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第70話 なつやすみ


 ミーンミンミンミンミン。シーンシンシンシンシン。


 8月。


「夏だ」


 いわずもがな、季節は夏である。


「うん、夏だね」


 相談部部室にてそんな当たり前すぎる言葉を発した俺に対し、涼し気なサクがクールにそう言った。


「蝉だ」


 いわずもがな、蝉がうるさい。


「うん、蝉だね」


「夏休みだ……」


 そしていわずもがな、時節は夏休みである。


「うんうん、今日から夏休みだよー!!」


 ソファに座って羊羹を食べていた文音が元気いっぱいに腕を振り上げ、飛び跳ねながら満面の笑みで反応してきた。


「やっぱり今日から夏休み、だよなぁー……」


 反面、俺に笑顔などこれっぽっちもなかった。


「どうしたどうした天才くん!! 待ちわびた記念すべき高校生活一回目の夏休みだよー?」


「いやまぁ……うん。それはそうだよ? 楽しみにしていた……いや、楽しみにしすぎてた夏休みなんだよ? うん、楽しい……楽しみにしてた夏休み……だよ?」


 うん、夏休みって最高だよ?

 だって学校行かなくていいし。ダラダラできるし。ゲームできるし。

 うん、だから本当に楽しみだったよ?

 お盆に急遽発生した”帰省”っていうイベントが無かったらね?


 目では窓に差しこむ暑苦しい夏の日差しを見ながら、耳では喧しいだけの蝉の鳴き声を聞きながら、そしてデキすぎる厄介な妹に約束させられた帰省のことを思い浮かべながら、テンションが違いすぎる文音に対して歯切れの悪い返事を口にする。


「なんでそんなつまらなさそうなのさぁー!! プールに海、月に火星に土星まで……行きたいとこ行けてやりたいことやりたい放題な、さいっこうに楽しい時間の到来じゃないかー!! もっと喜ばないとほらほらー!!」


 そんな俺に対して、文音はぴょんぴょん跳ねながらテンションをあげろと要求してくる。


「いつのまに人類はそんな気軽に宇宙旅行へ行けるようになっていたんだ」


「そんなの気合だよー気合。ほら『気合があればなんでもできる!』ってアインシュタインも言ってたらしいし」


「気合で宇宙まで行けてたまるか! ……って、え? アインシュタインってそんなアホみたいなこと言ってたの? まじか……知らなかったわ」


 まじかあの天才のおっさん!

 バカと天才は紙一重とはよく聞くけどまじでそうなのかもしれないな……。


 俺がふむふむと妙な感動と共に納得していると、ズコッと少し大げさに身体をコケるようにしてみせたみずきが会話に入って来た。


「アインシュタインがそんな脳みそ筋肉な格言残すわけないやろ!」


 え……。


「…………」


 俺は驚きのあまり言葉が出ない。


 咄嗟にサクのほうを見てみればこのやりとりに対して涼し気に微笑していた。

 文音を見れば「ふふん」といったふうに何故か誇らしげな表情をしている。

 芸人が手ごたえありのボケをかましてやったときのドヤ顔にそっくりだ。


 なんだよ、おい……。

 嘘かよ……。

 ちょっとだけ感動しちゃってたのに……。


 おっといけない。

 今は落胆している場合ではないなと気づき、みずきに対し咄嗟に親指を立ててみせる。


「ナイスツッコミ、みずき♪」


 うん、意図的にボケを被せたんですよーと言わんばかりのナイス対処だ。

 何かこういう何気ないやりとりですら俺だけ置いてけぼりになりそうな場面があるんだっていう現実を見せられたのは少々辛いが、よく考えたらこいつら全員天才なんだった。我ながらよくついて行けた方だろうな。


「そんなん褒められても嬉しないわ」


「おおお……関西の口調だからかめちゃくちゃ様になってるな……」


 もしかして俺のツッコミってもう要らないのでは?と思ってしまうぐらいに良い。


「嬉しないって言うてるやろ」


「いやいやいやまじだって。みずき、これからは俺の代わりに文音にツッコんでくれ……いや、ツッコんでください。お願いします!」


 これはチャンスとばかりに面倒な手綱をバトンタッチしようとする。


「嫌や」


「そこをなんとか! ツッコんでください! ツッコんでください!」


「嫌や!」


「ツッコんで……いや、何でもない」


 おっと……あぶないあぶない。

 自分で言ってて気づいたけど「ツッコんでください」って何か下ネタみたいに聞こえるじゃないか。

 ここらでこのノリは終了だ。


「……いや意外に基本に忠実なんかい。三段落としみたくすなや」


「……?」


「何でここでキョトン顔やねん」


 いや、何でって言われても……。

 基本に忠実とか三段落としとか何のこっちゃでキョトンとしてたんですけど?

 もしかしてお笑い用語ってやつですか、それ。

 素人である俺には馴染みが薄すぎる領域だ。


 ほんの少し困った感じになったのでキョトン顔を崩さないまま文音の方を見てみる。

 すると珍しく空気を察してくれたのか会話を断ち切りに入ってくれた。


「おー……ふたりとも息ぴったりだねぇー。私も頑張らないとだなぁーこれは」


「ああ、そうだな文音。俺も……ツッコミ頑張るよ」


 嘘ではない。

 本当にそう思ってる。


 だって……さっきのみずきのツッコミ、俺理解できなかったんだもん……。


 あんな困る感じになるくらいなら、今まで通り俺が俺なりにツッコんでたほうがまだマシだと心からそう思ったのだった。


 と、そんなとき。

 雑談も一段落して良い頃合いだと思ったのか今まで静かにしていたサクが口を開いた。


「……さて。じゃ、そろそろ夏休みの相談部の活動について相談始めよっか」


「……あ、はい」


 ここで、そういえば今日は夏休みの活動について話し合うための集まりだったことを思い出す。


「それじゃ早速。夏休みの相談部の活動なんだけど……どうするべきだと思う?」


 ふむ、どうしたものか……。


 正直に言って、俺は夏休みの間部活をするつもりはまったくない。

 だって今年の夏休みはただでさえするつもりのなかった帰省というイベントで暗雲が立ち込めているのに、部活動を真面目にしていたんじゃ全然ダラダラできないからだ。


 まぁもっとも、この部活を真面目にやると言ってもこうやって部室に集まってくっちゃべるだけなんだけどさ。


 ただそれでも部室に行くには制服に着替えなきゃいけないし、わざわざ外にでなくちゃいけないし、わずかでもこのクソ暑い中歩くことでかかなくてもいい汗をかかなきゃいけないわけで……。


 うん、活動反対だ。

 何か適当に言い訳を付けて活動日ゼロにしてもらおう。きっと皆だって同じ気持ちだろうし大丈夫なはずだ。


 初めから固まっていた心をもう一度固めなおした俺は誰よりも早く、すかさずバッと手を耳につけるよう真上に挙げる。

 誰かにいらないことを言われる前に説得するが吉。

 先手必勝というやつだ。


「部長である俺からの提案があります」


「やけに積極的なのが何か怪しいけど……まぁ、部長ってのはホントだしね。どんな意見?」


 サクが少し……いやかなり真面目モードに入っていて反抗されそうなのが厄介かもだが臆さずに提案を始める。


「……夏休みは各自で自由に過ごすってのはどうでしょうか?」


「却下」


「ご再考を!」


「却下」


「くっ、まさに一刀両断!」


 提案即却下・再考無し、というか一考の余地も無しという、恐ろしいほど情のない裁決が下された。


「はぁ……少しでも真面目に聞いた僕がバカだったよ」


 いつものふざけた調子での落胆ではなく、これは本気の落胆だなと分かるほどにサクが頭を抱える。


「いやいやいや待ってほしい。これは大真面目な話さ。まずそもそもの話、活動の相談って言っても俺たち相談部だから相談に来てくれる人がいなかったら活動できないわけじゃん?」


 だけど諦めたらそこでうんたらかんたらだ。

 俺はまだやれると心を奮い立たせ反撃の狼煙をあげる。


「うん」


「んでもって、今のところ1学期で相談に来た人もいなかったわけじゃん?」


「うん」


「ってことはだよ? 夏休みなんて尚更相談に来る人いないわけですよ。相談に来る人がいないなら、俺たちがいくら活動したくっても活動ができないわけじゃない?」


 皆の反応を瞬時に窺う。

 サクは相変わらず大真面目モードに突入してしまっていて表情が分かりづらいままだが、文音、みずき、あずきの三人は「確かに……」と納得しかけているようにも見えなくはない表情をしていた。


 これは……好機と見るべきか。


 チャンスを逃すまいと俺はサクの相槌を待たずして追い打ちを始める。


「暑い中この部室にわざわざ集まったとしても活動ができないならさ……ならもう、ここは大人しく夏休みをエンジョイしようよ。な? そう思うだろ、文音?」


「うーん……でも……」


 よしよし……文音はいけそうだ。

 次は、この二人だ!


「みずきやあずきもさ。京都の実家に顔出すんでしょ? 地元の友達とも久しぶりに会いたいだろうし、部活があったんじゃゆっくりできないだろ。2カ月ほどもあるんだ。あっちで存分にくつろいできなよ」


「いやー……」


「…………」


 あずきは際どいが勢いでいけそうだ。

 みずきは……何か考え込んでる?

 分かりづらいな、おい。


 まあでも、かなりいい感じだ。

 二人をこちら側に引き込めさえすれば、数の力でこの案を無理矢理にでも貫き通せるからね!


「ほらサク。皆も納得してくれそうだぞ。俺だって皆と本当は部活したいけど、こうやって部室に集まっても時間を無駄にするだけだしさ。仕方なく……仕方なく、ね? ここは思い切って目いっぱい夏休みを楽しむことにしないか?」


 いける!!

 この勢いなら、きっとサクだって堕とせる!!


「な!! そうしようぜ、サク――」


「却下」


「……え?」


 ……あっれー?


 何でだろう……堕とすどころか却下スピードが加速してるんですけど。

 え、何……サクってば何でこんな厳しい表情してんの……?


「蓮。状況は分かってるだろうに、ホントどういうつもりなのか知らないけど……今回ばっかりは、僕も皆も蓮の言うことを聞くつもりはないよ。これはちゃんと全員で話し合って解決するべき問題だ」


「うん。天才くん。サクちゃんの言う通りだよ。全員で協力しようよ今回は」


 ん……? 今回?


 一体何のことを言ってるんだ?


「せやでー野内くん。うちもあずきもまだ全然力になれてへんし、ここらで活躍させてーや」


「うん。わたしも頑張る」


 いやだから……一体何をそんなに意気込んでるんだ……。


 話がさっぱり見えてこない。

 四人が口を揃えて「今回」「今回」と言っているのに、肝心のその「今回」が何を指しているのかが全くもって分からない。


 ていうか今日って夏休みの活動方針を話し合う、という名目で集まったんじゃなかったのか?

 何か……俺の知らないうちに違う話が進んでるの?


 確かめようにも何を確かめればいいのか分からなくて口籠っているうちに、皆が顔を合わせて意気揚々と無言で闘志を高めていく。

 それを皮切りにサクが再び動き出した。


「さて……ってわけだから蓮。蓮も今回は足並みをしっかり揃えてね」


「え……いやだから――モゴモゴモゴッ!?」


「はいはいはい! ここからはお口チャックだぜー天才くん! 天才くんが口出しちゃやりがいがないからね!」


 やっと「何をそんなに張り切ってるんだ」と疑問を発しようとしたところで文音に強引に口を塞がれてしまった。


「よっしゃ。部の存続をかけた大事な大事な夏休みや。張り切っていこか、あずき!」


「うん」


 …………え?


「じゃあ改めまして……相談部が公式の部活へ昇格するか、または廃部になるかがかかったこの夏休み……僕たちはどうするべきかを皆で話し合おう!」


「「「おおおーーー!!!」」」



 ………………え??



アインシュタイン?「夏休みは始まったときにはもう終わっている」

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