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014 優しい魔法をかけて【アイゼア視点】

 昼食後は、また何か問題に巻き込まれてもすぐに対応できるよう目の届く範囲にいるように、ということになった。

 スイウはさすがに寝ているのに飽きたのか、宿で釣り竿を借りてエルヴェと共に魚を釣りに行った。メリーとフィロメナはまだ海に入ると言い、アイゼアのいるパラソルの正面あたりにいるのが見える。アイゼアはスイウと交代で荷物番に残っていた。


 対応できるようにといっても、スイウとメリーがそれぞれついていればよほど問題ないだろう。あとは自分がしっかりしていればいいだけだ。


 果実酒が入ったグラスを口へ運び、傾ける。氷とグラスの触れる涼やかな音と共に冷たい感覚が喉を通り過ぎ、少しだけ清涼感を覚えた。持ってきておいた読みかけの推理小説を開き、さざなみの音を聞きながらゆったりと文字を追っていく。


 乾いた南風に髪が揺れ、穏やかな時間に身を任せる。こんなに長くゆっくりと静かに過ごす休暇は何年ぶりだろうか、と思う程度には久しい。静かに一人で過ごす時間の貴重さをアイゼアは噛みしめていた。



 小説が読み終わり顔をあげると、日は西に傾きかけ、美しい青の空は少しだけ朱を帯びてきている。少し離れたところに釣りを終えて帰ってきたスイウとエルヴェの姿が見えた。

 どこかうきうきとした様子のエルヴェと、いつも通り仏頂面のスイウがバケツを持って戻ってくる。


「アイゼア様見てください。たくさんの小魚が釣れました!」

 エルヴェの持っている大きなバケツの中ではたくさんの小魚が泳いでいる。


「釣った魚は宿で調理してくれるらしい」

 スイウの方には大きめの魚が二匹ほど入っている。


「今晩のご飯が楽しみになってきたよ」

 釣れたての魚を食べる機会はあまりない。この魚がどんな料理になって出てくるのか今から楽しみだ。


「エルヴェー! みんなー! 見て見て、メリーがすっごいの作ったのよ!」

 フィロメナが手を振りながら興奮気味にこちらへ駆け寄ってくる。メリーは片手を引っ張られ、もう片方の手を後ろにし、何かを隠しているように見えた。フィロメナもだが、メリーも少しだけそわそわと落ち着かない表情をしている。


「エルヴェさんに贈りたいものがあって、これなんですけど……」

 隠れていたメリーの手がこちらへ差し出されると、やや小さいりんごくらいの大きさの丸い硝子玉が乗っていた。


 よくよく見てみると美しいマリンブルーの硝子玉の中には砂があり、光の網が揺らめいている。何より驚いたのが、色鮮やかな小さな魚たちが気持ち良さそうにくるくると泳いでいることだ。


「スノーグローブって魔法雑貨の応用でアクアリウムを作ってみました。フィロメナさんがエルヴェさんにも海の中を見せてあげたいと言っていたので」

 手のひらの大きさのアクアリウムをメリーはエルヴェに手渡す。


「これが海の中なのですね。とても美しくて神秘的です……!」

 エルヴェは目を輝かせてアクアリウムを覗き込む。まるで本物の景色を閉じ込めたかのような再現度なのは魔術の力もあるのだろう。


「すごいでしょ? 大きさが違うだけで、あたしが見た景色がそのまま閉じ込められてるの! ホント、びっくりしちゃった」

「そうなのですね。絶対に見られないと思っていたのですが……」

 フィロメナはパレオをワンピースのように巻きながら、興奮気味に語り、エルヴェが少しくすぐったそうに目を細めて微笑む。


「あの、これを私が戴いてしまってよろしいのでしょうか?」

「もちろんです。エルヴェさんのために作ったものですから、貰ってくれた方が嬉しいです」

「私のために素敵な贈り物をありがとうございます! メリー様、フィロメナ様」


 エルヴェは嬉しそうに顔を綻ばせ、うっとりとアクアリウムに魅入っている。体の構造のせいで海に入るのを躊躇(ためら)っていた彼が、こんなにも実物に近い形で海の中を見られた。きっとエルヴェにとって貴重な体験となったはずだ。知識としても、人の優しさに触れる機会としても。

 メリーは新しい半球状の瓶に砂浜の砂や拾った貝殻、ヤシの木の皮などを入れ始める。


「もう一つ作ってきますね」

 そう言ってメリーは海の方へと走っていく。


「日暮れ前には戻るぞ」

 スイウの言葉が届いたかはわからないが、メリーのやりたいことが終わるまで四人で待つことにした。メリーは海の中へ入り、膝下辺りまで海水に浸かったところで瓶の中に海水を入れている。


 すっかり太陽は傾き、水平線の彼方に沈んでいく。朱に染まった空を見ていると、アイゼアは妙な感覚に襲われる。メリーがどこかへ消えてしまいそうだと思った。この感覚は初めてではなく、以前にもそう感じたことがあったはずだ。


 確かポルッカの看病のお礼に薬草採取に付き合った日だった。あの日少しだけメリーは自分の目の前から消えた。今はまだ姿が視認できている。


だが次の瞬間は……?

わからない。


 言いようのない小さな不安感が燻り、気付けば走り出していた。消える前に届いてくれと祈るように手を伸ばし、半球状の瓶に蓋をしていたメリーの片腕を掴む。


「……アイゼアさん? 何かありましたか?」

 メリーはあまりにも緊張感のない様子で目を丸くし、こちらを見上げてくる。アイゼアは説明できずに一瞬だけ言葉に詰まった。


「あぁ、日が暮れてきたから寒そうだなって思って」

 とっさに出た言葉に自分の着ていた上着を脱ぎ、メリーの肩へとかける。

「気を使ってくれたんですね。ありがとうございます」

 夕日で赤く染まったメリーが柔らかく微笑んだ。それはいつもと何も変わらない光景だというのに、自分はなぜ不安に感じているのか。そう思ってしまうほど、心のざわめきとは対照的にメリーは落ち着いている。


「アイゼアさん。良ければこれが出来上がるところを見ていきませんか?」

「うん。見ていくよ」

 純粋に出来上がるのが見てみたいのもあるが、今メリーの傍から離れるのは少し危うく感じられた。波に、潮風に、どこかへ拐われてしまいそうなメリーをここに繋ぎとめなくては、と。


 メリーは貝殻や海水の入った半球状の瓶を掲げて夕日に翳す。魔力を込めているのか中身がゆっくりと回転を始め、それらが細かな粒子へと変わりながら加速していく。凄まじい速度で渦巻きながら煌めきを放ち始めると、少しずつ小さな景色が瓶の中に形成されていった。


 出来上がったのは夕日に染まったカエルレウムの海岸の風景だった。中では別の時間が流れているかのようにヤシの木の葉が揺れ、海の波が寄せては返し、水面の煌めきも見惚(みと)れるように美しい。アクアリウム同様、映像などではなく模型のように立体的で、まさに目の前にある景色を小さくして閉じ込めたかのようだった。


「これは私から、カストルさんとポルッカさんへのお土産にしようかなって思ったんです」

「これを、カストルとポルッカのために……?」

「はい。二人にもこの景色を見せてあげたかったなって。そう思いませんか?」

「……うん。そうだね」


 二人を思うメリーの優しさと穏やかに目を細める表情に、自身の頬がじわじわ緩んでしまうのを止められない。胸の内がじんと熱くなり、泣きたいような、駆け出したくなるような、よくわからない衝動が込み上げた。


「気にかけてくれてありがとう。今度二人を連れてメリーの家にお邪魔させてもらってもいいかな?」

「もちろんです。ぜひ来てください」

 メリーは花が咲いたように嬉しそうな笑顔を見せる。きっとその日は楽しい日になる、アイゼアはそう確信していた。二人もこんなに美しく不思議な置き物は見たことがないだろう。驚いて、感動して、はしゃいでいる姿が目に浮かぶようだった。


「本物そっくりで綺麗だし、こんなこともできるんだって初めて知ったよ。メリーの魔力は強いだけじゃなくて、みんなを幸せにするんだね」

「えっ……私の魔力が、ですか?」

 メリーは信じられないと言わんばかりに目を見開き、作ったばかりの小さなカエルレウムの景色へと視線を落とす。


「そんなふうに言ってくれるのはアイゼアさんだけですね、きっと」

「そうかな? 僕だけじゃないと思うけど」

「いえ、私にとっては夢みたいな言葉です。そんなふうに言ってくれる人がいるなんて……」

 儚げな笑みを浮かべながら、メリーは半球状の硝子を指先でゆっくりとなぞる。その切ない横顔になぜか強く胸が締めつけられた。


「夢じゃないよ」

 その息苦しさに押し出されるようにして言葉が口をついて出る。


「エルヴェもフィロメナも、君の魔力が笑顔にしたんじゃないか。紛れもない事実だよ。そうでしょ?」

 メリーはふっと顔を上げ、静かにこちらを見つめる。少しだけ丸くなった深海色の瞳が夕日を受けて揺れていた。やがて訪れた沈黙にさざなみの音だけが響く。メリーは本当に小さくはにかむように笑うと、波の音にかき消されそうな声で呟く。


「本当にみんなを幸せにしてるのは、アイゼアさんの魔法ですよ」

「え……魔法? 僕は魔法なんて使えないけど?」

「私にかけてくれた魔法、解けないといいんですけどね」

 メリーはアイゼアの疑問に答えてくれない。結局魔法が何のことなのか見当もつかず、意味もわからず終いだった。


 メリーは沈みかけた燃えるような夕日に手をかざし、寂しそうな眼差しで見つめている。消えてしまうのではないかという不安感はまだアイゼアの中に残っている。今回は前回ほどの強い不安感はなく、認識できなくなるということはなかった。だが油断は禁物だ。


「メリー、みんなのところへ戻ろうか」

「そうですね」

 一人より、皆と近くにいる方がいい。そう判断して促し、砂浜へと歩き出す。メリーは、心許(こころもと)なく肩に引っかかっていたアイゼアの上着を、自身の体を包み込むようにそっと手繰(たぐ)り寄せた。その仕草に思わず視線が引き寄せられる。


「……上着温かいです。でも、アイゼアさんが寒い気もするんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫、寒くないよ。僕は濡れてないしね」

 ぼんやりとしていた思考から戻り、メリーへと微笑みかける。寒く感じないのはお酒が入っているのもあるだろう、そう結論づけながら。

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