027 私、やるからには本気ですから(2)【メリー視点】
メリーとアイゼアは同時に同じネックレスを選び、互いに顔を見合わせた。メリーは何だか少しくすぐったいような気持ちになり、どちらからともなく微笑み合う。
「気が合うね。メリーもこれが気に入ったんだ?」
「はい。すごく好みですし、舞踏会に身に着けていく物としても相応しいと思います」
アイゼアは店員に声をかけ、試着させてもらえるように頼んでくれた。間もなく店員がショーケースから取り出し、選んだネックレスを着けてくれる。
「お客様、とてもよくお似合いですよ」
店員から借りた鏡でネックレスを確認する。長さも丁度良く、着けた雰囲気もかなり良い。眩さがありながら、どこか柔らかな光で照り返す真珠がとても美しい品だ。
「華もあるし、品もある。メリーの気品と美しさが引き立ってて素敵だね。僕もよく似合ってると思うし、これにしようよ」
歯の浮くような言葉で褒められ慣れていないこともあり、思わず顔が引きつりそうになる。この品のあるネックレスと自分が釣り合いなど取れているはずもないということは、自分でもよくわかっているだけに。
爽やかな笑みで事もなげに褒めてくるアイゼアに末恐ろしさを感じていた。
「ドレスの試着のときも思いましたけど、よく平然とそういうこと言えますよね……」
「僕は思ったまま言っただけだし、何でも着こなしちゃう君のせいなんじゃないかな?」
「うわー……これはちょっと……」
泣かせた女の数知れず、そう口にしていたブリットルを再び思い出す。この顔と笑みで煽てるような世辞をサラッとぶつけられれば、世の女性の多くは胸を打たれ、勘違いを盛大に爆走させることだろう。
そうやって無自覚に落としては告白を断って、という不毛な行為を繰り返していたに違いない。きっとそうだ。この天然タラシめ、とつくづく罪作りな性質に呆れに近い感情が込み上げた。
「誰に対してもそんなふうに褒めるから余計な苦労を背負い込むんですよ」
女性関係で苦労しているアイゼアへ少しでも何か変わればと忠告をしたが、彼は黙したまま少しだけ困ったように笑うだけだった。
とりあえずアイゼアのお墨付きをもらったことでネックレスも決まり、必要なものは髪飾り以外全て揃った。
結局ドレス代が丸々浮いたことで靴もカバンもネックレスも全てアイゼアが支払ってくれていた。その代わりにはならないだろうが、髪飾りだけでも自分が支払うとアイゼアに申し出、説得の末納得してもらった。
店を出ると日が暮れてすっかり暗くなっており、街灯の明かりが煌々と通りを行き交う人々を照らしている。
「アイゼアさん、私この後用事があるので今日はここで」
「そっか、わかったよ。今日は付き合ってくれてありがとう」
「それ変ですよ。私の買い物にアイゼアさんを付き合わせたんですから、むしろこちらがお礼を言わないと。一緒に来てくれて本当に助かりました。ドレスも何もかも全部用意してもらってしまって……でもこれでようやくちゃんと隣に並べるかも、ですね」
ここまでお膳立てしてもらってアイゼアに恥はかかせられない。メリーは今日一日でますます当日への気合いを高めていた。
「メリーの隣を歩けるなんて光栄だね。君は僕にはもったいないくらいだから」
またそういうことを言う、とメリーは内心呆れていた。依頼を受けてくれてありがたいという意思は痛いほど伝わってくるのだが、世辞でご機嫌取りをしなくとも舞踏会くらい快く行ってやるというのに。
「何言ってるんですか……当日、ちゃんと堂々とエスコートしてくださいよ?」
「それはもちろん。精一杯頑張らせてもらうよ」
「ならいいんですけど。では、私はこれで」
「うん、気をつけて帰ってね」
「アイゼアさんも」
アイゼアと別れ、西区の大通りを更に西へ進む。少しだけ別れるのが名残惜しく感じて振り返ると、見送ってくれていたのかアイゼアと視線が合う。
「舞踏会、楽しみにしてますから」
届くように声を張り、少しでもアイゼアの負い目が薄れるようにと願って手を振ってみる。
「僕も楽しみしてるよ」
気が重そうだっただけに、その言葉が聞けて良かった。あまりアイゼアを突っ立たせていても申し訳ないと思い、踵を返す。今日中にどうしても行かなければならない場所がある。メリーは少しだけ歩調を早めて歩き出した。
* * *
西区の大通り沿いにその目的の店はある。『ペルシィ魔法雑貨店』と看板が掲げられた店は、まだ開店の札が扉の前にかかっていた。メリーが扉を開けると、カランと鐘の鳴る音がする。
目の前のカウンターにこちらに背を向けたペシェと、隣にフィロメナが立っていた。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ! あれ、メリーじゃない。どうしたのかしら?」
「こんばんは、フィロメナさん。ペシェに頼み事があって来たんですけど……閉店まで待った方が良さそうですね」
店内にはまだ数名客が残っているようだ。接客や商売の邪魔をするわけにはいかない。
「大丈夫、会計のときは外すかもだけど」
「もうお客さんがいっぱいってことはないから、あたしだけでも平気よ」
「ありがと、フィロメナちゃん。メリー、頼み事って何?」
使い魔を使わずわざわざ出向いたことが珍しいのか、ペシェは少し驚いたような表情をしていた。直接出向いたことにもきちんと理由はある。
「私に化粧を教えてほしいんです。あと髪型と髪飾りも一緒に考えてもらおうと思って。私をどこへ行っても恥ずかしくない一人前の淑女ってやつにしてくれませんか?」
「……は? アンタ頭打った?」
ペシェはよほど驚いたのかカウンターから身を乗り出し、こちらの額に触れてくる。ヒヤリとした冷たい手だ。
「熱はなさそうだけど……」
「打ってませんし、熱もありません。舞踏会に出るんです。月末くらいにある王家主催の」
「メリー舞踏会に出るの? いいなー!」
「あー、なーるほどねー。建国記念の宮廷舞踏会がどーたらってお客さん言ってたっけ」
ペシェは途端に満面の笑みになる。この手の話なら快く引き受けてくれるはずという見込みは外れなかったようだ。
「で、化粧と髪型だっけ。教えるのは良いけど、さすがに当日はアタシがやったげるわ、髪も化粧もね。一人じゃ大変でしょ」
「ありがとう! さすがペシェですね」
教えてもらってもきちんと再現できるかわからない分、当日引き受けてくれるという打診は本当にありがたい。
「別にどうってことないわ。えーっと……それで、ドレスはどんなん着てくの? 宝飾品は?」
「ドレスは山吹色のボールガウンドレスで、宝飾品はネックレスだけですね」
買ってきたばかりのネックレスの箱を開き、ペシェへと見せる。
「ネックレスだけってなると、髪は上げるより下ろしてイヤリングがないのを誤魔化した方が良さそうかなー」
ペシェの中にはすぐにどんな髪型にするかの案が浮かんでいるようだった。こういうときに本当に頼りになるなと心強さを感じながら、相談して良かったとしみじみ思う。
「ドレスはさすがに見られないわよね?」
「今エルヴェさんに修繕を頼んでて……出来上がったら一度試着しに行く予定ですけど」
「じゃあ、そのときアタシを呼んで。化粧の方向性はそれから決めるわ。髪飾りもそのときに一緒に見に行く。フィロメナちゃん、その日はお店頼める?」
「もちろんよ、任せてちょうだい! あぁーでも、あたしも宝飾品一緒に見てみたかったわ」
「フィロメナちゃんはお店が休みの日にアタシが連れてったげる」
「ホント? 約束よ、あたし楽しみにしてるから!」
フィロメナとペシェは毎日一緒に働いているせいか、かなり打ち解けたようだ。楽しそうにはしゃぐ二人に、昔ペシェから「アンタたち、なーんか女友達って感じしないのよねー」と言われたことを思い出す。
ペシェも女の子らしいものに興味津々なフィロメナと過ごすのは、やっと念願の『女友達』ができた感じで嬉しそうだ。
「それにしてもあのメリーが一人前の淑女にならないと、なんてねぇ。誰がアンタを舞踏会になんて誘ったのよ?」
「アイゼアさんですけど」
「あぁー、あの騎士の……またアンタに面倒事押しつけて……ったくホントに……」
「嫌なら断ります。別に面倒事を引き受けたって意識はないですよ」
「……へぇーぇ、そう?」
ペシェは頬杖をつきながら口の端を上げ、どこか含みのある笑みを浮かべる。意味のわからなさにじっと凝視していると、すぐにいつものカラッとした笑みへと変わった。
「まぁ、いっか。アンタがこういうことにやる気出してくれるのは良いことだし、滅多にない機会だからね。ペシェさん、張り切って頑張っちゃおーっと! 化粧は後で教えたげるから、上あがって待ってて」
ペシェが突然うきうきし始めたのが手に取るようにわかる。とりあえず承諾も得られ、メリーはペシェに促されるまま、店の二階にある家へとお邪魔させてもらうことになった。
こういう機会の度に化粧も髪も頼るわけにはいかないし、自分でできるよう身に着けておきたい。
舞踏会なんて、響きのままのキラキラした場所ではない。あの地は戦場だ。その戦場を生き抜くための地位や財力という地力はメリーたちにはない。ならば別のもので対抗しなければたちまちやられてしまう。
品位、立ち居振る舞いを武器に、化粧とドレスと宝飾品で武装して戦い抜く。手抜かりが命取りになるのは、実際の戦場と何も変わらない。
持てる全ての力で、陰口も暴言も──全部まとめて、正面から捻り潰す。彼が少しでも、傷つかなくて済むように。そのために、やれるだけのことはやってやる、という決意を胸に階段を登っていった。




