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019 君と一緒の食卓【アイゼア視点】

 カエルレウムへの旅行から帰ってきて数日後、メリーの家へとお邪魔していた。手土産に持ってきていたアップルパイを紅茶の供に午後のお茶の時間をゆったりと過ごす。


 一緒に来ていたカストルとポルッカは、メリーからのお土産である小さなカエルレウムの景色をじっと食い入るように眺めている。


「これが南の海なんだね。中で波が寄せて返してるー」

「水面もキラキラしてる! メリーさん、素敵なお土産ありがとう!」


 すっかり魅了されて目を輝かせ、二人は満面の笑みを浮かべていた。メリーはあの日、自分の魔力がみんなを幸せにするなんて夢のような言葉だと言っていたが、今度こそ現実として実感できていれば良いなとアイゼアは思う。


「本当は一緒に行けたら良かったんですけどね」

 と言うメリーに、二人はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「学校にちゃんと行かないといけないし、休みたくなかったから」

「それに、わたくしたちが行ったらお兄様はつきっきりでついてくるでしょ? それじゃお兄様が海を楽しめないもん」

「そんなことないよ。僕も二人に来てほしかったなぁ」


 二人が海を楽しむ姿を近くで見られるのはアイゼアとしても嬉しいが、どうやら二人の中では捉え方が違うようだった。


 美しかった景色や暖かな気候、美味しかった料理や果物の話、みんなとの楽しかった時間をメリーと会話しながら聞いてもらっていたが、二人はにこにこと嬉しそうに笑みを深くしていくばかりだ。


「ほら! こんなにいっぱい話すってことは、兄様すっごく楽しかったんでしょ」

「わたくしたちがいたらお酒飲めなかったよねー?」

「一人だからできたこともいっぱいあったんじゃないの?」

「お兄様は仕事から帰ってくるといつも疲れた顔してるけど、あの日はすごく嬉しそうだったもん。わたくしたちのいないとこでも楽しいことがあったんだってわかって嬉しかったよ!」


 ねー、と声を揃えて見つめ合うカストルとポルッカにアイゼアは目を丸くした。「やっぱり行きたかった」という言葉を引き出してやろうと思っていたのだが、逆に自分の方が楽しかったことを無邪気に報告する子供のようになってしまった。


 二人は自分の知らぬ間にずいぶんと大人になっていたようだ。昔ならどこにでも……それこそ任務地にまでついていくと言って(はばか)らなかったというのに。


「ね、メリーさん。これも魔術で作ったの? わたくしにもできる?」

「これは難しくないから簡単にできると思いますよ」

「本当?」

「はい。今度どこかに行ったとき、一緒に作ってみますか?」

「うん、お願いします!」


 ポルッカのお願いにメリーは微笑んで頷いた。ポルッカは時折メリーの元を訪ねて、魔力の扱い方や魔術について学びに来るらしい。


 更に、週三度スイウが実家を訪れてこっそり二人に剣術の稽古をつけているのをアイゼアは知っている。あのスイウにどうやって頼み込み、説得できたのかは全くわからない。


 二人は以前、アイゼアの力になりたいという思いを利用されて魔物化し、人質に取られてしまったことがあった。何かに頼るのでなく自身の力をつけたいという思いがあの頃からずっとあるのだろう。志だけでなく、能力や力もそれに見合うものになるよう努力しているようだった。


「ねぇ、メリーさん。さっきからいい匂いがするけど、何か作ってるの?」

「か、カストル? そういうのはよそではダメって言ったよね?」

 メリーの家に来たときから何か料理を作っているようないい匂いがしていたのは事実だった。メリーはにこやかに「そうですよ」と答える。


「今日の夕飯にフォーリコールを作ってるんです」

「フォーリコールって何? どんな料理なの?」

「簡単に言えば羊肉とキャベツの煮込み料理ですね。良ければ夕飯をうちで食べていきますか?」

 メリーのお誘いに手放しに喜ぶ二人に、何て図々しいことを言っているんだ、とアイゼアは内心焦っていた。


「メリーの迷惑になるからダメだよ。メリーもごめんね、本当に食い意地の張った二人で……」

「気にしないでください。実は昨日クリームスープを作りすぎてしまって。一緒に食べてもらえると私も助かります。残り物で申し訳ないですけど」

「クリームスープ? 兄様、僕食べたい!」


 二人の期待の眼差しがなぜかアイゼアへと向けられる。食べていこうか、という返事を待っているのはわかるのだが、お店へ食べに行くのとは全く訳が違う。


「いや、僕に食べたいって言われても……メリー、本当に無理してないかい?」

「アイゼアさん、そんな顔しなくても大丈夫ですから」

 メリーは何か面白いものでも見たかのようにくすくすと小さく笑いながら席を立つ。


「せっかくなんであと二品くらい作りますね。みんなはゆっくりしててください」

「いやいや、さすがに何か手伝わせてくれないか? ただご馳走になるってのも申し訳ないし」

 アイゼアも慌てて立ち上がり、対面式になった台所へメリーを追う。少し死角になった位置にある竈の上には鍋がかけられており、かなり弱い火でじっくりの煮込まれているようだ。


「兄様は貧乏舌だから手伝わなくっていいよ。美味しくなくなっちゃう」

「そうだよ。お手伝いなら、わたくしたちがやる」

「はは……貧乏、ねぇ」

 カストルとポルッカが台を挟んだ向こう側からこちらを非難してくる。本当に食べ物を選り好みしてる場合じゃなかった時代があるからこそ、地味に洒落にならない言葉だ。


「アイゼアさんって貧乏舌……なんですか?」

「んー、否定はできないね。味覚が大雑把というか……美味しいものの範囲が広いというか、不味いって感じることがあまりないんだよね」

 レシピ通りに作れば普通に食べられるものを作れるが、自身の味覚を頼りに味付けをすると、全体的に薄味になりやすい。


 舌の肥えた人には味気なく感じるようだが、自分としては十分それなりに美味しく感じてしまう。もちろん本当に美味しいものはそれよりも格段に美味しいことはきちんとわかるのだが、どうにも不味いと感じる感覚が鈍いのだ。


「アイゼアさんにとっては得な才能ですね。どんなものも美味しく食べられるんですから」

「確かにそう言われればそうなんだけど……」

「作る側としても、少し安心しました」

 メリーは少し眉尻を下げて笑いながらじゃがいもと玉ねぎをいくつか取り出してきた。


「カストルさん、ポルッカさん、手を洗ってください。じゃがいもの皮剥きをお願いしていいですか?」

「「はーい」」

「アイゼアさんは玉ねぎを薄く切ってもらえると助かります」

「わかったよ」


 メリーは二人へピーラーを渡し、自身はスモークサーモンを薄く切り始めた。アイゼアも玉ねぎの皮を剥いてから受け取った包丁で薄くスライスし、その一部を水に晒す。


 他にもレタスを一口大に千切ったり、パプリカを切ったりと着々と進めていく。そうして片方はスモークサーモンのマリネになり、もう片方はポテトグラタンになるらしい。


「ノルタンダールから取り寄せたアンチョビがあるから、ノルタンダール風のポテトグラタンにしようかと思ってるんですけど、大丈夫ですか?」


 メリーの確認にカストルとポルッカは元気良く「大丈夫!」と答える。じゃがいもと玉ねぎを炒め生クリームと牛乳でひと煮立ちさせたものを大きなパイ皿に敷き詰め、アンチョビや粉チーズ、パン粉を乗せると、そのまま熱したオーブンへと入れられた。


「少しだけ早いかもしれませんけど、グラタンができたら夕食にしますね」

 皆でわいわいと会話しながら料理していたせいか、外は日が落ちかけていてすでに暗い。部屋が明るいのは、いつの間にかメリーが明かりを灯してくれていたからだろう。


 そこでふと気付く。今日は意識があるが、消えそうな雰囲気は感じなかったな……と。スイウの推測通り、時間帯だけが条件ではないらしく、今回で意識の有無も関係ないとわかった。何かをきっかけにして起こっていることは間違いなさそうだ。

 メリーは一度奥へ引っ込むと、小さく丸い平たい缶のようなものを持って戻ってきた。


「カストルさん、ポルッカさん、手を出してください。アイゼアさんも」

 メリーに言われるがままに手を出すと、その缶から一掬いずつ白いクリーム状のものを乗せられた。


「水を触ったから手荒れ防止の軟膏です。最近は空気も乾燥してきてますから」

 そう言いながらメリーは自身の手にも軟膏を塗り広げていく。それを真似するようにして擦ると、軟膏の香りがふわりと優しく漂う。その香りはアイゼアもよく知っているものだった。


「あれ、この香り……もしかして梔子(くちなし)?」

「そうです、よくわかりましたね。軟膏を作ったときに少し混ぜてみたんです。苦手でした?」

「いや。むしろ好きな香りかな」

「良かった。私も梔子の香り、好きなんですよね」

 メリーは顔を綻ばせながら手を鼻を近づけて香りを楽しんでいる。何となくその真似をして自身も手を鼻に近づけてみると、梔子の香りが温かく懐かしさを伴って香った。


「メリーさんも梔子好きなんだ?」

「お母様も梔子が大好きだったんだよ! お庭にお母様が大切にしてた梔子の木があるの」

「梔子の木……? なるほど。梔子を裏庭に植樹するのも良いですね。花が咲く頃は裏庭に良い香りがして、精油も作れますし」

 メリーは裏庭の方を眺めながらうっとりと思いを馳せ、植えるならどこがいいか本格的に考えて始めているようだった。


「もし植えるなら、うちの梔子の木を譲ろうか?」

「はい? あの……大切にされてた木なんですよね? 形見のようなものなんじゃないですか?」

 メリーは訳がわからないと困惑し、目を見開いて瞬かせている。だがその提案にはカストルとポルッカも納得していた。


「何度か叔母様に邪魔だって言われて切られそうになったことがあるの」

「兄様が形見だからって説得してくれたけど、庭自体はもう叔母様たちのものだから……手入れも庭師さんにお願いしたきりだし」

「っていうわけなんだよね。もし裏庭に植えるなら、ぜひうちの梔子を候補として検討してもらえたら嬉しいなー……ってことで」

「待ってください。そういうことならぜひ私に譲ってください。折角何年もかけて大きくなった木を切るなんてもったいない! すぐうちに植えちゃいましょう!」


 メリーはその場で二つ返事でその打診を受け入れてくれた。形見なんて重いものを押しつけるのも気が引けたが、メリーさえ良いのなら譲りたい。


「一年目から花が採取できるなんて、こんな好条件な話はありませんねー」

 メリーは花や植物から精油を抽出すると言っていた。養母の愛で方とは少々異なるところもあるが、彼女の役に立つことで大切にしてもらえるなら、それもまた一つの形としてありなのかもしれない。少なくとも、ただ切られて捨てられてしまうよりは余程良い。


「今度ペシェとミーリャを連れて、梔子の引っ越しに伺いますのでよろしくお願いします」

 なぜそこでメリーの友人のペシェとミーリャの名前が出てくるのだろうと疑問に思っていると、グラタンが焼けたことを知らせるタイマーがジリジリとけたたましく鳴り響いた。



 テーブルの上には熱々のクリームスープと取り分けられたフォーリコール、中央にはスモークサーモンのマリネとパイ皿で焼かれた熱々のグラタンが置かれている。メリーが取皿にグラタンとマリネをそれぞれ少しずつ取り分けてくれた。


「じゃあ食べましょうか」

 メリーの声に「いただきます」と声を揃えて言った後、二人はフォークを手に取り食べ始めた。基本のマナーはきちんと守ってくれたことに安堵(あんど)しつつ、アイゼアも一言いただきますと口にし、フォークを手にする。


 マリネはオリーブや色鮮やかな野菜で見た目も華やかで、野菜のシャキシャキとした食感がいい。グラタンもアンチョビの塩味がよく合っている。

 クリームスープにはサーモンと複数の種類のきのこがふんだんに使われていて食べ応えがあり、フォーリコールはかなり手間をかけているのか、キャベツも羊肉も蕩けるように柔らかい。どれも本当に美味しく、同時にその味がアイゼアには少し懐かしく感じられた。


 アイゼアの養母はメリーと同じ炎霊族でノルタンダールの出身だった。毎日料理をしていたわけではなかったが、時々作ってくれたときスープか煮込み料理のどちらかは必ずあった。特にサーモンのクリームスープは定番だったことをよく覚えている。


 そんな懐かしさと共に、このメリーの手料理を一緒に囲んでいた人物に思いを巡らせる。料理をしていたときの手際からも、きっとメリーはもう何年も料理をしてきているのだとわかった。


 彼女の兄妹が生きていた頃、この温かな料理を三人で囲んで食べていたのだろう。二人が亡くなるその日まで、当たり前のように毎日繰り返していたはずだ。そんな想像が簡単にできてしまうほど、メリーの料理は誰かと食べることを想定しているかのような料理だった。見た目も、手間も。


「メリー、すごく美味しいよ」

 貧乏舌だと言われる自分に美味しいと言われてもあまり嬉しくはないかもしれないが、率直に言葉にする。とても美味しく感じているのは事実だった。


「私の国の料理ばかりなんで、口に合わなかったらどうしようかと思いましたが安心しました」

 カストルとポルッカは、少し異国風の料理を珍しそうにしながら食べている。羊肉を食べる文化はサントルーサにはあまり浸透していないが、二人共フォークを動かす手が止まらない。


 それだけで美味しいと感じて食べているのだとわかる。何せ自分が作って不評だったときは手を止め、味を見るから味付けし直してと言われたくらいだった。


「スープも煮込みもまだ残ってるんで、遠慮なく食べていってくださいね」

「じゃあ煮込みおかわりする!」

 メリーはカストルの空の皿を受け取り、煮込みを盛り付けて戻ってくる。


「手料理を誰かに食べてもらうなんて久しぶりです。やっぱり誰かと一緒にご飯を食べるのっていいですね」

 カストルとポルッカの食べっぷりを眺めながら、メリーは嬉しそうに顔を綻ばせている。味覚が大雑把とはいえ、一人で食べる食事と誰かと共に食べる食事ではやはり気持ちが違う。この温かな交流が生まれる瞬間はアイゼアも好きだ。


 旅をしていたとき食事を必要としない人は二人いたが、それでも同じ席につき、これからのことやたわいないことを喋る時間はとても貴重なひとときだった。そしてそれを自分だけでなく、メリーもまた同様に感じてくれていることが嬉しく、じんわりと心が温まる。


 まるで家族になったかのようなくすぐったさとメリーの穏やかな温かさに、自分の中で欠けて足りなかった何かがゆっくりと満たされていくような不思議な心地がしていた。


 素朴で、当たり前のようでいて当たり前ではない。この温かな時間を作ってくれたメリーに、アイゼアは心密かに感謝した。

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