054 それは冬の終わりの始まり(1)【メリー視点】
すっかり日も落ち、夜の帳が下りる。リブニークの街には数え切れないほどのランタンが飾られ、柔らかな光が街中を温かな橙色に染めていた。
所狭しと並ぶ出店には軽食やお菓子、小物や土産物などが売られている。あとはランタン祭と呼ばれるだけあって、定番のものから風変わりなものまで様々な形や大きさのランタンも売られていた。
メリーは出店の列に並ぶフィロメナたちと話しながら、チュロスの最後の一口を頬張る。程よい甘さと鼻を抜けるシナモンの香りを楽しんでいると、ふとある出店が目に留まった。
「少し気になるものがあるので行ってきますね」
突然切り出したせいか戸惑うフィロメナたちに「すぐそこですから」と目的の出店の方を軽く指を差してから離れた。
出店の前で足を止め、商品を眺める。ランタンを模した小さな飾りがついた装飾品や根付などを扱っている店らしく、商品が飾りつけられたように並べてられていた。
細やかな彫金細工が施された小さなランタン飾りはどれも精巧で、火を灯すところには代わりに色とりどりの小さな鉱石が閉じ込められているようだ。その中でも暖炉の炎のような橙色の石に視線が引き付けられる。温かく、不思議と懐かしいような気持ちになり、心を奪われていた。
「それが気になるの?」
後ろから声をかけてきたアイゼアが、肩に猫の姿のスイウを乗せたまま隣に並び立つ。フィロメナたちから近いとはいえ、一人でふらふらと離れたことを心配されたのだろうか。きちんと伝えてあるのだからはぐれることはないのに、と思いながら商品へと視線を戻した。
「はい。職業柄かいろんな色の鉱石が見えて気になって。近くで見ると彫金細工がとても繊細で綺麗ですよね」
「これは精霊の力がこもった厄除けのお守りなんだよ。ランタン祭の名物の一つみたいなものだね」
「なるほど。魔法雑貨ってわけですね」
精霊の加護を受けているということは、魔術・魔法学的な観点から言えばおそらく魔法雑貨に分類されるものだろう。お守りのよくある形としては護符や根付などが思い浮かぶ。
装飾品として身に着けて違和感のないものももちろんあるが、ここまで凝った装飾がなされているのは少し珍しい。厄除けの効果、つまり精霊の加護自体がどれだけあるのかはわからないが、きちんと魔力のこもっている物であれば多少の効果も見込める。
「そこの兄ちゃんの言う通り、これはお守りだ。この中の鉱石はこの辺りに棲む水の精霊の力を宿してるんだよ。自分に買う人もいるし土産にも最適だけど、お一つどうだい?」
店主ににこにこと接客され、戸惑う。確かにランタンの細工も繊細かつ丁寧な作りをしており、中に閉じ込められた鉱石はどれも美しく磨き上げられて輝いている。
ランタン飾りは共通しているが、髪飾り、首飾り、耳飾り、根付とあり、形状も様々だ。おまけに髪飾り一つを取っても一つ一つ手作りされているのかランタン部分の装飾や彫られた模様、全体のデザインまでもが少しずつ違っていた。あまりにも種類が豊富過ぎて、さすがのメリーでも目移りしてしまう。
メリーが店を見ていたせいか興味を引かれた人々が立ち止まり、いつの間にか周囲に人だかりができていた。正直店の前で邪魔になっている感は否めない。
「すみません、ちょっと考えさせてもらいます」
出店に並んでいたフィロメナたちは順番が来たのか、店主と何かを話している。じっくり吟味する時間があるとも思えず、店を離れることにした。
「買わないんだ?」
「えぇ、元々鉱石が気になって見に行っただけなので」
魔術素材を扱う店の雰囲気に似ていたから気になっただけで、特別何かを買うつもりで見に行ったわけではない。それに加え、あのランタンの彫金のようなお洒落なものは無理でも、お守りという観点だけで見れば似たようなものは自作できる。無理してまでここで買う意味は薄いと判断した。
ただ本音を言えば作りが良かったため、じっくり見て一つくらい買っても良かったのかもしれないが、さすがにこの人混みでは環境的に厳しい。店の前を陣取って商売の邪魔になるのは、同じく製作物を生業にして生活している身としては気が引けた。
「の割に、彫金細工がどうとか言ってただろ」
「そうですね。細かなところまで拘る職人魂を感じました。あの出店の店主は丁寧な仕事をしますね」
「お前に芸術を愛でる頭があったとは……」
「失礼ですね。知識は生き抜くための純粋な力になるんですよ」
「お前が言うと途端に脳筋に聞こえるのはなんでだろうな」
アイゼアの肩から顔を覗かせているスイウが、呆れ混じりに鼻を鳴らす。全く失礼にも程がある。芸術とは縁遠く、興味も薄そうなスイウには言われたくないと内心毒づいた。
「メリー、買えたわよー! 早く早くー!」
名前を呼ばれてフィロメナの姿を探す。彼女の声はこの雑踏の中でもよく通り、並んでいた出店の近くでぶんぶんと手を振ってこちらを急かしているのが見えた。
呼び声に応え、フィロメナたちの所へと戻る。人の流れに乗って近づくと、うずうずした彼女の表情がハッキリと見えた。
「これね、前来たとき食べて美味しかったからメリーにもって思って」
フィロメナから差し出されたのは一口大の丸い硝子玉のような食べ物だ。透明なゼリーのようにも見え、中には切られた果物が入っている。水菓子にレモンシロップをかける双子に倣って、メリーもレモンシロップをかける。早速ピックで一つ刺し、口へと運んだ。
ひんやりとした冷たさと、中に入った果物とレモンシロップの爽やかな甘さが口の中に広がる。ゼリーだと思っていた透明の部分はゼリーよりも柔らかく、つるんとしているだけでなくぷるぷるとした不思議な食感だ。
「美味しいですね!」
「でしょー?」
「この街は水が豊かで、ゼリーの部分はここの湧き水でできているとお聞きしました。名物にもなっているそうですよ」
エルヴェの説明を聞くと、ゼリーの濁りのない透明感と瑞々しさに納得する。果物とシロップと味や食感を引き立てる透明のゼリーの相性は抜群で、気づけばペロリとなくなってしまっていた。
その後もいろんな出店で食べ物を買い食いしたり、土産物屋などに立ち寄りながら街を練り歩く。
リブニークの街は、前に来たときとは全く違う景色としてこの目に映る。ランタン飾りはこんなに美しかっただろうか。祭りを楽しんでいる人々の雰囲気はこんなにも穏やかで楽しげなものだっただろうか。
この賑やかさも、今は憎しみではなく楽しい気分を高めてくれている。どこかふわふわとした足取りに、祭りの熱に浮かされているのだと自覚した。
どうして私たちはここにいる人たちと同じにはなれなかったんだろう。
手を繋いで、祭りを楽しんで、どうしてそんな簡単そうなことさえ叶わないんだろう。
どうして私たちは──
初めてこの街でこの祭りの光景を目にしたとき、普通の人たちの当たり前と自分の当たり前の落差に愕然とした。雪原に荒ぶ吹雪のように芯から冷えて凍てつき、この心は温もりの一切を失った。
温かく優しく見えれば見えるほど憎しみは増し、幸せそうに見えるほど希望を目の前で手折られた怒りと絶望に沈んでいく。兄妹を殺した父に対して何度殺しても足りないほどの憎悪を向け、二人を救えなかった自身の弱さを激しく恨んだ。
それが今では皆と笑って祭りを楽しんでいる。一緒にいる相手は変わってしまったが、それでも大切だと思える人たちと叶えられなかった望みを遂げられた。あの頃当たり前でなかったものが当たり前になりつつある。それが少しだけ寂しく──嬉しくもあった。
長きに渡る冬を耐え続け、春を待ち望むように焦がれた『現在』。永遠の冬の雪解けを兄のミュールと妹のフランと共に見ることは叶わなかった。
それでもこの手を握ってくれる仲間たちと共に、終わらないはずの冬を終わらせて今を自由に生きている。復讐だけが生きる意味になっていたあの頃から、前へ進めたのだ。それを再認識できただけでも、今年ここへ来て良かったと心の底から思えた。




