017 絆を結んで(1)【アイゼア視点】
翌日、朝食を少なめに済ませてカエルレウムの街のへと繰り出す。幸い誰も二日酔いになったり体調を崩したりもなかった。今日は街の中で食べ歩きや買い物を楽しむ予定になっている。
カエルレウムからサントルーサは距離があるため、正午にはこの街を離れなくてはならない。アイゼアは明日の朝からまた普通に仕事がある。自分がいなければのんびりできたのだろうなと、僅かに申し訳なさを感じながら三人と一匹の背中を見守りながら歩く。スイウは今日は猫の姿から戻らず、ずっとエルヴェの肩に乗って運んでもらっていた。
温暖な地域だからなのか、通り沿いの店は扉が開いたままで中の様子や商品がよく見え、まるで露店を彷彿とさせる光景だ。
メリーとフィロメナはフルーツの切り売りをしている店で足を止める。マンゴー、メロン、パイナップル、オレンジ、他にもあまりお目にかかれない果物の盛り合わせが並べられている。その中からカエルレウムで採れる果物が数種類盛り合わせになっているものを二人は選んだ。
「んー、甘くて美味しい〜」
「温暖な地域の野菜や果物は瑞々しくていいですねー」
フィロメナはマンゴーを、メリーはメロンを口にし、その甘さに感動しているようだ。
「スイウ様もお好きな果物ですよ。一つお取りしましょうか?」
「頼む。そこのマンゴーがいい」
「マンゴーですね」
エルヴェが盛り合わせの中からマンゴーを一つ手に取りスイウの口元へ運ぶ。そのままぱくっとマンゴーにかぶりつき、もぐもぐと咀嚼している。
人の姿からでは想像できないほど可愛らしい光景が目の前で繰り広げられている。そう思っているのはアイゼアだけではないらしく、メリーとフィロメナも物珍しそうにそれを眺めていた。
「乾燥してないマンゴーも美味いもんだな。エルヴェ、次はパイナップルを取ってくれ」
「えぇ、わかりました」
スイウはその視線を特に気にすることなくエルヴェへ頼み、エルヴェはそれを快諾し、パイナップルをスイウの口元へ運ぶ。至れり尽くせりである。
「アイゼアさんも食べませんか?」
「うん、貰おうかな」
メリーが手に持っていた盛り合わせの箱を差し出してくる。その中からパイナップルを選び、口に含んだ。果肉を噛むとじゅわっと果汁が溢れ、強い甘さと爽やかな酸味が口の中いっぱいに広がる。
こんなに甘く熟したパイナップルはサントルーサではなかなか食べられない。お土産に果物を買って帰るというのも悪くなさそうだ。
果物を摘みながら店がズラリと並ぶ大通りを歩く。爽やかな暑さと乾いた風が吹き、ヤシの木の葉を揺らしている。清々しい空気を胸いっぱいに吸い、吐き出す。民芸品やカエルレウム産の独特の模様の焼き物、装飾品や服などを三人は興味深そうに手に取り、会話を弾ませている。
「ねーメリー、こっちの帽子とこっちの帽子、どっちがいいと思う?」
フィロメナは両手に大きな麦わら帽子を持っており、右手のものは麦色で左手のものは白い。
「麦色の方がそれらしくて良いんじゃないですか?」
メリーが右手の帽子を指差すと、フィロメナは納得したように麦色の帽子を購入し早速被っている。他にも橙色のゆったりとした丈の長いカエルレウム風のワンピースを買ったようだ。
「メリーとエルヴェは何も買わないのかい?」
「そうですね。何か食べられるものでも買っていこうかなとは思ってますけど、ここで目一杯食べていくのもいいなって思ってます」
「思い出に残るものをと思っていたのですが、昨日戴いたアクアリウム以上のものが見つからないですね。あと、食堂の方々には何を買えばいいのかも悩んでしまって……」
二人はまだこれだと思うものを決めきれていないらしい。
「せっかく来たならいっぱい買ってかなきゃ損じゃないかしら?」
「帰りの交通費は残しとけよ。次の給料日までの生活費とかその辺もな」
何をそんなに迷うの、と首を傾げるフィロメナへ、生活感の溢れる苦言がスイウの口から飛び出す。
「そうだった! 交通費のことだけは忘れかけてたわ……」
「……お前、そんな抜けててよく生活できてるな」
スイウは物を食べたり買ったりする必要がないため、仕事や人らしい生活は送っていない。だが人間として生きていた頃の記憶と経験があるせいか、その辺はフィロメナより余程感覚がしっかりしている。
「まだお金に余裕はあるから大丈夫よ! でも計画的にいかなくちゃよね」
フィロメナは財布の中身を覗き込みながら、ホッと胸を撫で下ろしている。四人と一匹でそぞろ歩きながら、途中の店にあったクレープを食べ、帰りの移動中に食べるための小さなドーナツや、野菜たっぷりのチリソースのホットサンド、お土産にマンゴーを三つ買った。日もだいぶ高く上がり、もうすぐ帰らなければならない。
「僕、最後にどうしても寄っていきたいところがあるんだけどいいかな?」
「もちろんです。どこですか?」
「駅の近くだから、他に行きたい所がなければそこに行きたいなって」
時間も丁度いいと賛同を得られ、提案した店へと向かう。カエルレウムはカカオの産地の一つであり、非常に質のいいチョコレートやカカオ製品が取り扱われている。
カエルレウム産のカカオ製品は評判が良く風味も良いとサヴァランが絶賛していた。買って帰る価値は大いにあるだろう。店先からふわりとチョコレートのような甘い香りが漂う。
「わぁ、チョコレートの香りね!」
「うん。そのチョコレートのお店に行きたいんだよね」
「アイゼアさんってチョコレートが好きなんですか?」
「チョコレートも好きだけど、僕が好きなのはココアかな」
アイゼアはコーヒーも紅茶も嗜むが、そのどちらよりココアが好きだった。あの甘さと温かさが一番ホッと心が落ち着く気がしている。
「なんか意外ですね」
「そうかな?」
メリーと会話を交わしていると、待ちきれなくなったフィロメナが店へ入っていく。それに倣うようにアイゼアも店へと入ると、カカオ製品が所狭しと並んでいるのが目に飛び込んできた。
「エルヴェ、カエルレウムはカカオの産地ですごく質がいいんだよ。お菓子作りにココアパウダーを買っていくのはどうかな?」
「なるほど、それはとても素敵な提案で……あっ!」
にわかに目を輝かせ始めたエルヴェが、ハッとしたように声を上げる。珍しいなと思いつつエルヴェを眺めていると、こちらを伺うように見上げてきた。
「ココアパウダーで作ったお菓子を、お土産用のココアと併せて食堂で働く方々にお土産として配ったらどうかと思ったのですが……アイゼア様は今の話どう思われますか?」
「エルヴェのお菓子は絶品だから、きっと喜ばれるよ。カエルレウムに行ったからこそって感じもするし」
名案だね、とエルヴェに返すと、感動したように明るく微笑みうずうずしているようだった。
「私、早速ココアを見て参ります!」
「行ってらっしゃい」
エルヴェとその肩にいるスイウの背中を見送り、アイゼアも自身のココアを見繕うことにした。
* * *
楽しかった旅行も終わり、列車に揺られて海沿いの平原を北上していく。アイゼアは窓の外を眺めながら、夕日に染まる海を眺めていた。
「ふふ、すっかり疲れてしまったんでしょうね」
エルヴェが小さく呟き、正面を見るとメリーとフィロメナが互いに寄りかかるようにして眠っている。二人共大人だというのにどこかあどけなさのある寝顔にアイゼアも小さく笑みが漏れた。
エルヴェの膝の上で丸くなっていたスイウが伸びをし、ぴょんとメリーの膝の上へと飛び乗る。そのままスイウはジッとメリーを見上げ続けていた。不可解な行動に思わずエルヴェと顔を見合わせる。
「スイウ様、起こしてしまっては可哀想です」
エルヴェが声を潜めてスイウに注意するが、スイウは聞いているのかいないのか相変わらずそのまま動こうとしない。スイウは無駄な行動を取るような性格でもなく、無闇に人の睡眠を妨害するような人でもない。何か事情があることは間違いなく、アイゼアは何となく嫌な予感がした。
「スイウ、メリーに何かあった?」
声色を落とし、スイウ自身の行動ではなくメリーに関する質問として投げかける。
「……いや」
それだけ呟くと、スイウは再びエルヴェの膝の上に戻り丸くなる。だがその視線はメリーへと注がれたままだ。拭えない違和感に、妙に胸がざわつく。そして、ふと窓の外から差す夕日の色に……アイゼアはあることを思い出していた。




