029 童話のような奇跡を僕に(2)【アイゼア視点】
促されるまま裏庭に出ると、蔓で編まれた馬車の客車のようなものが置かれていた。だが馬も車輪もついておらず、代わりに猫足型の小さな足がついている。その傍らにミーリャと猫の姿のままのスイウの姿があった。
「えーっと……これは?」
「馬車の代わりですよ。即席でスイウさんとミーリャに作ってもらったんです」
ミーリャはともかく、スイウまで協力してくれたというのは正直驚いた。おそらくメリーが頼みに行ってくれたのだろう。
「確かに、馬車は準備できないね。今まで頼んでた相手はみんな自分の馬車で来てもらってたし」
全く不甲斐ない話だが、アイゼアのように貴族位を賜っただけのいわゆる称号貴族は馬車を使わずに来る者もいる。
「でも、馬なし車輪なしでどうやって城まで?」
「馬鹿ねー。何のためのアタシなのよ。風術で空飛んで城まで行くんだって。わかりやすく言えば魔術人力車ってとこね」
「つまり力技です」
梔子の木をメリーの庭へ移すとき、ペシェが風術で浮かせて運んでいたことを思い出す。それと同じ要領でこの客車を飛ばすということだろうか。
「こんなところまで協力してくれてありがとう」
「いえいえー。アタシとミーリャはちょっとだけアンタに感謝してるから気にしないで。むしろ、客車作りはスイウくんがかなり頑張ったから、ちゃんとお礼しときなよ」
「スイウも本当にありがとう。今度、ドライフルーツを袋一杯に買って持っていくよ」
「……お前に礼を言われると毛が逆立つな。まぁ、ドライフルーツの方はありがたく受け取らせてもらう。マンゴーを多めに頼む」
「マンゴーね、覚えておくよ」
ちゃっかり注文を指定しながら、スイウは蔓で編まれた客車へ視線を戻した。
「んじゃ、最後の仕上げやるか」
「わかった」
ミーリャの肩へスイウが飛び乗り、何かぽそぽそと虚空に向かって話している。ミーリャがゆっくりと手をかざすと、その手に淡い光が宿り始め、やがて桃色の小さな光の玉へと変化した。
その光の玉がふわふわと浮かび上がり、客車に触れた瞬間、緑一色だった蔓の客車にぶわっと無数の花が咲き乱れ、彩られていく。
次にメリーが隣で手を前へかざすと、客車に車輪がつき、その前にガラス細工のように体が少し透けた白馬が二頭現れた。アイゼアはもう何が目の前で起きているのかわからず、ひたすら目を瞬かせて凝視することしかできない。
「あ、そっか。メリー幻術使えたんだっけ、やる〜」
どうやらメリーが幻術で白馬と車輪を作り出したらしく、ペシェとメリーは拳を突き合わせて互いを労っている。
「こんな華やかな馬車になるなんて思わなかったよ……これも魔術?」
「俺が精霊を呼び集めて、精霊とミーリャの魔術で花を咲かせた。でないとこうはならん」
「ここまでやった……キミ、メリーをちゃんとお願い」
「うん、僕にできる限りのことは尽くすよ」
舞踏会の会場に入ってしまえば、もう皆の力を借りることはできない。だが暴言が飛んだとしてどの程度上手くやれるかはわからない。毎年毎年、嫌味が言いたいだけなのか収まったことは一度もなかった。
「綺麗ねー! お花と白馬の馬車、あたしも憧れちゃうわ」
「……馬には触れないのですね」
そんなアイゼアの重苦しい心とは裏腹に、フィロメナとエルヴェが馬車を見てはしゃいでいる。エルヴェは透けた体の白馬を撫でようとして、すり抜けてしまったようだった。
「カーラントと違って幻術は不得手なんで実体化は厳しいですね。とにかくこれで見た目も取り繕えましたし、やれるだけの武装はしました。後は空から堂々と乗り入れて、口うるさい貴族共の度肝を抜いてやりましょうか」
「お、いいねぇー! アタシそういうの好き。奇襲、先制攻撃、ペシェさん俄然燃えてきたわー!」
ペシェは左手の拳を天高く突き上げる。気合い十分というのはひしひしと伝わってくるのだが、今日はあくまでも舞踏会へ行くのだ。決して武闘会ではない。
「さ、二人共馬車に乗っちゃってー」
「メリー様から。お手をどうぞ」
エルヴェが客車の扉を開き、メリーへ恭しく手を差し出す。補助を受けながら乗り込むのを見守ってから、アイゼアも乗り込んだ。
内装も同様に蔓で編まれており、座椅子には質のいい布が敷かれ、座り心地は想像よりも柔らかい。
エルヴェが客車の扉を閉め、ペシェと共に御者台に座る。フィロメナたちはここで見送ってくれるようだ。間もなくして馬車がふわりと浮かび上がり、景色がみるみるうちに高くなっていく。
「すごい……ペシェ様の魔術で浮いてます」
「あはは、そんな驚くほどでもないわよー」
感嘆の声を上げるエルヴェにペシェは特別なことでもなさそうにカラカラと笑う。やがてある程度高く上がった馬車は上昇を止め、空中に停滞する。
フィロメナが翼で空を飛び上がり、同じ目線の高さまでやって来た。高いところが苦手なのか、その腕の中に青ざめた表情のミーリャが収まり、肩の上にはスイウが乗っている。
「いってらっしゃーい!」
三人に見送られ、馬車は城へ向けて出発した。
暗い夜空を、冬の冷たい空気を裂いて馬車が駆けていく。それでいて寒くないのは魔術のおかげかもしれない。
アイゼアは窓から眼下に広がるサントルーサの夜景を眺める。こんなに高いところから見る機会もなく、宝石を散りばめたような幻想的な街の様子が夢のようだった。
「すごいなぁ……君たちはまるで童話の中に出てくる魔法使いみたいだね」
「童話の中の魔法使い……ですか?」
カストルとポルッカの持っている童話の本の中には、主人公を不思議な力で助ける魔法使いや、優しい妖精が出てくる。今日見せてくれた魔術の数々は夢のようで、本当に現実なのかと疑いたくなるほどだった。
「花の客車も、ガラス細工みたいな白馬も、空飛ぶ馬車も……それだけじゃないね。エルヴェのドレスもペシェの化粧も全部魔法みたいで、僕は童話の中にでも迷い込んだのかなって思ったんだよ」
舞踏会と言われればいつも気が重くて憂鬱で仕方なかった。だが今日は初めて、少しだけ期待している自分がいる。
「あはは! アンタいい年して結構夢見がちなこと言うのねー」
「その感じだと、アイゼアさんが魔法をかけられた童話の中のお姫様か何かですか?」
「あー、言われてみれば……僕がそっち側なのか」
確かに今の自分は、不思議な魔法にかけられて、舞踏会という夢の舞台に胸を弾ませている主人公そのものだ。同伴の相手が信頼できる人であり、恋心を抱く相手ともなれば、それだけでも夢みたいな話だというのに。
「サントルーサは素敵な街ですね。夜景もとても綺麗ですし」
「メリーがこの街を好きになってくれて嬉しいよ」
窓から夜景を眺めるメリーの横顔にしっとりとした色っぽさを感じ、鼓動が小さく胸を叩いた。
「そろそろ城が見えてきたから高度下げるわよ。メリー、舞踏会が終わったら迎えに行くから、連絡は使い魔でよろしく〜」
馬車は少しずつ高度を下げると、照明で明るく浮かび上がる王城が見えてくる。いつもはない赤い絨毯が外にまで敷かれており、複数台の馬車が停泊していた。
地面が近づくにつれ、こちらを指さし下から見上げている人々の姿や、戸惑いの声が大きくなってくる。静かに音もなく馬車が降り立つと、御者台に乗っていたエルヴェが素早く降車し、馬車の扉を開いた。
「アイゼア様、足元にお気をつけくださいませ」
「ありがとう、エルヴェ」
凛々しく表情を引き締めたエルヴェには隙がない。完璧な従者役をこなしているが、一体どこで身につけたのか。アイゼアは客車から降りて振り返り、メリーへと手を差し伸べる。
「メリー、お手をどうぞ」
「ありがとうございます、アイゼア様」
メリーはゆったりと淑やかに会釈する。“様”という敬称といつもと違う雰囲気から、すでに『貴族の令嬢』を演じているのだとわかった。深海のような瞳は淑やかさに似つかわしくない鋭さが宿っている。それはさながら戦場に立つ者の目だった。
相当気合いが入っていることと、『アイゼアさんに恥をかかせるわけにはいかない』と言っていた決意が生半可な覚悟ではないことを悟る。
「行ってらっしゃいませ」
エルヴェが恭しく一礼し、隣に立っているペシェがそれを真似て一礼する。
「メリー、僕の頼みに応えてくれてありがとう。今日はありったけの誠意を込めて、君をエスコートさせてもらうよ」
「よろしくお願いいたします」
「それでは、参りましょうか」
「はい」
メリーと腕を組み、紅い絨毯を辿るようにゆっくりと歩き出す。空から降りてきた、また飛んで帰っていく、という戸惑いの声で辺りは騒然としている。いつもならすでにぼそぼそと陰口を叩かれていてもおかしくはないが、メリーの言っていた『度肝を抜く』がわりと上手くいっているのかもしれない。
アイゼアは東の空へ飛び去っていく馬車を見つめ足を止めた。黒く塗り潰された空に花の馬車が白く浮かび上がっている。
メリーがおもむろに空へと手をかざすと、突然馬車が光り始め、白馬と車輪が光の粒子を放ちながら煙のように消え尾を引いていく。それはさながら彗星のようにも見え、その美しさにここにいる者たちの視線を集め、各々感嘆の声を漏らしていた。
美しいものを美しいと感じる価値観は同じなのに、どうして自分の偏見は解けないのか。それとも、美しいものを美しいと感じる価値観のように、アイゼアに偏見を抱くのが当たり前の反応なのだろうか。こちらの話に耳を傾けてくれる者の方が変わり者なのかもしれないとさえ思う。
「アイゼア様、笑みを忘れてはなりません。幻術が解けていく間に、受付を済ませてしまいましょう」
メリーは控えめに微笑むと、ふと演技を解いてから小さく「私がついてるから大丈夫です」と励ましてくれた。
以前、メリーはアイゼアを脆い人だと評したことがあったが、これでは反論の余地もない。彼女の笑みに背を押され、アイゼアは再び紅い絨毯の上を城門を目指して歩き出した。




