006 君は規格外、僕は想定外(1)【アイゼア視点】
「えーっと……本っ当にここでよかったのかい? もしかして僕の財布の心配してる?」
「いえいえ、むしろここはアイゼアさんとしか来れないじゃないですか!」
メリーのどうしても行きたいという願いを受けて来たのは、騎士団本部内にある食堂だった。確かに自分かエルヴェが一緒でなければ一般人が来ることのできない場所ではあるのだが、普通お礼に食事をと誘われてここを指定するだろうか。
価値観や感覚が自分とズレていてメリーの行動が読めない。それは面白くて悪くはないのだが、普通の店に連れていけないというのは何だか少し大人として情けないような、なんとも言えない気持ちになる。メリーが至って嬉しそうにしてくれていることだけがせめてもの救いだろうか。
「お待たせいたしました。ミックスフライセットとオムライスです」
エルヴェがせめて外のお店感が出るようにと、気を利かせてテーブルまで料理を運んでくれた。
「アイゼアさんとご飯に行くなら、ここには一度来てみたいって、エルヴェさんも思いますよね?」
「え、えぇ。それはそうかもしれませんが……」
チラリと向けられたエルヴェの視線が刺さる。
「アイゼア様はどこか落ち着いたところが良かったのではないでしょうか?」
「落ち着いたところ、ですか。落ち着いてないとダメなんですか?」
「そうですね……ここは多くの方が忙しなく出入りしますし、アイゼア様はお知り合いも多いですから、ゆっくり会話できないかもしれないと私が勝手に思っただけなのですが」
エルヴェが苦笑しながらアイゼアの心情を完璧に代弁してくれている。だがメリーはやはりわからないと言わんばかりに首を捻った後、オムライスを一口頬張った。
「食堂のご飯って、安いのに美味しいんですね。メニューもたくさんありますし、騎士だったら毎日食べに来ちゃいそうです」
「えぇ、私たちも少しでも満足していただけるよう日々努力しておりますので。メリー様に褒めていただけてとても嬉しいです」
エルヴェははにかんだように微笑むと、ごゆっくりどうぞ、と声をかけて仕事に戻っていった。
「やっぱり君って、少し変わってるよね」
「そうですか? 知らないものに興味を持つのは普通のことだと思いますけどね。百聞は一見に如かず、経験に勝るものなしですよ」
確かにそうではあるのだが、一体何の話をしているのだろうという気分になってくる。
「アイゼアさんって修学旅行ってものは行ったことあるんですか?」
メリーは思い出したかのように唐突に話を振ってくる。おそらく先程のカストルとポルッカの話に興味を抱いていたのだろう。
「僕は高等部から学校に通うようになったんだけど、騎士養成学校の方に通ってたから修学旅行はなかったんだよね」
サントルーサには一般の学校と騎士養成専門の学校がある。初等部にはないが、早くから本格的に騎士を目指す者は中等部からそちらの学校へ進学する。
といっても学業成績と武術の実力で試験に合格するか、もしくはかなり裕福な家の子供しか進学はできない。騎士養成学校の方は一般の方とは学ぶことなども少し異なり、修学旅行もないのだ。
「そうだったんですね。私も大学院から学校へ通ったので、普通の学生生活ってあまりピンとこないんですよね」
「大学院から……?」
大学院というのは高等部まで出て更に高い教養や専門性を身に着けるために行く場所だ。それまで一切学校に通っていなかった者が通えるところなのだろうかという疑問が湧く。
「はい。必要な知識もミュール兄さんに教えてもらいながら身につけましたし」
メリーはなんてことないように話しているが、大学院でも渡り合えるほどの学力と知識を身につけるにはきっと多くの努力を積み重ねてきたのだろう。
「あれ……アイゼア、今日は非番のはずじゃなかったか?」
「見たことない人連れてるじゃん。誰、誰ー? もしかして、ついに恋人ができた感じ〜?」
会話を交わしていると背後から、声をかけられる。見ずとも誰の声なのかアイゼアはすぐに見当がついた。
「一緒に旅をしてた友人だよ」
「へぇー! じゃ、今日はここにお邪魔させてもらうとしますかねっとー!」
「おい、サヴァラン。空気を読むべきだろう。まったく……無神経なヤツですまない、お嬢さん。隣失礼させてもらうけど構わないか?」
「どうぞ」
へらへらとした様子でアイゼアの隣に座った男性はサヴァラン、その空気の読まなさに半ば呆れながら、メリーの隣に座った女性がブリットル……どちらもアイゼアの友人だ。
エルヴェの指摘通り騎士団には顔見知りが多すぎるせいで、食堂で食べていればこうして絡まれることもあり得る。当然ゆっくりと会話もできなくなる。だからこそ食堂はあまり気が進まなかった。
「メリー、二人は僕の学生時代からの友人で……」
「ブリットル・アディだ。アイゼアが世話になっている」
「オレはサヴァラン・ラウィーニアねー。アイゼアが迷惑かけてない? 大丈夫?」
「二人とも、何かおかしくない?」
なぜ二人は保護者気取りで自己紹介をしているのか。
「私はメレディス・クランベルカと申します。メリーって略称で呼んでください」
アイゼアの友人だからと気を許したのか、メリーは本名を口にして自己紹介した。だが名乗った瞬間、二人の食事の手がピタリと止まる。
「へぇ、キミがあの……? 名前だけは超有名だよね。メレディスっていうから、てっきり男かと思ってたけど女の子かぁ。オレはもっと禍々しい魔王っぽ……もがっ!!」
ブリットルは付け合せのロールパンを丸々一つ、サヴァランの口に捩じ込んだ。
「先程から何度もすまない。この男、悪気はないがものすごく失礼で遠慮がないんだ。それにしてもアイゼア、なぜここを選んだ。色事に疎いわたしですら、さすがに選ばんぞ」
センスのなさに失望したという声が聞こえてきそうなほど、憐れむような冷たい表情を向けてくる。それも常に無表情でほとんど表情筋が機能していないブリットルがだ。
「色事って……そんなつもりじゃないんだけど」
そういう事情でないにせよ、やはり騎士団の食堂というのは自分でもどうかとは思っている。結局意見を逸らせずにここにいることは事実で、弁解の余地もない。
「すみません。ここを選んだのは私なんです。一度来てみたくてお願いして。騎士の方と一緒でないと入れませんし」
「なんだ、そういうことならいい。この男、泣かせた女は数知れず……女心もわかってないから心配したんだ。中身は意外とポンコツだからな」
また遠慮のない語弊のある言い方をする。単純に告白を断って泣かれただけというのを全て数としてぶち込んできている。えげつない印象操作と水増しっぷりだ。
「ねぇ、君たちは僕の信用を失墜させたいのかな?」
わざとなのか、悪気がないのか、からかわれているのか。昔から遠慮のない二人だったが、今のところメリーに余計なことしか吹き込んでいない。
「アイゼアさんって、意外と遊び人だったんですか?」
とうとうそんなことをメリーに言わせる始末だ。
「誤解だからね、メリー」
「いや、誤解とも言い切れないぞ。アイゼア、一人遊んで捨ててる女いるよな」
ロールパンを飲み込んだサヴァランがニヤニヤとしながらこちらを見ている。すぐに何の話がしたいのかアイゼアは察する。
「……どっちかって言うと、僕が捨てられた気がするんだけど」
今思い出しても苦々しい記憶だ。だが元はといえばサヴァランにも非があるだろう。
数年前に一度、三ヶ月ほど付き合った女性がいた。大抵の女性は告白された際に一度断ればそれで諦めてくれるのだが、その人は断っても断っても……断っても何度も告白に訪れ、終いにはつきまとわれるようになっていた。
「それに……『一度付き合ってから断れば、気が済んでつきまとわれなくなるかもしれない』そう君が提案したから僕は信じたのに」
「あっれー、そうだったっけー?」
このサヴァランという人物の無責任さには時折腹が立つ。こんなんで中隊長が勤まっているのは家柄と副隊長のブリットルの力で十割だ、と暴言をぶつけてやりたくなる。
昔からこの軽薄さと調子の良さは変わらないのだが、どこか憎めない愛嬌のせいで嫌われることもなく、むしろ可愛がられたり慕われる得な雰囲気をまとっている。あと、家柄的に逆らえない。だからこそブリットルではなくサヴァランが隊長をしているのだ。
「お前は酷いヤツだ。心配するなアイゼア、わたしはよく覚えてるぞ。確かあの時期は任務が立て込んでて、本部に詰めっぱなしだったな。お前には双子の世話もあったし、精神的に参ってるところを本当によく努力してたと思うぞ」
ブリットルがこの件で珍しくフォローしてくれるのは、メリーがこの場にいるからだろうか。にも関わらず、サヴァランは当時を再現するかのような寸劇を始めてくる。
『アイゼア、どうして私と会ってくれないの!』
サヴァランは少し声を高くし、捲し立てるように大げさな演技をする。
『仕事、とカストルとポルッカに……かかりきりで……ごめん』
急に虚ろな表情で俯きながら口にしているのは自身がかつて口にした返答だ。サヴァランにはこんな生気のない顔に見えていたのだろうか。
『いっつもそればっかり! 私と、弟と妹どっちが大切なのよ!』
『カストルと……ポルッカ、だね』
その返答の後に、思いっきり殴られたことを今でもよく覚えている。その瞬間はなんて理不尽な、と思ったものだ。
「あの瞬間『あ、死んだなー』って思った。女心わかってなさ過ぎだし、思いっきり殴られててさすがにビビったー。結構良い音したもんなー」
「わたしも目の前でアレは驚いたし、さすがに同情した。サヴァランの提案に乗るとは何と愚かなことを……とね」
「えっ、そっち? 提案の場にはブリットルもいたよね? 僕二人に相談してたよね? 何でその場で止めてくれないわけ……」
「わたしも疲労で相当頭がイカれていたんだろう。サヴァランは元からイカれてるが」
「酷くね?」
「酷いのは君だよ、サヴァラン……」
おかげで今でもあの話は親しい騎士の間でたまに笑い種にされている。殴られた頬も当然しっかり腫れ、治るのに数日かかった。
好きになろうと努力もしたし、一応相手の要望に添えるよう時間も捻出して会っていた。不誠実で軽率だったことは否めないし反省もしているが、あの頃の自分は、仕事と弟妹の世話をほぼ不眠不休で往復しているような状態だった。
言い訳をするなら、疲労で完全に判断力が死んでいた。つきまといにも精神的に参っていたのだが、付き合ったことでそれがピタリと終わったのもまた事実だった。
「いやいや、でもつきまとわれなくなってたでしょ? まさに肉を切らせて骨を断つ作戦さ! オレの知略が、華麗かつ完っ璧に功を奏したというわけ!」
「相変わらずお粗末な知略だ。骨を断つのに切らせた肉は挽肉状態だぞ」
「本当にね。僕は心に深ーい傷を負ったよ……」
このまま流されるのも悔しいので、少し大げさに演技し、嫌味を込めてため息をついた。
「大変だったんですね。そんなに参ってたなら半殺しにしてやればよかったんじゃないですか?」
メリーは苦笑を浮かべながら、とんでもないことをサラリと口にした。だが、アイゼアだけは特別驚くでもなく妙に納得していた。そういえばメリーは、“そういう人”だったなぁ、と。




