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037 君の願いを叶える魔法使いを演じてみようか【アイゼア視点】

 一の月、五番の日。今日はメリーの誕生日だ。結論から言えば、メリーとの約束を取り付けることができた。ペシェから日付を聞いた時点でかなり差し迫っていたため焦っていたが、特に予定は入っていなかったらしい。


 思えば、少々特殊な事情を抱えた三人と誕生日の話題になるはずもなく、ミーリャに関してはペシェが上手くやってくれればメリーの予定はがら空きというわけである。こう言って良いものなのかは悩ましいが、彼女の友人の少なさが完全に追い風になっていた。


 一応今日の名目としては、舞踏会に付き合ってくれたお礼兼誕生日のお祝いということにしてある。二人きりで約束を取り付けるのに、『舞踏会のお礼』というのは不自然さもなく、うってつけの理由だった。


 誕生日という特別な日をどうするかアイゼアは散々悩んだが、こちらがガチガチに予定を組むのも、何か贈り物を用意しておくのも、さすがに初っ端から気合いが入りすぎてて気味が悪いという結論に至った。


 今日は、メリーのやりたいことや行きたいところに付き合うことにし、何をしたいか考えておいてほしいと伝えてある。もしその中で何か欲しいものがあればそれを買って贈れば重すぎず、メリーにも確実に喜んでもらえるだろうという算段だ。



 約束通り昼より少し前にメリーの家を訪ね、今は美味しいと評判のドーナツ屋で買った粉糖のドーナツを片手に東区の案内をしている。


『学校帰りに友達と街へ遊びに行く、みたいな感じのノリで観光してみたいです!』


 という漠然としたメリーの希望を叶えるべく、とりあえず買い食いをしてみたところだ。


 メリーは舞踏会の日から一つだけ変わったことがある。それは化粧をしていることだった。薄く控えめに施されたそれは、彼女をほんの少しだけ本来の年齢を感じさせる大人な雰囲気にしていた。


 惚れた弱みもあるだろうが、ますます魅力的になってしまって大丈夫なのかと不安になる。彼女の魅力は他の者になど全く気付かれなくて構わないし、争う相手は少なければ少ないほど良い。ハッキリ言って自分だけが知っていればいいと身勝手にも思ってしまう。


 メリーは一口大になったドーナツをぱくりと頬張り、もぐもぐと咀嚼(そしゃく)する頬が可愛らしい。口の端についた粉糖をぺろりと舌で控えめに拭う仕草にドキッとし、ずっと見入っていたことに気づく。メリーにバレないよう静かに視線を前へと戻した。


「東区は中央から南側にかけてお店が多いんだよ。市場もあるけど西区よりは規模が小さいね。武具とか装飾品とか物を作ってる職人や工房が多い地区だから、もう少し南に行くと肉料理とか揚げ物とか、一つでお腹が満たせるような料理を買い食いできるお店が多いんだ。あと、中央区方面には飲み屋街もあるよ」

 街をよく知らないというメリーに、東区の特徴を説明すると興味深そうに耳を傾けてくれている。


 サントルーサは大きく東西南北中央の五区に区分けされている。西区は商店が最も多く、多種多様な店が犇めき合っている激戦区で、この街で最も大きい市場があるのもここだ。簡素で粗野な東区に比べ、売られている食べ物もお洒落に盛り付けられているものが多く、値段も手頃なため若者に人気があるのも特徴だ。


 南区は貧民区や貧民街とも呼ばれ、この街の犯罪の温床となっている地区でもある。他区に近い場所にはあまり柄の良くない酒場や歓楽街が形成され、夜はそれを目当てに訪れる者が大勢いる。だが南に行けば行くほど治安は悪くなっていくため奥まで行くことは一般市民どころか騎士ですら任務がなければほとんどない状態だ。


 北区は貴族街と呼ばれ、貴族たちの居住区となっている。店はどこも貴族を客として想定しているため、かなり格式が高い高級店が並ぶ。北区に実家はあるが、お店の方は正直ほとんど訪れたことがない。養父母が生きていた頃に何度か連れていってもらったくらいだろうか。公園もあり整備が行き届いているため居住区としては住みよいが、その分地価も高い。


 中央区は城や騎士団の本部などがある国の中枢にあたる。各区の特徴を併せ持ち、西区とはまた違った意味で多種多様だ。学校、劇場、広場、国立病院、公園まで整備され、この街の中心駅があるのもここだ。今日は東区から西区へ、最後に中央区を案内するつもりでいる。


 興味を示しそうという理由で風変わりなオーブンで焼くローストチキン屋に寄り、サントルーサの名物にもなっているエッグタルトも買って、お腹を満たしながら西区へと向かった。



 西区は街道から街へ入るための門もあり、人通りは常に多い。買い物目当ての者だけでなく、商人や馬車の往来も激しい。特にこの市場へ続く大通りは西区の中でも最も混み合う。人の間をすり抜けるように歩いていると、後ろからメリーの戸惑う声が聞こえてきた。


「メリー?」

 振り返ると、小柄なせいもあるのか人波に流されかけているのが見える。


「あ、アイゼアさん」

 こちらへ追いつこうと伸ばされたメリーの手を掴んで引き寄せ、隅へと寄る。


「大丈夫だった?」

「はい。人通りの多い所は歩き慣れてなくて……すみません」

「謝らないで。僕がもっと気をつけないとダメだったね。メリーさえ良ければ、腕組んで歩こうか」

 手を繋いで歩くようなゆったりとした余裕はなく、かといってこちらが肩や腰に手を回すというのは慣れ慣れしすぎるだろう。


「じゃあ、お願いします」

 メリーの手が控えめに肘のあたりを掴む。寄り添うような距離感に緊張しつつも、気が緩まないよう引き締める。


「西区でもこの辺は少し治安が良くないから僕から離れないで。あとカバンにも気をつけて、スリが多いから」

「わかりました」

 歩き慣れている自分がきちんとメリーをエスコートし、守らなければという使命感が湧き上がる。


 治安の悪さで言えば南区の次に良くない地区だ。自身も南区の貧民街で生活していた頃、まさに西区のこの大通りを『狩場』にしていた。


 そこそこ腕に自信があり、捕まったこともない。鍵開けも得意だったが空き巣より逃走が容易なことから、(もっぱ)らスリに手を染めていた。


 あの頃のアイゼアにとってここは銀行のようなもので、お金を下ろしに行く感覚に近かったことを覚えている。そんなヤツが今では騎士で、素知らぬ顔で忠告しているなど世も末だと心の中で自嘲した。



 サントルーサで最も大きな西区の市場は常に人で賑わっている。野菜や肉、魚などの生鮮食品や干物などの加工食品、食べ物だけでなく、工芸品や民芸品、鉱石や薬草、輸入品なども広く集まってくる。少し大げさだが、ここに来れば大体のものは揃うと言われているほどだ。


「メリー、薬草とか触媒になりそうなものもこの市場には売られてるよ」

 それらしい素材を扱っているお店の並ぶ一角にメリーを案内すると、にわかに目を輝かせ机の上から天井に吊り下がった植物や何かの獣の部位、奥の壁にかけられたものまでを舐めるように見回す。


「す、すごいです……素材を扱う店がいくつも! サントルーサに素材や触媒がこんなに売られてるとこがあったなんて……! アイゼアさん見てください! これ薄羽玉虫ですよ! 火焔青(かえんせい)トカゲの尻尾まで……!」

「えっ、この辺も薬になっちゃうんだ……」

 ものすごく飲みたくない、という至極真っ当な感想が込み上げる。このギラギラした透けてる虫と赤いのに見る角度によって青くなる大きなトカゲの尾に一体どんな効果があるというのか。


「お嬢さん詳しいな。この薄羽玉虫は久しぶりに入荷したものでね、次に手に入るのはいつになるかわからないんだ」

 熱く語るメリーに店主が声をかけた。目を見ればわかる。売る気満々だ。


「うーん……いくらですか?」

「薄羽玉虫は希少だからねぇ。一匹五万でどうだ?」

「五万!?」


 こんなちっさい虫一匹に五万デールも払うのか、と愕然とする。正気なのか。五万あれば北区の高級店で食事ができるし、高級リゾート地の一番安い部屋を取れてしまうくらいはある。考え直してほしいと説得したいくらいだ。だがメリーは特別驚くでもなく、目を細めて店主を見据えた。


「ぼったくる気ですか。この薄羽玉虫、羽が少し傷ついていますし、輝きの度合いからすると質は中程度か、やや低いくらいですね。五万は最高級品につく値段です。私は精々一万五千くらいだと思いますけど」

「おっと、いいねぇ。程度まで完璧に言い当ててくるとは、審美眼も持ち合わせてるってか。ただの浮かれたお嬢さんじゃないってわけだ」

 豪快に笑い飛ばす店主に物怖じすることなく、メリーは他にも品定めしていく。


火焔青(かえんせい)トカゲの尻尾と、春陽の水蜜花の束、あとはそこの鉱石の詰め合わせをつけたらいくらですか?」

「そうだなー……四万でどうだ?」

「三万で」

「お嬢さんそれは原価ギリギリ過ぎてこっちが悲鳴を上げそうだ。だが、物を知ってるお客さんに会えたのは俺も嬉しいしな。三万七千で折れてくれないか?」

「三万七千なら、その岩清水と幻影胡蝶の鱗粉を二袋分つけてください」

「よし、決まりだな。岩清水と鱗粉をつけて三万七千で」

「ありがとうございます」

 メリーは強気な笑みを浮かべ「やりました」とアイゼアを見上げる。自然な流れで財布を取り出し支払おうとするメリーの手を慌てて止めた。


「メリー、これも僕が買うよ。誕生日のプレゼントってことにさせてくれないかな?」

「は? いや……そんなつもりで買ったわけでは……三万七千なんて払わせられませんよ」

 今日は舞踏会のお礼と誕生日のお祝いを兼ねているため、支払いは全てアイゼアがするということになっている。というよりそう説得したのだが、メリーは食べ物だけに限られていると思い込んでいたらしい。


「いいからいいから、ね? 誕生日なのに贈り物もなし、なんて格好つかないし」

「えぇー……うーん、なら……玉虫。玉虫だけ買ってください! 後はさすがに私に払わせてほしいんですけど」

 顔色をくるくると変えながらメリーは必死に訴えてくる。ありありと申し訳ないと顔に書いてあり、これ以上全額払うと食い下がればますます萎縮していくのが目に見えていた。


「わかった。じゃあ、玉虫は僕が」

 店主にお金を渡し、メリーは紙袋に詰められた素材を受け取った。口にして思ったが、誕生日に贈る物がよりにもよってこのスケスケの玉虫というのはどうなのか。

 少し複雑な気持ちになったが、満足げに中身を覗いているメリーの笑顔を見たら、そんなことは一瞬にしてどうでも良くなった。



 中央区にある、猫がよく集まってくる公園に案内し、ベンチに座って歩き疲れた足を休ませる。パン屋で買ったクリームパンを紙袋から取り出して半分に割り、二人で頬張った。中央区にあるこのパン屋はブリットルから教えてもらったオススメのお店だ。騎士団本部からもわりと近いため度々お世話になっている。


「アイゼアさんはよくここに来るんですか?」

「宿舎から近いし、疲れたときたまに癒やされに来るよ」

 ここは夕方は学生が来ていることも多い。メリーの要望である学校帰りっぽさは今が一番応えられている気がする。猫と戯れて和やかに会話をしながら、夕方を待つ。どうしてもメリーに見せておきたい景色があった。



 西の空が柔らかな茜色を帯びかけた頃、アイゼアはメリーを連れて中央区の時計塔に来ていた。


 サントルーサと言えば時計塔からの景色が有名だ。観光名所としても人気があり、今もそこそこ人がいる。メリーの手を取り、塔の展望台へ続く螺旋階段を上っていく。

 展望台へ辿り着くと、そのまま縁の近くへと案内した。中央区にあるこの時計塔からは、東西南北中央全ての区画を見渡せる。


「夜景はこの前馬車の中から見たでしょ。だから夕日に染まる街も見せたいなって思ってね」

「すごく綺麗ですね! ノルタンダールとは街の作りが違うのも上からだとよくわかります」

 メリーは興味を示してくれたのか、縁に手をかけて少し前のめりになりながら眺めている。転落防止用の壁がメリーの背に対して高めで、より広く見るために背伸びをしていた。


「急に風が吹くこともあるから気をつけてね」

「わかりました」

 その後も夕日の見える西側だけでなく、他の方角もくるくると巡っていく。


 サントルーサの街はなだらかな丘の上に形成されている。中央区から放射線状に八つの大通りを作り、それに沿うようにして細い路地や家々が立ち並ぶ。

 外から来る人々の流れは東と西の門の二箇所に絞り、南と北には外から入るための門はない。北区は高台になっているため、平面的に敷き詰められたように見える他区とは違い、縦に立体的に見えるのが特徴だ。ちなみに南区が最も低地に位置している。


「時計塔はお城よりも高さがあるんですね」

「昔は街や城を警護するための監視塔で、ここに騎士たちが詰めてたらしいよ。今は街の外壁の監視塔だけに見張りを置いてるけど」

 まだ養父が生きていた頃、ここに連れてきてもらったときに教えてもらった知識だ。


『この街だけでも、こんなに多くの人が住んでる。それを俺たちが守ってるんだって身の引き締まる思いになるだろ? だから俺はここが好きなんだ』


 少しだけ照れくさそうに、だが誇らしげに胸を張って笑う養父の横顔は今でも印象強く残っている。アイゼア自身も初めて世界の広さに目を向けるようになったきっかけの場所だった。


「監視塔……なるほど。私たちの街は弱い結界のようなものを街の外に二重に張って守ってるんですよ。やっぱり人間と霊族では街の防衛も少し違うんですねぇ」

 展望台の西側へ戻ると、地平線に夕日が沈みかけているのが見える。冬の冷たい風が髪を軽く揺らして吹き抜けていくと同時に、ドキリと一瞬心臓が縮こまる。嫌な予感、というよりは妙な不安感のようなものが染み出すように広がった。


 メリーが消えそうだとまた感じている。時間帯は必ず同じ黄昏時だが、意識があるときでも感じるときと感じないときがある。その違いは一体何なのか。何がメリーという存在を潰そうとしているのか。


「今日は一段と燃えるように赤いですね……」

 ぽつりと呟くメリーは、また少し気配を薄くした。


「楽しかったのに、もう帰らないと。夕日を見ると一日が終わるって感じしますよね」

 気配とは裏腹に、メリーは肩を竦めながらほんの少しだけ寂しそうに笑った。スイウがメリーには話すなと言っていたが、本人も消えかけているという自覚はなさそうだ。でなければ、こんなふうにのんびりしてはいないだろう。


「帰らないとって……この後何か用事とかあった? 言ってくれればもっと余裕を持って家に帰したのに」

「あぁ、違うんです。ノルタンダールにいた頃はミュール兄さんとフランがいたから、極力日が暮れる前に帰るようにしてたんです。その感覚が抜けなくて……そういえば、もう関係ないんでしたね」


 恍けたようにカラカラと笑うメリーは、カタンと落ちるようにより一層気配を薄めた。メリーだけが少しずつ砂のように色を失い、色あせていくような気がした。

 このままだと本当に消えるという感覚に突き動かされ、この場に留めなければとメリーの腕を掴む。物理的な繋がりで留められるものなのかもわからずに。


「用事はないってことでしょ? ならまだ今日は終わってないよね」

 ぽかんと口を小さく開け、呆けたようにこちらを見上げる。ほんの少しだけメリーの気配が戻ってきたような気がした。


「夜はこれから始まるってのに、もう帰っちゃうつもりかい?」

「え?」

「夕食だってまだだし、夜連れていきたいとこもあったんだけどなぁ」

「それ、本当ですか?」

 その瞬間ぶわっとメリーが色づいたような感覚がし、いつも通りの気配も瞬く間に戻ってきた。興味津々に丸く大きくなった瞳に夕日の光が差し、わくわくとした高揚感と熱を持ってアイゼアを映している。


「行きたいです……! 今度はどこに連れてってくれるんですか?」

 ひとまず気配が戻ったことに安堵しながら、楽しみにしてくれていることが嬉しく、思わず顔が綻ぶ。


「それは行ってからのお楽しみだね。その方がわくわくしない?」

「……はい! なら、夕食はどこに行きますか?」

「実はメリーに楽しんでもらえそうなところを見つけてきたんだよね。今日はそこへ行こうかと思ってるけど、どう?」

「賛成です! お腹もいい感じに空いてきました」

「じゃあ、ちょっと早いけど夕食食べに行こうか」

 完全に沈みきるまで夕日を見送り、メリーと共に時計塔を下りて街を歩く。街は昼の顔から夜の顔へと変わり、街灯の明かりが行き交う人々を照らしていた。

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