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043 まるでハリネズミのようなあなた【メリー視点】

 首都サントルーサ、南区。月明かりの中、違法薬物売買の本拠地へアイゼアからの依頼を受けてメリーたちは攻め込んでいた。


 多数の密売人を捕縛し、激しい戦闘を繰り返しながら逃げる者たちを追う。アイゼアが先頭を走り、スイウ、エルヴェ、フィロメナ、そして数人の騎士たちと細く薄暗い路地を駆け抜けていく。威力を抑えた雷撃を飛ばすが障害物などに阻まれなかなか届かない。


 それでも徐々に距離は縮み、もうすぐ追いつくというところで、密売人の一人が闇雲に大量の『何か』を投げつけた。薄く魔力を感知すると同時に、けたたましくガラスの割れるような音が響く。突然アイゼアが立ち止まったかと思うと蹲るようにして膝をついた。


「僕のことはいい、追ってくれ!」


 アイゼアの声に、騎士たちとスイウ、エルヴェが速度を緩めることなく追い越していく。メリーもその脇をすり抜けようとしたが、アイゼアの周囲に薬瓶の破片が大量に散らばっていることに気づき、勢いを殺した。

 フィロメナも立ち止まってアイゼアに寄り添う。だが肩に触れた瞬間、パッと手を放した。


「あんた、びしょ濡れじゃない」

 その言葉から、この薬瓶の中身を全部正面から浴びたのだと察する。相手は違法薬物を扱っていた連中だ。一体何を浴びせられたのか。物によっては一刻を争う。早く何の薬なのかを特定しなければ。


「フィロメナさん、薬品に触れた手に症状は? 出たときはすぐ報告を」

「今は平気よ。それよりアイゼアが……」

 小さく(うめ)き、更に体を丸めて(うずくま)るアイゼアへフィロメナは手をかざし、治癒術を施し始めた。


「アイゼアさん、私の声が聞こえますか? 体調はどんな感じですか? 痛いところは?」


 荒い呼吸を繰り返すアイゼアが、小さく何かを口にしている。症状がわからなければ、解毒も何の薬物を被ったのかもわからない。メリーはアイゼアの顔へ耳を寄せ、何とかその声を拾おうと試みる。


「全身、が痛い。頭がかき混ぜられてるみたいに……ぐるぐる回って……」

「……アイゼアさん? アイゼアさん!」


 どうやら気を失ってしまったらしい。メリーはすぐに体を仰向けにし、脈を測りながら光術で照らす。呼吸はあり、脈拍は少し早い。顔色は悪いが、薬品による爛れや外傷などは見当たらなかった。


「メリー、治癒術が効かないわ! どうして……こんなこと今までなかったのに! アイゼア、死ぬなんて嫌よ……」

「フィロメナさん落ち着いてください。私が毒を打たれたときには治癒術は効きました。アイゼアさんに効果が出ないのは何か理由があるはず……」


 脈を取りながら顔色の悪いアイゼアを観察していると、少し腕が細くなったような感覚がした。次の瞬間、目の前で信じられないことが起こる。ぐんぐんとアイゼアの体が縮み、成人男性らしい顔つきは幼く変化していく。


 やがて身体の変化が止まったアイゼアは、すっかり少年の姿をしており、年齢的には十歳前後くらいに見えた。


「時戻しの妙薬……?」

「メリー、時戻しの妙薬って何なの?」

「魔法薬の一つで、俗に言う『若返りの薬』ってやつですね」

「若返り? なら、アイゼアは若返って子供に戻っちゃったってこと?」


 本来は適量摂取することで任意の年齢を維持するために使う者が多い。違法魔法薬に指定されているため、製造、販売、使用、全てにおいて禁止されている。


 だが美容関係の魔法薬がよく売れるように、違法魔法薬の中でもこの時戻しの妙薬は飛び抜けて需要が高い。少量でも高額で売買されると聞いたことがある。


「フィロメナさんの治癒術が効かなかったのは体を傷つけるものではないからですかね? 治癒術に詳しくないので断言はできませんけど」

 アイゼアは今も意識を失っている。小さくなってしまったせいで服もぶかぶかだ。


 濡れた体と服を魔術で乾かし、コートを脱がしてフィロメナへ渡す。アイゼアの上体を起こして壁にもたれさせた後、腕を肩へかけてこちらへと寄りかからせた。


「フィロメナさん、コートの袖で私とアイゼアさんを結んでもらえますか? 固く結んでください」

「わかったわ!」


 フィロメナがコートを結んだのを確認してから前傾姿勢のまま立ち上がる。意外と重く、ずしりと下へ引っ張られるような感覚を覚える。


「とりあえず私の家に連れていきます。フィロメナさんはスイウさんたちに伝えておいてくれますか? くれぐれも気をつけて追いかけてくださいね」

「えぇ、伝えたらすぐに追いつくわ!」


 フィロメナは安全を取ったのか空へ飛び上がり、そのまま気配が背後へと遠ざかっていく。メリーもフィロメナとは反対の方向へ歩き始めた。



 何とか無事に南区を抜け、東区を歩く。アイゼアは十歳くらいまで縮んでいるようだが、元から背が高い方だったらしくメリーよりも僅かに背が低い程度でしかない。


 同じくらいの体格の者を背負っているのだから、当然それなりに重量を感じる。おまけに家に引きこもりがちなメリーは力にも体力にもあまり自信はなかった。


 ずり下がってしまう体を何度も背負い直し、すっかりくたびれた体に鞭を打つ。重さでふらつく足で一歩ずつ進んでいく。息は上がり、自分の荒い呼吸と心音だけがやたら聞こえていた。


「いた! メリー、大丈夫?」

「だい、じょぶ、ですっ」

「全然大丈夫そうじゃないわね」


 フィロメナが上空から降り立ち、こちらを不安そうに覗き込む。もう答える余裕もなく、ひたすら前だけ見据えて進む。少し遅れて背後から静かに駆け寄る気配がした。


「ぶっ……もやしが必死こいて運んでやがる」

「メリー様、私が代わります」

「そうして、もらえると、早く帰れるので、助かります、ねぇ……」


 ぜぇぜぇと息も絶え絶えでいよいよ限界が近い。前に転ける分には良いが、後ろへ引っ張られたら最悪だ。

 エルヴェへアイゼアを託した後、解いたコートを上にかけ、そのまま足早に自宅へと向かった。



──なるほど。何があったのかはわかった」

 フィロメナとエルヴェが長いソファに座り、二つある一人がけのソファにそれぞれメリーとスイウが、残りの長いソファにアイゼアを寝かせ、リビングのローテーブルを囲む。メリーはフィロメナと共に、アイゼアに何が起きたのかをスイウとエルヴェへ説明した。


「あの、アイゼア様は元に戻れるのでしょうか?」

「私の知識が間違ってないなら必ず戻れます」


 時戻しの妙薬で年齢を維持するためには、常に定量摂取し続けなければならない。その性質を考慮すれば、薬の効力さえ切れてしまえば元に戻れるはずだ。結局どんな効果だろうと所詮魔法薬だということだ。毒薬のように効力が薄まるより先に体が朽ちるようなことがなければ慌てる必要はない。


「へぇ、方法でもあんのか?」

「いえ、ただ待つしかないですね。自力で戻すとなると、時戻しの逆の薬を作ることになるわけですが、性質上作れば犯罪者でしょうね」

「じゃあダメよね。それにしても、待つってどれくらいなのかしら?」

「それは私にもわかりません。結構派手に浴びてましたからねぇ」


 量に比例するものなのか、関係がないのか、作ったこともなければ使ったこともないものの事などわかるはずもなかった。それに加え、魔法薬は作った者や魔法薬自体の質、使われた素材などによって効果の持続時間や強さが大きく変動する。


 結局すぐに解決する方法もなく、部屋に沈黙が訪れた。じっと眠ったままのアイゼアを眺めていると、フィロメナが身を乗り出しアイゼアの頬を指でぷにぷにとつつき始める。


「フィロメナ様、起こしてしまったら可哀想です」

「えへへ、ちょっとくらい良いじゃない。アイゼアもちっちゃいと可愛いわね〜」


 エルヴェの注意も聞かずフィロメナの行動は更に大胆になり、頬を摘んで柔らかさを楽しんでいる。さすがに起きてしまったのか、アイゼアは小さく声を漏らし身動いだ。


「あぁ……起きてしまったではありませんか。やりすぎですよ」

 珍しくエルヴェが咎めると、フィロメナは目を逸らし、サッと手を引っ込めて素知らぬ顔でソファに座り直した。


 起きるか、また眠るか、じっと観察していると閉じられた瞼がうっすらと開き、僅かに赤紫の瞳が覗いた。


「アイゼアさん、気がついたんですね。気分はどうですか?」


 メリーは立ち上がってアイゼアの傍へと寄り、異常がないかを観察する。その瞬間アイゼアはパッと目を見開きブランケットをこちらへ投げつけると、軽い身のこなしで壁際へ寄り距離を取った。


 緊張したような目と警戒心剥き出しの表情で鋭くこちらを睨みつけている。様子がおかしいのは明らかだった。


「お前ら……誰だよ」

 いつものアイゼアからは想像できないような乱暴な言葉遣いと、低く唸るような子供の声だった。


「ちょ、ちょっとアイゼア。どうしちゃったのよ」

「錯乱しておられるのでしょうか?」

「何でお前ら俺の名前を知ってるわけ? どこで聞いたんだよ」


 アイゼアの様子は変わることなく、警戒心剥き出しのままだ。落ち着いて言葉を話しているところからも錯乱状態というわけでもない。元気なことからも、子供の姿ということ以外体に異常はなさそうだ。


「おい、お前本当に俺らがわからんのか?」

「知るわけないでしょ、会ったこともないのに。お前馬鹿なの?」

「ハッ、こりゃいい。化けの皮剥がれて完全にクソガキだな」


 スイウはニタリと笑いながら腕組みし、どかりとソファにもたれかかった。その言葉をきっかけにこの状態がどういうことなのかメリーの中で仮説は立った。


「記憶と精神まで時が戻ってる可能性ありますよね……これ」

「えっ。そんなことあるの?」

「可能性は高い気がします」


 体だけでも問題だというのに記憶や精神まで退行し、アイゼアはこちらのことなど全く知らない状態だ。それに加え、子供の頃の彼の性格がまたとてつもなく厄介そうで頭が痛い。


「アイゼアさん、私たちはあなたが倒れていたところを保護したんです。危害を加えるつもりはないので、安心してください」

「俺を助けたってこと?」

「そうです」


 これで少しは落ち着き、こちらが危害を加えるつもりはないとわかってくれればいいのだが。しかし願いも虚しく、アイゼアの敵意と警戒心に満ちた瞳は変わらない。そして幼い顔には似合わないようなあからさまな嘲笑を浮かべた。

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