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第8話 天才学園入学式


 私立城才学園高校。


 ——ここは、日本屈指の高偏差値を誇る名門進学校だ。


 ただし、単なる進学校とは一線を画す特徴がある。

 それは、天才・奇人・変人の類が全国から集結するという、まさに異能の巣窟であること。

 卒業生は優秀だが変わり者ばかりという評判も、全国区の知名度を誇っていた。


 そんな城才学園の講堂では今、新入生たちの門出を祝う入学式が粛々と執り行われている。


 全校生徒約千人を収容できる講堂は、本校舎と同じく白を基調とした優雅な洋館風の外観を持つ。

 まるでヨーロッパの古城を模したかのような、圧倒的な存在感を放っている建造物だ。


 内装もまた、中世貴族の館に迷い込んだかのような錯覚を覚える華美な装飾が施されていた。

 天井には巨大なシャンデリアが三つ並び、クリスタルが講堂内の照明を反射してキラキラと輝いている。

 壁面には歴代の著名な卒業生たちの写真が飾られ、その中には誰もが知る政治家や実業家、芸術家の顔も見受けられた。


 映画館を凌駕する上質なソファのような座席に、新入生たちは緊張の面持ちで腰を下ろしている。


 座席は深紅のベルベット生地で覆われ、肘掛けには金の装飾。

 見た目通り座り心地は抜群で、長時間の式典でも疲れを感じさせない設計になっていた。


「新入生、起立――礼。着席」


 司会役の教師が凛とした声で号令をかけたのだが、新入生たちの動きはまだぎこちなく、統一感に欠けていた。


 そんな至って平凡な、ごくごく一般的な形式通りの入学式に出席している島田朔は、内心で小さく舌打ちをした。


(生徒も教師も経営陣も、全員が変人揃いの愉快な学校だって聞いてたから期待してたんだけどな……)


 島田朔——サクは、可愛いらしい見た目とは裏腹に、冷静な観察眼を持つ少年だった。


 中学時代、あの”天才くん”こと野内蓮と共に過ごした3年間。

 その毎日はサクにとっては衝撃の連続で、自身の様々な能力を研鑽するのにもってこいの環境だったと言える。

 それに何よりも……とにかく楽しかったのだ。

 だからサクは蓮に付いてこの学校を選んだし、そんな蓮が選んだこの学校自体にも興味を抱いている。


 そのためこの城才学園には大きな期待を寄せていたのだ。


 天才と称されてきた変な生徒たちが勝手に数多く集まってくる注目度の高さゆえか、城才学園は至極真面目で厳格なカリキュラム、とても入りたいとは思えないような、全く面白みのない前時代的な学年暦などを公開している。

 一見すると厳しい校則とスケジュールに縛られた、異端児を矯正するための学校に見えるよう巧妙に演出されていた。


 しかし実態は全く異なるのだと、学園OBや関係者たちは口を揃える。


 ある年では、一年の授業時間がほぼ全て自習に変更されたとか。

 また別の年には、部活動の成績低迷を理由に「成績向上まで部活動以外の活動禁止」という、授業すら無くなる前代未聞の校則が成立したという。

 他にも、窓ガラスの老朽化を理由に、校舎の窓ガラスを全部破壊する大会のようなものが緊急開催されたなんて逸話まであった。


 それに、まだ入学式しか体験していないのにサクが落胆しているのも決して早とちりというわけではない。

 噂では初日から異常事態が頻発するという話も多かったのだ。

 入学式の最中に突然花火が打ち上がったとか、校長が宇宙人の着ぐるみで登場したとか、新入生全員でサバイバルゲームをやらされたとか——


 そんな都市伝説めいた話が、受験生の間では実しやかに囁かれていた。


 だけど、所詮は誇張と都市伝説の類だったのだろう。


 私立とはいえ学校は学校だ。

 社会的信用が第一だし、時代の流れには逆らえない。

 昔と違って今は些細な騒動も許されない風潮だ。

 何か問題が起これば、SNSであっという間に炎上してしまう時代。

 学校側も慎重にならざるを得ないのだろう。


 旧来の風習が刷新されていても何らおかしくない。


 しかしそれを抜きにしても、建物や設備に途方もない金額が注ぎ込まれているのは一目瞭然で、それだけで十分異質とも言えた。

 この講堂一つとっても、普通の学校の体育館なんて比較にならないほど豪華だ。

 おそらく建設費だけで数十億はかかっていることだろう。


 そんな期待と現実のギャップに苦笑しながら、サクは絢爛豪華な周囲の様子を見回す。


 2年生、3年生の席には、確かに一風変わった雰囲気の生徒たちが座っている。

 髪を虹色に染めた生徒、明らかに学生服ではない民族衣装のような服を着た生徒、なぜか白衣を羽織っている生徒など。

 確かに変わり者は多そうだ。


 でも、それだけだ。


 今のところ、期待していたような”異常事態”は起きていない。


(もしかして、僕たちの代から真面目な学校に方針転換したとか?)


 そんな失望混じりの考えが頭を過る。


 式典では、校長の挨拶が続いている。

 白髪の老紳士である校長は、淡々と新入生への祝辞を述べていた。

 内容は極めて普通で、「勉学に励み」「友情を育み」「社会に貢献する人材に」といった、どこの学校でも聞くような定型文だ。

 サクは退屈そうに頬杖をつきながら、ふと新入生席の一角に目を向ける。


(……ん?)


 何か違和感を覚えたと思えば、新入生席の一部に妙に空席が目立つ場所がある。

 よく見ると、それはちょうどクラス一つ分ほどの空席だった。

 40人分ほどの席がぽっかりと空いている。


(10組……?)


 ――そこは、サクの中学時代からの友人が所属するクラスの場所だった。


 クラスプレートを確認する。

 間違いない、1年10組の席だ。


「まったく、入学早々何をしてんだか……」


 サクは小さく呟いた。


「……いや、それとも何か考えてるのかな?」


 中学時代、ずっと自分の近くにいた友人、野内蓮の姿が見えない。

 それどころか、蓮だけでなく10組のクラスメイト全員が入学式を欠席している。


「全員って……一体何したらそうなるんだよ」


 普通に考えれば何かのトラブルか、あるいは集団食中毒のような事故だろうと考える。


 でも、蓮が関わっているとなると話は別だ。

 この事実が、期待外れだった学園への失望など一瞬で吹き飛ばした。


 ――今から何かが起こるかもしれない。


 蓮の傍に3年間もいた経験から、その予感がする。

 いや、予感というより確信に近い。

 少なくとも10組の集団欠席は偶然などではなく、十中八九、蓮の仕業に違いないと思えるからだ。


 サクの口元に、微かな笑みが浮かぶ。


 尤もその手段や方法、目的までさっぱり分からないが、彼にはそう確信せしめるだけの実績があった。


 中学1年の時、蓮は()()()()文音の抱えた問題を解決した。普段はのほほんとしていただけにあまりに意外で、その思い切りの良さに驚いたのをよく覚えている。


 中学2年の時、蓮は()()生徒会選挙で圧勝した。本人は立候補すらしていなかったのに、なぜか全校生徒の過半数が彼の名前を書いたのだ。


 その力が垣間見える出来事として、中学3年のときに起こった生徒対学校の紛争は最も記憶に新しい。

 あの時、蓮は表向きは何もしていないように見えて、実際は全ての糸を引いていた。

 蓮は何もしていないと言っているが、()()学校の改革案を提出していて、それが()()()()教育委員会の目に留まり、学校のカリキュラムが大幅に変更されることなんてありえない。


 もちろん、それら全ては蓮による()()だ。

 本人は頑なに謙遜しているし、確かに怠惰な一面もあるのだが、

 学校そのものを変革してしまったその実力は、本物なのだとサクも認めざるを得なかった。


 その行動が生来の怠惰な理由によるものなのか、高尚な目的のための行動なのかは今は分からないが、

 何にせよ、何かがあるということには変わりがない。


「でもどっちにしろ入学式をサボるなんて……さすがにまずいんじゃ……」


 サクは友人として純粋に心配してそう呟く。

 いくら何か考えがあるとはいえ、入学初日から他人を巻き込んでの問題行動はリスクが高すぎる。

 よっぽど大丈夫だろうが、停学・退学処分なんてことになったら本当に笑えない。


 サクがそんな思考に耽っているとき、単調だった入学式が終わりを告げようとしていた。

 校長の長い挨拶が終わり、来賓の祝辞も終わり、在校生代表の歓迎の言葉も終わった。

 時計を見ると、開式から既に一時間が経過している。


「ええ、それではこれにて城才学園高校入学式は終了となります」


 司会進行役の教師がマイクに向かって告げる。


「新入生の皆さん、各々で良き3年間にしてください」


(え?これで終わり?)


 ……サクは拍子抜けした。


 本当に、何の変哲もない普通の入学式だったのかと改めて裏切られた気分になりかけた――その時。


「――では生徒会長、あとはよろしくお願いしますね」


 司会の教師が付け加えた一言で、流れが明確に変化する。


(……生徒会長?)


 そうして教師が簡潔に式を締めくくると、舞台袖から一人の女子生徒が現れた。

 その瞬間、講堂内の空気が一変する。

 上級生たちから、歓声とも悲鳴ともつかない声が上がり始めたのだ。


「マリー様だ!」

「今年もやってきた!」

「待ってました!」


 生徒会長と思しき彼女は、確かな足取りで壇上中央のマイクへと歩を進める。


 遠目からでも心を奪われるような風貌と立ち振る舞い。

 青みがかった艶やかな黒髪を優雅になびかせる、スレンダーで美しい女性だ。

 身長は170センチほどだろうか。

 モデルのような体型に、城才学園の制服が完璧に似合っている。

 顔立ちは日本人離れしていてどこか西洋の血が混じっているような雰囲気を感じるが、きっと日本人なんだろうと何となく分かるものだった。

 切れ長の瞳は深い青色で、まるで宝石のように輝いている。

 明らかに他の人とは一線を画す、異質なオーラを纏っていた。


 どうやら、予想通りに本当にまだ何かあったらしい。


 この少し変わった展開にソワソワしている新入生とは違い、上級生たちは落ち着いているかと思いきや、新入生とは比較にならないほどに熱狂的な盛り上がりを見せていた。


「キャー!マリー様!」

「今年もよろしくお願いします!」

「愛してるぞー!マリー!」


 まるでアイドルのコンサート会場のような熱気だ。


(何だこれ……生徒会長ってこんなに人気あるものだっけ……)


 サクは困惑しながらも、興味深そうに生徒会長を見つめる。

 彼女はマイクの前に立つと、講堂全体を見渡した。

 その視線が一瞬、空席の10組の方向で止まったような気がしたが、すぐに新入生全体へと向けられる。


「――新入生のひよっこども」


 第一声から、挑発的だった。

 その言葉遣いに、新入生たちがざわめく。


「ひとまずは入学おめでとうと言っておこう」


 生徒会長は不敵な笑みを浮かべながら続ける。


「私はこの学園の生徒会長を務めている、桜崎茉莉伊(さくらざきまりい)というものだ」


 櫻崎茉莉伊――マリー生徒会長。

 その名前を聞いて、サクは「ああ」と納得した。

 桜崎財閥の令嬢にして、数々の分野で天才的な才能を発揮する超人。

 その噂は、日本中に轟いている。


「この先もこうして顔を合わせること多いだろうから、ぜひとも覚えておいてくれ」


 傲慢というより、実力に裏打ちされた自信。

 異性を惹きつける容姿も相まって、相当な自負を持っているのが見て取れる。


「……さて、私の自己紹介などこんなもので十分だろう」


 マリーは髪をかき上げる。

 その仕草一つ一つが、計算されたように美しい。


「新入生には説明不足で申し訳ないが、上級生は"アレ"が待ち遠しくて仕方ないだろうからな」


(アレ……?)


 サクは首を傾げる。

 周りの新入生たちも同様に困惑している様子だ。

 しかし、上級生たちは依然として盛り上がり続けている。


「きたー!」

「今年は何だ!?」

「頼む、簡単なやつにしてくれ!」


 期待と不安が入り混じった声が飛び交う。


「ふん。では、さっさと発表に移らせてもらおうか」


 マリーは固定されたマイクを手に取ると、そのまま静かに声を張り上げる。


「……準備は良いか?在校生諸君」


 生徒会長の意味深な発言を皮切りに、新入生を完全に置き去りにした上級生たちが、ライブ会場さながらの熱狂を見せる。


「うおおおおお!早く発表してくれマリー!!

「いつでもかかってこーい!!」

「今年こそは俺たちの力、有象無象共に見せてやるぞおおお!!」

「男子に後れを取るわけにはいかないわ。女子クラスの意地を見せるのよ!」

「マリー先輩!好きだああああああ!結婚してくれーーーー!!!」


「「「マリー!、マリー!、マリー!、マリー!、マリー!、マリー!、マリー!、マリー!」」」


 マリーコールが始まった。

 講堂全体が、マリーの名前で埋め尽くされる。


 その盛り上がりは今から発表されるであろう何かに対してのものが半分、もう半分は生徒会長・桜崎茉莉伊に対しての熱烈な支持によるものだった。


 すさまじい求心力を持っているのが、この一瞬だけでも十分に察せられる。


(これが……城才学園の本当の姿なのか?……)


 一言で言うなら、自由だ。自由すぎる。

 サクは期待していた”天才学園”の片鱗が、ようやく見えてきた気がしてひっそりと興奮していた。


 一方で、そんな会場の反応を見たマリーは満足気な表情を浮かべている。

 そして次の瞬間、彼女が右手を高く掲げると一瞬で講堂が静寂に包まれた。

 その圧倒的な統率力に、サクは舌を巻く。


(すごい……一瞬で全員を黙らせた)


「……よし」


 マリーは満足そうに頷いている。


「では、これより――」


 ――――彼女の次の言葉を、全員が固唾を呑んで待っていた。




「今年の教室分けレクリエーションの内容を発表する!!!」

サク「応援よろしくお願いします(ペコリ)」

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