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005 夕闇に溶けて【アイゼア視点】

 サントルーサの北、ヴェッラの森の奥深くに一面に青い花が咲く開けた場所がある。この花はタリアの花といって、強力な催眠作用のある花粉を持っている。その花畑の中にアイゼアとメリーはいた。


 正直ここはアイゼアにとってあまり良い思い出がない。と言うより、もう思い出したくもない。


 世界の破滅を止める旅の途中、人質に取られたカストルとポルッカを救うために、アイゼアはメリーたちを裏切った。彼女の手を掴み、この花畑の中へ放り込んだことを鮮明に覚えている。


そうして──眠ったところで、苦しまないよう息の根を止めるつもりだった。


 カストルとポルッカのためとはいえ、到底許されることではない。それでも、許された。許されてしまった。アイゼアは自身を未だ許せないままでいるのに。


 苦い記憶が蘇り、最早古傷を(えぐ)るのに近いような心地だった。当然メリーにとってもここに良い印象がないのは同じはずなのだが、そんなことは気にも留めず夢中で花粉を採取している。あのときのことを思い出さないのかと聞いてみたいようで、聞けるはずもない。


 思い出さないようにしていたり、こちらに気を使っているならそもそもここには来ないだろう。たぶん彼女は何も気にしていない。希少な花粉取り放題という魅力的スポットにしか見えていないのだ。

 本来褒められたものではないのだろうが、そういうことをさらりと流していく彼女の鈍感さは少し羨ましく、おかげで自分も少し救われている。


「アイゼアさん、手が止まってますよ? その(びん)いっぱいに集めないと宿舎に帰しませんからね」


 こちらの思いを知ってか知らずか、メリーに作業を急かされ手を動かし始める。タリアの花の花粉を採取するときは、花粉を吸わないようにするか、予防薬を服用しておけば花の中でも眠らずにいられる。


 なぜ迷いの森と言われるこんな場所に二人で来ているのかと聞かれれば、この前のポルッカの看病のお礼である。改めて打診したときに、メリーから頼まれたのだ。


 ヴェッラの森を迷わず歩くためには精霊のまやかしを払う必要がある。騎士に配られるまやかしを払う機材を借りれないかと頼まれ、それならばと一緒に同行したのだ。


 昼過ぎから森に入り、もうすでに日が傾き始めている。花粉以外にも様々な花や草、よくわからない蔓のような植物、木の実、湧き水など、肩掛けカバンが元の形から変形するほど採取していた。


「それにしてもこんなにたくさん採ってどうするんだい? 全部魔法薬に?」

 ひたすら小瓶に花粉を集めながら尋ねると、メリーは朗らかに「そうです」と答えた。


「魔法薬を売って、家を買うんです。良い物件を見つけたんですよね」

「へぇ、どんな物件だったんだい?」

「東区にあるんですけど──」

 メリーはその気に入った物件について熱く語り始める。日当たりが良く隣家との距離もある、小さめの二階建ての一軒家らしい。


 レンガと木材で建てられているらしく、内装の木の雰囲気の温かさや暖炉があることなど気に入った点も多くあるようだ。更に裏庭付きでそこに小さな温室を建てたり、薬草を栽培したり、植樹するのが目標だと目を輝かせている。


 少し先の未来の夢を語るメリーはあまりにも楽しそうで、家を買うわけでもないこちらまで心がわくわくしてくる。あの旅で拓いた未来が、彼女が笑顔でいられる日常に繋がっていたことにアイゼアは密かに喜びを感じていた。


「家を買ったら、アイゼアさんもぜひ遊びに来てくださいね」

「もちろん行くよ。早く買えるといいね」

「そうですよ。先を越されないようにしないと」

 話しているうちに小瓶の中は花粉でいっぱいになっており、蓋をする。空を見上げるとすっかり夕暮れ時なのか、鮮やかな橙色に染まっていた。


「日が暮れる前に帰ろっか」

「……そうですね」

 その瞬間一際(ひときわ)強く風が吹き、木々や草花が揺れざわざわと騒がしく音を立てた。


「風も出てきたし……って、あれ……?」

 目の前にいたはずのメリーが忽然といなくなっており、静まり返る森に風だけが通り抜けていく。


「……メリー?」

 先程まで確かにすぐそこで花粉を採取していたはずだ。帰ったにしてもそんな一瞬で消えるはずもないうえ、機材がなければ迷うのはメリーの方だ。


「メリー、メリー!」

 遠くまで届くように声を張ると、腕のあたりに柔らかな感触を感じる。


「どうしたんですか、急に。そんな大きな声出さなくても聞こえますけど?」

 困惑した表情でこちらを見上げるメリーがそこにいた。今度はどこから現れたのかわからず、アイゼアはますます混乱する。


「どこに行ってたんだい? 急にいなくなったから驚いたよ」

 本人に聞くのが一番だと思い尋ねたが、メリーの表情はますます困惑の色を濃くする。


「……あの、ずっとここにいましたけど?」

「え?」

 そんなはずはない。あれが気のせいだったというのだろうか。二人の間に何とも言えない奇妙な沈黙が訪れる。まるで泣くように、ざわざわと木々が風に揺れてこすれる。よくわからない不安感は拭えないどころか更に煽られ、鼓動が耳元でうるさい。


 このままここに留まればメリーをどこかへ連れ去られてしまいそうな、根拠もない漠然とした嫌な予感のようなものがアイゼアにはあった。


「メリー、急いで帰ろう。日もすぐに沈む」

「え、えぇ……わかりました」

 アイゼアはメリーの手首を掴むようにして、急ぎ足で森の出口へ向かって歩く。掴んでいるはずの手がいつの間にか消えてしまうのではないかという焦燥と不安が募る。まるで見えない何かに追われているような、そんな心地だった。



* * *



 無事に森を抜け、サントルーサの街に入る。街の明かりや路地を照らす街灯の光に酷く安心感を覚えた。もうあの妙な不安感もない。


「アイゼアさん、何かあったんですか? すごく怖い顔してましたけど。夜の森が怖い……ってことでもないですよね?」

 街に戻るまでメリーが無言だったのは、自分の雰囲気がおかしかったからなのだろうか。


「何かあったっていうか、うーん……何て言えばいいんだろう」

 理由を説明しようとして、どう言葉で表現すればいいのかわからないことに気づく。メリーがいなくなったことが原因だが、メリー自身はずっと近くにいたというのであれば、説明したところで結局混乱させるだけだ。


「やっぱり夜の森が怖かったのかなー? 何か妙に心細くなってね」

「えー……アイゼアさん、そんな見え透いた嘘で誤魔化(ごまか)すんですか?」

 メリーのじとーっとした(いぶか)しむ視線から目を逸らす。心細いというのはあながち間違いでもない気はしたが、信じてはもらえなかったようだ。


「とにかく、さっきから変ですよ。あっ……」

 そこでメリーはハッと息を飲み、瞳にたっぷりの同情を(たた)えてこちらを見上げる。


「わかりました。疲れてるんですよ、アイゼアさん……せっかくの休日に無理に付き合わせてしまいましたね」

 顔にありありと、しまった……と書いてある。元々お礼のつもりで同行したのだ。何もメリーが申し訳なく思う必要もなければ、自分も森の散策をしたり様々な薬草を見られていい気分転換になったと思っている。


「いや、僕も楽しかったし、特別疲れてるわけでもないんだけどね」

「そう……なんですか? ならどうして……」

「ねぇ、それよりお腹空かない? 荷物を置いたら一緒にどこか食べに行こうよ。これだけがお礼ってのも、ちょっとね」

「それならカストルさんとポルッカさんも連れていきませんか? お礼がご飯なら一緒に行きたいって言ってましたよね」


 お礼がご飯なら、という言葉にキュッとアイゼアの心臓が縮む。どっちかと言えば忘れてほしかったことをメリーは覚えていたようだ。それは置いといて、今日はカストルとポルッカはこの街にはいない。


「二人は今日から一泊二日で修学旅行なんだ。初等部最後の年だからね」

 学校は初等部、中等部、高等部と各四年区切りで上へ上がり、更にそこから大学院へと進学する者もいる。その辺りはおそらくスピリアでも同じだろう。


 セントゥーロでは大学院を除く各区切りごとに合計三度修学旅行へ行くことになっている。誕生日を迎えて十歳になったこの年は初等部卒業の年でもあった。今回の旅行をとても楽しみにし、嬉しそうに準備を進めていた二人の顔を思い出す。


「なるほど、だから今日って指定したんですね」

「そうそう。ちょうど非番だったし、ここしかないってね」

 万が一カストルやポルッカのことで何かがあって急に断ることになれば、お礼のはずなのに逆に迷惑がかかってしまう。その点でも今日は確実で安全な日だったのだ。


「それじゃあ、どこに食べに行きますか?」

「うーん、そうだなぁ……」

 アイゼアは今晩どこへ食べに行くか思案しながら、上手く話が逸らせたことに安堵(あんど)していた。あの言いようのない不安感の話をしてもメリーの不安をいたずらに煽るだけだろう。


「あっ! そういえば、私一度どうしても行ってみたかったところがあるんですけど」

 メリーは普段あまり外へは出かけないと言っていたが、気になる店でもあるのだろうか。お礼を兼ねているのだから、行きたい場所があるのなら応えたい。夕飯はメリーの希望を聞くことにし、ひとまず荷物を置くためにメリーの住む借家へと向かった。

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