっていた。


 今一人で敵陣の真っ只中にいるスイウは、単体相手が基本であり得意だ。かといって多数相手に簡単に負けるほど弱くもない。


 それでもやはり数が多ければ多いほど時間はかかるし、埒が明かない。守るべき背後がある以上、前に出てきた手下を素通りするわけにもいかず、奥に控えている首領の男まではまだ遠い。


 正面を塞ぐように乱立した水晶の棘を炎術で薙ぎ払うと、一人分の道が開かれる。敵へ向かって更に前進し、こちらへ襲いかかる敵を炎狼で翻弄して動きを封じる。敵の魔術を火球で相殺しながら、炎狼の牽制をすり抜けてきた敵をスイウと二人で迎撃した。


 剣と杖がぶつかり合うと、痺れの残る体では踏ん張りが利かず、勢いに押される。一度下がり、再度剣を受け止め、灼熱をまとった杖の切っ先が刃を折った。


 そのまま蹌踉(よろ)めいている隙に肉迫し、できる限り足に力を入れて素早く敵の頭を溶断する。頭部は勢いよく跳ね上がると、そのまま放物線を描いて地面に落ち、ごろんと転がった。


 光術で閃光を放ち、敵味方両者の視覚を一瞬にして奪う。怯んでいる間に前線にいた三人ほどを力づくで灰へと変え、先程の死体も焼いた。一拍遅れて首領の男の片足を遠隔の炎術で焼き切る。


 光が収束しかける直前、複数の炎狼を放ち、敵全員を中央へ追いやって囲い込む。閃光で視界が遮られた数秒間で一気に形勢を逆転させることに成功した。何が起きたかわかっていないのか敵は唖然とし、ぐるぐると威嚇するように迫る炎狼に追い込まれ、片足を失った首領の男の元に集められていった。


 これで(おおむ)ね必要なことは終わった。もう一つのやり方とは、手を出したらまずいと知らせるための“生き証人”を作ることだ。


 (なぶ)るくらいならサクッと殺す方が性に合っているが、セントゥーロ流の“生かすことを重視”するならこれが最善だ。敵が一か所に小さく固まったところでメリーは再度術の構築を始める。


「メリー……!」


 切羽詰まったような、焦りを帯びた声が胸を貫く。名前を呼んだ声の主がアイゼアだとすぐに気づき、ハッと我に返った。


 視野が広がり、それまでささめきのように遠かった悲鳴や呻き声、風の音や人の気配の音が洪水のように耳になだれ込む。そこでようやく集中しすぎて音が遠くなり、視野も狭まっていたことに気づいた。


「これ以上は──」

「大丈夫です。信じてください」


 おそらくアイゼアは全員を殺そうとしていると勘違いしたのだろうが、見境をなくして戦っているわけではない。生かすのなら手温いやり方は禁物というだけだ。


 反撃しようなどと思えないほどの現実を示す必要がある。報復の芽を摘むには、心身に嫌というほどの恐怖と後悔を刻みつけてやらなくてはならない。逆転できる、一泡吹かせてやる、そんな一欠片の希望すら抱けないように。


 一方で、できるだけ無関係の者には恐怖を抱かせないように配慮もしている。閃光を放って視界を遮ってから極力始末し、わざわざ死体も残らないように処理をした。人が死ぬ瞬間をできるだけ見せないよう、本調子ではない体でも手間をかけたのだ。


 メリーは魔術を安定させるために髪を一本抜いて触媒にし、魔術を発動させる。炎狼たちは姿を変え、敵陣をすっぽり覆うくらいの巨大な法陣を浮かび上がらせる。


「な、何だこの法陣。圧迫感が……!」

「やめろ、殺さないでくれ!」


 敵が法陣から抜け出すより早く圧縮された炎の格子が上へと伸び、鳥籠状の檻を形成する。逃げようと手を伸ばした敵の腕が格子が構築される際に触れ、ぼとりと音を立てて落ちた。


 一呼吸遅れて、腕を押さえながら痛みと恐怖に絶叫し、地面をのたうち回り始める。誰が首領の男の足を切断したのかを悟り、こちらを見る目にわかりやすく恐怖の色が浮かぶ。


 内側は熱気に晒されるせいか少しでも格子から離れようと身を寄せ、姿勢を低くして縮こまっている。術を破ろうと放った敵の魔術は、煌々と光を放つ格子にかき消された。賊たちは炎の檻を無言で凝視し、辺りには痛みに呻く声以外の音がなくなっていた。


「騎士の慈悲で命拾いしましたね」


 セントゥーロ王国はできるだけ生け捕りにし、更生させることを好む。それに対しスピリア連合国では殺してしまうことが多い。国に仕えるという同じ存在でありながら、騎士と魔術士では対応が大きく異なるのだ。


「覚えておいてください。二度目はありませんよ」


 メリーはわかりやすい見せしめとして、地面に転がったままになっている足に杖の切っ先を突き刺す。魔力を込めて灰にすると、恐怖に(おのの)く悲鳴がいくつも上がった。首領の男へと視線を移すと、彼は忌々しそうにこちらを睨みつけてきた。


 中にいる者たちは皆死にたくないのか、それとも熱さから早く解放されたいのか、とにかく口を引き結んで黙り込んだ。そうして誰も言葉を発さなくなり、この場にいる人の数からは信じられないほどの静寂が訪れる。


「快楽殺人鬼が偉そうに正義面してんじゃねぇ! いかにも自分だけは正しいことしてますって澄ましてんのが胸クソ悪ぃんだよっ!」


 唯一、首領の男だけは威勢が良い。足を奪われ、最悪殺されても良いと自暴自棄になっているのかもしれない。こちらを揺さぶってやろうという意図だろうが、何も響くものはなかった。


「戦場での正義は勝者にあるんですから、私が正しいに決まってるじゃないですか。それより散々人を傷つけておきながら形勢が悪くなれば被害者面するんですね。あなたも大概“胸クソ悪い”と思いますが」


 当然自分のことは正しいと思っているし、相手には相手の正しさがあることも承知の上だ。人の数だけ考え方や価値観があり、正しさがある。


 相容れなくとも、関わり合いを避けることで共存はできる。だが一度衝突し、こちらを排除しようとするのなら、殺し合って勝ち取るしかない。


 相容れない正しさ、守りたいもの、曲げられないもの、それらのために戦う。生きるか死ぬかで正しさを証明する。それがメリーの考えだった。


「涼しい顔しやがって……バケモノがっ!」


 これ以上敗者の戯言に付き合うのは時間の無駄だ。満足するまで吠えれば疲れて黙るだろう。


 皆が無事か気にかかり踵を返すと、大勢の視線がメリーに集中していたことに初めて気がつく。皆一様に、驚いたような少し固い表情をしていた。


「……大丈夫かい?」


 すぐ隣から声が聞こえ、想像していた以上に近くに立っていたアイゼアに驚く。元々こちらにはスイウしかいなかったはずなのにいつの間に来たのか。


 大丈夫、と返そうとした言葉は、アイゼアの顔を見た途端に喉元でつかえる。彼は表情を曇らせ、渋い顔をしてこちらを見ていた。


 何となく気まずく居たたまれないような変な気分になり、思わず目を逸らす。彼の目がまるで無言でこちらを咎めているように見え、急に胸の奥が重くなったような気がしたからだ。


 魔力に訴えるやり方を、アイゼアが好まないことはよく知っている。だとしても、友人たちを守ることの方がずっと遥かに重要だ。これでも自分にできる最善は尽くしたつもりだった。もし責めるというのなら、あの場でどうすべきだったのか教えてほしいくらいだ。


「説教なら帰ってからでお願いします」


 居心地の悪さを感じて彷徨(さまよ)う視線は、腰を抜かしたように座り込んでいるトラヴィスを捉える。後方を守るために少し前に出ていたからか、彼の周囲には人がおらずぽつんと浮いて見える。何か攻撃を受けたのではないかと心配になり、アイゼアの返事も待たずトラヴィスへと駆け寄った。


「無事ですか? 怪我はありませんか?」


 立ち上がらせようと手を差し伸べると、呆けた顔をしていたトラヴィスの肩がビクッと跳ね、その目がゆっくりとメリーへと向く。口を半開きにしたまま表情は強張り、こちらを凝視する瞳は大きく見開かれたままゆらゆらと不安げに揺らいでいた。


この目は……よく知ってる。


 トラヴィスの目に強い既視感を感じた瞬間、鉛でも飲み込んだかのように胸の奥がズシリと更に重さを増す。同時に、差し出した手もすぐに引いた。


 初めて会った日のペシェとミーリャ、あのフランですら初めてメリーの魔術を目の当たりにした日は同じ目をしてこちらを見上げていた。緊張と驚きを混ぜたような何とも説明しにくいこの表情と目を鮮明に覚えている。


 しんと静まり返る微かに緊張した空気も同じ理由だと察し、小さく息を吐く。頭でも経験としてもわかっていたことだ。『黄昏の月』という魔力に不気味な気配を持つ自分が、魔術を使い、目の前で人を傷つけ殺せばどんな反応が返ってくるかくらいは。そしてそれを今の今まであまり気に留めていなかった。


 目に見えない魔力の気配だけを何となく肌で感じるのと、魔術が展開された光景と共に魔力を感じるのとでは、同じ性質の魔力でも感想が変わるのは当然だ。ましてやメリーを知らない霊族たちはトラヴィス以上に恐ろしく感じたはずだ。


 威嚇でもなんでもなく人体に直接行使し、人を殺すことも全く厭わない。それが躊躇(ためら)いもなく自分に向けられたら……という想像が働くのは至極当然のことだ。それも黄昏の月の魔力が本能的恐怖を煽って蝕んでいるのだから尚更だろう。


「怖がらせるつもりはなかったんです。すみません」


 できるだけ安心してもらえるように、笑顔を作る。あなたへは使いませんとわかりやすく伝えるには、敵意がないことを示す以外にない。先入観で忌避されるメリーに「笑顔は誤解を解いてくれることもある」と兄のミュールが教えてくれた。


 前方からも後方からも注がれる警戒の視線に、場が沈静化した今、自分の役目はここにはないと察する。メリーはトラヴィスの脇をすり抜け、アジトの入口から中を覗き込んだ。


「ミーリャの治療はどうなりました?」


 フィロメナはまだミーリャの腹部に手をかざし、治療を続けている。あまり良くないのだろうかと不安になったが、顔を上げたフィロメナの目が強い輝きを保っていることに安堵する。


「大丈夫、あたしに任せて」

「そうですか。では、あとはお願いしますね。ミーリャは私にとってかけがえのない……友人なんです」

「あ……えぇ! もちろんよ、安心してちょうだい!」


 自信にあふれたフィロメナの笑みは頼もしく、少しだけメリーの気持ちを明るくしてくれた。ミーリャの容態の確認も終わり、これでひとまず安心だろう。


「術を解除します。また抵抗するかもしれないので気をつけてください」


 炎の檻へ視線を向けながら事務的に伝える。炎の檻を解除すると、スイウと他の傭兵たちが素早く敵を取り囲んだ。抵抗の意思が見えないのを確認してから、退路を確保するため街へ続く街道を目指して歩き出す。


「メリー様、どちらへ行かれるのですか?」

「先に帰ろうかと」

「お一人で離れるのは危険ではありませんか? 私たちと共に帰還しましょう」


 入口の側にいたエルヴェが引き止めるように声をかけてくる。声色は純粋にこちらを心配してのものだとわかり、なぜかほんの少しだけ安堵を覚えた。彼の心配に応えるように一度歩みを止めて振り返る。


「心配しなくて大丈夫ですよ。ついでにみんなが無事に街まで辿り着けるよう、退路も確認しておきます」


 杖を横に薙いで、一帯を囲むように燃えていた炎の壁を消す。水晶部分に光術で光を灯してから足早にその場を離れ、周囲を警戒しながら帰路についた。



 何事もなく街へと入り、ぽつんと一人で通りを歩く。すっかり夜も更け、聞こえてくるのは自分の足音だけだ。渋い顔をしたアイゼアを思い出し、後日説教される光景を想像して気分が沈む。


 面倒臭さを感じつつも、今度こそ愛想を尽かされるのだろうなという諦めのような感情がある。そもそも自分で招いた事態であり、やり方を変える気もないのだから、もうそれでいいのかもしれないとも思っていた。


 たとえ非難されようと、自分の意思を曲げるつもりはない。それを受け付けないと拒まれ、忌み嫌われるのなら仕方ない。自分の居場所はそこにないというだけの話だ。


 かつてのトラヴィスの言葉に、夢物語が現実に一歩近づいたのだと思った。普通に受け入れられて生活できる日が来るかもしれないと。どうやら勘違いだったらしい。


 どこへ行こうと結局自分は『黄昏の月』だった。霊族から見れば薄気味悪いバケモノ、人間から見れば生体魔術兵器でしかない。そんな人とも呼べないものを誰が友と呼ぶのか。トラヴィスのように、親しくなった者にすらも忌避される存在だったというのが現実だ。


 ペシェやミーリャ、フィロメナも、今までずっとトラヴィスと同じように感じていたはずだ。あれほどメリーを大切にしてくれていたミュールやフランですら、きっと最後までそう感じる心は消せなかっただろう。


 それを責めるつもりはない。これは霊族や天族の本能だ。周りにいた者たちが態度に出さないようにしてくれていただけで、感じるものが変わったわけではないことくらい最初から理解している。その現実を知りながら、目を背けて無視してきたのは自分の方だ。


だからこれは当然の報いだ。


 捨てきれなかった弱い自分の残照が、今度こそはと希望を抱き束の間の夢を見た。そして真実に直面し、夢や期待を失った。愚かな願いの果てに得たものは、純粋に自分を好いてくれていた人などただの一人もいなかったのだという暗澹とした現実だけだった。


『メリーの魔力は強いだけじゃなくて、みんなを幸せにするんだね』


 いつかのアイゼアの言葉が優しく頭の中に反芻する。今はその優しさが少しだけ虚しかった。嬉しいと感じてしまった。その言葉を信じたかった。信じていたかった。いつか本当になるかもしれないと。


結局この魔力は、理不尽に屈する者たちの涙を拭えても、笑顔にする力はない。


 いつか夢から醒める日が来る、そんな予感は心のどこかにあった。わかっていながら穏やかな日々を手放せなくて、一人で浮かれていた。


 星の(またた)く夜空を見上げながら大きく息を吸い、全てをその場に置き去りにしていくようにゆっくりと吐き出す。心の中で描いていた愚かな夢が、ひっそりと息絶えていくのをせせら笑いながら。

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