021 孤高の君へ抱く、僕の密かな好奇心(2)【アイゼア視点】
実家の庭から梔子を抜いたあと、ペシェの風術で運ぶ。梔子の木を空中に浮かせて歩いていたため、帰路では物凄く注目を浴びることになった。
無事に何事もなくメリーの家へ着くと、早速裏庭で植樹を開始する。地術で土を柔らかくし、風術で穴を掘っていく。そこへ梔子の木を植え込み、再び風術で土を被せていった。最後にミーリャは梔子の木の根本に手を当て、木を土地に根づかせる。それで移植は終わりらしい。
この木には養父母の──ヒューゴとラランジャとの思い出が詰まっている。アイゼアとしても思い入れの強い木だ。何より養母のラランジャはこの木を子供のように大切にしていた。
この梔子の木が場所を変え、新たな持ち主に大切にされ役立てられていく。アイゼアは二人が生きた証とその思い出が奇妙な縁で守られ、生き続けてくれることが嬉しかった。
「メリー、これでいい?」
「二人共忙しいのに協力してくれてありがとうございます」
「いいの、いいの。アタシもアンタの力になれて良かったわ」
「礼の言葉はいいから、早く報酬。これが楽しみだったんだから」
「わかりました。すぐに準備しますね」
三人はすぐに室内へと戻っていった。アイゼアが少し遅れて室内へ戻ると、メリーは小さな白い丸いものがたくさん入った瓶を二人に手渡していた。
アイゼアはその丸いものに見覚えがあった。確かポルッカが風邪を引いたときに、サイドテーブルに置いていった瓶の中身によく似ている。ポルッカはそれをカストルと分け合って少しずつ食べていた。
アイゼアも貰ったことがあったが、不思議な食感の飴……もしくはツルッとしたこんぺいとうのようなものだったと記憶している。ミーリャが要求していた報酬がこの飴だというのは何とも意外に感じられた。
「それがミーリャの言ってた報酬、だよね?」
「そう。魔法薬師のドロップは貴重。これが貰えるなら、この程度の頼みいくらでも引き受ける」
あの飴はドロップと呼ばれるものらしく、単なる飴ではないらしい。
「ドロップってのは霊族の民間療法みたいなもんで、滋養に良いから疲れたときとか風邪をひいたときに食べるもんよ。家庭によって配合も違うけど、メリーのは魔法薬みたいに手間をかけて作ってるからその辺のよりずっと効果が高いし、そもそもドロップは市場に出回るようなものでもないからね」
「私のものは、他にも鎮静作用や安息効果も含まれてます。今回のは作業中でも食べられるよう催眠作用は抜いて作ってありますよ」
「へぇ……ポルッカに貰って食べたことあったけど、そんな効果があったんだね」
知らずに食べていたが、確かに素朴で何となくホッとするような味がしたことは覚えている。
「メリー、余ってるもう一瓶も貰ってく」
「えっ、待って、それはアイゼアさんへのお礼の分で余ってるわけじゃ……アイゼアさんが良いなら構わないですけど」
チラリとメリーとミーリャの視線がこちらへと向けられる。まさか自分にまでお礼を準備してくれていたとは思っておらず、アイゼアは僅かに驚いた。
「僕の分はミーリャにあげるよ。今回の件、本当に感謝してるから」
「キミ話がわかるね。どうも」
「ったく、図々しいし遠慮ってもんを知らないんだからアンタは……悪いねー、アイゼアくん」
「僕にはもっと図々しい友人がいるから、大したことないよ」
更に上を行く図々しい友人の顔を思い浮かべながら、アイゼアは肩を竦めた。
「ならいいけど……? あぁ、それよりアタシ、店をフィロメナちゃんに任せちゃってるからそろそろ戻るわ。またね、メリー」
「ウチも帰る。試作品がもうすぐ完成しそうだし」
「今日はありがとう。また遊びに来てくださいね」
「うん。また今度暇なとき来る」
メリーに返事を返しながら、二人はそれぞれ帰っていった。メリーは二人の後ろ姿を最後まで見送り、こちらへ振り返る。
「アイゼアさん、何か代わりのお礼を用意するんで少し待っててください」
「え、あっ、待って、僕は別に……って、聞いてないね」
メリーはさっさと作業部屋へと入ってしまい、あっという間に一人取り残された。部屋に静寂が訪れ、作業部屋で何かしている音だけが聞こえてくる。
二人きりになり、僅かな緊張を覚えている自分がいることに気付く。その理由を自身に問いかけるよりも前に、メリーが作業部屋から戻ってきた。その手には小さな平たい缶と二人に渡した物より一回りほど小さな大きさの瓶を持っている。
「ドロップの入りきらなかった余りが少し残っていたのでそれを。あとこれは塗る傷薬で、消炎作用だけでなく鎮痛作用もあります。少しでも何かの役に立ててもらえたら嬉しいです」
「ありがとう。でもまさかお礼をしてもらえるなんて思ってなかったよ。僕から打診した話だし、むしろ感謝してるくらいだったのに」
ありのままの思いを口にすると、メリーは少しだけ困ったように笑った。逡巡するように目を逸らし、少しの沈黙の後ぽつりと呟いた。
「少し心配だったんです。お礼というのはただの口実かもしれませんね」
「心配?」
「以前、徹夜が続いて思考がまともでない時期があったと話してましたよね。体は一度壊してしまうとなかなか戻りませんし、私に何かできることはないかと思ったんです」
前にサヴァランやブリットルと共に交わした会話を覚えていたようだ。あまり良い話ではないので忘れてほしい気もするが。
職務の方は今でこそ落ち着いてはいるが、騎士という仕事は状況によっては過酷な労働や任務を命ぜられることもある。メリーはどうやらそんなアイゼアの働き方や環境を気にかけてくれていたらしい。心配をかけることは本意ではないが、気遣ってくれたことに喜びを感じてしまうのは不謹慎だろうか。
「理由なく押し付けたら、ちょっとお節介かなーと……」
申し訳なさそうに苦笑しながら俯くメリーに、もやもやとした感情を抱く。純粋に、素直に嬉しかった。だからそんな顔をしないでほしい、と無意識に手を伸ばしかけ、慌てて引っ込める。
「お節介だなんて思わないよ。心配してくれてありがとう」
アイゼアは動揺を悟られないよう、努めて普段通りにお礼を述べた。そんな外面とは裏腹に内側では鼓動が早鐘を打っている。
今、自分はメリーに何をしようとしていた?
頭を撫でて励まそうとしてはいなかったか?
メリーはカストルやポルッカとは違い、気安く触れていい相手ではない。親しい友人とはいえ許されない一線はあるし、しかも相手は女性だ。大いに問題がある。それにしても一体いつからカストルやポルッカと似たような距離感をメリーに対して錯覚するようになったのか。
メリーは胸を撫で下ろし「それなら良かったです」と何も知らずに笑いかけてくる。その姿に引っ込めて下ろしたはずの手がどうにもそわそわとして落ち着かず、一抹のもどかしさのようなものを覚えた。
冷静に考えられる今になって思うが、自分はメリーに対してカストルやポルッカへ向けるような親近感を抱いているわけではないだろう。親しみは感じているが、彼女はカストルとポルッカに比べてずっと自立した人で、少なくとも兄妹のような感覚はない。
凛々しく、頼もしく、強く、それでいて危うくてどこか目が離せない……共に旅をしていたことでメリーのことをよく知ったような気でいた。
だがメリーは会う度に、旅の間には見せなかった一面や表情をいくつも見せてくれる。いつからか、彼女の知らなかった部分を知るのが楽しくなっている自分がいた。
結局なぜ触れようとしたのか、その理由に答えは出ない。だがもしあの時メリーに触れていたらどんな反応をしただろうか、という疑問が湧き上がる。怒っただろうか、窘められただろうか、それともまた違う反応を示すのだろうか。
──見てみたい。
そんな好奇心と興味を密かに抱いた。
* * *
──ゼア、アイゼア?」
突然降ってくるように聞こえたプルシアの声に、ハッと我に返る。
「お、戻ってきたね。で、いつまでそのぼけーっとした間抜け面晒してるつもり?」
「間抜け面って……」
どんな顔をしていたか見たわけではないが、油断しきって呆けた顔をしていたことは間違いないだろう。
「やっぱり疲れてるんじゃない? 退勤時間過ぎてるんだし戻って寝れば?」
斜向かいに座るプルシアの呆れたような、それでいて気遣うような視線がこちらに向いていた。
疲れているかと聞かれたら疲れていると答えるのが正しい。一晩駆けずり回ってからの書類作業で眠いのも事実だった。だが今後の取り調べや組織を追っていくことを考えれば早く報告書は上げてしまった方が良い。
「あと少しだから、さっさと仕上げて寝るよ」
心配だと言ってくれたメリーの顔が脳裏をよぎる。無理をすれば体を壊して倒れてしまう。そうなればメリーは、もっと他にできることがあったのではないかと悩むだろう。何か望まない事態が起きたとき、メリーはまず自分の無力さを責める傾向が強い。心配はされても、悲しませたいわけではない。
アイゼアはメリーから貰ったドロップを一粒口に放り込み、大きく伸びをした。漫然としていた気持ちに気合いを入れ直し、完成の近い報告書に向き合った。




