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048 君の微睡みは僕を殺す(2)【アイゼア視点】

 メリーはアイゼアの背中に回した手に力をこめ、体を引き寄せてくる。添い寝というより、最早抱きしめられて寝ているという方が正しいような体勢だ。


「メリー! 僕は君の抱き枕じゃない! これ本当に何も文句言える立場じゃないって自覚してくれないと困るんだけど!」

「文句? なんので……?」


 勘弁してくれ死んで召されてしまう、と何度目かもわからない心の叫びを聞いた。もうこれ以上はいろんな意味で持たない。


 以前男性には気をつけろとしっかり書き置きしたつもりだが読んできっちり反省してくれたのだろうか。子供の姿とはいえ少しくらいは意識して警戒するべきだと胸ぐら引っ掴んで説教してやりたいくらいだ。


「メリー、早く起きるんだ! 見た目に騙されたらダメなんだって!」


 見た目だけでなく声変わりもしていない高い声はあまりにも説得力がない。全く起きようとしてくれないメリーに痺れを切らしたアイゼアは、掛け布団を奪い取るという強行手段に出た。


「うぅ……寒ぅー……」


 体を震わせながら膝を抱えて猫のように丸くなる姿がまた何とも可愛らしく、思わず息を呑む。ハッと我に返り、そんな悠長なことを考えている場合ではないと叱咤した。


「もう朝なんだよ! 自堕落な生活は君のためにならない!」

「うーん、うるさーい……ですねーぇ」

「──っ! まったく君って人はっ。水を持ってきてあげるから待ってて、否が応でも起きてもらうよ!」


 アイゼアはため息と共に掛け布団をメリーに投げつけ、水を取りに寝室を出た。扉の閉まる音と同時に、体中から力が抜けていくのがわかる。


「はぁ……殺されるかと思った……」


 その声は子供らしからぬ、朝から異様にくたびれたものだった。



* * *



 その後しっかり覚醒したメリーは身支度を整え、今は朝食を作ってくれている。正直料理に関して自身はあてにならないため、代わりに湯を沸かして紅茶の準備をすることにした。


 いつもよりも低い目線。メリーと同じくらいの背丈。不思議な気分だが、まるでメリーと同じ世界を見ているようで嬉しい……というのは少し暢気すぎるだろうか。


 同じテーブルに着き、メリーが準備してくれた朝食を一緒に食べる。少し遅めの、のんびりした休日の朝のような光景が目の前にあった。


 こんなふうに穏やかな日常を繰り返す、そういう関係になれる日がいつか来ればいいのにと思わずにはいられなかった。


「新しく弟ができたみたいですね。昨日は反抗期の弟で、今日はしっかり者の弟」


 ホットサンドにかぶりつきながら、メリーは楽しそうに笑う。起き抜けに散々やらかしてくれたことなどすっかり覚えていないのか、そもそも何も意識していないのか、照れなど一切なく実にあっけらかんとした態度だ。勝手に慌てふためいて心臓が爆発しそうになっていた自分があまりにも馬鹿馬鹿しく思える。


 それにしてもこちらだけが一方的に意識しているというのはこうも虚しいものなのか。なんとなく素直に弟の立場に収まっているのも釈然としないので、小さく抵抗を試みることにした。


「僕からは全然姉には見えないかな。ベッドの上ででろっとプリンみたいに潰れて寝ぼけてたし」

「それは……ちょっと否定できないですね……」

「でしょ。むしろ僕は、メリーと同棲してるみたいだなって思ったよ」

「同棲……同棲?」

「そう、同棲」


 真面目に想像してくれているのか、メリーはホットサンドを咀嚼(そしゃく)しながら目を伏せた。これはいい兆候だ。このまま意識してもらえるようになればと思い露骨に追撃をかけてみることにした。


「起きたら同じベッドで寝てて僕は結構驚いたんだけど? べたべた触りまくるし、抱き寄せてくるし、恋人なのかってくらいの大胆さだったよ」

「すみません、困らせるつもりはなかったんです。アイゼアさんにフランを重ね見てしまって申し訳ないんですけど、少しだけ懐かしい感じがしました」


 少し嬉しそうに照れ笑いしているメリーにアイゼアはなんとも言えない複雑な感情を抱いた。


逆効果だ。


 折角同棲の想像へ意識を向けさせたというのに、自ら姉弟の方向に話を修正してしまったのか。いや、普通に考えたら今の流れでは戻らないが、そこでサラッと戻ってしまうのがさすがメリーといったところか。


「やっぱりその見た目だと同棲ってのはピンと来ませんねー」


 逸れたと思っていた話の方向がすぐにメリーによって戻ってきた。今度こそ逃さないように、アイゼアは言葉を選ぶ。


「それって、元の姿なら同棲してるみたいってこと?」

「んー……?」


 首を傾げながら斜め上を見上げ、また真面目に想像を膨らませてくれているようだ。


「なんとなく旅のときを思い出す感じがします」


あー……なるほど。そうなるのか。


 言われてみれば同じベッドではなくとも、全員が同じ部屋で、隣同士のベッドを使ったことだってある。今日のように少々強引に起こしたこともあるし、朝食は皆で一緒に食べていた。二人きりということ以外何も特別感はなく、メリーはそんなこと気にも留めていないだろう。


 親しい関係を築いたあの旅が、まさか全力で足を引っ張ることになるとは。内心荒んでいくアイゼアをよそに、メリーは言葉を続ける。


「そういえば一緒に暮らす人がいる感じも、ちょっと懐かしいですね」


 彼女の笑みに一瞬陰りが見えたような気がし、一度思考を切って話に耳を傾ける。


「今までずっと一人の方が向いてると思ってたんですけど、誰かと一緒に暮らしてる方が慣れてるなーって。アイゼアさんはどっちですか?」

「慣れの話なら一人かな。でも僕は誰かと一緒に暮らしたいなぁ。ずっと一人だったから、憧れが強いのかも」


 実母との生活は冷えきったもので一人のことも多かった。養父母との生活はたったの四年。後は学校の寮に入り、そのまま騎士団の宿舎暮らしだ。


 カストルとポルッカとは一緒に暮らしているとは言えず、寮にいれば周りに人はいるがそれは理想の生活とは少し違う。自分は得ることのできなかった『家族の暮らし』というものに特別な憧れをずっと抱き続けている。


「カストルさんやポルッカさんと一緒に暮らせるようになると良いですね」

「あー……いや、それがさ……」


 少し前に二人から騎士になるために騎士養成学校の入試を受けるという話をされた。騎士になるということがどういうことか養父母や自身のこれまでのことも含めて二人に話したのだが、決意が揺らぐことはなく了承することになったのだ。


「二人とも騎士団の養成学校に入りたいみたいで。合格したら寮暮らしなんだよね」

「そ、それはなんと言っていいのか……自立は仕方ないですよね。二人じゃなくても、いつか一緒に暮らしたいと思える人がきっと現れますよ」


 目の前にいるんだけど、とはまだ言えない。まだ自分にはメリーに思いを告げる資格がない。感謝祭の日からずっと考えているが、自分自身の力で彼女を幸せにする方法をいまだに見つけられずにいる。


「実はもういるんだけどね」

「え? カストルさんとポルッカさん以外でですか?」

「もちろん」


 あっさりと認めて(うなず)くと、メリーは驚いたのか目を丸くしていた。


「……それっていわゆる想い人ってやつですよね?」

「そういうことになるかな」

「へぇー、ならその人と上手くいくように私も応援してますね。何ができるわけでもないですけど、アイゼアさんの大切な人は私も守ります。困ったときはいつでも頼ってください」


 明るく鼓舞してくれるメリーの姿はまるっきり他人事だ。果たしてその『想い人』が自分自身だと知ったとき、何を思うのだろうか。


「ありがとう。真剣に頑張ってみるよ」


 なんて、当たり障りのない言葉でメリーには関係ない話のように見せかける。笑顔の裏に募る想いを潜ませて。

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