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028 童話のような奇跡を僕に(1)【アイゼア視点】

 十二の月、二十四番の日。今日はセントゥーロ王国の建国記念日の前日であり、今晩は建国記念祝賀舞踏会が開かれる日でもある。

 開場は十九時、舞踏会は二十時から日付変更まで行われ、二十五日になった瞬間に建国を祝う。その後は随時解散となり、お開きの時刻は深夜二時となっている。


 基本的には日付変更までいられれば問題ないのだが、アイゼアはその日付変更までいられたことがなかった。


 時刻は十八時半、午前中は式典行事に騎士として出席し、舞踏会用の燕尾服に着替えて準備を済ませてからメリーの家へと来ていた。今はメリーの準備が終わるのをリビングで待っている。


 隣の作業部屋から、ペシェとエルヴェとフィロメナが着付けや化粧などを施しているらしく、楽しそうな喋り声が聞こえてくる。

 さすがに着替えを覗くわけにもいかずアイゼアは大人しくここで待っているわけだが、冷静に考えればフィロメナはともかくペシェは男性で、エルヴェもアンドロイドだから明確な性別はないとはいえ、どっちかといえば見た目は男性側だ。


 何となく釈然としないもやもやとした感情が湧き上がるが、別に着替えを覗きたいというわけではない。そこは断じて違うと明言しておく。


 時間潰しにとメリーが持ってきてくれた魔術の入門書を読んでみてはいるのだが、理解が難しくなかなか進んでいない。今までは深く考えもしなかった自然の摂理や属性のこと、魔術と魔法の違いなど覚えることも多い。


 感覚に寄った説明や自分にはない魔力のことなどまで読み解こうとするとかなり時間がかかる。これで入門だというのだから恐ろしい。更にページを捲り読み進めていると、不意に隣の作業部屋の扉が開き、エルヴェがリビングへと戻ってきた。


「着付けが終わりました。それと、アイゼア様に先に一つ謝っておかなければならないことがあるのですが……」

「謝ること?」

「はい。私、お母様のドレスを少々……いえ、かなり手を加えてしまって。元のドレスと少し雰囲気が変わってしまったことを先に謝罪させてください。申し訳ございません」


 深々と頭を下げられてしまい、慌ててエルヴェに顔を上げるように頼む。アイゼアとしては修繕してもらえれば十分な話で、雰囲気が変わろうとドレスとして舞踏会へ着ていけるものになっているのなら何も問題はない。


「それは別に構わないんだけど、どうして雰囲気を変えようって思ったんだい?」

「……ほつれや傷を修繕するついでにレースや小さな刺繍を施していたのですが、食堂の方々から沢山の案をいただいて、もっといろいろやってみたくなってしまったのです」

「楽しかった?」

 怒っていないとわかってもらうために穏やかに尋ねると、エルヴェからじわじわと笑みが零れる。


「……はい! レースや布を探したり、刺繍の模様も食堂の方々から教えていただいて、それを組み合わせながら縫ってみました。今にして思えば、とても充実していたように思います。このような機会を私にくださり、ありがとうございました」

「僕の方こそ。修繕を引き受けてくれてありがとう、エルヴェ。お礼はまた今度させてほしい」

「お、お礼なんてそんな……私は楽しい気持ちが知れただけでも十分なのですが……」

 今のエルヴェはとても目が輝いている。それだけ楽しく、実りのある時間だったのだとわかった。


「エルヴェが楽しみを一つ見つけられて、僕はすごく嬉しいよ」

「アイゼア様……私もメリー様がより一層美しく見えるよう、力の限りを尽くしました。舞踏会を楽しんできてください」

「うん。エルヴェのおかげで今年も無事に行けるよ」

 エルヴェにしては珍しく力のこもった自信のある発言だ。それだけメリーのことを思い、食堂の仲間たちの思いを受け、真剣にドレスと向き合ってくれた結果なのだろう。


「メリー、歩けるかしら?」

「問題ないですよ」

「後ろはアタシが持ってるから前だけは気をつけてよー。ここで引っ掛けて破れたら終わりだからねー」

 フィロメナとペシェがメリーを補助しながら、作業部屋から出てくる。フィロメナに隠れていたメリーの姿が目に飛び込んで来た瞬間、アイゼアは息を吸うのも忘れていた。


 普段はお団子サイドテールにまとめている髪が下ろされ、編み込みのハーフアップになっている。緩く癖のある髪がふんわりと肩にかかり『淑やかな女性』といった印象を抱いた。


 エルヴェが修繕してくれた山吹色のドレスは以前見たものよりも更に華やかになっている。胸元の刺繍や、袖やスカートにレース、透けた素材の布が追加され、豪奢さと繊細さを兼ね備えていた。


 胸元にはあの真珠のネックレスをしており、任せていた髪飾りはドレスの生地に合わせたカチューシャ型のティアラのようだ。ティアラの両端から後ろへかけて取り付けられた銀糸と真珠の飾りが花冠のようにも見え、ほんの少しだけメリーらしい可愛らしさを残している。

 ティアラに一つだけあしらわれた青い花飾りが、山吹色と白を基調にした装いを凛と引き締めていた。


「どうですか? アイゼアさんの隣を歩いても恥ずかしくない感じですかね?」

 少し照れ臭そうにはにかむメリーには化粧が施されている。薄く塗られた白粉とほんのりと色づく頬紅。目元にも柔らかな桃色が差し、唇は可愛らしい桜色でありながら艶やかに見えた。


 いつもとはかなり雰囲気が違い、妙な緊張感と胸の高鳴りに鼓動が逸る。ぐっと大人っぽさを増したメリーは、清楚な可愛らしさを残しながらも凛とした静けさと品のある女性というものを感じさせる。

 その魅力に当てられ、くらりと目眩がするような、平常心ではいられないような、妙な感覚だ。


「あのー……アイゼアさん?」

 メリーに声をかけられ、ハッと我に返る。


「反応は上々ってとこねー。アンタ、今メリーに見惚れてたっしょ」

 図星だった。こちらの反応を面白そうににやけながら伺うペシェに、苦笑しながら(うなず)く。


「その通り。雰囲気が違ってて……いつものメリーも素敵だけど、今日のメリーもまた一段と素敵だね」

 何と言葉をかければいいのか、様々な想いや感想が頭を駆け巡って迷う。結局思考と想いが渋滞し過ぎて、月並みな言葉を捻り出すので精一杯だった。


「えぇ。本当によくお似合いです、メリー様」

「エルヴェが直したドレスも可愛いし、メリーもすっごく可愛いわよ!」

 エルヴェとフィロメナがメリーの仕上がりに満足そうに笑みを浮かべて絶賛している。


 お下がりのドレスに、あまり割けない予算など不安要素が常につきまとっていたが、想像していたよりも遥かに完璧に準備されていた。それも髪型や化粧のことまで気遣って手配してくれたメリーと、協力してくれた皆のおかげだろう。


「ありがとうございます。少し安心しました」

「ほら、言ったでしょ? アンタも化粧したらこーんなに映えるんだから、これからはちゃんとしなさいよね」

「そうですね。せっかく教えてもらいましたし、練習も兼ねてするようにします。それにしても……何か本物の貴族の令嬢みたいですねー」

 感心したように自分の姿をしげしげと見つめるメリーに、ペシェは呆れたように項垂れてため息をつく。


「『みたい』じゃなくて、アンタは御三家令嬢だったでしょうが」

「内情を知った今でも同じこと言います?」

「言うわよ。明らかに高等教育受けてきてんのは、平民のアタシらから見りゃ一目瞭然だし!」

 ペシェの言う通りだ。メリーが叔母に見せたあの所作は一朝一夕にして成るものではない。実情はどうであれ、名家の令嬢に相応しいだけのものを学んできていることだけは間違いなかった。


「さて、アタシたちもちゃっちゃと着替えるとしますかー」

「はい。アイゼア様、メリー様、少々お待ちくださいませ」

 そう言うなり、ペシェとエルヴェは作業部屋へと戻っていった。少しして戻ってきたペシェとエルヴェは、なぜかかっちりと正装に身を包んでいる。

 理由がわからずじっと見つめていると、ペシェがエルヴェをつんつんと肘でつつき、顔を見合わせる。


「アイゼア様、メリー様、お二人は私たちが城までお送りいたします。どうぞこちらへ」

 エルヴェは染み付いたかのように洗練された所作で、裏庭の扉を開き促す。


「うーん、さすがエルヴェ! カッコいいわよ!」

「うんうん、完璧でしょ。やっぱ従者役はエルヴェくん以外は無理だわ」

「ありがとうございます。フィロメナ様、ペシェ様」

 エルヴェは少し恥ずかしそうにしているが、褒められたのが素直に嬉しいのか、いつもより笑みを深くしている。まさか従者役まで買って出てくれるとは思っておらず、全力で支援しようとしてくれる姿に、胸の内がじんわりと熱くなった。

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