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033 君の小さな言葉に僕は期待している【アイゼア視点】

 アイゼアの漏らした小さな弱音に、メリーは不思議そうな顔で首を(かし)げていた。


「本当の自分がわからないってどういうことですか? アイゼア様はアイゼア様ですよね?」

 確固たる自分というものを持っている彼女には無縁の話だろう。アイゼアはその問いに答えるため、自身の過去について少しだけ話をすることにした。


貧民街で生まれ育ち、実母に捨てられてからは一人で生きてきたこと。

養父母は命の恩人であったこと。

二人の人柄の善良さを理解できず、戸惑ったこと。

屋敷での生活が温かなものであったこと。


そして……なぜ自分が騎士を目指そうと思ったのか。


「養父母は二人とも本当に人徳のある人で、その背を追って僕は騎士になったんだ。でも今の僕は、二人の真似事をしてるだけ。人を助けることも、手を差し伸べることも、戦うことも、ただ自分が『高潔な騎士』だって証明するために利用してるだけなのかもってね。思いやりなんて僕には欠片もないのかもしれない。血も涙もないっていうのは本当かもしれない。そんなふうに思うときがあるんだ」


 アイゼアは自分がどういう人物なのかをよく知っている。生活のために盗みも暴力も嘘も、良心の呵責などなく重ね、果ては──殺し合いの見せ物にされる中、生き残るために人を殺した。


 だとしても、生きるためには仕方なかったなんて言い訳にすらならない。自分が生き延びるためならなんだってやる。そういう狡猾で残虐な性質を内側に秘めている。


 そんなことを知るはずもないメリーは、こんな話をされたところで意味もわからず困るだろう。ただ聞いてくれるだけで十分だったのだが、メリーは目を伏せ、何か言葉を返そうと懸命に考えを巡らせているようだった。


「……結構自虐的ですよね、アイゼアさんって。そういうところが脆いんです。不安定な部分をつつくと勝手に拗らせて自滅する癖、どうにかしてくださいよ。こっちが焦ります」

「はは……酷い言われようだなぁ」

「事実ですからね。とりあえず、高い理想や志を実現しようって考え自体がすでに十分高潔だと自覚してください。いいですか、助けられる側は打算か善意かなんて心底どうでもいいんです。生か死か、それだけです」

 何ともメリーらしい割り切った返答だったが、淡白に聞こえる言葉の端々に、こちらを励まそうとしてくれているのがわかった。


「純粋に『誰かのため』に動ける方法なんて、私は知りませんし興味もないですが、見せかけの行動でも、本心は違っても別に良いじゃないですか。そんなことより私は、自分の理想や信念を実現しようと動いてることに価値を感じます」

 成すべきことのためなら手段を選ばない。メリーは自分を信じ、自分の考えや価値観、思いに素直に生きている人だ。心の持ちようよりも行動を重視しているのは納得できた。


「打算的なとこと高潔でいようとするとこは一見矛盾してるように思えますけど、見る角度によって見え方が変わってるだけで、どっちが本物とか偽物とかないんです。同じ面に存在していないだけで一つ一つ全てがアイゼアさんですよ。ただし、あなたは自分の打算的な面ばかり見てるようですけど」


 破片のように小さな高潔さも、内に抱えた醜い心も、多方面に作り上げてきた仮面すらも全て自分なのだとメリーは肯定してくれているようだった。それでいて引いたり拒絶するような素振りもない。


 メリーの言葉が真実だとアイゼアは思わない。同じ弱音を吐いたとき、相手によって返ってくる言葉は千差万別で、これは答えの一つに過ぎないからだ。中には全て虚構だ、詐欺師だ、と言う人もいるだろう。


 それでも構わない。一人でも肯定してくれた人がいて、知ってもなお、変わらず傍にいて励ましてくれる。


 メリーの自分の感性に素直なところが好きだ。一般論や周囲の目に左右されず、自分らしさを貫く孤高さが好きだ。それでいてこちらに手を差し伸べてくれる心根の在り方が好きだ。恩着せがましさのないさっぱりとした善意が、彼女のような強さが自分にあればと憧れている。


「あの、アイゼアさん。一つお願いがあります」

「何だい? できることなら叶えるけど……」

「こんなこと言ったら怒ると思いますけど、ご両親のような騎士にはならないでくれませんか?」

「え?」


 あまりにも意外すぎるメリーの願いに、一瞬何を言われたのかわからなかった。怒りが湧く以前にただひたすら困惑する。騎士を目指したそもそものきっかけが養父母であったアイゼアにとって、彼女の願いは今までの全てを否定するものでもあった。


 それをわかっていて言っているからこそ『怒ると思う』と前置きをしたのだろう。メリーは人の理想や信念を貶めたり、折ろうとするような人でないことはわかっている。


「どうしてって、聞いてもいい?」

「もちろんです。今の話を聞いて、ご両親のような騎士になってもアイゼアさんの首が締まるだけだと思ったんです。立派で高潔な騎士の印象がつけば『みんなが思う僕と本当の僕は違う』って苦しむんじゃないかと」

 思いもよらない言葉をかけられ、ギュッと心臓が縮む。真剣に心配するようなメリーの視線が、ただただじっとアイゼアを見つめていた。


 メリーの言う通り、もし今そんな評価をされるようになれば、養父母との埋め難い差に悩み、心苦しさを抱くに違いない。こちらの思考の傾向を見抜いているようだった。


 メリーが不意に空を見上げ、つられて空を見上げると月と小さく輝く星々がアイゼアの目に映った。


「ご両親が夜を照らす月なら、アイゼアさんはランタンみたいになったらいいんじゃないですか?」

「ランタン?」

「この世には月の光の届かない夜の影がいくらでもあります。ランタンはその影の中で、小さくても一人一人に寄り添って、行く道を照らしてくれますよね。みんなを照らす正義の騎士と褒めそやされるより、名はなくとも影にいる人々を助ける。その方がよほどアイゼアさんの性に合ってると私は思います。ご両親とは違う方向で高潔を目指したらいいんじゃないですか?」


 アイゼアは養父母のような高潔な騎士に憧れた。だがそれが必ずしも同じ形である必要はないのだとメリーに気づかされる。高潔さは心の持ちようの話で、形は様々だ。


「確かに……そうかもしれない」

 メリーの提示するランタンのような在り方だって構わない。むしろ本当に目指すべきはこちらなのかもしれない。あの日、光の届かない裏闘技場──殺し合いの舞台から救い出してくれた名も無き騎士たちのように。


「また弱気になって灯りが消えそうなときは相談してください。燃やすのは炎霊族の専売特許ですから」

 メリーは魔力で小さな火花をパッと散らせながら、自信満々にふてぶてしく笑っていた。新しい道を指し示してくれる言葉と、ほんの少しの冗談がこんなにも温かい。


「メリー、ありがとう」

 紐が絡まったような思考が解け、整理されていく。霧が晴れていくような、迷いの森の出口を見つけたような、そんな気分だ。


「そういえば、敬称が“様”じゃなくなってるけどいいのかい?」

「……あっ」

 自分から話しておきながら弱音を吐いてしまったことに少しだけ照れくささや恥ずかしさを感じ、気を逸らせることで誤魔化した。


 メリーはハッと息を飲み反射的に立ち上がる。あまりにも強張った表情にさすがに申し訳なさを覚えた。ちょっと気を逸らすつもりだったのが彼女の中で想定以上の大事になっている。


「すみません! 完璧にこなすと約束したはずなのに、つい素に戻ってました。私としたことがっ……!」

「いやいや十分すぎるほど完璧だし、別に“さん”でも良いと僕は思うけどね」

 メリーはきゅっと表情を引き締め、ここからは完璧に戻しますと決意を新たにしていた。



 メリーと二人で会話をしながら日付変更までを乗り切り、無事に初めてこの舞踏会の場で建国を祝うことができた。祝いに打ち上げられた花火を眺めながら、「やりましたね」と不敵に笑うメリーは心強くて、少しだけ目頭が熱かった。



* * *



 少ししてから舞踏会を抜け出し、メリーは使い魔をペシェへと送る。赤い絨毯(じゅうたん)の上を手を取って歩き、会場から離れるほどに楽しげな喧騒と音楽が遠のいていく。


 城門をくぐり、ペシェの到着を待つ。周囲には人影もなく、ぽつんと二人きりで世界から切り離されたような気分だ。もうすぐ夢から醒め、魔法が解ける。アイゼアはこのひとときが終わろうとしていることに強い寂しさを覚えた。


「アイゼア様、最後まで笑顔を忘れてはなりません。終わったと思って今少し気を抜きましたね?」

「え、ごめ──」

 その瞬間メリーに左手を握られ、取り繕えず戸惑いを表情に出してしまった。不意打ち過ぎて全然心構えができておらず、心臓が飛び跳ねている。


「メリー? 突然どうしたの?」

「ペシェが来るまで踊って待ちませんか?」

 思ってもみないメリーからの誘いに、更に心臓がけたたましく内側から叩く。


「まだ音楽も少し聞こえてますよ」

 舞踏会の熱が冷めないのか、メリーは瞳を輝かせながらそわそわとアイゼアの返答を待っている。魔法は、夢はまだ終わっていないのだと言ってくれているような気さえした。


そんな顔されたら、断れるわけないよ。


 思わず込み上げる笑みを隠さず、アイゼアは二つ返事で承諾した。遠くから、聞こえる楽器の音色。風に乗って流れてくる曲に合わせて、硬い石畳の上でコツコツと靴を鳴らしながら、くるくると踊る。まさかもう一度メリーと踊れるなんて夢にも思わなかった。まさに夢から醒める前の、最後の夢だった。


「舞踏会、誘ってくださってありがとうございました。私、結構楽しかったですよ」

「本当?」

「本当です。ダンスも一緒に踊ってくれる人がいると案外楽しいものですね。アイゼア様のおかげでまた一つ新しい体験ができました」

 メリーの言葉にこちらを気遣っているような雰囲気はない。知らないことを知りたがる、知識欲と好奇心の強い彼女らしい反応だった。


 少し子供っぽさを感じるような屈託のない笑みは、アイゼアの心に火を灯す。決して良いことばかりではなかったが、それでもメリーにとっては刺激的で楽しい夜になったのかもしれないと思わせてくれる。


 そして本来のメリーの本質を見たような気がした。彼女が人や社会と関わることに消極的なのはきっと性格のせいではない。元々はもっと社交的な人だったのではないか。黄昏の月と忌み嫌われてきた経験や言葉が、人への苦手意識や諦観を生み出し、無意識に本質を殺してしまったのかもしれない。


「そうだね。僕も初めて舞踏会を楽しめたよ。メリーのおかげだね、ありがとう」

「アイゼア様に楽しいと思っていただけたなら、お願いされた以上をこなせたということですね!」

 月明かりを受けた深海の色の瞳が、ゆらりとアイゼアを捉えて映している。満足そうに細められた目がほんのりと艶やかさをまとい、誘惑され、ふらりと傾きそうになった。


 ふわふわとした心に身を任せ、舞踏会で踊ったときよりも足取りは軽く、まるで歌でも歌っているかのように弾む。


「もし良ければまた次も誘ってください」

「え?」

「人が見つからなかったときの保険です」

 また誘ってほしいと思えるほど楽しかったのだろうか。社交場を戦場と呼んでいただけに、さすがに少し驚いた。


 同時に、胸の内にじわりと願望が顔を出す。単純に舞踏会に行きたいからではなく『アイゼアと一緒だから行きたい』そう思ってくれたらいいのに、と。

 たとえそうでなくとも、メリーはこうして手を繋ぎ、近い距離感でダンスをしても嫌悪感を感じていない。好きか、普通か、意識していないか。


「……そんなふうに言われたら僕、期待しちゃうんだけどいいの?」

 もしかしたらいつか、こちらへ振り向いてくれるかもしれない、と。


「期待……? そうですね。今日くらいの頑張りであれば、期待してくれても大丈夫ですよ」

 小さく胸を張るメリーに、言葉に潜ませた本心は伝わらない。今はまだ、それでいい。


「なーに二人して楽しそうに踊ってんのよ! 妬けちゃうわねー」

 上空から降ってくる声に、ダンスの足を止め見上げる。花の客車が地上に着地すると、ペシェが御者台から下り、客車の扉を開いた。


「さて、お迎えにあがりましたよっと。メリーが消しちゃったから馬も車輪もないけどね」

 という従者らしさの欠片もないペシェの声を聞きながら、メリーと共に乗り込む。やがて客車が浮かび上がり、遠ざかっていくほどに光にあふれていた城は小さくなっていった。

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