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012 砂浜の白は遺灰の白ではないので(2)【メリー視点】

 混乱したフィロメナが落ち着くまでその場で待ち、少ししてからメリーは声をかける。


「落ち着いてきました? 今はとにかくみんなと早く合流しますよ。言いたいことはその後でみっっちりと言わせてもらいますので」

「うん……あ、あの……メリー? さっきのこ、恋人ってのは……?」

「あの場を切り抜ける嘘ですよ。むしろそれ以外にあります? まったく……あんな杜撰(ずさん)な策でも何とか上手くいったからいいですけど、失敗したら魔術を使うつもりだったんですからね」


 魔術という単語が出たことで、ようやく事態が深刻だったことを理解したらしい。フィロメナは緊張した面持ちのまま何かを言いかけて口を引き結ぶ。唇は震え、その目にはじわりと涙が浮かぶ。


「ごめんなさい……」

 ぽつりと零すように、波の音に(さら)われそうなほど小さな声でフィロメナは呟いた。気が抜けて安心したのか、今になってあの男性たちに恐怖が湧いたのか、それともあの最高に気色悪い演技が精神的に苦痛だったのか。とにかくフィロメナにとっては怖い経験となったことだけは間違いない。


 こんなに傷つく前にもっと早く助けてあげられれば。ここにいたのが別の誰かだったら、もっと上手くやっていただろうか。そんなどうしようもない「たられば」が頭に浮かんでは消える。


 筋力もなく、言葉も上手いわけではなく、知恵も回らない。小柄な体はすぐに見縊(みくび)られる。魔力がなければ本当に自分は無力なのだと改めて痛感させられた。


「怖い思いをする前に助けてあげられたら良かったんですけどね。すみません」

 全く持ってその通りだと自分でも思うのだが、魔力に頼らなかった分だけでもせめて褒めてほしいという気持ちもあった。メリーにしてはよく頑張った、と。


「……ううん、助けてくれてありがとう」

 子供をあやすようにフィロメナの頭をポンポンと撫で、その手を引いて砂浜へと上がる。また絡まれたら最悪だ。その時は今度こそ灰になるまで焼き尽くして、この白い砂浜にぶち撒いてやる。そう心に決意しつつ、とにかく今は合流を急ぐ。


 スイウは最初から荷物番をすると言い張っていたので、おそらくパラソルの下のどこかにはいるはずだ。周囲を警戒しながら、その姿を探す。


「ねぇ、あれアイゼアとエルヴェじゃない?」

 フィロメナの指差す方へ目を向けると、少し遠くの波打ち際にアイゼアとエルヴェの姿が見える。見知らぬ女性二人と会話をしているらしい。


 だがその様子にメリーは妙な違和感を感じた。アイゼアは女性に腕を掴まれそうになり、それを避けたのだ。その動きで何が起きているのかを察する。見目秀麗な人は本当に苦労が尽きないなと同情すると同時に、自分の貧相さも決して悪いことばかりではないなと思った。


「フィロメナさん、二人を助けに行きますよ」

「助ける……?」

「フィロメナさんと同じです。ナンパされて困ってるんですよ、あれは」

 思わずため息が漏れ、遠くで繰り広げられている光景を睨みつける。あのアイゼアが上手く躱せないということは、相当厄介な相手なのだろうか。


「フィロメナさん、たぶんまた嘘もつくと思います。相手に気取られないよう何があっても黙っててください。決して余計なことは言わないように。いいですね?」

「え、えぇ。わかったわ」

 メリーはフィロメナの手を引いたまま、波打ち際を辿るように歩き、アイゼアたちとの距離を縮めていった。


* * *



「そんなところで何してるんですか?」

 アイゼアとエルヴェの背後から声をかけると、二人は安堵したような表情でこちらを振り返る。状況もわからず無策なので、そんな露骨に『助かった〜!』みたいな顔をされても困る。消し炭にする許可を出してくれるというなら、話は別だが。


 視線をアイゼアとエルヴェの向こう側へ向けると、女性が二人立っているのが見える。二人共自分と同年齢くらいなのか、二十代前半から半ばくらいに見えた。


「やっと戻ってきてくれたんだね、メリー。恋人がいるから食事は無理だって断ってるんだけど……なかなか聞いてもらえなくて」

 その一言だけでアイゼアが何を言われ、何を言い、今がどういう状況なのか、必要なことは全て理解できた。


「ほら、恋人も戻ってきてくれたし、君たちはもう諦めてくれないかな?」

 相手に怪しまれないようにするためか、少し遠慮がちにアイゼアに抱き寄せられる。フィロメナを抱き寄せたときはとても柔らかかった気がするが、アイゼアは何というか……固い。


 とにかく彼の嘘の中では自分が恋人ということになっているらしいということもわかった。フィロメナではなくこちらを選んだのは賢明な判断だ。指名された以上は、腹を括って付き合うしかない。本日二人目の恋人のために、努力はしよう。期待に応えられる保証は当然ない。


「え、嘘……その子が恋人? 釣り合ってなくない?」

「初対面で死ぬほど失礼な方ですね。礼儀と常識はお家でお留守番ですか?」

 釣り合ってないという意見は納得せざるを得ないが、よくも初対面相手にそんなことが言えるなと感心する。


 海に来るとどいつもこいつも気が大きくなって頭のネジが数本落ちるのだろうか。来る前にそのゆるっゆるのネジをしっかり閉めて、点検してから来てほしいものだ。


「そんな色気のない子よりわたしたちの方が良くない?」

 本日二度目の失礼な言葉と共に、女性二人の嘲笑がメリーへと向けられる。抱き寄せられ、肩に触れたアイゼアの手に僅かに力がこもった。


「君たち、それはメリーに対して失礼じゃ──」

「いいんですよ、アイゼア」

「……え? あ、いや……全然良くないと思うけど」

「アイゼアはいつも本当に優しいですね。あなたが私を好きなのはわかってます。ですが」

 メリーはアイゼアの眉間に人差し指を突きつける。


「そこを吠えても私の負けですから」

「え、えぇー……?」

 彼女たちに比べてメリーには色気がないという指摘。それは客観的事実であり、自分でも同意しかない。


 二人はフィロメナほどの完璧さではないが、少なくとも自分よりは女性らしい一般的に魅力的と言われる体付きをしている。メリーは困惑したままのアイゼアの腕から離れ、フィロメナの手を引いてアイゼアの隣に並ぶ。


「お二人に聞きますけど、体目当てならこの子でいいと思いません? 美人で体形も申し分ないほど抜群ですから。お二人も決して悪くはないんですけど〜……」

 メリーは口元に人差し指を当て、値踏みするような視線を送る。わざとらしく足の爪先から頭頂部までを舐めるように往復させ、最後に満面の笑みを作って返す。


「この子の足元にも及びませんよね」

 ずいっとフィロメナを押して一歩前に立たせると、ぐうの音も出ないと言わんばかりに女性たちが顔を引きつらせる。さぞ自分たちの美貌に自信があったのだろうが、フィロメナの魅力で木っ端微塵に粉砕してやった。


 魔力は魔力で、力は力で捩じ伏せるのが最も効果的なように、美人は美人で捩じ伏せるのが一番効くはずだ。『力こそ正義』だということを穏健派の仲間たちにこの場で証明してやった。実に爽快だ。


「それにあなたたち、アイゼアのことを体だけで簡単に釣れる人だと言ってるようなものですよね? 私、心底不愉快なんですけど」

 友人を軽んじたことを許すつもりはない。咎めるように冷ややかな視線を送ると二人は焦燥を滲ませてたじろぐ。


「彼は私の中身を見て選んでくれたんです。ねー、アイゼア?」

 見せつけるように軽く振り返って問いかける。


「うん、そうだよ」

 アイゼアはいつも以上に笑みを深くして肯定してくれた。さすがアイゼア。その笑顔、完璧に合格だ。


 ここまで綺麗にピースがはまれば諦めるだろうと確信し、メリーは笑みを保ったまま鋭い眼差しで女性たちを射抜く。女性たちは終始無言のまま気まずそうに顔を見合わせている。その日和見のような態度はあまりにも程度が低く、胸糞悪い。


「というわけで、これで失礼します」

 謝罪もせず、いつまでももたもたと去りもせず立ち尽くす女性二人を見切り、アイゼアの腕を掴んで引く。


「行きますよ、アイゼア。エルヴェさんとフィロメナさんも」

 女性二人には一目もくれず、エルヴェとフィロメナとそれぞれ視線を合わせて足早にその場を立ち去った。



 女性たちはそれ以上追いかけてくる様子もない。とにかく要望に応え、魔力に頼らず追い払ったのだから文句を言われる汚点もないはず……たぶん。


「メリー、僕の芝居に付き合ってくれてありがとう……本当に助かったよ」

「いえ。それよりアイゼアさんが苦戦するなんて珍しいですね」

 むしろ得意分野だろうと単純に疑問に感じて尋ねると、アイゼアは渋い表情を浮かべる。この表情をメリーは少し前にも見たような気がした。黙り込むアイゼアに対し、口を開いたのはエルヴェだった。


「とても執念深い方々でした。本当に何を言っても諦めてくださらなくて……アイゼア様を助けられず申し訳ありません」

「いや、エルヴェは何も悪くないよ。巻き込んですまない……メリーとフィロメナも迷惑かけたね」

 眉尻を下げアイゼアは力なく笑う。


「僕はしつこ……押しの強い女性を相手にするのが苦手でね。それが苦戦した理由かな。情けない話だけど」

 アイゼアは弱みを吐露したが、その内容にメリーは聞き覚えがあった。サヴァランとブリットルという、アイゼアの学生時代からの友人と会ったときに話していたことだ。


 あの場では茶化されて笑い話になっていたが、どうやらアイゼアの中では笑い事ではないらしい。苦手意識を抱き、上手く対応できなくなるほど強烈な根深い傷として心に刻まれてしまっているのだろう。アイゼアもまた、フィロメナ同様に怖い思いをしていたのだ。


「情けないなんて思いませんよ。苦手なことの一つや二つあって当然です。私なんて一つ二つどころではないですし」

「ありがとう。そう言ってもらえると少しだけ気が楽になるよ」

 アイゼアはこれまでも力ばかりではなく、言葉や別の手段で守る努力をしてきた。メリーにとってはそれだけでも十分凄いことだと思える。大切な人を武力以外で守るというのは、こんなにも難しいのだと今回思い知らされた。


 アイゼアはきっと相手も傷つけない言葉や方法で何とかしたかったのだろうが、そんなものは到底無理な話だとメリーは思う。


 結局メリーはフィロメナの力を借りて彼女らの自信をバッキバキに折ってやったのだ。さぞかし傷ついて苦い思い出になったことだろう。自業自得だし、良い気味だ。海に来るたびに、一生思い出してほしい。


「そんなことよりお腹空きませんか? 私もうぺっこぺこなんですよねー」

 三人の落ち込む顔はきっとこの海には似合わない。努めて明るく振る舞い笑顔を作ると、ようやく三人も表情が緩んだ。

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