第9話 クラス対抗イス取りゲーム① ルール
「「「うおおおおおおー!!!!!!!」」」
生徒会長――桜崎茉莉伊の宣言と共に、講堂に上級生たちの咆哮が轟く。
「今年こそは楽をするんだああああ!!!」
3年生と思われる男子生徒が、拳を振り上げて叫ぶ。その表情は真剣そのものだ。
「教室分けレクリエーション……」
その言葉の意味、これから何が始まるのかを、サクは瞬時に独自の解釈で理解しようとする。
城才学園の敷地面積は尋常ではない。
地方の大学でさえ比類出来ない広大さを誇る。
その広さゆえに全寮制を実現し、コンビニなど必要最低限のインフラまで完備されているのが、この学校の売りだった。
だが、そんな城才学園だからこその、特有の問題がある。
そう――下駄箱から教室までの距離の違いである。
(なるほど、そういうことね)
サクは理解した。
今日、サクたち1年生は、講堂から歩いて5分程度の距離にある教室棟の1階を使用していた。
教室に入る際には、下駄箱で靴を履き替え、無駄に広いホールを通り、贅沢すぎるほどに長い教室間をつなぐ廊下を延々と歩かなければならない。
最も手前にある1組の教室へ行くのと、廊下の突き当たりに位置する10組とでは、実に2~3分の時間差が存在しているほどだった。
(毎日2~3分の差、か……)
一日だけで見れば全然我慢できる。たかが数分の違いだ。
しかし、それが一年間続くとなると話は別だ。
朝の登校に、帰りの時間。
昼休みや移動教室などでも時間的差が出てくるため、その弊害は想像以上に重く伸し掛かる。
仮に、朝と帰り、それに昼休みの計6分のロスが一日に発生するとしたら、それが200日続けば1200分――つまり20時間もの差が1組と10組では生まれることになるのだ。
長い目で見たとき、その不満が大きくなっていくことは容易に考えられる。
現に上級生たちの反応がその不満の大きさや、深刻さを物語っていた。
これは、本気で勝ちを掴みに行っておくべき場面だとサクは確信する。
この空気についていけてない、置いてけぼりの新入生たちは騒がしい上級生たちの声を無視して生徒会長の言葉に集中する。
「静かにしろ」
「……………」
先程と同じようにマリーが一言発するだけで、講堂は水を打ったように静まり返った。
「……よし、全員私の声が聞こえるな」
マリーは満足そうに頷くと、意気揚々とその詳細を話始める。
「では、発表しよう。今年の教室分けレクリエーションは、”学年別・クラス対抗イス取りゲーム”に決まった」
「……イス取りゲーム?」
サク同様、新入生たちからも困惑の声が漏れる。
小学生でもやるような単純なゲームの名前に、拍子抜けした様子だ。
「内容の詳細は、スクリーンにまとめてあるものを見てもらいながら話そう」
マリーがそう言うと、壇上の上から巨大なスクリーンが降りてくる。
しばらくして、スクリーンにゲームの詳細が映し出された。
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『学年別・クラス対抗イス取りゲーム』
概要:各学年で、クラス対抗のイス取りゲームを行う。通常のイス取りゲームとは全くの別物なため、ルールをよく把握しておくことを推奨する。
基本ルール:
①講堂の扉が開錠され次第、1年生→2年生→3年生の順にインターバルを置いて外へ出てもらい、それぞれ自学年に割り当てられた教室棟へと向かい、各々が好きな教室の好きな席を自由に選択し着席する。なお、一度選択し着席した生徒の席から離れることは禁止する。もし離れた場合、該当者の所属するクラスは無条件で順位を最下位とする。
②各学年に10席だけ1ポイントの付与がされた指定席がある。各学年それぞれで全生徒が着席したのを確認した後に、指定席に座った者のクラス・名前を発表し、最終的な獲得ポイント数順に教室指定優先権が与えられる。同ポイントの場合はくじ引きにより決定する、もしくは他クラスとの交渉により順番を確定すること。また、ポイントの他クラスへの譲渡も認める。
※朝の出席確認が取れている生徒数に合わせて席数は調整される。
※体調不良者は各教室に配置される監督役の教師に申し出た場合のみ認められる。その場合、席の間引きも行わなず、余剰席としてどのクラスにも属さない空白の席として扱うこととする。
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「これが今年の教室分けレクリエーションの概要だ。それぞれ携帯端末での写真撮影、メモを取るなど自由に内容を把握してくれ」
一旦内容を流し見した後、全校生徒たちが慌ててスマートフォンを取り出しスクリーンを撮影し始めたことで、数多のシャッター音が講堂内に響き渡った。
「基本的にはここに書いてある通りの、シンプルな内容のゲームを用意させてもらった」
マリーは不敵な笑みを浮かべている。
「――ずばり、今年のテーマは”運”ということだ」
(運……?)
サクは思わず眉を顰める。
これだけ大掛かりな全校イベントで、純粋な運任せとは考えにくいからだ。
するとここで、マリー会長の言葉を聞いた一部の上級生たちが野次を飛ばし始めた。
「生徒会長さん、あんまりだなあそのゲームの内容は!」
「実力で勝ち取れるもんもこれじゃ取り切れねえってもんだ!ゲームの変更を要求するぜ!」
「そうだそうだー!実力を示す場をよこせー!」
「これじゃただのレクリエーションだろうが!」
それらの野次を聞いたマリーは、後ろの新入生にも見えるような大袈裟な仕草で「はぁ」と呆れたような、落胆の意を示した溜息をついた。
「このゲームでなかったなら、実力で指定権を貴様らが勝ち取れるとでも?」
マリーの声が一段と冷たくなる。
「……自惚れるなよ。このゲームの本質を見ることもできない、大きく吠えることでしか自らに存在価値を見出せない小物どもが」
彼女の瞳が、野次を飛ばした生徒たちを射抜く。
とてもここが新入生の門出を祝う会場だったとは思えない、辛辣な言葉が講堂に聞こえていた。
「楽しい楽しい私の発表の時間に、無益で無駄な時間を取らせないでくれ。興が削がれる」
その容赦のない物言いに、この場の大多数である会長支持派が一斉に声を上げる。
「会長の言うとおりだー!」
「口をはさむなー!邪魔だろーが!!」
「黙ってろよ反会長の糞どもがー!」
「ろくに頭も回らないくせに声だけでかいの迷惑なんだよー!!」
ワーワーギャーギャーと、マリー会長を慕うほぼ全員の上級生たちが、野次を飛ばした一部の生徒たちを糾弾しはじめる。
まるで宗教的な熱狂だ。
彼女への支持は、もはや信仰に近いものがある。
(やっぱり、すごい求心力だ……)
マリーの求心力は圧倒的だと改めてサクは感心してしまう。
あれではまるで、中学時代の蓮のようだ。
だが同時に、反マリー派とでも言うのだろうか。
反抗勢力がいることも露呈した。
野次を飛ばしてきた生徒たちは間違いなくこの輪の中には組み込まれていないだろうから、マリー会長とて完全に全生徒を掌握できているわけではないことも理解できた場面だった。
「何度も言わせるな……静かにしろ」
そして三度、彼女が騒ぎを収める。
「…………しかしそうだな」
マリーは少し考えるような素振りを見せ、それからこんな発言をした。
「小物どもの戯言は聞くに堪えるが、些か面白みに欠けるゲームであるとは私も感じていたんだ」
(?)
サクは彼女が何をしようとしているのか分からない。
しかし考える暇もなく、次の言葉が聞こえてきた。
「――――そこで、だ」
マリーが「パチンッ」とマイクが音を拾えるよう指を鳴らす。
「今この場で、基本ルールの他に、特別ルールを追加するとしよう。……おい、私のパソコンをいますぐここに持ってこい」
そう命じると、舞台袖から生徒会の役員と思われる生徒がノートパソコンを持って駆け寄ってくる。
そして、面白みがないという理由から今この場で追加ルールを思いついたマリーは、自身のパソコンで即座にスライドを用意し始めた。
キーボードを叩く音が、マイクを通して講堂に響く。
その手つきは慣れたもので、わずか1分ほどで作業を終わらせてしまった。
「よし、ではこの特別ルールを見てもらうとしよう」
再び生徒の視線はスクリーンへと移る。
スクリーンの画面がマリー即席特別ルールを映し出した。
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特別ルール:
各学年それぞれに、特別指定席を設け、特別指定席に座った生徒は10ポイントを得ることができる。
また、1ポイントの指定席、10ポイントの特別指定席は事前に決められており、後から不正に変更はできないよう生徒会長及び副会長だけが厳重にデータを保管しているため、最終的なポイント獲得発表は校内放送にて副会長が発表を行うこととする。
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講堂内の空気が、先ほどまでとは一変した。
それは、一気にゲームの性質ががらりと変わったからだ。
(10ポイント!?)
サクも心の中でだが、つい叫んでしまう。
通常の指定席が1ポイントなのに対し、特別指定席は10ポイント。
つまり、特別指定席一つで通常の指定席10個分の価値があるのだ。
これは、ただのくじ引きだったものが唐突に宝探しに変わったかのような――
そんな、完全にゲームを変えてしまうほどのものだった。
マリー「たくさんの応援を期待しているぞ?」