第69話 新入生狩り
ミーンミンミンミンミン。シーンシンシンシンシン。
8月。頭の奥まで届かせんとばかりに蝉たちの求愛の音だけが真昼の学校に鳴り響いている。
メスを呼ぶための連れ鳴きだということは理解しているが、締め切った窓を貫通してきて集中を削ぐ耳障りなその季節の悩み事に対し、マリーは人の多い生徒会室で軽く溜息をついた。
ふと窓から外を見れば、シャツが貼り付くほどに汗だくで部活に励んでいる生徒がチラホラと見える。
走りこみをしている中には、ここからでも足取りがおぼつかなくなってきている生徒が見受けられた。
明らかに熱中症の一歩手前だ。あるいは既にそうなっているかもしれない。
「まったく……あれだけ熱中症には気をつけろと言っておいたというのに」
涼夏と言われた今年の夏でも、この時期になればそんなことなど関係なく四十度近い気温になっていた。
ただ生活をしているだけでもエアコンなしでは熱中症になってしまうほどの暑さだ。
外での激しい運動など以ての外。とてもじゃないが、一昔前の常識のままに運動をさせていい季節ではなくなっている。
「止めさせますか?」
そんなマリーのつぶやきに、その場にいた眼鏡の男子生徒、天内天智が即座に反応した。
流石は副会長だ。
マリーの僅かな溜息一つから状況を察し、適切な行動を提案してくる。
この男の先読み能力には何度助けられてきたことか。
「ああ、たのむ。それと、ついでに8月中は比較的涼しい早朝の時間帯だけの活動にするよう、屋内外問わず全ての運動部に伝達しておいてくれ」
「了解しました。ではそのように」
マリーは天智に目もくれず、淡々と指示だけを飛ばす。天智は指示を受けると、近くにある放送室へと向かうためすぐに生徒会室を出て行った。
「 『いいんですかー、会長。運動部からしたら今って結構大事な時期だと思うんですけどー?』 」
天智が出て行った直後、そのやりとりを聞いていたと思われるわざとらしい口調の男、来安善が口を挟んできた。
マリーは善の方を一瞥する。相変わらずの飄々とした表情。その目の奥には何か企んでいるような光が宿っている。
「構わん。それを言ってしまえばこちらの方が大事な時期だろう?」
「 『ははッ、それはたしかに。まぁもっとも、会長のいう大事ってのは運動部とは違って”責任”という意味で、ですよね』 」
「ああ。これは私たちの”責務”だからな」
「 『あれま。さすがは会長、手厳しい』 」
「いいからさっさと席に戻れ来安。天内が戻り次第始めるぞ」
「 『へいへい、らじゃーですよ、らじゃー』 」
悪戯がバレた子供のような表情をした善を席へと返す。
まったく、優秀な後輩ではあるが本当に抜け目のない嫌な奴だと思う。
失敗した時の責任の所在を会長であるマリーだけに擦り付けるため言質を取りに来たのだろう。まず間違いなく今の会話は録音していたに違いない。
わざわざ”責任”という単語を強調して使ってきたことからもそれは明白だった。
だが、そんな善の小賢しさも含めて、彼は生徒会に必要な人材だ。マリーはそのことを理解している。
この組織において、時に必要なのは純粋な正義感ではなく、こうした計算高さでもあるのだから。
ピーンポーンパーンポーン。
善とのほんの戯れ程度のやりとりを交わした直後、全校アナウンスを告げる音がスピーカーから流れてきた。
内容は知っている。案の定、つい今しがた生徒会室を出て行ったばかりの天智が運動部に対してのお知らせを行った。
『生徒会よりお知らせです。本日より8月末日まで、熱中症対策として全運動部の活動時間を早朝のみに制限します。詳細は各部活動代表者の方へ別途通達いたしますので、運動部の皆さんは顧問及び部長等の指示に従ってください。以上』
簡潔で、それでいて必要な情報がすべて含まれた放送だ。天智らしい無駄のない伝達方法だった。
窓の外では放送を聞いた生徒たちが動きを止め、互いに顔を見合わせている。
中には安堵の表情を浮かべる者もいれば、不満そうな顔をする者もいた。
「まぁしかし……仕方がないこととは言えたしかに気の毒だな。この状況で結果を出した部活動には予備予算から追加でいくらか割り振ってやることにしようか」
マリーは自分が指示した内容を聞き終えると、ふと誰にも聞こえない声量で、誰にでもなく温情を溢す。
仕方がないというのは、目下生徒会は今から始める大仕事に全ての人的リソースを注ぎ込む予定のため、熱中症による重篤な事故など暑さが原因による問題など持ってこられても困るからだ。
運動部には悪いと思うがこうするより他なかったともいえる。
マリーは手元の資料に目を落とす。今年度の予備予算は幸い余裕がある。運動部への支援を少し増やしたところで、本来の業務に支障をきたすことはないだろう。
だからせめてもの償いではないが、頑張りには追加予算という形で応えることにした。
「会長、天内副会長が戻りました」
放送室から生徒会室までは本当に間近なため、放送を終えた天智があっというまに帰還する。そのことを入り口近辺にいた1年生、野内藍が大きな声で報告してきた。
「ああ――分かった」
天智が席に着くのを確認した後、マリーは深く座った椅子から腰を持ち上げた。
そして、自分から入口に向かってズラリと並ぶ生徒会役員共を、射るようにギロリと鋭い眼光で満遍なく見渡す。
生徒会室にはメンバーの全員が揃っている。
総勢十名ほどの役員たちが、今まさに始まろうとしている大仕事のために集まっている。
室内の空気が一瞬で引き締まる。マリーの眼光一つで、場の雰囲気が変わるのだ。
「まずは皆。今日まで生徒会の職務を恙なく全うしてくれたことに、そして私の指示に従順に従ってくれたことへ感謝する。この通りだ」
流れるようにサッと頭を下げたマリーに対し、誰からも声はあがらなかった。
ある者は真顔で、ある者は驚き、ある者は笑顔を携えて。
そうしてただただ無言の三秒間が経過する。
そして、そのままマリーは自身で沈黙の時を進めだした。
「しかし……今までのなによりも今日、これからの仕事の方が大事だ。だが、心配はない。皆の働きぶりを見ていたかぎり、今年は完璧にこの仕事が完遂できそうだと……いや、”できそう”ではなく、間違いなく”できる”と自信を持って言えるからだ」
再び生徒会役員共に対し鋭い視線を飛ばす。一人一人の顔が良く見える。
一年生の二人は若干戸惑いや不安の色が見えなくもないが、総じて皆良い顔をしている。
……よし。準備は万端だ。
「皆、用意はいいな?」
顔を見ればこの問いをする必要はないことは一目瞭然。
ただそれでも、皆の意思を表に出しておくべき場面だ。
儀式的なものかもしれないが、こうした確認は思っているよりも大切だ。全員の意思統一があってこそ、この大仕事は成し遂げられる。
「「「はいっ!!」」」
よしよし、と。
分かり切っていた答えに満足するとマリーはもう一度気を引き締め直し、待ちに待った号令をかける。
「では、今日からこれより――『新入生狩り』を始める!」
さて。
大仕事の始まりだ。
◇
『新入生狩り』。
生徒会の仕事とは思えないほど随分と物騒な名前をしているが、この仕事の内容はかなり重要なものだった。
その内容とはズバリ、悪事を行う才能人を見つけ出し排除すること。
城才学園は天才学園とも呼ばれるほど有名な才能人の巣窟だ。
運動、学問、芸術はもちろん、手芸だったり料理だったり、とにかくありとあらゆる才能がこぞって集まってくる。
そう――ありとあらゆる、だ。
入試によって篩にかけているとはいえども、学園側だって全能ではない。
毎年毎年、どうしても社会にとって、学校にとって益となる才能ではないものが混じってきてしまう。
あえて言葉にするのなら「悪の天才」とでも言えばいいだろうか。
もちろん、いくら悪の才能を持っていたとしても何もせず模範的に学園生活を送ってくれるのなら放っておいていい。
しかし、自身の悪の才能に自覚があって、それでもあえてこの城才学園に入学してきた者たちの中にそんな高尚な人物がいることなど滅多にあることではなく……。
必然的に、必ずと言っていいほど毎年毎年厄介な問題が起きていた。
この問題に手を焼いていた城才学園で、生徒を律する立場にある生徒会が手を貸す流れになっていくのもまた必然だったというわけである。
それが『新入生狩り』と呼ばれる、代々の生徒会が任されてきた大仕事だ。
「報告します。先月殴り合いの喧嘩をしていた2年の男子生徒たちですが、また殴り合いの喧嘩をあちこちでしているらしく――」
報告の合間に『新入生狩り』について考えていたマリーに向かって、生徒会役員たちから次々と報告が上がってくる。
この報告は生徒会に所属する者たちが4月からそれぞれ密かに調査してきた問題報告、いわば「悪の天才」を見つけ出すための手掛かりとなるものだ。
しかし、どうしたものか。
目星が中々立たず狩りは前途多難と言える状況だった。
調査問題報告が開始してから既に三時間ほどが経過してしまっている。
「その報告はもういい。そいつらは放っておいて構わん」
「は、はい。以上、報告でした」
夏の西日がカーテンの遮光を貫通し、冷房の効きを悪くしているこの時間帯。
蒸し蒸しと暑い夏の気温のせいか否か、生徒会のほぼ全員が少しずつ苛立ちや焦りを見せ始めていた。
それもそのはずだ。もうすでにそれぞれが持っていた調査報告を殆ど出し尽くしてしまっている。
それなのに、未だ目ぼしい成果は得られていないのだから焦りもするだろう。
かくゆうマリーも出鼻を挫かれた形になるため、わずかに心が急いていた。
マリーは手元の資料を見つめる。これまでに報告された事案のリストが並んでいるが、どれも「悪の天才」の仕業とは言い難いものばかりだ。
ただの問題児、短気な生徒、あるいは単なる不注意――そうしたものと、本当の「悪の天才」を見分けるのは容易ではない。
「天内、お前から見てどうだ?」
自分から見てダメならこの男。
そういわんばかりに天智へ会話を振る。
天智は眼鏡を軽く押し上げ、手元の資料に目を通しながら答える。
「残念という表現が合ってるのかは分かりませんが、残念ながら会長と同じですよ。それらしき事案は見当たりませんし、これから狩りの対象になるようなものも無いでしょうね。まぁ絶対ではないですけど」
「そうか」
自分だけでなく、この調査報告データを見て【予測の天才】である天内天智も「悪の天才」の仕業らしき事案が無いというのだからきっとこれは間違いない。
ひとまず、今ここには『新入生狩り』の事案がないのだと割り切るのがベストだろう。残念がってないで次へ次へと話を進めるのが吉だ。
「では仕方がない、次の報告を頼む」
マリーが促す。
しかし――
「「「…………」」」
「……ん? どうした」
突然、生徒会室の空気が静まり返った。
どうしたと言いながら、マリーも遅れて事態を何となく把握する。
「まさか……報告はもう無いのか?」
「「「…………」」」
「…………そうか」
次へと話を進めようとした矢先、次などないという。
……何とも不甲斐ない仕事のスタートだ。
他の誰かを責めることなど出来ない。自分だって目ぼしい事案を見つけられなかったからだ。
自然と溜息が出そうになるのを堪え、次の指示を考えることにする。
「 『会長会長。これってそんなしょげる事ですか? いないんだったらそれのがいいでしょう別に』 」
そんな時だ。
少し離れた位置に座る善が野次めいた言葉を投げてきた。
ふざけたやつだ。
こっちは真剣に悩んでいるというのに、こんなときでも演技の遊び心を忘れようとしていない。
「来安。お前も分かっててわざと言っているんだろうが、いないなんてことはまず考えられない」
多少苛立ちはしたものの、善のふざけたキャラ造りはいつものことだし、気にしないよう意識がけ言葉を発する。
冷静に沈着に。
善だけでなく生徒会全員に伝わるよう、もう一度現実を認識させることにした。
「いいか。新入生の中に一人たりとも狩りの対象がいなかった年なんてこれまでに一度もない。……それにだな。今年は去年のこともあって2年生も『新入生狩り』の対象なんだ。なおのこと、必ず存在していると言えるだろう」
これはあてどない旅などではないと。
そう全員に言い聞かせる。
「夏休み中にケリをつけるぞ、お前ら。休みたければ意地でもそれらしきものを見つけてこい、いいな!」
「「「はいっ!!」」」
役員たちの返事が、生徒会室に力強く響いた。
ミーンミンミンミンミン。シーンシンシンシンシン。
窓の外では、相変わらず蝉が鳴き続けている。
その喧しい鳴き声は、これから始まる長く苦しい夏の戦いを予感させるかのようだった。
お久しぶりです。
第四章、ゆっくりですが書きながら投稿していこうと思います。(第四章は不定期更新です、すみません汗)
では、第四章もよろしくお願いします。




