069 不変のもたらす功罪(1)【アイゼア視点】
騎士団本部、特殊任務隊執務室。ここは特殊任務隊、通称『特務騎士』の活動拠点とも呼べる場所だ。外での任務がないときは、基本的にここで書類仕事や雑務など任務遂行のために必要な業務にあたっている。
日が沈み、窓の外はすっかり暗く、街の灯りだけが黒の世界に浮かび上がる。この時間まで仕事をしているのは積み上がったままの資料や書類の山と戦っている……というわけではない。アイゼアは今日の仕事を終えたもののそのまま残り、同僚であるスマルトの執務机の前にいた。
「参ったな……」
スマルトは眉間に刻まれたシワを更に深くし、わしゃわしゃと前髪をかき混ぜながら重いため息をついた。『霊族狩り』はここ数ヶ月騎士団の頭を悩ませ続けている案件の一つである。
特殊任務隊に回ってきてからはスマルトが主に担当していた。特務騎士の中でも優秀であり、安定して成果を出しているスマルトが苦戦するのはどちらかと言えば珍しい。
だが今回は仕方ない面もある。霊族や魔術、魔力が絡んだ事件は、それらを感知する術のない人間にとっては非常に厄介な案件だ。今回も例に漏れず解決の糸口を掴めずにいる。その間にも被害は増え、刻々と時間ばかりが経過していく。そしてとうとう悠長なことを言っていられる状態ではなくなったのだ。
「ノーグの留学生に被害が出たのはかなりまずいわ」
スマルトの傍らに立つ女性騎士、プルシアが肩を竦めながら嘆息する。留学生が犯罪に巻き込まれたともなれば、国際問題に発展しかねない。ノーグ共和国との関係だけでなく、セントゥーロ王国の信用や名誉にも関わる事態にまでなっていた。
「不甲斐ない。そうでなくとも早々に片をつけないといけないというのに……」
これまでずっと調査してきてほとんど進展がなく、スマルトの表情は芳しくない。もちろんスマルトだけでなく本隊の騎士たちも動き、各区の巡回も強化している。アイゼア自身も気にかけてこの件については少し調べたりもしていた。それでも敵の尻尾は掴めていなかった。
「忙しいのは重々承知だが、頼む。二人の力を借りたい」
今日執務室にいるのはスマルトの他に、アイゼアとプルシアの二人だけだ。いつもより人が少なく、皆出払ってしまっているのも運が悪い。
「それはもちろんよ」
「ここまで深刻化したら、他の案件よりも優先しろって命令が上から飛んでくると思うよ」
命に優劣をつけるわけではないが、国の沽券に関わるとなれば上は血相を変えるというものだ。何としても問題が深刻化していくことを回避するために、案件の重要度は一気に跳ね上がる。おそらく最重要クラスだ。
「って言っても、私は魔術の知識がちょっとあるくらいで役に立てるかわからないよ?」
プルシアは霊族で、特務騎士内には彼女を含めて二人しかいない。残っていたのが彼女だったことは不幸中の幸いと言っていい。少なくとも魔術に対して何の知識も対抗手段も持たない人間よりは期待できるだろう。そして彼女自身もまた、能力が高く信頼できる人物であった。
三人で顔を突き合わせながら、机にびっしりと広がる『霊族狩り』の件に関する資料に目を通していく。資料の内容は、事件の概要、最初に事件が発覚した時期、実行犯や手口について、予想される犯行動機や犯人像、難を逃れた者の証言など多岐に渡る。
「騎士からも行方不明者が出てるのね。術士隊の連中が関わりたがらないのも納得」
「はは……プルシアまで関わらないなんて言わないでくれよ?」
「当たり前でしょ? っていうか、私は特務騎士なんだからどうせ拒否権なんてないじゃない」
失踪した霊族の人数はたった三ヶ月ほどですでに十人を軽く超えている。もちろんその全員が『霊族狩り』の被害者とは限らない。あくまでも可能性の高い者の名前が一通り挙げられているだけではあるが、それでも霊族が少ないこの国で、霊族ばかり立て続けにこの人数は異様でしかない。
「共通点は霊族ってだけで、年齢も性別も生活圏にしている区もバラバラだ。唯一言えるのは北区の被害者はないってくらいだな」
「北区はそもそも霊族が少ない地区だから何とも言えないかな」
北区は主に貴族が多く住んでいる地区であり、古くから住んでいる者が大半だ。人の流入が激しくないため、大半が移民に該当する霊族は必然的に数が少ない傾向がある。少なくとも、身代金目当ての誘拐といった類のものではないことだけは明らかだった。
「ね、案外さ、北区に本拠地があったりして。霊族は人身売買で高値がつきやすいし、そこで売り捌かれてるとかどう?」
「手口は荷馬車で標的を荷台に引きずり込むんだったな。そのまま荷馬車で北区に出入りすればあり得る……か?」
「証言を信じるなら普通の荷馬車みたいだし、北区ではみすぼらしくて逆に悪目立ちだよ」
「住んでたヤツの発言は説得力あるなぁ」
北区に住む貴族や富豪が邸宅に商人を呼びつけるのなら、その荷馬車も相応の質のもので来るはずだ。そういった荷馬車も用意できないような商人は相手にしないし、もし相手にするというのなら相応の馬車を手配して向かわせるか、直接店へと出向くだろう。
自宅にみすぼらしい荷馬車が停まっていれば、たちまち格がどうのこうのと井戸端会議のネタにされる。そういったことは基本的に避けるはずだ。
二人と話し合いながら、アイゼアは失踪者名簿に視線を落とす。失踪日から始まり、名前、年齢、性別、住所や職業について記されている。何か気づきはないかと上から順に目で追っていくが、スマルトの言った通り共通点は種族以外何もない。名簿もいよいよ終わりに差し掛かった頃、ある名前が目に留まり思わず息を呑んだ。
トラヴィス・チェンバレン
名前を見た途端、夏の晴天を思わせる青い瞳の青年が頭をよぎる。失踪日を見るに、行方不明になったのはごく最近らしい。
トラヴィスがよくメリーに会いに行っていたことは、メリーの話から知っている。もしかしたら彼が連れ去られたことが、皮肉にも起死回生の一手になるかもしれない。
「……もしかしたら失踪者の居場所がわかるかもしれない」
「本当か!?」
「ただ少し問題があって。それを割り出してくれそうな友人が、ちょっとその……性格に難があるというか……」
メリーがトラヴィスと魔力交流をしていれば、彼女の魔力量であれば問題なくトラヴィスを使い魔で追うことができる。同時に、メリーに事情を話すということはメリーという導火線に自ら火を点けることにもなる。背に腹は代えられないか、と決断しようとしたとき、執務室の扉が勢いよく開いた。
「霊族狩りから逃げてきた被害者を連れてきましたっ」
息を切らした騎士が一息で報告を済ますと、被害者と呼ばれた人物が室内へと通される。うぐいす色の髪に桜色の瞳、その姿は見覚えどころかよく見知っている。アイゼアが声を発するより先に“彼”は声をかけてきた。
「アイゼアくん! ちょうど良かった。メリーとミーリャがわけわかんないヤツらに襲われて……!」
ペシェは一通り自分たちの身に起こった出来事を話す。荷馬車に複数犯、霊族を狙って拉致をするという特徴は『霊族狩り』の事件と全く同じだ。それどころか妙な薬品を使ったというのだから、失敗を経て更に手口が悪質になっていると言っていい。
「メリーとミーリャは今は?」
「ごめん、わからない……」
二人の状況を尋ねると、ペシェは一気に表情を曇らせる。メリーは戦闘慣れしていて、戦場も経験として知っている。危険な任務にも何度も同行してもらった。
その彼女が協力要請ではなく即座に逃げろとペシェに言ったのなら、勝てる見込みがないと判断したと考えるのが妥当かもしれない。
ペシェは右手を前へ軽く差し伸べるように出し、手のひらの上に使い魔の小鳥であるうぐいすを二羽呼び出す。使い魔は手を離れて頭上へ飛び上がり、ペシェは祈るように目で追う。
「……二人共、生きてはいるみたい」
「生存が確認できるの?」
プルシアの質問にペシェは首を縦に振る。
「生存が確認できるってより、生存してなければ反応しないって感じだけど。そんなことより早く。今ならまだ追えるし、協力するから二人を助けて」
「追う?」
「魔力交流だよ。前に少し話したよね? ペシェは被害者の二人と交換してるから」
「あぁ、そういうことか!」
スマルトはもちろんのこと、霊族のプルシアでさえ魔力交流のことは知らなかった。元々知られていないのか、使う機会がなく廃れてしまったのかはわからないが、人間とは交換する魔力もないのだから、この国では必要性がほぼないと言っていい。
以前冥月の夜に霊族狩りの件を相談したとき、この件が難航しているのは魔力交流自体知られていないからだとメリーは言っていた。遠くへ連れ去られれば追える者は少なくなるが、早い段階でなら魔力の弱い者でも捜索できる範囲にいることがある。スピリアでは魔力交流は拉致誘拐の抑止にも一役買っているのだとか。
「捜索範囲は魔力量に比例するの。アタシはそんなに魔力があるわけじゃないから、遠くに逃げられたら終わり。だから動くならできるだけ早い方がいい」
「わかった。本来なら市民を同伴させたくはないが、今回ばかりは協力してもらうしかないな」
スマルトはペシェの申し出を受け入れ、頷く。犯人へと繋がる手がかりが乏しい中、ペシェは一気に形勢を変える存在だ。その手段を失えば次に犯人を追える機会がいつになるかわからない。問題が深刻化している以上、手段を選んでいる暇はなかった。
アイゼアはすぐに傭兵として協力してくれているいつもの三人へと召集をかける。スマルトとプルシアも同じことを考えていたのか、言葉を交わすこともなく、各々信頼できる傭兵に召集をかけていた。
最終的に集まったのは、スマルトとプルシアが呼んだ専属傭兵がそれぞれ三人ずつ、作戦参加者は非戦闘員として数えているペシェを含めて全員で十三人となった。分隊一つ分程度の人数は場合によっては二班や三班に分けることができ、小回りも利きやすい。
任務内容は、最優先事項として失踪者全員の救出と速やかな安全確保。次点で犯人の捕獲だとスマルトは指示を出した。
できれば両方完遂したいところだが、何かを捨てなくてはならなくなったときは失踪者の人命が最優先される。つまり失踪者の人命のために犯人の追跡を断念することもあれば、守るために犯人の命を奪うことも許可されるということだ。
スイウ、エルヴェ、フィロメナの三人に、メリーとミーリャが拉致されたことはすでに伝えてある。スイウは相変わらず表情を変えなかったが、エルヴェとフィロメナは二人を始め失踪者たちの安否を心配して表情を曇らせていた。
ペシェの使い魔の案内に従い、追跡開始する。西区方面へと向かい、やがて街の西門から街道へと出る。少しして街道を逸れて川沿いに南下し『メープルナッツの森』と呼ばれている森の中へと入った。
「まさかこの森に潜伏してるっていうの?」
プルシアは顔を顰め、睨むように目を細める。無理もない。この森はサントルーサの特産品でもあるメープルナッツという木の実が採取できる。
他にも食材になる果物やきのこなどが自生し、秋はメープルナッツの木が紅葉して森が赤一色に染まる。味覚や美しい景観を求めて、戦いに縁のない者でも普通に訪れるような森だ。街から近いおかげか魔物もあまり多くなく、比較的安全な場所として知られ親しまれていた。
「人気は多い方だが、川は近いし食料にも困らない。商人の荷馬車が寄ることも多いし、適度に潜伏しやすくはあるが……」
スマルトは感心とも呆れともつかない声色で淡々と呟く。思えば失踪者は夜に拉致された可能性の高い人が多かった。魔物が活性化する夜にあえて森に来る人はほとんどいない。万が一見つかっても商人の馬車であれば護衛がついていることも多く、目撃されても通常よりは疑われにくい。
「ここ……」
ペシェは不意に立ち止まり、道の先ではなく木々の生い茂る森の奥をじっと凝視する。頭上で飛ぶうぐいすがその場をくるくると旋回していた。
「結界が張られてる。解除するからちょっと待ってて」
「待ってペシェ。スマルト、結界の解除はしていいのかい?」
アイゼアは確認のためにスマルトに判断を仰ぐ。結界を解除するということは、侵入の形跡を残すということだ。解除をすれば後には引けなくなる。
犯罪の証拠や痕跡を掴めたとしても、相手の規模が想像以上であったとき、気づかれないよう撤退して救援を要請したり態勢を立て直すといった行動は取れなくなる。下手を打てばこの場所からすぐに移動され、今度こそ追跡しきれなくなる可能性もあった。
「解除しよう。この人数で任務を完遂する」
「了解。解除は私も手伝うわ」
手をかざし、結界を解除しにかかったペシェの隣にプルシアが立つ。ぼんやりと光を放つ法陣が現れ、二人は同時に渋い表情をした。解除には時間がかかるのかもしれない。
メリーたちは大丈夫だろうかという不安がキリキリと絞り上げるように心を苛んでいる。特にメリーはミーリャが巻き込まれたことで、冷静さを失っていないか、捨て身で戦うのではないか、と別の方向でも不安が付きまとっていた。




