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004 おかえりの声【アイゼア視点】

 アイゼアが任務を終え、遠征先からサントルーサに帰ってきたのは日が傾きかけてきた頃だった。

 すでに報告も済ませたが、まだ明るい。この時間なら、カストルとポルッカを学校まで迎えに行けるかもしれない。校門で待っているのを見たらきっと驚くだろうなと胸を弾ませ、アイゼアはいつもの帰路とは違う道を歩き始めた。



 下校する生徒たちとすれ違いながら校門へと辿り着く。そのままじっと立っていると、さすがに不審に思われたのか見守りのために立っている教師に声をかけられた。


「あの、うちに何かありましたか?」

「いえ、弟と妹を待っているんです。今日は珍しく仕事が早く終わったので」

 教師はある程度納得がいったのか、そうでしたか、と答えて元の職務に戻っていった。ふと校舎の玄関へ目を向けると、カストルの姿を見つけることができた。入れ違いになっていたらどうしようかと思っていたが一安心だ。ポルッカもじきに来るだろう。


「カストル!」

 大きめの声を出して手を振ると、カストルはハッとしたような表情をし、駆け寄ってくる。そしてそのままの勢いでぶつかられた。蹌踉(よろ)めきそうになるのを何とか耐え、カストルを受け止める。


「兄様の馬鹿! ポルッカが……」

 眉根を寄せ、今にも泣きそうになっているカストルの様子にただならぬものを感じ、屈んで視線を合わせる。


「どうしたの? 何があったんだい?」

 微笑みを作って優しく声をかけると「いいから早く帰ろう」と言って腕を引かれた。いつもより早足で歩くカストルに尋ねる。


「ポルッカは? 学校に置いていくわけにはいかないよ?」

「学校にはいないよ。風邪をひいて家にいるから」

 少しだけ拗ねた声でぶっきらぼうな返事が返ってくる。これまでもどちらかが風邪をひいたというのは何度もあった。だが今までとは少し様子が違い、違和感を覚える。


「病院も行ったのに、昨日の夜からずっと苦しそうにしてて……もし、死んじゃったらどうしよう」

 カストルの震える声にアイゼアはそっと頭を撫でる。


「そんなに悪いの? ノーゼンは?」

「わかんないよ。ノーゼンも薬はちゃんと飲ませてくれてたけど、朝も苦しそうなままだったんだ。だからメリーさんを呼んできたんだよ。薬屋さんなら治してくれるって……思って……そうだよね、兄様……?」

 薬屋という言葉に首を捻りながらも、心細いカストルにとって、魔法薬を扱っているメリーが知り得る最後の頼みの綱だったのだろうなと思う。きっと突然無茶を言われ、メリーもさぞ困っただろう。だが何よりこういうときに頼らせてあげられない自分の不甲斐なさが苦しかった。


「とにかく早く帰ろうか。ポルッカが心配だしね」

 カストルは無言で(うなず)き、アイゼアを置いて走っていく。その懸命な背中がどこか逞しく、少しだけ成長を感じた瞬間でもあった。



 屋敷に着くと、玄関の前でノーゼンと鉢合わせる。

「アイゼア様、カストル様、おかえりなさいませ。ポルッカ様のご様子ですが、今朝よりもずいぶん回復なされましたよ」

 ホッとしたようなノーゼンの笑みにアイゼアも隣にいるカストルも胸を撫で下ろす。


「世話をかけたね、ノーゼン」

「とんでもございません。(ねぎら)いの言葉は私ではなく、ご友人のメリー様へ」

「そうだね。メリーにもお礼を言わないと……」

 ノーゼンを労い、アイゼアはカストルを連れてポルッカの元へと向かう。階段を上がり、廊下に差し掛かったところで誰かの声が聞こえてくる。


「あ、こぐまのウーノだ」

 カストルが口にしたのは、二人がお気に入りの絵本シリーズのタイトルだった。よく聞けば自分も何度か読んだことのある絵本の内容らしく、覚えのある単語がいくつも聞こえてくる。近づいていくごとに声は明瞭に聞こえるようになっていき、それがメリーの声だとわかった。


 きっと読んでくれとせがんだのだろう。すっかり厚意に甘えてしまっているポルッカの様子に申し訳なさが募る。扉をノックすると、読み聞かせの声がぱったりと止んだ。


「どうぞ」

 という声と共に扉のノブに手をかけ、開いていく。窓から差し込む西日に一瞬目を細め、その光に照らされたメリーと視線が合った。


「おかえりなさい、アイゼアさん」

「ただいま……」


 半ば反射的に口から返事が漏れていた。夕日の中で微笑む表情の温かさに目を奪われ、立ち尽くす。一瞬息を吸うのを忘れていた。


「兄様、なんで部屋に入らないの? 邪魔で僕が通れないんだけど」

「あ、ごめん……って、邪魔だって? まったく、酷い言い方じゃないか」

 カストルがぐっとこちらの体を押して無理矢理横をすり抜けていく。


「カストルさんもおかえりなさい」

「ただいま!」

 その声に先程の光景を思い出す。なぜかじわじわと照れ臭いような、胸の内側がくすぐったいような不思議な気持ちになっていた。


「メリーさんありがとう! ポルッカ、もう大丈夫?」

「うん、もう苦しくないよ」

 ポルッカの声は鼻声で枯れていたが、カストルに向けて小さく笑いかける余裕はあるようだ。


「僕からも礼を言うよ、本当にありがとう。迷惑をかけちゃったね」

「いえ、気にしないでください。困ったときはお互い様……とアイゼアさんなら言うんじゃないですか?」

 そう言われてしまえばそうなのだが、それを他人にまで強要するつもりはない。


「それに、アイゼアさんが困ったときは力になるって約束もしましたから。二人の危機はアイゼアさんの危機ですよね?」

 何年も経ったわけでもないのに、少し懐かしく感じる言葉だ。以前復讐が終わったあとどうするのかと聞いたとき、話の流れからそう約束してくれた。メリーはきっとその約束を破らない。なぜかアイゼアにはその確信があった。


「うん、本当に助かった。今度また改めてお礼させてほしい」

 気を使わなくていいんですよと遠慮するメリーに、遠慮なく食いついたのはカストルの方だった。


「ねぇ、お礼ってご飯とかかな? 僕も行きたい!」

「狡いよ……わたくしも風邪が治ったらっ……」

 空気が喉に障ったのか、ポルッカは咳き込み始める。


「大丈夫ですか?」

 メリーはタオルを軽くポルッカの口元にあて、背中をさする。少しするとポルッカの咳は収まった。薬学に詳しいからなのか、ポルッカと同い年くらいの妹がいたからなのかはわからないが、かなり慣れていると思わされるほど自然な動きだった。


 それにしても二人の食い意地がメリーに露呈してしまいかなり恥ずかしい。人前ではダメだと後でよく言って聞かせなければ、とため息が漏れた。

 肝心のメリーは、会話を続ける二人の様子を楽しそうに、けれどどこか寂しげな横顔で見守っている。その姿に、なぜか僅かな不安感と儚い印象を抱いた。



 すっかり日も落ち、夜も更けてきた。ポルッカも落ち着き、カストルと共にすでに就寝している。

 アイゼアは役目を終えたメリーを家まで送るため、部屋を後にする。しんと静まり返った廊下を抜け、庭へと出た。月明かりが夜の庭を照らしており、青々と茂る緑が影を濃くしながら輝く。


 庭の中程まで差し掛かったとき、メリーはぴたりと足を止めこちらを振り返った。その表情は小さな笑みが浮かんでいるのに、なぜか少しだけゾクリとするような気配があった。それは月のせいで色濃くできた影のせいだろうか。


「今日、あなたの叔父と従兄弟(いとこ)に初めてお会いしました」

 その言葉に何があったのかを悟る。きっと不躾で心無い言葉をぶつけられたに違いない。こんなことになるなら前もって実家の話を詳しくしておくべきだったと、アイゼアは少しだけ後悔した。


「身内の非礼は僕が詫びるよ。申し訳無い」

「いえ、私には何もなかったです。でも、カストルさんはとても怯えて……震えていましたよ?」

 あなたは知っていましたか、とメリーは目で訴えてくる。そして次に紡がれた言葉に、先程の気配がただの勘ではなかったことを思い知らされる。


「さて、どうしましょうか……アイゼアさん?」

 メリーは寸分違わぬ表情で、風に流されそうなほど小さくささやいた。深海のような(くら)い紺の瞳が音もなくアイゼアを捉える。きっとここで「頼む」と一言言えば近いうちに叔父はこの世から消えるのだろう。その瞳から逃げるようにアイゼアは月を見上げた。


「どうもしないよ」

「そうですか」

 あなたがいいなら別にいいですけど、と言いたげな声からは、不穏な気配は感じられなくなっていた。二人が肩身を狭くして暮らしていることを憂えてのことだとは思うが、彼女のやり方はとても賛同できるものではない。


「それにしても騎士の僕にそんな話もちかける? また捕まりたいの?」

「あー……そういえばそうでしたね」

 メリーは暢気(のんき)にカラカラと笑っている。まるで他人事と言わんばかりの態度だった。


「体に痣はありませんでした。その点は安心していいと思いますよ」

 何の脈絡もない唐突な言葉だったが、それが何を意味しているのかアイゼアにはすぐにわかった。叔母夫婦は極力こちらと関わろうとはしてこない。そもそも騎士と兄妹である二人に手を出せば社会的に死ぬことくらい自覚しているだろう。


 もし何か暴力のようなものが振るわれるとすれば、従兄弟のイーダスくらいだろう。弟のリュンケは兄に賛同しているだけでどちらかといえば物静かな方だ。カストルは気が強く、イーダスとはよくぶつかり合って喧嘩もしている。子供同士の喧嘩や多少の(いさか)い程度なら物を言うつもりはないが、お互い行き過ぎればさすがに看過する気はない。


「あまりにも怯えてるから心配でしたけど、暴力が振るわれてないなら、とりあえずは安心ですね」

 言葉の暴力より肉体的な暴力の方が重いと考えるのは、メリーの価値観なのだろう。もちろんどっちが良いとか悪いの話ではない。


 メリーが言葉の暴力を軽んじるのは彼女自身が言葉の暴力に慣れすぎているからだ。本当は心に傷を負っているはずなのに、もうその痛みもあまり感じないのだろう。本当に治らないのは心の傷の方だというのに。


 メリーは話は終わったと言わんばかりに、こちらを残してスタスタと門へと歩いていく。その背中を慌てて追っていくと、メリーは門のところで振り返った。


「大切にしてあげてくださいね」

 そう言って笑ったメリーの笑みは今度こそ陰りのないものだった。

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