第71話 気付いたときには
「――じゃ、とりあえずは学校側が困っているような問題を交代で探してみるってことで決まりで。今日はもう遅いし帰ろうか」
「あいあいさー」
「了解」
「はーい」
「…………」
それからというものの。
わけも分からぬうちに相談部の話し合いはあれよあれよと進んでいき……俺だけを除け者にしたかのような空気感のまま話し合いは終了してしまった。
俺は本当の本当に、ほんのこれっぽっちもまったく知らなかったことなのだが、サクたちのいう廃部云々というのはどうやら本当のことらしい。簡単に言えば、非公式部活動とはいえ部を存続させるためには何かしらの活動実績を提示しなくてはならないようだ。
「蓮もいいね?」
ここで、ほとんど……というか全く発言していなかった俺にもサクが一応確認をとってくる。
呆けている場合ではない。
状況はそれなりに理解できたわけだし、俺は俺なりに俺自身の意見(面倒くさいし夏休み中部活なんてやりたくない。でもこの部室は居心地がいいから手放したくないし、廃部になるのも困るからお願いだからサクたちだけで何とかしてほしい)を申さなくては……。
このままだと俺の夏休みは部活と帰省で終わってしまう気がするしね!
「えーっとー……」
「はいおっけーね。じゃ、そういうことで。解散解散ー」
「解散解散ー! また明日ー!」
「ほな、何か見つけたらグループで報告だけはお互いしっかりしよなー」
「はーい」
テクテクバタバタ、バッタンガラガラ。
心無しか俺を無視するように、水が流れるように滑らかに全員が掃けていき……。
「…………あの、俺の意見は?」
夏色に染まった夕焼けの相談部室にて。
俺の心だけがただただ冬色に変わり果てていた。
◇
帰り道。
時間帯的にはうっすらと夜に差し掛かった、決して多くはないが疎らとも言えないぐらいの人通りの時間。
俺は肩を落としながら、一人寂しく寮へと足を進めていた。
「はぁ……もうなんなんだよマジでさぁ……」
誰に話かけているわけでもないが、俺の口からは考えている愚痴がこぼれ落ちていく。
「そりゃ俺だってせっかく掃除とか頑張ってやって作った部活をいきなり廃部はちょっと……いや大分嫌だけど? でもさぁ……だからって夏休み全部潰されるのはなぁ……」
今日の話し合いの要約、総括をしてみよう。
まず、サクたちが言っていた通り、現在俺たち相談部は廃部の危機に陥っている。
というのも、ご存知のとおり相談部は現在学校に認可されていない、つまり部活として認められていない非公式の部活動だ。
部費はもちろんゼロだし、部室も自分たちで使用されていない旧部室棟の空き部屋を勝手に整備することで賄っている状態。
学校側からすれば、別に部費を出しているわけでもないので面倒事さえ起こさなければ勝手にどうぞといったスタンスだった。
なのに、何故に廃部だのなんだのという話になっているのか。
ズバリそれは、意義のない部活動が存在し続けていること自体が学校にとってはマイナスになるという、何とも世知辛い理由だった。
どうやらこの天才学園でも認められない存在もあるらしい。
ちなみに――。
相談部はこれまで例の心霊写真騒動なんかで話題にこそなりはしたものの、一度たりとも相談をこなしたことがない。
そう……一度たりとも、だ。
俺が、学校が、何を言いたいか分かるだろうか?
「意義のない部活動だよなぁ……」
うん、そういうこと。
だって相談部って藍云々はあったにせよ、元々ダラダラするためだけに俺が作ったみたいなところあるしね。
正直部室に来る意味もない部活動だしね?
当然、そこに意義なんてあるわけがなかった。
「なんか……もうこのまま廃部でもいい気がしてきたな……」
我ながらその通りだと思う。
「でもなぁ……こんなこと言ってもサクたち納得してくれないもんなぁ……」
我ながらその通りだと思う。
サクたちの気合いの入り方と言ったらそりゃあもうすごいったらなかった。ここで俺が「もう諦めてゆっくり過ごそう」なんて世迷言を吐いたときにはどんな形相で怒られるか分かったもんじゃない。絶対に……絶対に説得など無理だとハッキリ言いきれる。
「うー……今回ばっかりは俺が諦めるしかない、よなぁ……」
ダラダラの夏休みを放棄する。
渋々ながらこの選択肢を選ぶしかないと観念した。
というか、選択肢がもうそれしかないんだから強制イベントなんだけども。
「よし……覚悟決めろ、俺! やればできる、俺はやればできるんだ! 頑張れば少しぐらいダラダラの夏休みが残ってるかもだぞ!」
サクたちの作戦は単純明快。
"待ち"から"攻め"に。
相談人が来ないのなら、こちらから探しに行けばいいというものだった。
「そうと決まれば……いざ! 相談探しの旅へ――」
俺はひとり、ネガティブな思考を無理やりにポジティブに切り替え、意気揚々と作業にかかる事にした! ……のだが。
「――行くのは明日からでいいか」
そう簡単に人の性根は治らないもので……。
「とりあえず今日はもう遅いし、コンビニで飯でも買って家でダラダラしよーっと……」
こうやって、いつも通りの俺のまま、相談探しの旅? は幕をあげたのだった。
◇
「ちょっと、君」
「……はい?」
コンビニで弁当と水、お菓子にコーラ、それに暇つぶしの週刊漫画雑誌を購入して外に出る際、突然店員に肩を掴まれ声をかけられた。
30歳ぐらいの女性の店員だ。とても真面目そうな顔をしている。
そんな人に後ろから急に肩を掴まれたため俺も驚いてしまった。
「…………」
「……あの、なんですか?」
目が合うことほんの一瞬。
そんな、ほんの少しの沈黙だったが、周りには買い物に来ている学生が結構いたので何だか気恥しく、俺から続きを促した。
一体何の用だというのか。用件が全く分からない。
もしかしてお釣り間違えたとか?
いや、ピッタリ1500円の会計で2000円払ったからお釣りは500円玉だったし間違いなく合ってたと思うんだけど……。
すると、続きを促された店員の目がスルリと俺の右肩に吊るされた学生鞄に落ちていく。
そして突然、肩に置かれていた手がそちらに向かっていき……。
ガバッとチャックの開いた鞄の中を勢いよくひけらかされた。
「これ、盗ったよね?」
「…………はい?」
……突然に次ぐ突然の出来事に、俺の頭はパンク寸前だ。
開かれた俺の鞄の中にあったのは、身に覚えのない商品が三つ。
訳が分からないままなのに、サーッと顔から一気に血の気が引いていくのが自分で分かった。
「だから。これ、盗ったよね?」
「え?……い、いや、そんなはずは……あ、あれ?」
いやいやいやいや…………え??
どどど、どーゆーこと!?!?
理解の出来ないとんでもない事態に、得意のポーカーフェイスも忘れててんてこ舞いだ。
「君、初めてじゃないでしょ。とりあえず、話聞いて警察呼ぶから。裏来てくれる?」
「い、いやいや! これは違くて! なんかの間違いで!」
やばいやばいやばいやばい。やばい、やばすぎる!!
何がどうヤバいかなんて言うまでもなく、とにもかくにも全てが半端なくヤバくてマズかった。
このままだともしかして俺、高一にして前科者になるの!?
ていうかこれ、やってないから冤罪ってやつじゃ!?
いやいやいやいや、でもこの状況で万引きで冤罪って何!?
てか俺ってば、マジでやってないんだよな!? なぁ!?
あらゆる不安と疑念が押し寄せる中、必死に弁明をしようと生き残るための活路を探す。
きっと時間にしたら一秒にも満たない間だが、俺の中ではその何十倍も時間が長くなっていた。
「あ! そ、そーだ! 防犯カメラ! 防犯カメラ見てみてくださいよ、防犯カメラ!」
よしよしよし、落ちつけー俺。大丈夫だ大丈夫。やってないんだから大丈夫。大丈夫大丈夫……。
周りの好奇の視線がより俺を慌てさせるが、今はとにかく自分自身を落ちつかせるよう意識的に深呼吸する。
「君がいつも盗んでるだろうあのあたりね、防犯カメラの死角になってるんだよ。だからこれまでも捕まえられずに、こうして現行犯で捕まえるしかなかったわけ。君も分かってて言ってるんでしょ? さ、早く来なさい」
「いやいやいやいや! え!? 死角って何ですか!? し、知らないですって!! いや、マジで!!」
「いいから!! 来なさいっ!!」
「いいいぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁだあぁぁぁあ!!」
「来なさいっ!!」
「おぉぉれぇえはぁぁやぁっっでないんですぅぅう!!」
こういうとき、出来の悪い自分の脳みそに嫌気が差す。
もう何も、この意味の分からない状況を脱する手段など思い浮かばず、周りの視線など無視してとにかく連れていかれまいと必死に抵抗することしか出来ない。
「いい加減にしなさい!! 盗ったのは自分でしょう!!」
「だからっっ!! 盗ってないってば!! ねぇ誰か! 誰か見てませんでしたか!? 俺万引きなんてしてませんでしたよねぇ!? ねぇ!!」
最後の望みといわんばかりに、俺は必死に野次馬共に視線と救難信号を飛ばす。
しかし……誰も俺と目を合わせようとはしない。
皆ザワザワとしているだけで、他人事だからと野次馬根性をこれでもかと見せつけてきているだけだ。
くそう!!
あーもう終わりだコンチクショウ!!
まさかこんなわけもわからん冤罪で退学することになるなんて……夢にも思わなかった……。
こんなことなら……相談探しの旅にとっとと行っときゃ良かった……。
「……ぅう……おれは……やってないのに……」
「まだそんなことを……そろそろ観念しなさい。しっかり反省すれば、きっとまたやり直せるわ。ほら、行くわよ」
膝をついて絶望していた俺を女の店員が立ち上がらせる。
そして俺はレジ裏にある従業員室へと連行されてしまった。
その僅かな距離の道中、絶望だけを胸に携えた俺が如何にサクや文音たちを呼ぶかだけを考えていたことは言うまでもない。
もうこうなったら俺の手には負えないからね、うん。
誰かに助けてもらうしか方法がないんだよ。
どうやら、相談部の初のお仕事は冤罪をかけられた部長の救済になりそうだ。相談探しなんてしてる場合じゃないって。
「さて……警察を呼ぶ前に……まずは話を聞かせてもらおうか」
部屋に入るや否や、女性の店員が更に話を追求してくる。
椅子に座らされた俺の目線からすると、店員の膨らんだ胸のあたりがちょうど目の前にあったので少し気後れし、横に視線を僅かにズラす。
まったく、こんな事態の最中だというのに俺という男は……。
と、このようにとても残念な自分に嫌気が差しているところだったが、その逸らした視線の先、左胸のあたりに名札がつけてあるのが目に入った。
「店長の天長さん……ですか――ぷっ」
「……は?」
そのダジャレみたいな名前に思わず吹いてしまったせいで、店長の天長さんがキレかかってしまう。
真面目そうなので全然タイプではないが、歳上のお姉さんといった雰囲気で凄く美人の部類な天長さんは、キレると大分顔が怖かった。
「君、自分の立場分かってるの?」
「は、はい……すみません」
……仰る通りです。
「はぁ……で? 話の続きだけど、結構前から相当繰り返してるよね? 万引き。君、よくコンビニ来てるし怪しんでたんだ」
「やってません」
「現行犯なんだから無理あるでしょ、それは。……にしても、今日は随分軽いもの盗んだねー。全部グミ」
「だからやってません」
「いつもは中々高価なもの盗ってくのにねー。どういう方法でかは知らないけどギフトカードなんか使えるようにして盗ってくし。どうやって?」
「……やってません」
どうやら……。
この立派な広さ、豪華な商品ラインナップを誇るコンビニでは最近常習的に万引き犯が出没しているらしく、たまたま? 俺がその万引き犯だと疑われてしまっているらしかった。
否定しても否定しても、謎に鞄の中に入っていた3つのグミが決定的すぎる証拠となってしまっていてまったく言葉を聞いて貰えないという、最悪オブ最悪な状況なのが嘆かわしい限りである。
「はぁ。野内くん? だっけ? いい加減認めな? その方が君にとっても――」
店長の天長さんが罪を認めない俺に溜息をつき、やってもいない万引きに対する説教を始めようとしていたその時。
――トントントン。
と、弱々しくもハッキリと聞こえる音で従業員室のドアがノックされた。
「……? はい、どちらさまでしょうか?」
訝しむような顔をした店長さんが音のしたドアの方へ声を飛ばす。
誰なんだろうか。
俺はまだサクたちを呼べていないし、店長さんもまだ警察を呼んでいないはずだ。
二人ともが二人とも訝しい顔をしたままドアの方へと顔を向ける。
ほどなくして、キィっと金属の蝶番が小さい音を立ててドアがゆっくりと開かれた。
「あのぅ……すみませんー……少しいいですかぁ?」
「え? あー、はい。ちょっと今立て込んでるんですけど……何の御用ですか?」
顔を覗かせたのは、少し不健康そうな顔色をした男子生徒。
受け答えからして店長も約束があっただとか、アルバイトをしている店員の学生だとかではない様子だし、俺とも面識がないはずの生徒なので、ほんとに何をしに来たのかはまったく不明だった。
「そのぅ……僕、その、もしかしたら……というか、その、見ていたので……その説明に、と思いまして……」
その言葉を受け、店長は何を考えたのかこちらを一度見てから慎重そうに言葉を返す。
見られても俺も何のことだか分かりませんよ、店長。
「えーっと……見ていたって、何を?」
「えーっとぉ……外で……彼の鞄にグミが入れられたところを……です」
「なっ――!?」
冤罪な万引きだけに、引かれていなかった万を持して発せられたその発言に対し、絶句する店長。
そして――。
「…………ふっ」
先程までの狼狽える姿はどこへやら。
不敵に、ニヒルな笑みを浮かべる――俺。
…………ふぅぅわぁぁぁああああ!!!!!たぁぁあああすかっっっとぅわあああああ!!!!!ありがとぉぉぉぉおおおおおオエオエェえ(咽)
内心、安堵と感謝で叫びまくっていたことは、俺だけの秘密にしておこうと思う。




