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034 時間は待ってくれない【アイゼア視点】

 無事にメリーの家まで戻り、迷惑にならないようペシェと二人で早々に帰路についた。エルヴェたちはあの後すぐにペシェが家に帰したらしい。


「良ければ家まで送ろうか?」

 ペシェに提案すると、目を丸くした後にニヤリと口角を上げる。


「アタシこれでも男だけど? しかも風術使えるから一人で逃げ(おお)せる自信だけはあんのよねー。絶対アンタよりも生存率高いから、むしろアタシが送ったげよっかぁ、坊っちゃん?」

 ししし、と女性のフリもせず、男っぽく笑っているのを見て、改めて男性だったなと実感する。


「ペシェ、今日は協力してくれてありがとう。助かったよ」

「アンタは何回お礼言えば気が済むの? 気にしないでって言ったじゃない」

 ペシェとのやりとりの中で、ふと言葉が頭をよぎる。


『アタシとミーリャはちょっとだけアンタに感謝してるから気にしないで』


 舞踏会へ行く前、確かにペシェはそう言ってた。アイゼア自身は二人に何か感謝されるようなことをした覚えはない。あのときは聞きそびれてしまったが、気になったので尋ねてみると、ペシェは少し困ったように眉尻を下げた。

 話すのかをかなり迷っているらしく無言が続き、徐々に歩調が落ちていく。


「ねぇ、アンタさ」

 立ち止まってしまったペシェの方へ振り返ると、いつものカラッとした笑みは鳴りを潜め、真剣な桜色の瞳がアイゼアを射抜く。


「メリーのこと好きでしょ」

「うん。好きだけど?」


 首を僅かに傾げて返答する。正直いきなり顔面を殴られたような衝撃だった。とっさに顔や態度に出ないように平静を装う。カマをかけられているのではないかと内心狼狽(うろた)えながらも、とにかく冷静になるように自分を促す。


 まだペシェはどういう意味での『好き』なのかには言及していない。この返事ならどちらの意味でも嘘ではなく、まだいくらでも誤魔化(ごまか)しは利く。


「あ、ごめん。恋愛的な意味の方、って言い忘れてたわ」

「恋愛的な意味で……メリーを?」

 初めて意識したとでも言わんばかりの演技をし、ペシェの出方を伺う。


 ペシェはメリーと仲がいい。だからこそ知られていい相手なのかは慎重に見極めなくてはならない。知られることでからかわれたり、メリーを守るためと邪魔されたら正直敵わない。


 何となく雰囲気がサヴァランと似ているせいか、必要以上に警戒してしまう。中身までサヴァランと同じだった日には、いろんな意味で終わる。


「あー、アンタってそういう感じかぁ。時期尚早……やらかしたわ」

 後頭部を掻きながら表情を曇らせるペシェの行動は不可解すぎる。時期尚早、やらかした、とは一体何のことなのか。


「別にメリーがアンタに惚れてるわけじゃないのよ。アンタの方が何となくそんな素振りがある気がしたから、アタシがそうだったらいいなーって思っただけの話。勘違いみたいだし、忘れちゃって〜」

 突然興味が失せたかのようにサッと引いていくペシェに、今度はこちらが妙に気になりだしてしまう。


 そもそもそんな素振りとは何なんだ。自分では上手く隠している自信があったが、傍から見ればバレバレも良いところ状態なのだろうか、と妙な不安に駆られる。だが、今確かめるべきはそこではない。


「そうだったらいいなって、僕がメリーを好きだったらいいのにってこと?」

「あぁ、端的に言えばそうね。アンタのおかげでメリーが良い方に変わったからさ。あ、アタシたちがちょっとだけアンタに感謝してるってのは、そのことだから」


 いつの間に自分はメリーを変えたのか。今までも道を指し示すことはあっても、中身を変えてやろうなどと思ったことはない。初めて会った頃と比べれば、確かに変わったとは思うが、それは自分のおかげではなく皆の力であり、メリー自身の努力だろう。


「舞踏会のために、どこへ行っても恥ずかしくない一人前の淑女にしてくれって、アタシのとこに来たのよ。化粧を覚えたいって。顎が外れるんじゃないかってくらい驚いたわ。昔は化粧させてって迫っても嫌がってたってのにねー」


 何だその話は。初耳だ。メリーの『恥をかかせるわけにはいかない』という意識の高さはアイゼア自身も目の当たりにしてよくわかっている。さほど興味もなかったであろう化粧を、この日のために習得しようと努力してくれたメリーの献身さは、アイゼアを悶えさせるには十分だった。顔には出さないが。


「アイゼアくんのために綺麗になろーってなってんの、めっちゃ可愛くない? あーいいなー、俺にもそんな子が現れないもんかねー」

「完全に素が出てるよ、ペシェ」

「まぁまぁ。俺も普通に男でいたいときはあるって。いや、むしろ男としてモテたい」

 じゃあ何で女性的な格好を続けるのかと聞きたくなるのだが、ここまで(かたく)なだと自分には想像もつかないこだわりがありそうで、正直深入りはしたくない。


 それはともかく、メリーの綺麗になりたいという意思は好きな人のためにというものとは全く違う。あくまでも依頼に応えるための努力をしただけだ。


 だが、たとえそうだとしても、可愛いか可愛くないかと聞かれたら可愛いに決まっている。好意がなくとも、こちらの依頼に応えるための努力なのだ。もう、これは『アイゼアのために頑張った』判定にしてもいいんじゃないだろうか。


「でも意外だね。僕がメリーを好きだなんて言った日には『アンタにはやれない!』って怒りそうだなーって思ったんだけど」

 そもそもペシェとアイゼアの最初の出会いは、世界の破滅を止めるあの旅の中で弟妹のためにメリーたちを裏切ったときだった。第一印象は、『友人のメリーを殺そうとした裏切り者』という最悪なものであったはずだ。


 こうして談笑できていることの方が奇跡で、正直ペシェやもう一人の友人であるミーリャがアイゼアをどう捉えているのか、全く想像がつかなかった。


「ちょいちょい、それ何様よ〜? アタシあの子の父親じゃないんだからさ。相当ダメなやつじゃない限りは干渉しないって」

 『裏切り者』は相当ダメなやつじゃないのか、という疑問は湧くが、聞く勇気はない。カラカラと笑い飛ばすペシェの感じの良さに、話して協力してもらうのも手なのではないかという考えがよぎる。

 しかし今までの一連の会話が、こちらの本心を炙り出すための壮大な演技という可能性も捨てきれない。


 ペシェは細かいことに頓着しないように見えて、意外と小さなことを見落とさない鋭さがある。だからこそ、男性でありながら周囲にほとんど気付かれることもなく女性として振る舞っていられるのだろう。人を欺くという点においては、経験も能力もある意味アイゼア以上かもしれない。


「メリーはさ、やっぱ人間の中で生きるべきだってサントルーサに来て思ったわ。たとえ人間と霊族の生きる時間が違っても、迫害されて生きるよりはずっといいなーって」

 ペシェの言う通り、人間と霊族では生きられる長さも老いる早さも圧倒的に違い、平均寿命で比べたら約五十年ほど違う。人間といれば、必ずメリーは置いていかれる。それはアイゼアとメリーの関係も例外ではなかった。


「とにかくさ、メリーが楽しく暮らせるように応援したいわけ。お節介だってわかってるけどね。てーなわけで、アンタも人間で良さそうな人がいたら、バンバン紹介してやって。性別関係なく友達になれそうなヤツをさ。アンタ人を見る目はありそうだから期待できそうだし」


 穿った目でペシェの動向を見ていた自分の捻くれた性根に閉口する。ペシェは単純にメリーの未来を心配しているだけで、いたずらにこちらの感情を暴こうとしているわけではなかった。どうにもこうにもまず警戒から入るのは、昔から抜けない悪癖の一つだ。


「……それは嫌かな」

「は? いやいやいや、アタシにここまで赤裸々(せきらら)に語らせておいて断っちゃう? アンタ笑えるくらい薄情か。いや、いっそ清々しいくらい」

「当然だよ。だって僕は君が指摘した通り、メリーのこと好きだからね」


 呆れ気味だったペシェの表情が動きと共に固まる。こちらの顔を穴が開くくらい凝視し、たっぷりと間をあけてから「……は?」という間の抜けた声を漏らした。


「恋愛的な意味で好きかって質問、まだ答えてなかったはずだけど」

「おいおいそれマジでか、アイゼアくん!」

 つかつかと近づいてくるペシェに、両肩を強く鷲掴みにされる。その力強さは完全に男性のものだ。


「メリーがアンタを好きになるかはわかんないけど、アタシは全面協力するから」

 ペシェは本気で力を貸す気満々らしく、瞳の奥に闘志の炎が見えた気がした。思わぬ協力者の登場に気圧(けお)されるが、少しだけ心強くもあった。何と言っても彼はメリーと付き合いが長く、親友と呼んでも支障のない人物だ。


「一つ気になってるんだけど、どうして僕がメリーを好きだって気づいたんだい? そこそこ隠せてる自信あったんだけど」

「メリーのドレス姿に見惚(みと)れてたときかな。好きっぽいな、コレはーって感じた。他はねー……」

 あのときか、と思わず苦笑する。確かにあの瞬間は取り繕うことすらも吹っ飛んでいた。


 ペシェはうーんと唸って腕を組み、他に何かなかったか真剣に思い出してくれているようだ。だがそれ以上思い当たることがないのか、パッと表情を戻す。


「ま、フィロメナちゃんとエルヴェくんは気づきそうもないし、心配しなくて良いんじゃない? あ、ミーリャもたぶん気づかないから。とりあえずあの目敏(めざと)そうな猫ちゃんが外にいてくれて良かったってとこかね?」


 猫ちゃんという単語にスイウの姿が脳裏に浮かぶ。確かにスイウにまで隠し通せる自信はない。むしろすでに気づかれている可能性すらある。


 普段は封じているとわかっていても、彼は右目の眼帯の下に読心術という力を秘めている。その強烈な印象と、一度心を覗かれたトラウマは簡単には拭えない。


「確かに。できればあまりみんなには知られたくないからね。そういう目に晒されたくないし」

「でしょうね。で、肝心のメリーを振り向かせないといけないわけだけど、とりあえず約束取り付けてみたら? 今だと年末年始とかどう?」

「あー……僕、年末年始も仕事なんだよね。ほら、騎士って年中無休だからさ……どこかで非番の日はあると思うけど」

「うーん、それなら誕生日とかは?」

「たん、じょう、び……?」


 ペシェに言われて気づいたが、自分はメリーの誕生日すら知らない。話題にしたこともなければ、聞こうと思ったこともなかった。自分が誕生日というものに頓着しないせいもある。ペシェはそんなことも知らんのか、という愕然とした表情を隠すことなく晒していた。


「来月、一の月五番の日よ。今日と当日引いたらあと十日しかないけど」

「え、十日っ!?」

 そのあまりの時間のなさに、思わず声が大きくなる。真夜中の街に、アイゼアの近所迷惑な声が響き渡った。

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