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038 どうかその姿は僕だけに【アイゼア視点】

 夕食は、部署内でも話題の生簀(いけす)のあるお店へ行った。ここでは特殊な方法で生きたまま運搬された魚や貝類などが生簀(いけす)に入れられており、注文が入ると生簀(いけす)の中の魚などを調理してくれる形式になっている。

 予想通りメリーの反応はとても良く、見ても楽しめ、料理も美味しいとかなり満足してくれたようだった。



 夕食を食べ終え、最後にメリーを連れて行きたかった場所へと案内する。中央区の飲み屋街の少し奥まった場所にあり、この時間でも人の往来は少なく静かだ。


「ここがアイゼアさんの連れてきたかったって所ですか?」

「そうだよ。バーは来たことある?」

 メリーは元々飲酒を避けていたという話から聞くまでもなかったが、一応尋ねてみると案の定首を横に振り、物珍しそうに看板を見つめていた。


「バーって響きがすごく大人って感じですね」

「まぁ、僕たち大人だからね」

 とは言ったが、中身が伴っているかと聞かれれば微妙な話で、バーを前に呆けているメリーはどちらかと言えば子供っぽさが勝る。


「とにかく入ってみようよ」

 入口までの階段を降り、扉を開くと、店中の柔らかく温かな橙色の照明の光が漏れてくる。扉を支えながら、先に入るようメリーに促した。


「わ……中まで大人っぽい雰囲気ですね」

「居酒屋とは確かに違うけど、マスターは気さくな人だし、みんなお喋りやお酒を楽しんでる人ばかりだから緊張しなくて大丈夫だよ」

 バーに飲みに来る時間としてはまだ早いため、客も今は少ないようだ。カウンター席の端にメリーを誘導し、その隣に自身も座る。


「いらっしゃいアイゼア君。今日は素敵なお連れ様とご一緒なんですね」

 丁寧に整えられた髭を蓄えた口元に笑みを浮かべ、マスターのレトがアイゼアたちの前までやって来る。


「珍しいって思ってるんでしょ」

「えぇ。女性とお二人で、というのは初めてでは?」

「そうだね。メリーは僕の特別な友人だから、誕生日だしとっておきの場所に連れてきたかったんだよ」

 レトの言葉との合わせ技でさり気なくメリーへの『特別感』を主張してはみたが、果たして本人はそれに気づいてくれているのか。何となく気づいてくれそうにない気もしている。


「お誕生日おめでとうございます。では素敵な夜になるよう微力ながらお力添えさせていただきましょう。さて、何をお作りいたしましょうか?」

 えーっと、と呟きながらメリーはレトの背後にズラリと並んだボトルの壁を食い入るように見つめている。


「あまり詳しくなくて、お酒の名前ってよく知らないんですけどどうしたらいいんですか?」

「好みを教えていただければ、それに合わせてお作りすることもできますよ」

「好み……?」

 メリーは好みを出せるほど種類を飲んだことがないのか、首を傾げて悩ましそうにしている。


「お酒は強くないよね」

「酔ったと思うほど飲んだことがないので何とも。でもあまり強くない気はします」

 以前食事したときにも飲んでいたが、そのときはほんのり緩んでいた感じだった。特別大きな変化はなかったように思う。だがグラス一杯程度だったこともあり、それを指標にするのは危険かもしれない。


「この前もペシェにウィスキー貰ってたけど一口で限界だったしね」

「あれは飲みにくい苦さがあって、ハッキリ言って美味しくなかったです」

 アイゼアの印象としては飲みやすい方のウィスキーだったが、メリーはアルコールに慣れていないせいか、けほけほと小さく咽せていたことを覚えている。


「うーん……普段飲むといえば、寒い日に紅茶に甘口のラム酒を少しだけ混ぜて飲んでるくらいですかね」

「へぇ、僕もラム酒はココアに入れることがあるよ。温まるし美味しいんだよね」

「ん……ということは、甘いものなら咽せずに飲めるんですかね?」

「甘くても咽せるものはありますよ。試飲してみますか?」

「良いんですか?」

「もちろんです。せっかくのお誕生日なのですから、お酒を楽しんでいってください」

 レトはお試し用に出したショットグラスにワインを注ぎメリーへと差し出す。


「試飲してみてください。酒精強化ワインの一種です。とても甘いですが、お酒に慣れていない方は咽せますね」

 メリーは恐る恐るといった感じで一口飲む。レトが(むせ)ると言っただけあって、やはりけほけほと咳き込んだ。本人としては全く良くないのだろうが、アイゼアとしては何だかその姿も可愛らしく見えて仕方ない。


「甘さは良いんですけど、少しきついですね」

「承知しました。では、飲み慣れてるラム酒をベースに度数の優しいものをお作りしましょうか。アイゼア君はとりあえず最初はいつものでいいのかな?」

「それでお願いするよ」

 レトは慣れた手付きでシェイカーにお酒などを注ぎ、シャカシャカと独特な音を立てて混ぜていく。


「わぁ……小説に書いてありましたけど本当に振るんですね。生で初めて見ました!」

 好奇心が疼くのか、ほんの少しだけ前のめりになって食い入るように見つめている。やがて中身がグラスへ注がれ、メリーの前へ差し出された。

 黄色みがかった乳白色のお酒に、グラスの端にはパイナップルが添えられ、ストローが刺さっている。


 続いて出されたアイゼアのお酒はシェイカーを使わず、ミキシンググラスの中でかき混ぜられ、グラスへ注がれていく。ライムを添えられて提供されるこのお酒はスッキリとした飲み口で最初に飲むのに丁度いい。軽くグラスを交わし、メリーはすぐにストローに口をつけた。


「甘くて美味しいですね。それにすごく飲みやすいです」

 先程(むせ)ていたのとは打って変わって満足そうに微笑み、レトへお礼を伝えている。「ごゆっくり」と告げ、レトは他の客への接客をするため離れていった。


「アイゼアさんってこういう場所にも来るんですね」

「仕事で情報収集に酒場へ行くことはあるけど、そうじゃないときはたまにって感じかな。通ってるのもここだけだし」

「そうなんですね。いつもは騎士仲間の人たちと来るんですか?」

「みんなで行くときは居酒屋とかが多いかな。ここへ来るときは大体一人だね」

「一人で……今日のアイゼアさんは何だかすごく大人に見えますね」


 よくわからないキラキラとした眼差しを向けられさすがに困惑するが、頼りなさげな脆い人という印象を一つ払拭(ふっしょく)できるのなら悪くはない。できればそのまま異性としての魅力を感じて意識してもらえるともっと嬉しいのだが……そう簡単にはいかないのが現実だ。


「ずっと言いそびれてたんですけど、誕生日祝ってくれてありがとうございます」

「うん。改めて誕生日おめでとう、メリー。でも最後だけ要望から外れててごめんね」

「ん? 要望?」

「ほら、学生みたいな感じでーって言ってたでしょ。学生はバーには来ないからね」

 するとメリーはハッとした顔になり「そんなこと気にしないでください」と眉尻を僅かに下げて笑った。


「アイゼアさんが連れてきてくれなかったら一生縁がなかったですし、今すごく楽しいです」

「喜んでもらえて良かったよ」

 その嬉しそうな顔が見られただけで、今日メリーをここへ連れてきて良かったと思える。


「そうだ! アイゼアさんの誕生日はいつなんですか? 今度は私が何かお祝いしますよ」

「え、いいの?」

 何という僥倖(ぎょうこう)。まさかメリーの方から誕生日を祝いたいと言ってもらえるとは。ただ一つ残念なのは今は真冬だというのに、自分の誕生日は晩夏だということだろうか。半年くらい繰り上げたい気分だ。


「もちろんですよ。アイゼアさんみたいな素敵なお祝いができるかはわかりませんけど」

 メリーさえいればそれだけで何も言うことはないよ、と言いたくなる衝動を抑え、いつも通りの微笑みを貼り付ける。


「気持ちだけでも十分嬉しいよ。僕の誕生日は八の月の三十番の日なんだけど、かなり先だし覚えてたらでいいからね」


 なんてしおらしく遠慮しているが、本心ではバリバリに覚えておいてほしいと思っている。別に特別なことはなくて構わない。ケーキもプレゼントもなくて良い。ただメリーの祝いの言葉と、メリーの時間を占有する権利がほしい。それでも傍から見れば、傲慢な望みだと言われるのだろうか。


「覚えます。覚えておきます」

 記憶力には自信ありますからね、とメリーは強気で微笑んだ。浮かれて(はや)りそうになる感情を他人事のように俯瞰(ふかん)しながら、美味しそうにお酒を楽しんでいるメリーの横顔を眺めていた。



 その後メリーはグラスを二杯空け、完全に酔いが回っているようだった。顔はそこまで赤くないが、普段よりかなり表情が緩く喋り方もふわふわしている。


 いつもより少しだけ饒舌(じょうぜつ)になり、今日見たものや体験したことをどんなふうに感じてどんなふうに楽しかったのか事細かに語ってくれた。まるで新しい出来事を報告する子供のようなはしゃぎ方だ。それだけ心に残るものの多かった一日だったのかもしれないと思うと、嬉しさに頬が緩む。


 これからもこんなふうにいろんな所へ行ったり、新しい体験をメリーは重ねていくのだろう。その隣にいるのが、そしてその報告を真っ先に聞く相手が自分だったらいいのにという願いを、静かに胸の奥にしまいこんだ。


「レトさん、何かもう一杯作ってもらえませんかー?」

「メリー、まだ飲んで大丈夫?」

 もう一杯飲んでも大丈夫なのだろうかと若干不安になる。突然気分が悪くなる人というのはいるもので、酔った様子すら見せていなかったにも関わらず突然潰れてしまった人を介抱したことがある。

 顔すら赤くならず、その瞬間までお酒に強いのだと勘違いしてしまっていたことを今でも覚えている。


「大丈夫ですよ。これを最後にしますから」

「そう? ならいいんだけど」

 心配しすぎて、せっかく楽しんでいる気分を台無しにしても勿体無い。周囲にも迷惑をかけるような酔い方ではなく、自分が家まで送れば問題はないだろう。


「甘いものがいいですか?」

「はい。今までみたいに飲みやすいのがいいです」

「レトさん、度数はまた低いもので頼むよ」

「えぇ、わかりました。アイゼア君はどうしますか?」

 メリーが二杯空ける間に、アイゼアは三杯グラスを空けていた。お酒には強い方だが、きちんと家まで送り届けることを考えればもう抑えても良いだろう。


「僕にも同じものを」

「では、甘くてスッキリした飲み口のものにしましょうか」

 レトは二人に同じお酒を作り差し出す。ライチリキュールからできているらしく、混ぜたグレープフルーツジュースの色が水色(すいしょく)を白く濁らせている。

 味は決して甘ったるくなく、かなりさっぱりしているが全く飲みにくさはない。メリーも気に入ったらしく頬を緩ませっぱなしだ。


「お酒を飲むのも楽しいですねー。今度はちゃんとペシェに付き合ってあげようかなぁ」

「そのときは良かったら僕も呼んでくれると嬉しいかな」

「もちろんですよ。仕事がなかったらぜひ来てくださいねぇ」

 えへへ、と緩く笑うメリーにますます不安が募る。ペシェは信頼に足る相手だが、それでも自分がいないところでこの姿を晒してほしくないと思ってしまう。


 メリーにこれから友人や知人が増えれば飲みに行く機会もできるかもしれない。だが警戒心ゼロの状態のメリーに夜道を歩かせるのも、信用ならない相手と一緒にいさせるのも心配でたまらないのだ。親でも兄妹でもあるまいしとは思うのだが、とにかく心配なものは心配なんだ、と心が叫んでいた。

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