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007 君は規格外、僕は想定外(2)【アイゼア視点】

 つきまとわれて不愉快なら半殺しにすればいい。メリーのあまりにも振りきった選択に、笑えばいいのか嘆いたらいいのかすら、アイゼアはわからなくなっていた。


「それやると社会的に死んじゃうよね、僕」

「アイゼア、この子ヤバくない? 髪の桃色とふわふわな雰囲気で誤魔化(ごまか)されてるけど、怖すぎでしょっ」

「お前もだいぶヤバいから安心しろ」

「ブリットルがさっきから冷たいっ」

 ひしっとサヴァランに腕を掴まれ、思わず苦笑が漏れる。


「ねぇ、キミさっきの半殺しは冗談? それとも本気?」

「本気です」

 当たり前だと言わんばかりに即答するメリーに、サヴァランはますます引いているようだった。


「その人、自分がアイゼアさんより弱い立場なのを利用してつけ込もうとしたんですよ? 守られる立場だとわかってて迫るのは、力で従わせるのと同じこと。なら、力で捩じ伏せられるのも道理です。それと、家族と自分を天秤にかけさせる性根もかなり気に食わないですね」


 想像以上に深刻に捉え、真剣に意見しているメリーを物珍しそうに二人は見つめる。同情はされても、この話を笑い話にせず真面目に考えてくれる者は少なくともこの騎士団内にはほぼいない。


「すみません、話が逸れました。とにかく恐怖を植え付ければ、また話しかけようなんて思いませんよねってことです。アイゼアさんも、もし次あったときはすぐに言ってください。分を(わきま)えるよう、私が心身に刻んでやりますから」

「うん、ありがとう……気持ちだけ受け取っておくよ」

 アイゼアは絶対に頼ったらダメだと心に固く誓い、丁重にお断りしておくことにした。


「なぁなぁ、スピリアの霊族ってみんなキミみたいな考えなの?」

「セントゥーロの人たちよりは確実にそうだと思います。魔力至上主義社会だったので、基本的には実力が物を言うところでしたし。族長家や御三家は強大な魔力を持つ家系で、本来は領地の頂点に立って弱い霊族を保護する役目があったんです。長い年月をかけて腐ってあの有様ですが」

 二人はメリーが話すスピリア連合国の話に興味があるのか、いつになく真面目な顔で耳を傾けている。


「基本的には力を力で抑えて秩序を保ってた国だったので、族長家や御三家同士での牽制や争いも当然ありますし、魔力の優劣で序列も簡単に変わります」

「何でキミが力で押し切ろうみたいな考え方なのかはわかったけどさ、セントゥーロではダメ。ここで暮らしてくなら覚えといた方がいいよ」

 珍しくサヴァランが殊勝なことを言っている、という驚愕の視線をアイゼアは送る。


「……だが能力で優劣が決まるのは嫌いじゃない。貴族か平民か、それだけでどれだけ苦労したか。どっかの誰かはへらへらしてるだけで中隊長だというのに」

「え、何、それオレのこと言ってる……?」

「自覚あったのか。私は今、人生で一番感動してる」


 ブリットルは感心したように僅かに目を丸くした。だがその感動もすぐに消えたのか元の無表情に戻る。酷い、傷ついた、と喚くサヴァランをブリットルは完全に無視すると少しだけメリーの方へと顔を向ける。


「メリー、お前から見てアイゼアはどう見える。少し気になる」

 サヴァランはともかく、ブリットルから話しかけるのはかなり珍しい。実力重視な性格が合っているのか、興味を抱くような人物として彼女の目に映ったのか。


 ブリットルはかなり貴族嫌いなところがあるが、メリーは一応こちらの国で例えるならサヴァランと同じくかなり高い地位の貴族にあたる。だが彼女の人柄は丁寧でありながらそれをあまり感じさせない。そこがまたブリットルの興味を引いたのかもしれない。


「そうですねー……第一印象は隙がなくて、笑顔が胡散臭(うさんくさ)い人だと思いました」

 メリーは何か思い出すように視線を上に向け、うーんと唸りながら言葉を続ける。


「出会いが最悪で、満身創痍の私の手足を拘束して尋問にかけてきたんですよ。何がなんでも情報を吐かせようっていう圧を感じましたね」

 引くわ……とでも言いたげな二人の視線がアイゼアへ突き刺さる。


「その前にこっちの警告を無視したんだから、メリーにも非はあるんだけどなぁ」

 一応名誉のために弁解はしておく。別に嫌がらせで拘束して尋問したわけではない。警告無視に盗聴と、捕らえられても仕方ない罪状もそれなりに揃っていたことを忘れないでほしい。

 だが、人の記憶というものは嫌なものほど残りやすいもので、その前に敵の一撃から守ってあげたこともすっかり忘れてしまっているに違いない。


「まぁまぁ、これは最初の印象の話ですから。本当は家族思いでお人好しで……ちょっとだけ脆い人って感じですかね」

 お人好しで脆い、メリーから自分は少し頼りない人物として捉えられているらしく地味に落ち込む。頼れる仲間というよりは、守らなければならない仲間という含みがあるような気がしてならなかった。全く良い印象を抱かれていない気すらしてくる。


「でも私には足りないものを沢山持っててすごいんです。そこに敬意を抱きますし、何度もアイゼアさんには助けてもらいました。期待するような面白い話はできなくてすみません」

「いや、いい。率直に聞いてみたかっただけだから」

 現金なことに、敬意を抱くなんて言われたことで落ち込んだ気持ちが浮上してくる。頼りにされている面も少しはありそうだとわかったからだ。とはいえ自分も大概単純にできているものだと、半ば呆れてしまった。


「よかったな、アイゼア。尊敬されてるんじゃーん?」

「サヴァランも誰かに尊敬してもらえるようになれるといいね」

 サヴァランに肘でつつかれ、一際深い笑みを作って嫌味を返してやった。相当刺さったらしく、サヴァランは机に肘をつき頭を抱え始める。

 二人は仕事上がりだったらしく、しばらく四人での会話は続き、三人は初対面とは思えないほど話に花を咲かせていた。



 時間はあっという間に過ぎ、騎士団本部の入り口までメリーを見送る。街灯の明かりはあるものの、人通りはだいぶ少ない。


「本当に見送らなくて大丈夫かい?」

「明日は仕事なんですよね? 宿舎もすぐそこなんですから、わざわざ送ってもらわなくても大丈夫です」

 何度も送ると言ったのだが、メリーは頑なに一人で帰ると言って譲らなかった。メリーは虚空から杖を呼び出すと、その水晶の部分に光術で明かりを灯す。


「それに人間が束になって襲ってきたところで、負ける気はしません」

 確かに普通に戦えばそうだが、万が一不意打ちにでも遭えば結果はわからない。一抹の不安を抱えながらも、メリーの意思を尊重してこの場で見送ることにした。


「今日はありがとうございました。サヴァランさんとブリットルさんもお話できて楽しかったです。それじゃあ、おやすみなさい」

 メリーは軽く会釈(えしゃく)をすると杖の明かりで照らしながら帰路についた。その後ろ姿が見えなくなった頃、ブリットルがぽつりと呟く。


「いいヤツだな。お前のダメなところをよくわかってる」

 相変わらず表情筋は死んでいるが、声色は僅かに明るく軽い。


「……それ、いいの?」

「いい」

 ブリットルは無表情のまま力強く頷いた。


「なぁなぁアイゼア、それよりさー」

 サヴァランが勢いよく両肩を掴んでくる。何か企むような満面の笑みに、あまりいいことを考えていないな、というのがひしひしと伝わってきた。


「あの子のこと、もしかして好きだったり?」

 何を言い出すのかと思えばと、アイゼアは深いため息の中に呆れを込めて吐き出す。


『おかえりなさい、アイゼアさん』


 サヴァランに問われ、一瞬だけあの日のメリーの姿が頭をよぎる。


「恋愛とかそういうことは考えたことなかったなぁ……」

 仲間や友としてならハッキリ好きだと明言できるが、恋愛対象として意識したことはなかった。というより、あの旅の中にはそんな余裕はほとんどなかったように思う。皆がそれぞれ必死で、毎日命を擦り減らすように戦っていた。


 改めて考えるなら全てが落ち着いた今なのだろうが、自分でも正直なところどう思っているのかわからない。いや、わからないと考えている時点で恋愛対象として一定の好感はあるのだろう。だからといって今メリーに対して恋愛感情があると言えるのかと聞かれれば、それはまた違うような気もした。


「あれあれ? オレいつ恋愛対象として、なんて言ったかな〜? 意識してんじゃーん?」

「僕には通用しないよ。そんな幼稚な駆け引きで動揺が誘えると思う?」

「お前の精神年齢は初等部止まりか……嘆かわしい」

 どう考えてもそういう意味で聞いただろう、とブリットルと二人で冷ややかな視線を送ると、サヴァランは何も言い返せず不満そうに口を尖らせた。


「でもあの子、物騒でちょっとヤバい感じだったな。悪いヤツじゃないし国柄の違いかもしれないけどさー」

 メリーの発言とまとう雰囲気は、確かに他人を怯ませる迫力がある。だがそういうものが雰囲気に出てしまうほど武装しなければ生きてこられなかった事情があることを、アイゼアは知っている。だからこそ、少しだけサヴァランの発言が引っかかった。


「確かに誤解されやすいけど、自分にまっすぐな強い人だよ。僕もカストルもポルッカも、メリーには何度も助けられてるし」

「ふぅーん……?」

 訝しむようなサヴァランの視線に心地の悪さを感じ、眉を(ひそ)める。


「アイゼア、怒るな。サヴァランは下世話なことにしか興味がないだけだ。それに、わたしはメリーはいいと思う。仲良くなれそうな気がした」

「うっわ、珍し……」

 サヴァランが呟いた通り、ブリットルは他人に対して好感を抱くことがあまりない。会話をしてみて波長が合ったのだろうか。


「また話してみたい。今度はサヴァランがいないときで頼む」

「まぁ、それなら考えておくよ」

 ブリットルから歩み寄ろうとするなんて、こんなことは早々ない。メリーには人間の女性の友人はいなかったはずだし、ブリットルも友人は少ない。仲のいい人が増えるのは双方にとって悪くない話だ。


「えー! オレハブるの? 酷くない!?」

「物騒だから近づきたくないんだろう?」

「そんなことない! オレも仲良くなる。二人いるときで頼むよ、アイゼア〜」

 ブリットルはまだしも、サヴァランは本当にろくなことを言わない。今日だけでも秘匿したいものをメリーの前で散々晒されたような気がする。


 アイゼアは縋りついてきたサヴァランの腕を引き剥がしながら、皮肉っぽい笑みを貼り付けて口を開く。


「絶対、嫌だね」

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