表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/88

055 それは冬の終わりの始まり(2)【メリー視点】

 夜も徐々に深まり、天灯流しの時間が迫る。観光の目玉になっていることもあり、街の高台にある天灯流しの池には多くの人が集まっていた。王都であるサントルーサに住んでいても圧倒されるほどの密集具合だ。


「ポルッカさん、この景色でテラリウムを作るって言ってましたよね?」

「うん。メリーさんがくれた小瓶も持ってきました!」


 ポルッカは小瓶の蓋を開け、素材を集める準備をしている。スノーグローブの技術を応用して作るテラリウムは同様に、魔力の制御、素材の種類をいかに揃えられているかで出来を大きく左右する。


 ポルッカはカストルと協力し、周囲の草花や土、池の水などを小瓶に詰めて蓋をした。素材は十分揃っており、あとはポルッカの腕次第だ。


「天灯流しが始まって、しっかりと頭に景色を焼き付けてから魔力を込めてください。少し時間はかかるかもしれませんが、集中を途切れさせなければ頭の中の光景通りに出来上がるはずですよ」

「わかりました。頑張ります!」


 ポルッカは少しだけ緊張しながら、天灯流しの瞬間を心待ちにしている。それはフィロメナやカストルも同じらしく、メリー自身も初めてということもあって、強く胸が高鳴っていた。


 間もなく天灯流しの合図がされ、次から次へと火を灯した天灯が夜空へと上げられていく。メリーの天灯もゆっくりと中の空気が暖まり、やがてふわりと空へ浮かび上がる。


 その明かりを目で追うと、夜空に浮かぶ無数の天灯が見え、水面がその明かりを映し出す。それはまるで星空の中に立っているような、幻想的で美しい光景を作り出していた。


 その光景が鮮烈に心に焼きつく。宙に浮かぶような感動と高揚感に、呼吸が震えた。フィロメナがこの景色を見せたがっていたのも納得だった。


「今年みんなと揃ってここへ来られて良かったわ」


 フィロメナが両手のひらを胸の前で合わせ、満面の笑みを見せた。弾んだ声に彼女の感動と喜びが伝わってくる。


「フィロメナ様の言う通りですね。スイウ様も来る前は渋っておられましたが、今はそう思いませんか?」

「ん? まぁ退屈はしないな」


 エルヴェがくすぐったそうに屈託なく微笑む。いつの間にかエルヴェの頭の上に移ったスイウも、頭上に広がる光景にじっと見入っているようだった。


「ポルッカ、まだ〜? もうそろそろできそう?」

「しーっ! 今集中してるから!」


 カストルがそわそわと瓶の中を覗き込み、ポルッカは瓶の中を目を逸らさずに真剣に睨みつけている。


 皆がわいわいとやり取りしている光景が当たり前にある。一緒に来たいと誘ってくれる人がいる。この景色を一緒に見て、二度とやって来ない今日という日を共に過ごせたことがメリーは嬉しくてたまらなかった。


 疑うことのない幸福がこの手の中に間違いなくある。それなのになぜか、少しだけ怖い。奇妙な不安感を抱きながら、再び天を仰ぐ。少しずつ空へと昇り小さくなっていく橙色の灯に、なんとも言えない焦燥のようなものが込み上げた。


「やっと一緒に見られたね」


 気配が隣に並び、空を見上げていた視線を声の主であるアイゼアへと向ける。天灯の明かりがとろりと差した赤紫色の瞳は、吸い寄せられるような不思議な揺らめきをもってこちらの視線を絡め取る。今考えていたこと全てを見透かされてしまいそうで、視線を空へと戻した。


「そう、ですね……」


 やけに逸る自身の心音が耳につく。理由の見えない不安と焦りを知られたくないせいだろうか。なぜかアイゼアに対して僅かな緊張を覚えた。


「どう? リブニークの天灯流しは」

「……すごく感動しました。これだけたくさんの天灯が上がってると圧巻ですね。ここに来られて良かったって思います」


 目の前に広がる光景は息を呑むほどに美しい。それでいてホッと心が落ち着くような安らぎを感じられる。兄妹で暮らしていた屋敷にも暖炉があって、柔らかな炎の揺らめきを見るのが好きだった。懐かしさに似た温もり満ちたひとときに、感じていた緊張が和らいでいく。


「ふふ、メリーが笑うと僕も嬉しくなるよ」

「え、なんでですか?」


 今笑っていただろうか。確かめるように手を頬に当ててさすると、アイゼアは優しく目を細めて笑みを深くする。


「あの戦いを越えて、君が楽しく暮らせる未来を掴み取れたんだって思えるから……かな」


 思いがけない言葉に、頬をさする手が止まる。言葉を飲み込むのに精一杯で、なんと返せば良いのかわからず口を閉じた。


 アイゼアがそんなふうに思ってくれていたとは知らなかった。けれど、それに似た思いならメリー自身も持っている。


 アイゼアが裏切ったあのとき、アイゼアと双子を切り捨てなくて本当に良かったと。三人が楽しそうにしている姿を見るたびにメリーも同じように感じていた。


 きっと変わる前の自分であれば、巻き込まれて利用されただけと知りながら問答無用で始末したはずだ。良心も痛まなかったに違いない。


アイゼアさんは……きっと知らない。

私に、『一緒に戦う仲間だ』って言ってくれた人は、アイゼアさんが初めてだったってこと。


 祖国スピリアにおいてメリーは忌避される存在だった。拒絶か、はたまた忌み嫌いながらも魔力を利用しようと目論んでいるか。


 メリーに好意的に接してくれる人はそのどちらでもなかったが、決して『一緒に戦う仲間』でもなかった。お互いにそうなり得ないと思い込むほどに魔力や力量に差があったからだ。戦いにおいて背中を任せられる存在として見たこともなければ、任せてほしいと言われたこともない。


 メリーにとってアイゼアたちは、初めてできた、本当の意味で背中を任せて戦える仲間だ。そのことに気づかせてくれる言葉をくれたのは、間違いなくアイゼアだった。


 今の自分があるのはミュールとフランが人としての心を守ってくれたからだ。ペシェとミーリャが友人として接し、協力してくれたからだ。そして何より自暴自棄に復讐に走ろうとするメリーを止め、温かく迎え入れてくれた仲間たちの存在があったからだ。


 このリブニークの街で心が変わり、やがて運命をも大きく変えてくれたのだと今ならわかる。


「メリーさん、見てください! 完成しました!」


 ポルッカとカストルができたばかりのテラリウムを見せに来てくれている。手のひらの上の小瓶には天灯流しの夜景が出来上がっており、無数の美しく小さな天灯がゆっくりと上へ昇っていくのを延々と繰り返していた。


 周囲の草木や水面の再現に甘さが散見されるが、初めてにしては上出来だろう。やはり魔力が弱いせいで完成は遅かったが、集中力と魔力の制御はポルッカの日々の努力の賜物だ。


「すごいね。ポルッカはもうこんなふうに魔力が使えるようになったんだ」

「上手にできてますよ。日頃の訓練の成果が出てます。ですがまだまだ改善の余地はあるので、訓練は引き続き怠らないようにしてください」

「はーい!」


 ポルッカは元気よく手を上げ、意気込む。常にやる気に溢れて真面目に取り組んでくれるおかげで、本当に教えがいのある生徒だ。


 できあがったばかりのテラリウムを眺める彼女たちの笑顔がじんわりと胸の内側を温かくしていく。楽しい気持ちで笑い合える、そんな当たり前がこれからもずっと続いてほしい。心の底からそう願っている。


 以前ここにいた自分は、一年後こうして皆とこの地を訪れることになると想像もしていなかった。未来を掴みたいという思いと共に、最悪仇敵であるストーベルと刺し違える覚悟はずっと胸にあった。


『メリーが笑うと僕も嬉しくなるよ』


 言われたばかりの言葉が穏やかに心地よく頭の中で反芻(はんすう)し、口元が微かに緩んでしまう。


 アイゼアはいつも優しい、夢のような言葉をくれる。最初は半信半疑で耳触りの良い言葉を選んでいるだけだと思っていた。だが彼の言葉を信じたいと思うようになってからは、水のように心の中へ浸透していく。


 葉から零れ落ちた一滴の朝露が水面に波紋を広げ、やがて静まるように。アイゼアの言葉はこの心に温かな揺らぎを与え、生きる活力が湧くような静かな強さをくれた。


 信じたい。アイゼアのくれる言葉を信じていたいと思うようになった。破壊の力しか持たない自分でも、他にできることがある。それを純粋に嬉しいと思える心が、きっとまだある。彼の言葉は、この手には何かを紡ぎ、誰かを笑顔にできる力があるのだと思わせてくれるような気さえした。


『メリーの魔力は強いだけじゃなくて、みんなを幸せにするんだね』


 本人には言いそびれてしまったが、カエルレウムでくれた言葉も、胸がいっぱいで苦しくて泣きそうなくらい嬉しかった。あの言葉は今も心の中で希望の灯火として燃え続けている。


 魔力を使えば恐れられ、怯えられ、気味悪がられるのが当たり前だった。クランベルカ家から求められたのは人を殺すための力、守るために振るってきた力は敵を排除するための力だ。何度戦っても、何度守っても変わらなかった。


 初めて会った日のペシェとミーリャも、初めてフランを守った日も、怯えと驚きと安堵が混ざったような、何とも言えない顔をしてメリーを見た。この魔力は理不尽に震える者たちの涙は拭えても、決して笑顔にする力はなかった。


 だが今は違う。この手が生み出した魔術に目を輝かせてくれる人がいる。笑って歓迎してくれる人がいる。それがメリーにとってどれほど嬉しいことなのか、きっと誰にもわからない。


 見えていなかったものを見えるようにしてくれたアイゼアにとても感謝している。アイゼアの言葉の力は、少しずつ夢を現実にしてくれている。どうかこの夢がずっと現実として続いてほしい。


 昨年のこの日、明確に自分の意識が変わり、そして運命が変わった。その日を、そのときの思いを、この景色と共に心に焼きつけるように空を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ