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第68話 その虎は雨と鳴き雨に泣き、夏に笑う

投稿時間すごーく遅くなってしまいました。すみません。今回の話にて第三章完結となります。

「――というわけだ。理解したか? 押切芽衣」


 静謐な生徒会室で、マリー会長の口から淡々とすべての真実が告げられた。

 ひとつ。すべての問題解決を、自分が天才くん――野内蓮から引き継いだこと。

 ふたつ。相談に来たサクちゃんたちから事情を聴き、その場で録音データを預かったこと。

 みっつ。もし録音通りの事態になった場合に備えて、音声照合と証拠の確保を密かに準備していたこと。

 そして、よっつ。――その録音された音声が、押切芽衣の声と見事に一致したこと。


 会長の言葉は、裁判官が判決文を読み上げるかのように抑揚がなく、それでいて一切の反論を許さない絶対的な響きを持っていた。


「……は? は? はあ? は? ……はぁああ!?」


 押切ちゃんは理解出来てるはずだが、けれども理解したくないといった様子で瞳孔を見開き、わなわなと震えながら声を発している。その姿はまさに発狂寸前ともいえるかもしれない。


 だがそれは――押切と同じく当事者である文音とて、似たような状況だった。


 ……え? 天才くんが? どういうこと?


 嬉しいような、申し訳ないような、安心したような、驚いたような。乱雑な感情が次から次へと押し寄せてきて、処理が追いつかないでいる。会長の話によれば、どうやら天才くんはこの事態を予見していたらしいのだ。その働きによりサクちゃんたちが対策を打つために生徒会へ来ることが出来たし、マリー会長への橋渡し役にもなったという。やっぱり、天才くんは天才くんだ。


「くくくっ……あっはっはっは。まじかよっ、野内の野郎。人間離れしてんなぁおい」


 帝くんが腹を抱えて大きな笑い声を挙げる。その笑い方には純粋な感嘆と、どこか嬉しそうな響きが混じっていた。どうやらこの場では、押切ちゃん、文音、帝くんの三人だけが、会長の口にする話題から切り離されていたようだ。


「い、いやいやいやいやいやいや……おかしいでしょ、そんなの! そもそも会長、何であんたはこいつらの主張を真に受けてんの!? 盗撮? んなことするわけないじゃない! 嵌められてるんだよ、今ウチは!!」


 横並びになった列から一歩会長の方へ踏み出し、押切ちゃんが勢いよく弁明をし始めた。その声は甲高く、壊れかけたラジオのように不安定だ。


「無駄だよ押切」


 そこへ、ずっと無言で状況を見守っていた隣のサクちゃんが、静かに、けれど確固たる意志を込めて口を挟む。


「いや、押切じゃなくて、こう呼んだ方がいいのかな? ――金城(かねしろ)モカ」


「――ッ!」


 瞬間、威勢の良かった彼女の勢いが嘘のように鳴りを潜めた。


 ん、……あれ?


 今、サクちゃんは彼女のことを何と呼んだだろうか?


 聞き間違えでなければ、それは……その名前には……覚えがあった。遠い記憶の底から、ゆっくりと浮かび上がってくるものがある。


「久しぶりだね、金城。……とはいっても、君は1ヶ月で転校しちゃったから特にお互い語ることもないんだけどさ。でもここまで迷惑をかけられたんだ。文句くらいは言わせてもらうよ?」


 サクちゃんの声には、普段の穏やかさからは想像もできないほどの冷たさが宿っていた。


「…………」


 押切ちゃん……いや、モカちゃんは無言で応える。記憶にある彼女とは、似ても似つかない風貌だけれど……言われればたしかに雰囲気は瓜二つかもしれないなと今更ながら思う。


「あ、どうして気付かれたのかって? それはほら、会長も言ってたでしょ。僕たちは一週間前、君と誰かさんの会話を聞いていたからね。だからこうして、遅くなったけど何とか正体に辿り着けたってわけ。……まぁこれもすべて、君が徹底的に避けてきたはずのあの野内蓮が、()()()()()()で暴いていたことなんだけどね」


「――ッ!!」


 サクちゃんの煽り気味な物言いに、モカちゃんが明らかな苛立ちを見せた。拳が震えている。


「それにしても……金城。正直あの一件をここまで引きずっていたなんて驚いたよ。ああもちろん、感心したって意味じゃなくてね」


 サクちゃんが同じ調子で話を続ける。


「一応聞いておきたいんだけどさ。……さすがにこれは、逆恨みにしても程があるだろ? だから、ちょっとでも躊躇いとかはなかったのかなって」


「…………」


 無言。


「答えたくない……か。じゃあもっと聞かせてもらうけど、一体どんな思考をしたらこうまで出来るの? だって、多分だけど君、文音が入学するからこの学校に入ってきたんだよね? ……理解できないんだよ、その執着が。それに、さ。自分に都合よく蓮じゃなくて文音の方をターゲットに据えるあたりが嫌らしいと思うんだよ、本当に」


「…………」


 無言。無言。


 モカちゃんはこちらの方を上目遣い気味に睨んだまま歯を食いしばり、何も言わないでいる。


「黙ってばっかりで被害者面か……。せめて文音に謝罪のひとつでも言ったらどうなの?」


 サクちゃんも冷静に見えてかなり苛立っているようだ。ひたすらにダンマリを決め込むモカちゃんを見かねて催促を飛ばす。すると、下を向いて拳を握りこんでいたモカちゃんがようやく小さく口を開いた。


「…………けんな……」


「……? なんて?」


「――っっざけんなっつってんだクソがッ!! 雑魚のくせに好き勝手言ってんじゃねぇぞてめぇえ!!」


 激昂。


 とても今この場で断罪されている者とは思えぬ物言いに、全員が口を噤む。どうやら、彼女の中でパチンッと何かが弾けたらしかった。「押切芽衣」という名の皮を被っていた獣が、ついにその本性を露わにしたのだ。


「逆恨みにも程がある? 何でここまでするのか? 理解できない? んなもんソイツがウゼぇからに決まってんだろうがッ! 生意気にも野内に媚びてウチを潰してきやがったソイツがッ! 自分は何もせず、野内(ひと)にだけ汚いことをさせてノウノウと喜んでるソイツがッ!」


 怒りで我を失いかけたモカちゃんが、赤裸々に心の内を叫び出す。バサリと、彼女の外面を覆っていた仮初の性格が剥がれ落ちる音が聞こえた気がした。


「ッ! そんな理由で……ッ!」


 サクちゃんが言葉を詰まらせる。


「はっ、そんな理由だ? ……アハハッ! そんな理由、ね。たしかに島田、あんたらみたいな才能のある優等生からしたら"そんな理由"かもしれない。でもね、ウチらみたいな勉強も運動も大してできない、目立った取り柄もないクズカス共からしたら……その感情は唯一の生きてる価値――"アイデンティティ"そのものなんだよ!」


「そんなものが、”アイデンティティ”だって? ふざけるのも大概にしとけよ」


「ふざけてねぇんだよ金魚のフン野郎。ウチらみたいな大っぴらに自慢できねぇことしてるやつらだってなぁ……。それぞれ絶対に負けたくない、負けちゃならない、負けたままにはしたくないことのひとつやふたつくらいあるってんだよ!」


 今度は先程とは反対に、モカちゃん以外の全員が、理解はできるが理解したくはない話の内容に唖然とする。


「いい? これはその"アイデンティティ"ってやつが、ウチにとっては"虐め"だったってだけの単純な話。これまでも()()()()ために虐めをしてきたし、これからも懲りずにしていく。だって……これがウチのすべてなんだから。だからこそ……それを貶したそこのソイツとクソ野内は許せない。許しちゃいけない。でも野内には勝てない。だからソイツをまた狙った。そういう、単純な話」


 謝罪など一切するつもりもない、見たこともないほどの完璧な開き直り。自身の退学を阻止するつもりももう恐らくないのだろう。すべてを失うと分かっていながら、それでも自分の信条はコレなんだという歪んだ矜恃がそこにはあった。


「……ッ。そんな、そんな勝手なことが許されるわけッ!」


「はっ、許されるわけないって? そらそうでしょ。だから現に、こうしてヘマをすれば退学になる。……でもね、ハッキリ言ってそんなことどーでもいいの。ウチらにとっては退学だったり警察だったりなんかより、自分の誇りを守ることのがよっぽど大事なんだから。世の中には自慢できるような才能ばっかりあるわけじゃない。ウチらはウチらなりに、どうしても変えられない大事な生き方があるってんだよ!」


 もう完全に吹っ切れたのか、モカちゃんは言いたいことをツラツラと言い放ち終えると同時にサクちゃんから視線を外し、ついでにほんの一瞬だけチラと文音の方を見た。その視線には、まだ微かな憎悪の残滓が宿っていたような気がするけれど、同時にどこか諦めたような色もあった。そのあと、モカちゃんは会長の方へと向き直る。


「……ほら、とっとと退学の手続き済ませて。もうこんな学校おさらばよ」


「ああ。そうしよう」


 会長は表情ひとつ変えずに頷いた。




 ◇




 かくして――。


 文音を巡るいじめ騒動は幕を閉じることになった。けれども、それは文音たち、サクたちの完全勝利とはいかなかった。何故なら彼女、押切芽衣――金城モカは、一切の謝罪をせずこの学校を去っていったのだから。


 でも、それについて文音が苦い思いをしているかというと、そうでもない。だって、彼女――金城モカが放った最後の本音は、少なからず文音も共感できる部分があったと思うから。


 きっと、彼女は弱かったのだろう。形は違えど、文音と同じく、心が、立場が、存在が弱い。その言葉には弱い者にしか分からない、弱い者なりの矜恃があった。もちろん、モカちゃんのそれは歪んでいたし、間違っていたし、とても許せるものでも許されるものでもなかったけれど。けれど――その言葉には確かに彼女なりの真実があったから。だから、とりあえず今は、文音は恨みを、怒りを忘れたいと思った。自分が今すべきことは、恨み、怒り、復讐に燃えることなんかじゃない。すべきことは――たったひとつだと思うのだ。


「サクちゃん、みずきちゃん、あずきちゃん、帝くん――助けてくれて、ありがとう!」


 そして――天才くん。今回も助けてくれてありがとう、と。


 そうやって、自分にできる最大限の笑顔で。いつもと変わらない、おちゃらけた自分のままで。そうやって、お礼を言おう。いつもと変わらない、当たり前の日常を取り戻してくれた皆に、お礼を言おう。


 ああ、自分は本当に良い仲間に恵まれたんだなと、密かに涙ぐんで。弱い虎は元気に遠吠えをする。


「……よーしっ!」


 カバンに付けた、虎柄で小さなバットの形をしたアクセサリーが、歩く度カラカラと音を奏でる。ミンミンシンシンとうるさいセミの声も相まって、夏の外は野球球場のように騒がしかった。



『ほら、とりあえずニカッと笑っとけばいいんだよ。困ったときは笑っとけば大体何とかなるから』



 いつか大切な人が言っていたそんな言葉を思い出しながら、虎は今日も精一杯に泣いて泣いて鳴いて鳴いて――そしてニカッと笑うのだ。


「天才くん! おはよう!」


「ふわあぁー……って、おーなんか久しぶりだな、文音。何時ぶりだっけか? まぁ相変わらず元気そうで何よりだよまったく……」


「えっへん! わたしが元気じゃない時などないのだよ、天才くん!」


 弱いなりに誇り高く笑えたらいいかなと。いつか天才くんのように、こんなふうに強くなれたらいいのになと。色んな願いを笑顔に込めて、笑うのだ。


 それが――私の"アイデンティティ"。


 今年の夏は、きっと忘れられない。


 だからとびっきりの夏にしよう。思い出すたびに笑い出してしまうような、思わず思い出してしまうような。


 そんな――とびっきり楽しい、夏にしよう。




 ◇




「まぁ、そう上手くはいかないか」


 8組の教室で、上垣内遥輝は携帯に届いた報告メールを見ながらそう呟く。その声には感情の起伏がなく、まるで天気予報でも聞いているかのような平坦さがあった。


『残念ながら君の仕込んだ押切芽衣は退学となったようだ。ああ、録音された君の音声データだけは既に改竄済みだから心配は要らない。でもあまり油断はしないほうがいい、今回の盗聴、どうやら野内蓮が関わっていたようだ。君のことに気がついている可能性もあるだろう。ああ、あと、そろそろ生徒会が動き出す頃合いだ。警戒を強くしておくことをおすすめするよ』


 上垣内は一度だけ瞬きをすると、素早く返信を打ち込む。


『助かりました、情報共々ありがとうございます。それと、先月の利益はいつもの海外口座経由で振り込まれてるはずなので確かめておいてください』


 そうやって手短に返事を返すと、履歴を完全に削除する。これにて、この携帯から今のメールデータを復元させることは不可能になった。サーバー元に問い合わせれば可能だろうが、本人でも警察でもない限りは難しいため、実質的には不可能である。


 ふと視線を周囲に向ければ、夏の日差しが教室に差し込み、机や椅子に長い影を落としている。その光景を見ながら、彼は何の感慨もなく思考を巡らせた。


(それにしても野内蓮……やはり、欲しいな)


 上垣内は黒板を見ながらそんなことを思う。押切については哀れみもなければ後悔もなく、執着もない。もう既に亡き者として無関心を貫いている。使い捨ての駒が一つ消えた。それだけのことだ。


 だがしかし、当初からの目的であった野内蓮については非常に興味深い結果が手に入った。


 上垣内が立てた千条文音を退学させる方法はほぼ完璧な作戦だったと思うのだが、結果を見てみれば完敗というほかない。こちらの密談をあんな場所で、ピンポイントで録音していただなんて、まったく信じられない所業である。どうやら野内蓮は噂に違わぬ傑物らしい。いや、それ以上と言っていいだろう。


(さて……どうしたものか)


 そろそろ生徒会が動き出すという情報もあったことだし、是が非でも今、彼には上垣内のやっている計画に乗ってもらいたい。


 そのためにはどう()()するべきだろうかと、上垣内は静かに考えを巡らせ始める。彼の瞳には何の光も宿っていない。ただ淡々と、最善手を計算し続けているだけだ。


 こうして――蓮の知らないところで闘いの火種は燻り、次なる嵐の予兆が静かに生まれつつあった。



改めまして、今回の第68話にて第三章「虎が雨」編完結になります。ここまで読んでいただきありがとうございました!


第四章「悪の天才」編は、12月中には書き上げて投稿したいと思っていますが、すこーしリアルの方も忙しい&応募重複禁止のカクヨムコンへ参加するために新作を書かなくてはならないので、いつもよりちょっとだけ気長に待っててもらえると嬉しいです。楽しみに待っててもらえるよう内容を小出しにしておくと……第四章は第一章の最後にて言及されていた、毎年生徒会に任されている重要な仕事「新入生狩り」についてのお話になります。


おそらくカクヨムコンに出す作品を先に投稿することになると思いますので、気が向きましたらそちらも読んでいただけると有難いですm(_ _)m あ、規約等もややこしいので、とりあえずそちらの新作はコンテスト中のみカクヨムオンリーで投稿する予定です。


では最後に――。


ここまで読んでみて、少しでも「面白い!」「頑張れ!」などなど思っていただけましたら、☆評価・ブクマ・レビュー等していってもらえると非常に嬉しいです! ブクマひとつ、評価人数ひとり増えるだけで即座に一万字軽く書いてしまえるぐらいには嬉しいので、どうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m


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