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018 絆を結んで(2)【アイゼア視点】

 夕日はますます色濃くなり、空を赤く染めていた。炎のように揺らめく夕日の光がチクリと小さく胸を刺す。


「ねぇ、僕さ……気のせいかもしれないけど、メリーが消えそうだって思うことがあるんだけど……」

 スイウはピクリの耳を動かし、こちらへと視線を向けた。その鋭い目が月が満ちるように僅かに丸くなり、続きを促す。


「初めて感じたときは少しの間メリーを認識できなくなった。メリーはずっと近くにいたって言うんだけどね。だからその時は気のせいかもって流したんだけど」

「昨日、やっぱり変だと思ったんだろ?」

 アイゼアはスイウへ肯定の意を込めて(うなず)く。エルヴェは事態が飲み込めないのか、静かに聞きに徹していた。


「人間のくせによく気づいたな。消えそうって感覚もお前の勘の良さだな。あの時メリーは人としての気配がだいぶ薄くなってた。だから消えそうだと感じたんだろ」

 人としての気配が薄くなるというのはどういうことなのだろうか。気配を抑えることはあっても、知らないうちに薄くなるというのはさすがに聞いたことがない。


「俺を呼び戻した弊害の一つが出たってことだ」

「それ、どういう意味?」

 引き戻した弊害──つまり、メリーが冥界へ行き、スイウを蘇らせたことを言っているのだろう。彼の言葉に、何か薄ら寒いものを感じた。嫌な予感が、胸の内で更に膨れ上がる。


「悪いが細かい事情は冥王との約束で話せん。それはメリーやフィロメナも同じだ」

「そっか……」

 スイウを引き戻すのは決して簡単なことではなかったはずだ。もしかしたら冥王と何か取引をしたのかもしれない。とにかく冥界で何かがあって、メリーは今こうなっている。

 ただ、漠然と理由も知らず不安に駆られるより、この違和感にハッキリと答えが出ただけまだ良いのかもしれない。


「メリーとフィロメナには言ったが、死人を引き戻そうなんてのは阿呆のすることだ。これは禁忌に近いものを犯した罰……その代償だ」

 スイウの重々しい言葉に、何がなんでもメリーをあの時止めるべきだったのかという迷いのようなものが今更生まれる。


 いや、その可能性はすでにメリーには提示した。冥界には生者は足を踏み入れてはならない、帰ってこられるかわからない、スイウの友人であり魔族でもあるクロミツも話していた。


 それでもメリーは帰ってくると断言し、行くと言って聞かなかった。『私の命の使い道は私が決める』と、命を引き換えにする覚悟の決まった者に代償の話をしたところで止まるはずもない。


「つっても、過ぎたことは仕方ない。お前らが喚いてもこの阿呆は止まらんだろうし。何せ、冥王にまで食って掛かってったらしいからな」

 冥界で何があったのかはわからないが、メリーは冥王に対してもかなり強気で立ち向かったようだ。スイウなりの励ましを素直に聞き入れ、これから先どうすべきなのかをアイゼアは考える。


「元々黄昏の月は死の気配をまとってる分、人としても少し曖昧な存在だ。人としての気配が薄まったとき、メリーは人ではないものに傾く。冥界の気配が濃くなって、死の側に飲まれかけてるってとこだろうな」

「メリー様がそれに飲まれたらどうなるのか、スイウ様はご存知なのですか?」

 それに対しスイウは首を横に振る。


「冥界に引き込まれて死ぬのか、完全に人ではない何かになり果てるのか、それとも漠然と死にたくなって自殺するのか、俺らのように魂そのものが消滅して消え失せるのか……まぁ考えられる範囲ではそのどれかってとこだろうな」


 飲まれればどの道、死は確定ということで間違いないらしい。生活に支障が出るような目に見えた代償ではないのは救いなのか、それとも目に見えないからこそ恐ろしいのか、アイゼアにはわからなかった。


「どうしたらメリーを助けられるか、スイウは知ってるかい?」

 それに対してもスイウは首を横に振り、「これは推測だが」と口を開く。


「メリーは死ぬ理由はいくらでもあるが、生きる理由に乏しい。たぶんそれが一番まずい……気がしてる」

「どういう意味?」

「簡単な話だ。死の側に傾くのは生に執着がないからだ。メリーは守るためなら簡単に自分の命を投げ出すが、これのために死ぬわけにはいかないってものがない」

 スイウの言う通り、メリーは仲間や大切な人のためならその命を簡単に捨ててしまう。それは今まで共に過ごしてきた者なら嫌というほど理解していることだ。


守るためならいつでも死ねる。

ならばメリーは何のために生きる?


 アイゼアはその疑問に答えることができない。スイウが言いたいのはきっとそういうことだ。


「生きる理由がなければ人は簡単に些細なことで死に魅入られる。あちらへの傾きが強いヤツは更に簡単に引き込まれる。当然の道理だろ。だからこっちに繋ぎ続けられるかはどれだけ未練が作れるか、メリー自身が生きていたいと思えるかにかかってるかもなっていう推測だ」

「未練と生きる理由、ですか。少々難しく感じますね。そもそも私もそういったものが乏しい側ですので」

 それはそうだろう、とスイウは同意する。


「エルヴェには悪いが、執着を持つには、お前の生と死は曖昧すぎる」

「確かに……壊れても治せば普通にまた動き始めますし、放置すれば死んだようなものです。私の死はどこからなのか、死とはどの状態にあたるのか明言できませんね」

 エルヴェはアンドロイドであり、修復不可能となったときが彼の死と言えるのかもしれない。それは逆に言えば、修復される限りは生き続ける、終わりのない命とも言えるものだ。


「ですが、あまり死にたいとは思っていません。今一緒にいる方々と、また明日も過ごしたいという思いはあります」

 エルヴェの生きる理由は小さくささやかな、弱いものではある。それでも明日への希望を持って毎日を過ごしているというのは、以前の彼の自分を道具扱いする在り方を思えば、かなり良い変化だとアイゼアは思った。


「アイゼア、お前は死にたいか?」

「いやいや、死にたいわけないでしょ」

「どうして死にたくない? 死ねない理由は何だ?」

 スイウに問われ考える。単純に死への恐怖心もあるが、幼いカストルやポルッカを遺しては逝けない、悲しませたくないという思いが胸の内にある。


 先に亡くなってしまった養父母のためにも二人が大人になるまで、できればその先の人生も見守っていきたい。自身も穏やかで小さな幸せを積み重ねるような人生を歩んでみたい。先の未来をこの目で見たいからまだ死にたくない。そんな複数の思いがアイゼアの中にはある。


「僕は悲しませたくない人の存在とか、未来への期待が自分にそう思わせてる……気がする。死んだら未来は見れないからね」

「メリーにも同じことを思わせればいい。死にたくない理由ができるのが一番手っ取り早いからな」

「メリー様の未来への希望と期待ですか……うーん……」

 スイウは簡単に言うが、他人の生きる理由を作るというのは簡単なことではないだろう。今もなお眠り続けるメリーを、複雑な心境でアイゼアは見つめる。


 スイウを救ったために、いつ飲まれて死ぬかもわからないギリギリの境界にメリーは立っている。立たせたのは紛れもなく自分の責任でもあった。

 そう本人に言えばきっと「関係ありません。自分で選んだことですから」と平然と言ってのけるのだろう。彼女の鋭く尖った強さも、それ故の危うさも、アイゼアはよく知っていた。


「ついでに一つ助言をやる。黄昏時……それも日没の時間帯が一番冥界の気配が濃くなる」

「意外だな。夜中とかじゃなくて?」

「昼は生、夜は死。冥界は生と死の狭間にある世界だ。だから黄昏時。それも生から死へ移ろう夕暮れ時が一番危ない。それはメリーに限った話ではないがな。大した話じゃないが、知らんよりは知ってる方がいい話だろ」

「なるほど、確かにね」

 だから消えそうだと不安になったのはどちらも夕暮れ時だったのかと妙に納得した。夜が死を司るという話も、妖魔や魔物が活性化するのが夜だということを知ると理に沿った話だ。


「でも、今のメリーには“あの消えそうな感じ”がないよね……」

 まだ日は沈んでおらず、しっかりと『黄昏時』だが、昨日のような消えてしまうかもという不安感は全くない。


「それが俺も気になってたとこだ。眠って意識がないから、か……? それとも毎日というわけではないのか。もしくは時間帯だけが条件じゃなく、何かきっかけみたいなもんがあるのかもしれん」

「そのきっかけが判明すれば対処もしやすいのでしょうが……」

 何がそうさせているのか、というきっかけにはなかなか思い至らない。頭を悩ませ続けるアイゼアとエルヴェをよそにスイウは鼻で笑った。


「そうまで悩んでやる義理もないだろ、お人好し共が。別に今まで通りでいい。お前らにできるのは、精々繋がった縁を途切れされないってことだけだ。余程大丈夫だろうし、深刻に捉えすぎるな」


 スイウはそう言うが、目の前で認識できなくなった経験があるせいか、本当にこちらに繋ぎきれるのかという不安感は残る。だがそれでも縁を繋ぎ続けるというのは、些細なことのようでいてとても重要な気がした。


「それと、メリーには言うなよ。変に意識させるより知らん方がいい。フィロメナには俺から言っておく。天族なら少なからず勘づいてる……はずなんだが……コイツ鈍感だからなぁ……」

 イマイチその辺りに信用がないのか、スイウは呆れるような視線を眠っているフィロメナへ向けた。


「スイウ、君ってやっぱり優しいよね」

「は?」

 スイウは本気で意味がわからないとため息をつく。それでもアイゼアは思う。人とは違い、常に一線引いた態度を取ってはいるが、彼なりに寄り添おうとしてくれるのではないかと。


 メリーだけではない。アイゼアやエルヴェに対しても、言葉は冷たいようでありながら、的確に方針を示し、何ができるのかを提示してくれる。それだけで漠然とした不安感の一部は取り除かれていた。

 スイウの存在が頼もしくてありがたい。自分一人では対処しきれないことも、皆がいれば解決していけるという強い気持ちが生まれていた。


 この旅行は単に楽しかっただけでなく、皆との絆を再確認する旅にもなったのではないか。そんなことを思いながら、アイゼアは再び夕闇の迫る海へ視線を向けた。

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