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002 兄の代理(1)【メリー視点】

 スイウやフィロメナたちと共にサントルーサへ戻り、この街に住むと決めてから慌ただしく生活の準備が始まっていった。


 メリーはひとまず借家を借りて部屋を数日かけて整理し、先日専属傭兵の登録手続きも終わらせた。これで少しは生活も落ち着いてくるとは思うが、悠長なことをしているつもりはない。


 長らく街外れの屋敷に住んでいたメリーにとって、この借家は隣人との距離が近すぎて居心地が悪い。魔法薬を売ってお金を貯め、なるべく早く家を買おうと思っている。


 何となく気落ちしてため息をつくと、備え付けの家具と最低限の物しかない室内に、けたたましく玄関の扉を叩く音が響いた。


「はーい、今出ますねー」

 こんな朝早くに一体誰だろうか。隣人か、それとも大家か。そんなに強く叩かなくてもいいのにと内心文句をつけながら扉を開くと、そこには小さなお客さんが一人立っていた。


「カストルさん?」

 ここまで走ってきたのか息を切らして顔を真っ赤にし、不安そうなめでメリーを見上げていた。彼はアイゼアの、歳の離れた義弟だ。


「すっ……すみません、無理なお願いだってわかってるけど……ポルッカが昨日から風邪をひいて、全然良くならなくて……」

 カストルの声は次第に涙声へと変わっていき、しゃくりあげながら懸命に事情を伝えてきた。ポルッカは彼の双子の妹だ。いつも一緒にいるのに、今一人なのはそのせいかと納得した。


「アイゼアさんは? 病院へは行きましたか?」

「兄様は今晩までは仕事で他の街に行ってて……病院はノーゼンと一緒に行ったけどっ」

「ノーゼン……?」

「あ、家の執事のノーゼンのことで……」

 病院にも行っていて、見ていてくれている大人もいるのであれば自分にできることなどもうほとんどないだろう。


「全然ご飯も食べれなくて。メリーさんは薬屋さんなんだよね? お願い、ポルッカを助けて」

 『薬屋さん』という呼び方に僅かな違和感を感じた。魔法薬師は、おそらくカストルが思い描いているような『薬屋さん』ではない。

 だがここまで懇願されておきながら、できることはないと追い返すのも心苦しさが残る。そう感じる程度には、カストルに情はある。何より友人であるアイゼアの助けになれるなら、とメリーは考えた。


 少しは効果の期待できそうな魔法薬や、香油、薬草、魔晶石など必要な道具を乱雑に詰めていく。瓶や液体ばかりのそれが、かなりの重量になっているのは、見なくても想像がつく。肩掛けカバンを気合いを入れて持ち上げると、やはりというか……肩紐が食い込んで少し痛い。


「私にできることがあるかはわかりませんが、とりあえずポルッカさんのところへ連れて行ってください」

 その一言で、カストルの表情が少しずつ明るくなる。何ができるというわけでもないが、こちらをある程度頼りにしていることだけはわかった。道すがら何度もお礼を言われながら、メリーはカストルの後についていった。



 サントルーサの北区、貴族街。しばらく続く坂を登った先にある屋敷の一つを、あれが自分の住んでいる家だとカストルが指差す。


「お邪魔します」

 控えめに挨拶しながら鉄格子の門をくぐった。手入れされた庭を通り過ぎ、案内されるがままに屋敷の中へと入る。エントランスの中央付近まで進んだところで名前を呼ばれたカストルが立ち止まった。


「カストル様、今までどちらへ!」

 カストルの姿に気づいた執事らしき服装の男性がこちらへ駆け寄ってくる。


「こちらのお客様は……?」

 男性の視線を感じ、控えめに笑みを作りながら軽く会釈をする。


「アイゼアさんの友人で、メリーと申します」

 本名が世界中に知れ渡ってしまったせいで名乗ると面倒なことになる。役所での手続きや借家を借りるときの契約など、本名を相手に伝えなくてはならないときのやりとりは、決まってややこしいことになった。完全な経験則だ。


「メリーさんは薬屋さんだから。ポルッカを診てもらおうと思って」

「あ、駆け出しのようなものなので大したことはないんですけど……心配だったので」

 魔法薬師は人間が想像する“薬屋”とは少し異なるため、メリーはすかさず予防線を張る。医学の心得は多少あるが、医者と同じことができるわけではない。メリーができるのは治療ではなく、あくまでも看病だ。


「左様でしたか。私はこの屋敷で執事をしているノーゼンと申します。早速お部屋へと──」

 その瞬間奥の扉が開き、やや痩身の中年くらいの男とカストルと同じくらいの年齢の子供が二人が出てきた。こちらの姿を見つけると、三人揃って不愉快だと言わんばかりの不躾な視線を投げつけてくる。

 サントルーサに来てからいきなりこういう視線を向けられるのは初めてのことで、逆に妙な“懐かしさ”すら感じた。


「……旦那様」

 執事が(うやうや)しく礼をし、カストルは怯えたようにメリーの背中へと隠れた。


 旦那様ということは父親……いや確かアイゼアは義理の両親を亡くし、叔母夫妻に二人を預けていると話していたような気がする。とすれば彼はおそらく叔父で、そして隣にいる子供二人はカストルにとっては従兄弟(いとこ)ということになるのだろう。


「ノーゼン。何だこの小娘は?」

「初めまして、私はメリーと申します。アイゼアさんの友人で、しがない薬屋でございます。ポルッカさんがご病気だとお聞きし、こちらに参りました」

 ノーゼンが口を開くより早く、メリーは一歩進み出る。左手を胸に添えながら右足を引いて膝を軽く折り、丁寧に頭を下げた。


「薬屋? こんな小娘がか。まぁアイツの知り合いならどうせヤブだろう。金は一切払わんぞ、薄汚い貧乏人め」

「兄様とメリーさんを悪く言うのはやめて!」

 反射的に叫んだカストルを、男性は威圧的に睨みつけた。メリーの背中に触れているカストルの手が、カタカタと小さく震えている。その様子を、従兄弟の二人は面白がるように笑って眺めていた。


 アイゼアはあまり実家のことを詳しくは語らなかったが、まさかこんな環境に二人が置かれているとは思いもしなかった。


「あの、お代を戴こうとは思っておりませんのでどうぞご安心ください」

 面倒に感じつつも、礼儀を欠かないよう細心の注意を払いながらにこやかな微笑みを貼り付ける。正直笑顔の方は少し自信がないが、まぁこの際それはいい。


 今ここで自分にできることは一つ、自分の対応のせいでアイゼアや、カストルとポルッカが侮辱されないようにすることだ。この手の者は、攻撃する隙を与えるとつけあがる。当然、一瞬たりとて、抜かるつもりはない。


「フン……物がなくなったら騎士団に突き出してやるからなっ。ノーゼン、ついて来い」

「は……はい、旦那様」

 男性はフンと鼻を鳴らして立ち去っていく。ノーゼンは申し訳なさそうにこちらに会釈をし、彼の後へと続いた。


「どけよ、俺ら学校に行くんだけど?」

 よくよく見れば従兄弟らしき二人はカバンを肩にかけている。だが別にこちらも玄関を塞いで邪魔しているわけではない。


「避けていけばよろしいのでは?」

 至極普通の疑問を従兄弟らしき二人の少年へ向けると、沸点が低いらしく憤慨し始める。


「お前らがどけ! 俺はこの家の長男だぞ!」

 などと踏ん反り返って威張り散らしている。色濃く親の性格を受け継ぎつつ、どんな教育をされているのかが手に取るようにわかる。


「兄ちゃん、もういいから行こうよ。遅れちゃうよ」

 下の弟らしき方が、兄を引っ張って玄関へと向かっていく。その背中が扉の向こうへ消えるまで、カストルと二人無言で見つめていた。


「嫌な思いさせちゃってごめんなさい」

 カストルはジャケットの袖を強く握りしめ、悔しそうに俯いた。こうして二人は肩を寄せ合って、この屋敷で身を縮めるように暮らしているのだろう。決して良い環境とは言えず、それでもここに置いていくしかないアイゼアの立場と状況に、ひっそりと憂いを抱いた。


「嫌な思い? そんな感じありました?」

「え、でも……汚い言葉で……」

「あぁ。私、どうでもいい方のどうでもいい発言は本当にどうでもいいので」

 一々記憶もしません、と言うとカストルは目を丸くし呆けた顔で黙り込む。


 幼い頃から『黄昏の月』という、不気味な魔力の性質から忌避されてきた。そんなメリーにとって、こういったことを一々真に受けるには、あまりにも耐性がつきすぎていた。


 そんなことよりも、この逃げられない劣悪な環境に、自身の過去を重ね見ていた。父ストーベルの息のかかった箱庭で、メリーは愛する兄と妹の三人で暮らしていた。兄は虚弱体質で、あの屋敷から逃げ出せるような体力はなかった。絶対に見捨てない、守ってみせる。そう思って留まった結果、二人は──父に、殺されてしまった。


「それよりカストルさん、今日は学校に行かないといけないんじゃないですか?」

「え……」

 カストルは驚いたように目をぱちくりとさせ、首を何度も横に振る。


「あんなポルッカを一人でこんなとこに置いていけないよ! 僕が……兄様の分も僕がそばにいてあげなくちゃ」

 カストルの気持ちはわかる。あんな信用できない冷たい人間と病気のポルッカを同じ屋根の下に放っていくなんてできないだろう。


「大丈夫です。今日は私が一日ついていると約束します。あなたはしっかり勉強して、ポルッカさんに今日のことを教えてあげてください」

 カストルの両肩に手を添え、少しだけ屈んで視線の高さを合わせる。


「絶対約束して。ポルッカを一人にしないで……」

「約束します。何があってもここを離れません。あなたが帰ってくるまで」

 カストルはメリーの言葉を信じたのか、学校へ行くことを選択した。元気のいい「行ってきます!」を見送り、メリーはカストルから聞いておいたポルッカがいる部屋へと向かった。

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