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067 夢の綻び(1)【メリー視点】

 扉を開いた途端、涼やかな夜風が吹き抜け、火照った頬を冷ます。店内のざわめきと店員の声を背に聞きながら、店を後にした。


 無意識に空を見上げ、ぽっかりと浮かぶ月を眺めながらゆっくりと深呼吸する。お酒を飲んで鈍っている思考が少しだけ冴えたような気がした。


「さーて、お腹もいっぱいになったし帰るとしますかねー!」


 ぐっと伸びをしながら歩き出したペシェに続き、メリーとミーリャの三人で帰路へとつく。


 店が大通りから離れているからか人通りはほとんどなく、街灯の温かな橙色が石畳の道を照らし、てかてかと濡れたように輝いている。コツコツと足裏から響いてくる音が軽快で心地良く、自然と足取りも軽くなった。


 ペシェが見つけてきた隠れ家的な小料理屋は料理も雰囲気もとても良かった。満たされた気分に浸りながら、まだまだ尽きない話題に花を咲かせていると、徐々にミーリャが遅れだす。振り返るといつの間にか後方に取り残されて距離が開いてしまっていた。


「ったく、ミーリャ飲み過ぎ〜。置いてくよー!」


 歩みを遅くしたが、距離は縮まるどころか離れてしまう。立ち止まって待つことにしたが、やはり歩みは遅い。千鳥足とまではいかずとも、やや覚束ない足取りといった感じだ。


 思っていた以上に酔いが回っているらしく、彼女のペースに合わせていたら家に帰るのは朝になりそうな速度だった。


「仕方ないですね」


 メリーはミーリャの隣まで引き返し、酒臭いなと思いつつも肩を貸す。いつもの調子からは想像もできない上機嫌な声でミーリャからお礼を言われた。


「ね〜、もう一軒。もう一軒行こ〜?」

「何言ってんの! そんなベロベロで行けるわけないっしょ!」


 人差し指を前に突き出してミーリャはノリノリだ。それに対し、ペシェの叱る声が飛んでくる。いつもはペシェが一人で賑やかだが、ミーリャまでこうなると賑やかを通り越して騒がしい。


 ペシェやミーリャとお酒を飲みに行くようになったのはサントルーサに住み始めてからで、ミーリャが酔うとこうなるタイプだということを知らなかった。


 自分もあまり強い方ではないため他人のことはとやかく言えないが、飲む量をある程度自制できる分マシだ、とケタケタと笑い続けるミーリャを横目で一瞥しながら思う。


「んぐ、重っ」


 ふらふらの足ではしっかり体を支えられていないのか、時折遠慮なく体重がこちらに寄りかかってくる。ミーリャの方が身長も高くその分体重も重いため、こちらまでふらついて歩みが遅くなる。


「ほら、もう少しそっち寄ってください。馬車に轢かれますよー」


 背後から馬車が近づく音がし、ミーリャを壁際に寄せながら歩く。馬車はこちらを轢かないように警戒しているのか速度を緩めたらしく、ゆっくりと隣へと並んだ。


 気になり横目で見ると、よくある型の商業用の荷馬車であった。だが突然荷台の幌が少しだけ開いたかと思うと、中から何かを投げつけられる。小さな玉のようなものが体に当たり、ボワッと一気に粉が舞った。


 全く警戒していなかったせいで無防備に吸い込み、咽るように咳き込む。ミーリャの重みが更に増すと同時に、メリー自身も強い眠気と体の感覚が痺れて鈍っていくのを感じていた。急速に力が入らなくなっていき、足から崩れて地面に両膝をつく。まずいことが起きていると頭の中で警鐘が鳴り響いている。


 荷馬車の荷台から伸びる手に腕を掴まれかけ、炎術で払う。体が痺れているせいか、思うように魔術が制御できず歯噛みした。


「メリー! ミーリャ!」

「ペシェ逃げて……早く……!」


 一瞬の判断ミスが命取りになる。ペシェ一人では、二人を守りながら敵を退けることはできないと判断した。荷台から伸びてきた手が一本や二本ではなかったからだ。


 ペシェは判断を間違えなかった。戦い慣れしているメリーの勘を信じてくれたのか、迷うことなく逃げの一手を選んだ。地面を蹴り、風術で空へと舞い上がる。


「逃がすな、アイツも捕まえろ!」


 荷台の中にいる誰かが叫び、ペシェの後ろに追い縋る影を二つ視界に捉える。メリーは途切れそうになる意識を鋭く集中させ、何とか火球を生成して影を二つ足止めする。


「コイツまだ戦えんのかっ」


 複数の影に囲まれ、抗うこともできず頭を地面へ押さえつけられる。体は痺れ、眠気で目も霞み、まともに応戦できない。周囲に異変を報せるために叫ぼうとしたが、もう声にはならなかった。


「クソ生意気な。大人しくしてろっ!」


 腹部に蹴りを喰らい、咳き込む。先程食べたばかりのものが今にも返ってきそうだ。予定通りに事が運ばなかった腹いせか、執拗に蹴られ踏みつけられた。幸か不幸か、体が痺れているおかげで痛みはほとんどない。胸ぐらを捕まれ、眼前に迫る拳が最後の記憶となった。



* * *



 体の鈍い痛みと共に意識が戻ってくる。まぶたの裏に薄明かりを感じ、目を開く。目のあたりが腫れているのか若干視界が狭い。天井はあまり高くなく、冷たく青白い明かりがぼんやりとこちらを見下ろしていた。


 手足はがっちりと拘束されてびくともせず、何かの機材に繋がれている。体からとめどなく魔力が流出し、吸い取られていく。鈍く痛む頭でも、それがこの機材のせいだと気づくのにさほど時間はかからなかった。


 長く拘束されればされるほど魔力が減り、衰弱する。吸いつくされれば体が『解離』を起こして死ぬ。動けるだけの体力のあるうちに逃げ出さなければ自力での脱出は不可能だ。軽率な行動もできないが、慎重になりすぎて決断を先送りにすることも命取りになる。


 状況を把握するために頭を動かすと、左隣には同様に機材に繋がれたミーリャの姿があった。額を伝う血はすでに乾いており、ミーリャが怪我を負ってからの時間の経過を察する。


 同じように魔力を抜き取られているのなら、死ぬのはメリーよりミーリャが先だ。魔力量に恵まれたメリーと凡人の域を出ないミーリャでは、例えるなら砂時計の砂の量が違うようなものだ。同時に時計をひっくり返すと砂の少ない方が先に落ちきるように、魔力の少ない者の命が先に尽きる。


 右を向くと三つ椅子があり、三人拘束されている。全員意識がなく、情報を聞き出せる状態ではなかった。


 魔術を使おうとすると魔力を機材に吸われ、術も使えない。魔力を吸い取る目的として考えられる理由はいくつかあるが、今それを考えても仕方ない。ただ連動するようにして頭に浮かんだのは、以前アイゼアから聞いた『霊族狩り』という単語だった。


 ペシェは無事だろうか。無事であればきっと騎士団に話が行き、ペシェの使い魔の捜索範囲内であれば魔力を追ってここへ来られる。助けが来る。


 だがもしも捜索範囲外まで運ばれていたとしたら助けは絶望的だ。霊族狩りに関しては、捜査が全く進展しないとアイゼアが嘆いていたことをよく覚えている。助けを期待しすぎない方が賢明だ。


 何とか自力で逃げる方法はないかと思案していると、複数の気配と会話の声がこちらへと近づいていることに気づく。意識が戻っていることを悟られないよう、とっさに目を閉じた。


「いやぁ、あのピンク頭には焦ったなー。魔術使ってきたときはゾッとしたぜ」

「だよなぁ。アレ食らって魔術使えんのヤバすぎだろ」


 薄く目を開くと五人の男性が見える。下卑た笑い声を上げながら交わされる会話の内容は、襲撃されたときのメリーの対応のことのようだった。


「でも何とか上手くいったな。一人取り逃がしたのは惜しかったけどさ」

「まぁいいさ。霊族はまだ他にもいる」


 話を聞くに、取り逃がした一人はおそらくペシェで間違いない。彼の無事と、微かな希望が繋がったことに少しだけ安堵した。


「にしても、魔晶石を生成してボロ儲けなんて考えたもんだよなぁ」


 どうやら目的は魔力を抽出して魔晶石を生成し、売り捌くことらしい。魔晶石は需要が高く、質が良く大きなものほど高値で取引される。無理やり他人の命を削り取って金儲けしていることも、大切な友人に手を出されたことにも、はらわたが煮えくり返るような心地だ。


……たちは道具じゃない──

 

 優しく穏やかな男性の声……亡き兄のミュールの声が、苦々しげに頭の中でささやく。思考は怒りで煮え滾っているのか、それとも殺意で冷え切っているのか、どちらともつかない。


「ちょっとあなたたち、これはどういうこと? なんてことしてくれたのかしら」


 やや遠くから飛び込んできた焦りを帯びた怒声と共に、乱暴な足音をカツカツと立てながら誰かが近づいてくる。声は若くて高く、女性だとわかる。足音を聞く限り人数は二人、その女性ともう一人誰かがいるようだ。


「おやお嬢様じゃないっすか。そんなに慌てて何用で?」

「そんなことよりあの人はどこに行ったのかしら? あなたたちの頭の──」

「お頭なら……」

「オレならここにいるが?」


 入口がもう一箇所あるのか背後から複数の足音が近づく。おそらくその中に『お頭』と呼ばれた人物がいるのだろう。どうやら想像以上に敵の規模は大きく、そこそこの規模の組織を形成しているらしい。


「留学生には手を出すなと言ったはずでしょう! 国際問題になるじゃない……まったく、何のために情報を流してやってると思ってるのよ」

「国際問題? なったところでどうせあの無能な騎士連中じゃ、ここは探せっこないさ」

「暢気なことね……! これまでとは比にならないくらい捜査が厳しくなるのがわからないの!?」

「ははっ、ならほとぼりが冷めるまでは、今いるヤツらだけで食い繋いで大人しくしてりゃいい」

「お嬢様の神経は絹糸みてぇに繊細だなー」

「ここまで頭の悪い方々だとは思いませんでしたわ」


 賊たちの馬鹿にしたような笑い声と『お嬢様』と呼ばれる人物の苛立ちのこもった罵倒がぶつかり合う。霊族が少ないこの国で短期間に何人も拉致できたのは、この『お嬢様』が個人情報を横流しし、的確に狙いを定めていたからだ。


 個人情報を扱える立場の者と賊が協力していたせいで犯行が迅速に行われた結果、なかなか捜査の手が届かなかったのだろう。


 思えばこの機材も相当な金がかかっているはずだ。技術や資本はどこから、製作者や出資者は誰か、賊の背後に広がる闇の根深さは想像を超えている。これを見たら、騎士団は尋問にかけたくてうずうずするに違いない。


 それにしても、このまま黙って魔力を差し出し続けるわけにはいかない。まだ何とか余裕はあるが、他に繋がれた四人が同じとは思えない。先程から右隣の霊族の少年から微かな呻き声が聞こえてくる。


 想像していたよりも時間の猶予(ゆうよ)はないのかもしれない。どう攻めるべきか悩んでいると、賊の一人が右隣にいる少年の拘束を解く。


「コイツはもうすっからかんだな。他のやつと入れ替えるか」


 どうやら解離するまで吸わせるわけではなく、苦しみ始めたのを合図に交換して魔晶石を延々と生成しているらしい。彼らの目的や霊族があまりいない国という環境も相まって、継続的に魔晶石を得る方法として生殺しにすることを選んだのだと推測できる。


 これは使える、とメリーは瞬時に思う。だがすぐに演技をしても怪しまれる。少し様子を見てからだと、焦る気持ちを落ち着かせた。

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