表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/88

070 不変のもたらす功罪(2)【アイゼア視点】

 結界を解除すると、それまで森に見えていた場所に道が現れる。侵入者感知用の魔道具をペシェとプルシアが無効化し、慎重に進んでいく。


 しばらくするとぽっかりと開かれた場所へと辿り着く。そこには不自然に、小さな屋敷程度の大きさの廃屋が建っていた。そのわりに、建材自体は比較的新しい。


 見張りの賊たちを速やかに一掃し、外に二人の傭兵を残して屋内へと侵入する。一階はさほど広くないが、地下へ下りるとそこそこ広い作りになっているようだった。


 二手に分かれることにし、プルシアと傭兵四人は通常の廊下を行く。アイゼアとスマルト、スイウとエルヴェとフィロメナとペシェは通気口から地下の天井裏を進むことになった。


 時々下を確認しながら深く侵入していくと、連れ去られた霊族たちが閉じ込められている区画を見つけ出す。牢のような造りになっており、当然見張りも何人かいるようだ。何とかこちらの存在を気取られずに排除し、救出する方法を考えなくてはならない。


「見える範囲では見張りがそれぞれ離れたところに四人……だな」

「全部で五人だ。右前方の死角に一人分の気配を感じる」

「さすがスイウ。さて、どうやって目を盗んで救出するかだけど……」

「俺が行く」


 エルヴェの肩の上から猫の姿をしたスイウが音もなくするりと降り立つと、下へ下りるために金網の蓋を開けるように頼んでくる。


「バレずにいけるのかい?」

「俺を誰だと思ってる」


 スイウは当然だと言わんばかりに不服そうな視線を投げてくる。彼の自信家っぷりは見習いたいくらいだ。


 アイゼアが静かに蓋を外すと、僅かに開いた隙間からスイウは敵の位置を改めて確認し始める。視線が全て逸れている間に音もなく落下して侵入した。小さな体を素早く物陰に潜め、機会を覗っている。


 見張りの背後に回りこみ、一瞬で人の姿に戻ると刀の峰で後頭部を殴りつけ気絶させる。相手を支えて倒れる音すら立てずに部屋の隅に寄せるとすぐに猫の姿に戻る。


 スイウはただ剣術に秀でていているだけではない。判断力もあり、奇襲から隠密行動、防衛戦など、本人の能力が発揮されにくい状況はあれど、対応力も非常に高く器用だ。好戦的でありながらも常に冷静に手際良く立ち回る姿は簡単に真似できるものではない。


 スイウは瞬く間に見張り五人を片付ける。その立ち回りは動きの決まった殺陣のように鮮やかだ。スイウはこちらを見上げ、終わったと目配せしてくる。制圧したのを確認し、アイゼアたちも速やかに下へと下りた。


「よし。俺はこいつらを縛りあげておくから、アイゼアたちは捕らえられた人の救出を頼んだぞ」


 意識がない敵から鍵を奪い、分担して一つずつ解錠し救出を開始する。順番に開けていき、小さな声で礼を言われながら次へと進む。


 全員を牢から脱出させると、フィロメナは救護道具を入れたカバンを抱え、様子を診て回り始める。天族だと広く知られるわけにはいかないため、治癒術を公に使えないときのために治療法等を学び、今では衛生兵として貢献してくれている。捕まっていた者たちの中には、致命傷には至らないものの深い傷を負っている者もいるようだった。


 閉じ込められていた霊族たちは全員救出し終えたが、ここにメリーたちの姿はなかった。捕らえられていた者たちの話によると、ここにいないのであれば『作業部屋』だろうと教えられた。


 救出された中には騎士たちも数人おり、トラヴィスの姿もあった。合流したプルシアに犯人の連行と失踪者の避難を任せ、救出したばかりの騎士たちと連携しながら護衛と避難誘導を始める。


 フィロメナにプルシアの方へ残るように伝えてから、アイゼアたちは『作業部屋』を目指し始めた。ペシェの使い魔に従いながら進むと廊下の端につきあたり、右側の部屋の方から一際明るい光が漏れているのが見えた。


 気配を殺して近づくと、中は広間になっており、正面に大きな機材が鎮座している。機材の上には大きめのガラス管のようなものが取り付けられており、その中に水晶のようなものがふわふわと浮いているのが見えた。


 敵に気配を察知されないよう壁際に寄り、更に詳しく中の様子を伺う。機材の前に背もたれと拘束具つきの椅子が五つ並んでいるようで、人が繋がれている。


 一番手前に見える椅子にミーリャがいるのが見え、ミーリャの隣には片手だけを拘束された女性、残る三つの椅子まではよく見えないが、少なくとも中央の椅子には意識のなさそうな男性がいるようだ。


 他に目につくのは、椅子の近くの床が黒く煤け、黒い塊が転がっていることだ。室内の左の方に杖を構えたメリーがおり、やはりそうかと合点がいく。近くには小さめの炎の檻と炎狼、ミーリャの傍らに立つ男はナイフを首のあたりに突き立てており、互いが睨み合う膠着(こうちゃく)状態だ。


「取引といこうか。そいつらを解放して、お前が大人しく従うならこの女の命は保証してやる」


 男はメリーを脅している。おそらく何らかの方法を使ってメリーは難を逃れ、ミーリャを救おうとここで敵と対峙している。


 そんな挑発の仕方をすればメリーは見境をなくして暴走を始めるかもしれない。ミーリャを人質にされている以上極端な行動には出ないと信じたいが、状況がどう変わるかわからないひりつくような緊張に、槍を握る手に力がこもる。


「これは酷い条件だな。さて、あのお嬢さんはどう出るかねぇ」


 どう出るか、などと言っているが決裂するだろうときっとスマルトは考えている。アイゼアも同じ考えだ。


 スマルトは目を(すが)め、今後の展開を推し量ろうとしている。敵に気づかれていない以上は不意を突きたいが、下手に飛び出せばあの場にいる者全員が危険に晒される。おまけにメリーの出方次第では魔術に巻き込まれかねない。


「スマルト、ここは僕に任せてほしい」

「考えがあるなら」

「スイウ、ペシェ、頼みたいことがある」


 作戦とも呼べない作戦だが、これまでの任務でも“よく使ってきた”手を使うことにした。内容を二人に伝えると了承してくれた。スイウは刀に憑依して姿を変え、ペシェが刀を手にした瞬間、雷鳴のような音が轟く。


「メリー……!」


 ペシェの押し殺した悲鳴のような声がメリーの名を呼ぶ。わかっていたとはいえ想像よりも早くメリーは反撃に打って出た。彼女の雷撃は避けられたらしく、更に小さな火球での追撃に移行している。


「交渉決裂。死んでもらうしかねぇなぁ」


 魔術障壁の中にいる男はナイフを逆手に持つと高揚した声色で吼え、ミーリャを狙って刃を向ける。もう迷っている暇はない。


「ペシェ、あの男に向けて頼んだよ」

「任せなって!」


 ペシェは刀に風術をまとわせ、刀ごと男へ目掛けて放つ。弾丸のような凄まじい速度で刀は飛び、一気に距離を縮めていく。


「ミーリャ!」


 メリーの切実な声が響く。ミーリャに迫る風をまとった男の手。メリーが放った炎の矢。回転しながら飛ぶ刀。まるで時が止まったかのようにゆっくりと進んで見える。長い長い一瞬の後、鋭い剣戟の音と共に吹き飛ばされそうな程の風圧がこちらの廊下へと流れ込んでくる。


 スイウは間一髪間に合っていた。男の風をまとった腕と競り合い、両者は弾かれたように間合いを取る。


「騎士団だ! 大人しくしてもらおうか!」


 アイゼアは声を張って宣言し、敵の視線と注目をわざとこちらへ向けさせた。


「おい、何でここが割れてんだよっ!」

「待て。あっちの人数が少ねぇ。やっちまえば問題ねぇだろ」


 やはり抵抗する道を選んだようで、敵は武器を構える。先程ミーリャを殺そうとした男はリーダーのような立場なのか、周りの賊に指示を出した。その後数人を引き連れて早々に別の出口から撤退していく。


 アイゼアたちも室内へ押し入り、戦闘を開始する。逃げた賊を追いかけたいがそちらへ割けるほど人数がおらず、残った賊たちも行く手を阻むように立ち塞がった。


「ペシェは被害者の救出を」

「わかった」

「エルヴェ、被害者とペシェの護衛を頼むよ」

「お任せください」


 二人へ指示を出しながら、アイゼアは飛んでくる雷撃を躱す。霊族と人間の混成組織らしい。賊にしてはかなり連携が取れており厄介だ。


「ハッ、後ろがお留守なのは良いのかお前ら?」


 敵が正面のアイゼアたちに集中している間に、一度猫の姿に戻ったスイウが敵の背面から現れて挟撃する。


「いつの間に後ろに!?」


 スイウは刀の峰で鮮やかに敵を薙ぎ払い、アイゼアも風をまとった攻撃で敵を翻弄する。じりじりと敵は一箇所に追い込まれていく。スマルトは魔装備の銃で地術の魔弾を打ち込み、賊の足元を沼地に変えて動きを封じる。そのまま一気に制圧し、無事に捕縛することに成功した。


 戦闘で張り詰めていた気を少しだけ緩めて振り返ると、二人は無事に失踪者たちを救出し終えていた。意識は戻っているものの衰弱しているようで、動ける者たちで肩を貸している。


「エルヴェ、ペシェ、みんなで速やかに救助者と脱出し──」


 指示を出しながら近づくと、こちらへ背を向けていたメリーが振り返る。その顔を見て、無事に救出できたという喜びが一気に消し飛んだ。


 遠目からではよく見えなかったが、メリーの口の端は切れて血が滲み、目元と頬が赤黒く腫れている。それだけでなく、額や目に近い部分にも打撲でできたような痣があった。


 服は薄汚れて所々血がつき、おそらくその下まで痣だらけなのは想像に難くない。戦闘をするだけの体力があり、メリーは無事だったと安心していた。それは全くの思い違いだったのだ。


 抑えきれないほど様々な感情が湧き出て、言いたいことが山程あふれてくる。何から言えば良いのか、何と声をかけるのがメリーにとっていいのか。思いと言葉が頭の中で嵐のように荒れて入り乱れる。


「アイゼアさん、助けに来てくれて助かりました。ここからは私も加わります」


 アイゼアより先に口を開いたのはメリーの方だった。見ているこちらが苦しくなるほどの痛々しい姿で、まだ戦うのだとメリーは強気な笑みを見せる。まるでかすり傷一つついていないかのような涼しい顔で、怯えも知らない凛とした振る舞いで、だ。


 何かに巻き込まれて被害者となった者は、多かれ少なかれ心に傷を負ってしまう。今のメリーはそんなものどこ吹く風と言わんばかりに堂々としていた。それは虚勢か、はたまた非常事態に身を置く緊張と興奮から感情が麻痺しているだけか。


違う、そのどちらでもない。


 メリーは戦場や痛みというものに慣れすぎてしまっているだけだと知っている。被害者でありながら、戦うために立ち上がる彼女の変わらない強さは、同じ立場である被害者たちにとっては心強く、助かるための一つの希望のように見えることだろう。


「もう戦わなくて良いんだよ。君は被害者だし、怪我も酷いから」

「それは──」


 メリーは一瞬だけ戸惑いと僅かな傷心を表情に出す。声には明らかな反感の色が出ていたが、言いかけていたものを引っ込めた。


「わかりました。ですが、援護くらいはさせてください」


 戦うなと言えば強く反論されるだろうと思っていただけに、彼女が大人しく妥協案を出してきたのはかなり意外だった。あのメリーにそう判断させるほど、体力も気力も削られているのかもしれない。


「……メリー」


 少しでも彼女の心労を和らげたい。その一心で何かかけられる言葉はないかと考える。


 守れなかったことを謝りたいが、謝っても自己満足な気がした。無事であったことを喜びたいが、傷だらけの姿を見て喜べなかった。


 大丈夫かと気遣うのは、明らかに大丈夫ではない彼女に「大丈夫」と嘘を言わせるだけだ。メリーが傷つけられて悲しい、なんて言ったところで困らせてしまう。もうつらい思いはさせない、そんな軽々しい確証のない約束は不誠実の証明にしかならないだろう。


 どれも気遣ったような気になれるだけの、独りよがりな言葉ばかりが浮かんでくる。あまりにも独善的な自身の思考に、落胆と軽蔑の念すら覚えた。


「無理だけはしないようにね」


 結局絞り出せたのはそんなどうしようもない言葉で、肝心なときに限って気の利いた言葉は一つも出てこない。


 窮地に立たされれば「無理をするな」なんてなんの意味も持たないが、どうかこれ以上傷つかないでほしいという祈るような思いだった。


「はい。ですが、私はまだ戦えるくらいの体力はあります。心配無用ですよ」


 メリーはトンと力強く胸を叩くと、腫れて歪んだ目元を柔らかく細め、笑いかけてくる。すっかりボロボロの姿で、瞳に宿る優しくも鋭い輝きだけがいつもと変わらない。その変わらなさがあまりにも悲しくて痛々しく、よりアイゼアの心を苛んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ