011 砂浜の白は遺灰の白ではないので(1)【メリー視点】
※演技ですが、GL表現がありますので苦手な方はご注意ください。
寄せては返す波音を聞きながら、波間を浮き輪に乗って漂う。海水と共に小瓶に入れた潮騒の青と呼ばれる鉱石たちが、降り注ぐ日差しを受けて美しいマリンブルーの輝きを放つ。まるでこの海の色をそのまま閉じ込めたかのようだ。
水深は深くないが、何度も潜って探していたせいで疲れ、少し体が重い。
「メリー! 見て、綺麗な魚がいっぱい泳いでるわよ!」
フィロメナは宿屋で借りた箱メガネを両手に抱え、海の中を覗いて歩く。朱色や黄色い魚、ギラギラと銀色に光る小さな魚がゆったりと泳いでいるのが上から見てもわかる。
それくらいこの海は透明度が高く美しい。潜っているときも先まで見渡せ、白い砂に海面の波紋が揺らめく様は思わず見惚れるほどであった。
メリーのよく知る、荒々しくて凍てついた紺色の海とは違う。水温は温かいのに、日差しの暑さを和らげる心地のいい冷たさがある穏やかな海だ。
「あまり離れないようにしてくださいね」
「わかってるわよー」
本当に聞いてるのか怪しい返事を返しながら、フィロメナは海中の魚を夢中で追いかけていく。まぁ子供でもあるまいし、とメリーは目を閉じて再び波に身を任せる。
すると少し離れたところから「あんたって恋人いたりする?」という、男性の声が聞こえてくる。声の方へ視線を向けると、フィロメナが男二人に挟まれているのが見えた。
「こっ恋人なんて……いるわけないわよ!」
慣れない……というより初めて言われたであろう言葉にあたふたとしながら、フィロメナは照れてほんのり顔を赤らめている。
「すごく綺麗なのに意外。一人ならオレたちと一緒に遊ばない?」
あれだけ美人で体形も良ければ、声がかかっても不思議ではない。だがフィロメナは一人ではなく、メリーや他にも連れというやつがいる。適当に断るだろうと再度目を閉じようとしたとき
「一人じゃないけど、喜んで! ねぇメリー! この人たちが一緒に遊ぼうって言ってるわよー!」
そのとんでもない発言に驚き、浮き輪からひっくり返って落ちそうになった。
「……はい? 何言ってるんですか?」
正気なのか、と尋ねたくなる気持ちを抑えてフィロメナを凝視する。フィロメナは疑いもない華やかな笑顔でこちらに手を振っている。
その純真無垢な姿に、直前までの見通しの甘い自分を張っ倒したい気分になった。ここにスイウがいれば苦言とも暴言ともつかない言葉がいくつも飛び出しフィロメナを蜂の巣にしていただろう。
面倒事になる前にここを離れた方がいいと判断し、メリーは浮き輪から降りてフィロメナの元へ行き、腕を掴んで引く。
「行きますよ」
「待って、この人たちは?」
「あなたは馬鹿ですか? とにかく行くんですよっ」
「ちょっと、馬鹿って何よ!」
力づくでフィロメナを連れ帰ろうとするメリーの前に男性が立ち塞がる。
「そんな言い方は酷いよなぁ。この子はオレらと遊びたいって言ってたんだ。ね、そうでしょ?」
「え、あたしは……」
フィロメナは突然同意を求められたことに戸惑い、言い淀む。最悪の流れだ。ここでハッキリと断ってくれるのが一番いいが、相手に付け入る隙を与えてしまった。
「喜んでーって言ってたじゃん? オレたちはあんた一人でもいいからさ。お友達はほっといて行こ?」
「えっ、ちょ……はっ離して!」
男性の一人がフィロメナの腕を掴み、無理矢理引き寄せる。フィロメナの力では到底手を振り払えはしないだろう。当然メリーの腕力で引き戻すこともできない。
「その手、離してくれません?」
その間にも拘束する男性の手は無遠慮にフィロメナへと伸びる。この世界はフィロメナが信じているような善意だけではできていない。本来ならこの時点でこのクズ共を燃えカスに変えてやっても良かった。
それでもここで魔術は使えない。海だから炎術が使えないなんてそんな情けない理由ではない。移動中にアイゼアとスイウから「火気厳禁」「暴力厳禁」「魔術は許可制」の三原則を何度も何度も口を酸っぱくして言われ、しっかりと約束も交わしてきたからだ。
交わした以上は約束を破れないし、妙な騒ぎになっても困る。足がつかないように殺す準備もさすがにしてきておらず、犯罪者として捕まるわけにもいかない。殺さないにしても、やはり約束は破りたくなかった。だからこそ魔術は本当に最後の最後で使う切り札だ。
だがどうやってこの場を切り抜ければいいのか。何か策が浮かばないかと考えを巡らせる。同時に言葉の上手いアイゼアの顔が脳裏に浮んだ。アイゼアならこの場をどう切り抜けるだろうか、と持てる思考を全て傾けた。
「怯えてる女性を無理矢理連れてこうなんて感心しませんね」
とにかく震えているフィロメナを早く解放しなければと思ったが、離せと言ったところで「はい、わかりました」とは当然いかない。
「怯えてるなんて言いがかりだろ? この子も遊んでいいって返事したしさ、お前何でさっきから邪魔するわけ?」
「なぁ、もしかしてこの子がモテてコイツ嫉妬してんじゃね? 何ならあんたとも遊んでやろうかー?」
ゲラゲラと下卑た嘲笑がざわざわと耳につく。その失礼な言葉に、メリーはようやく打開策を閃いた。
自分にはいくつも策を出すような頭も才能もない。上手くいかなくてももうこれで無理矢理押し通るしかないと腹を括る。悠長にあれこれ考えている暇はない。蔑むようにこちらを見る男性たちを、メリーは殺気を込めて睨みつける。
「えぇ、嫉妬しましたよ」
声色をいつもより落とし、静かな言葉にもありったけの苛立ちと殺意を込めた。
「フィロメナは私の恋人なんですから当然です。だからその手、離してもらいますので」
「は?」
その瞬間、フィロメナを含めその場にいた全員が呆けたような表情でこちらを凝視する。
「め、メリー!? 恋人って、あんた何言っ……」
「あれあれー? もしかして照れてるんですか? 恥じらうフィロメナはなんとも愛らしいですね。その可愛い顔をこんな人たちに見せないで、私に独り占めさせてくださいよ」
意地悪く笑みを作りながら、余計なことを喋りかけているフィロメナの言葉を捲し立てるように早口で牽制していく。
フィロメナが嬉々として貸してきた恋愛小説の台詞を借りながら、からかうようにして羞恥心を煽った。彼女に演技やこちらの意図を汲めというのはまず……絶対に不可能だろう。なぜならフィロメナは、嘘をつけない。
「ななな何突然っ、へっ変なこと、言ってんのよ、メリー! あ、愛らし……ひと、独り占めって……?」
想定通り全く耐性のないフィロメナの顔は赤く染まり、恥ずかしそうに口をぱくぱくとさせながら俯く。
男性たちは突然何が始まったのか理解が追いつかず、呆気にとられているようだった。その隙にフィロメナを抱き寄せ、頬に手を添えて顔をこちらへと向かせる。
「フィロメナ」
視線を強引に合わせて至近距離で見つめ合う。この慣れない距離感に照れたフィロメナは、あわあわとしながらますます緊張しているようだった。
「なんで恋人がいないなんて嘘ついたんですか? 私が恋人だって言うのは恥ずかしかったですか?」
「あ、ぇ……違っ……」
メリーは更に顔を寄せてささやく。
「私は嫉妬させられて、何だか心を弄ばれたような気分です。意地悪な人ですねぇ、フィロメナは」
「えっ……いや、もて……?」
情報が処理しきれてないのか、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして混乱している。これでしばらくまともに喋れないだろう。メリーは不遜な態度で、男性たちを面倒くさそうに睨みつける。
「というわけなんですよねー。私たち恋愛対象がそもそも男の人じゃないんで。でもせっかくですから、奢ってくれるならご飯くらい行ってあげてもいいですけど?」
男性たちへ向ける言葉は、フィロメナへ向けるものより数段冷たく声色を落とした。
「ねー、フィロメナ?」
そしてすかさず声色を明るくし、猫なで声で追撃するようにフィロメナへささやく。顔を覗き込むと、フィロメナは何度も壊れたおもちゃのように頷いた。
「いや、遠慮する……」
興が冷めたのか、食事に行っても惚気を見せつけられるだけと思ったのか、はたまたナンパ撃退にとんでもない演技をする頭のイカれた二人組だと判断したのかはわからないが、男性たちがげんなりとした様子で去っていく。
追い払えたのなら、理由などどうでもいい。武力行使も覚悟していただけに、思っていたよりは上手くいったことに安堵する。きちんと約束を守ることもできた。
一方で人として何か大切なものを捨ててしまったような感じがしたが、まぁ……元より人としてだいぶいろいろと欠けている自覚はある。今更一つ二つ大切なものを落としたところでさして変わらないだろう。細かいことは気にしないことにした。
無事にやり過ごせたという事実が一番大切だ。こうして『アイゼアならどうする作戦』は無事成功に終わった……たぶん。




