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003 兄の代理(2)【メリー視点】

 部屋の扉をノックをするが返事はなく、一言断りを入れてから入室する。少し大きめの部屋にシングルベッドが二つ、ローテーブルと長いソファが一つずつと、小さなソファが二つ置かれている。奥に置かれた本棚には絵本から教本まで、整然と並べられていた。


 ベッドの片方に小さく盛り上がった丸みを見つけ、あれがポルッカだとすぐにわかる。傍らへと寄りポルッカの顔を覗き見ると、苦しそうに口呼吸を繰り返していた。


 額のタオルを除けようと掴むと、すっかり温くなった温度が手に伝わってくる。それから額と首筋に手を当て、体温を診た。体温計で測ったわけではないので正確ではないが、熱はまだかなり高そうだ。サイドテーブルに置かれた薬と処方箋を手に取り、薬は何を処方されたのか確認する。


「ポルッカさん、メリーです。体調はどんな感じですか?」

「メ……リーさん。喉が、痛くて。あと熱と……鼻詰まりと、咳と少し吐き気も……」

ポルッカは枯れて掠れたガサガサの声で何とか症状を伝えてくれた。


「食欲はやっぱりないですよね?」

 その問いにポルッカは小さく縦に(うなず)く。


「なくても水分だけは必ず摂るようにしてくださいね」

 まず水分不足にならないように気をつけ、次に体力を戻すには食事を摂る必要がある。お腹が痛くないということは食中毒からくるものというわけではなさそうだ。


 少しでも食事できるよう、それを阻む喉の痛みと吐き気を抑えるのが先決だろう。喉の痛み止めは薬を処方されているので、こちらで何か薬を使う必要はない。


「ポルッカさん、口を開けてください」

「苦いお薬?」

「どんな症状も軽くしてくれる霊族の秘薬ですよ」

 メリーはカバンの中から小瓶を一つ取り出し、白く丸い小さな飴をポルッカの口に二粒入れる。スピリアでは単純に疲労回復や気を静めるときに食べたり、風邪を引いたときの定番としても出てくるもので、『ドロップ』と呼ばれている。


 霊族の秘薬などと言ったが、本当は蜂蜜と数種類の薬草を混ぜて魔力で固めるだけの簡単なもので、家庭や人によって混ぜるものも変わってくる。硬さや溶け方、色、形も人の数だけ多種多様だ。

 簡単に説明するなら薬というよりは飴や砂糖菓子のようなものという表現が近い。薬との相性をあまり考えなくていいので、重宝されているのだ。


 メリーは薬草にも魔力を込め、食感も口に含んだらすぐに解けて消える繊細さになるように手間をかけて作っている。だからこそただ混ぜただけの民間療法的なものより効果が期待でき、魔法薬に近い。混ぜた薬草の効能だけでなく、込められた魔力のおかげで息苦しさの解消や疲労回復、安息効果も強まっているため寝つきやすくなるだろう。


「甘くて、メリーさんの香りがするね」

 ポルッカは苦しそうな呼吸をしながらも、僅かに頬を綻ばせる。メリーさんの香りがするというのはどういう意味なのかと首を捻りながら、ついでに水分も補給させた。水の魔晶石を取り出し、額のタオルを洗って取り替える。


「汗をかいたらすぐに言ってください」

「今、すごくかいてる、かも……」

「ならすぐに服を取り替えましょう。ええっと、服は……」

「そこの、タンスの中……だよ」

 指を差されたタンスの中には部屋着や下着の替えが入っていた。それらを一式取り出し、ポルッカの元まで持っていく。


「自分で着替えれますか? 手伝いますか?」

「一人で大丈、夫」

 こちらに迷惑をかけないようにとしているのか、怠そうにしながらも体を自力で起こす。着替えを始めたので下着になったところで後ろを向くと、程なくして着替えが終わったと声がかかった。メリーは脱ぎ終わった部屋着など一式を水の魔晶石を使って洗っていく。


「うわぁ、すごい……」

 空中に浮かんだ水球の中で洗剤と服がぐるぐると回っている。スピリアの霊族ですらこんな直接的な使い方をする者はほとんどいないだろう。簡単そうに見えるかもしれないが、水球を作ること、空中に滞留させること、形を保ったまま内側の水だけ激しくかき回すこと、その三つを同時制御できる能力が必要になる。


 それなりに鍛錬を積んできたメリーにとってはこの程度朝飯前だが、大多数の霊族からすればそれなりの高難度だろう。水球は炎術で消し、次に同じ要領ですすぎ、最後に炎術で乾燥させれば洗濯は終わりだ。


「ねぇ、それ……わたくしにもできる?」

 余程珍しい光景だったのか、ポルッカは目を輝かせてこちらを見上げていた。その姿がフランと被って見えた。フランも風邪を引いたとき看病してやり、目の前で同じことをすると『自分もいつかできるようになるかな』と目を輝かせていた。


「それは努力次第ですね」

 と、決まってそう言っていた。フランはできるようになるって言ってーと膨れ面していたことを思い出す。魔晶石を使うため魔力はなくても、制御力さえ鍛えればできなくはない。努力次第だが、相当努力しなくてはこれを一人でこなせるようにはならないだろう。


「じゃあ元気になったら教えてくれますか?」

「そうですね。元気になったら」

 ポルッカは嬉しそうに口角を上げて笑った。

「さぁ、今は寝てください。しっかり風邪を治しますよ」

 頭を優しく撫で、掛け布団をしっかりと上までかける。暖房がなく、やや冷え気味の部屋の温度を炎術で上げた。


 持ってきておいた小さなカップに水を張り、眠気を誘う効果のある精油を数滴垂らしてから炎術で少しずつ蒸発させていく。少しずつ柑橘系の香りが部屋に広がり、ついでに空気の乾燥もこれで多少抑えられるだろう。


 だがこれで終わったわけではない。ポルッカの様子をしばらく見守り、眠ったのを確認してから動き出す。この様子では昨晩からほとんど何も口にしていない可能性もある。吐き気が治まっていれば、昼は何か食べさせた方が良いだろう。メリーは屋敷の中の厨房を探しに、部屋を出た。



 昼を過ぎ、ポルッカは遅めの昼食を摂っていた。何とか食べようと思えるところまで回復したようで、少しだけ安堵する。ポルッカは複数の野菜をポタージュ状にしたジンジャースープをゆっくりと口に運んでいく。ノーゼンやメイドたちに野菜を潰すのを手伝ってもらった甲斐があるというものだ。


 この家では叔父や従兄弟たちからは冷たく扱われているようだが、仕えている従者たちは皆カストルやポルッカにも優しいようだった。聞くところによると、前の亡くなった夫婦の頃から仕えていたらしい。


 苦しいことに変わりはないが、完全に蔑ろにされている中に置き去りにされているわけではないとわかったことが一番安心できた。程なくしてポルッカはスープを完食し、メリーは食器を厨房へと下げた。



 部屋へ戻るとポルッカは半身を起こして、絵本を読んでいた。まだ頬は赤く、瞳にも熱っぽさが残っているというのに、少し体が楽になると動こうとする。そういうところもフランと同じだ。


「ダメですよ、まだ熱は下がってないんですから。調子に乗って、夜ぶり返すとつらいですよ?」

「あ、ごめんなさい……寝てるのもつまんなくて……」

 ポルッカは素直に読んでいた絵本をサイドテーブルへ乗せ、布団に深く潜り込む。メリーは小さな丸椅子に腰掛けると、サイドテーブルに置かれた絵本を手に取った。


「こぐまのウーノの旅物語……そのシリーズの絵本がお気に入りなの」

 絵本を開くと、美しい冬景色と可愛らしい子熊が柔らかい雰囲気で描かれている絵本だった。


「ねぇ、この前行ったノルタンダールも冬はそんな感じなの?」

「え?」

 ノルタンダールはメリーの故郷であり、ポルッカの亡くなった母親の故郷でもある。スピリア連合国の北方にあり、一年の大半が冬のような気候の街だ。


「たくさん雪が降って積もるって聞いて……」

 絵本を更に(めく)っていくと、子熊と共に街に積もった雪景色や雪原、雪山などの絵が出てくる。淡くどこか温かそうにも見える雪景色の絵は何とも癒やされる美しさだが、ノルタンダールの冬は決して甘くない。


 雪というよりは氷に閉ざされるという表現が正しく、雪原や雪山は息を呑むような美しさだが、同時に簡単に人の命を奪う鋭利な無慈悲さを持っている。そして熊という生き物はこんなにも可愛くない。もっと獰猛(どうもう)で凶暴で種類によっては人を捕食するし、魔術や武器がなければ人などなす術もない。


 極寒の地に暮らすというのは決して楽なものではない。あの地が炎霊族が開拓した場所として炎霊族自治区と呼ばれ、なぜ他者を拒む者が多く住まうのか。それはあの土地柄のせいもあるのだろうと思う。


「ノルタンダールの冬はいきなり飛び込むと死にますよ。あと、本物の熊には近寄らないこと。頭からむしゃむしゃ食べられたくないなら」

「死……食べ……!?」

 ポルッカが顔を強張らせ、ゴクリと唾を飲み込む。


「……この景色が見たいなら、九の月の下旬から十の月の中旬くらいまでに行くといいんじゃないですか?」

「じゃあ、もうすぐノルタンダールには雪が降るんだね」

「そうですね……」


 メリーは窓の外を見る。ノルタンダールとは全く違う、まだ見慣れない景色がそこにある。高いところに建てられた屋敷のため、サントルーサの街並みが遠くまで見渡せた。窓から差し込む西日が眩しく、目を細める。


「メリーさん、絵本読み聞かせてほしいな」

ポルッカの熱で潤んだ瞳がこちらを見つめている。フランは子守唄がいい、とよく言っていた。眠るまで歌わされ、逆に自分の喉を痛めそうになったこともあったなと苦笑する。


 普段はそんなことを言わないのに、どういうわけか風邪をひくとそう言って甘えるのだ。風邪のときというのは、弱気になって甘えたくなるものなのかもしれない。


 自身が幼い頃は風邪をひいても構成員たちが事務的に看病してくれただけだった。ミュールとフランと暮らすようになってからは、移さないよう部屋に鍵をかけて一人で籠もっていた。


 そのせいか、風邪になったときに甘えたくなるという感覚はよくわからないような忘れてしまったような、そんな感覚だ。それでも「お願い」とせがまれたら、こんな日くらいは聞いてあげたいという思いになる。


「いいですよ」

 絵本を一度閉じ、最初のページを開く。


「ふふ、お兄様みたい」

「そうですか?」

 自分にアイゼアの姿を重ね見ているということは、それだけ信頼されていると思っていいのだろうか。何にせよ、安心できる環境を整えてあげられているのなら、今日ここに来た意味もあるというものだ。

「こぐまのウーノの旅物語。雪の国のお話──」

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