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第7話 交際0日目の大騒動

 

 クラスメイトの自己紹介がすべて終わり、起立の号令がかかる。


「起立――――」


 日直らしき男子生徒の声が教室に響く。

 ガタガタと椅子を引く音が一斉に鳴り響いた。


 あとは入学式を講堂で受けて、入学前に荷物を搬入している学生寮へと帰宅するだけだ。


 いや、正確には講堂で入学式を受けて、その後はおそらく何かしらのオリエンテーションがあって、それから寮に戻ることになるだろう。

 城才学園のような名門校なら、きっと何かと面倒な用事が詰め込まれているに違いない。


 ……あれ、これ全然”だけ”じゃなくない?


 根本が怠け者なだけに少し億劫な気分になってしまったが、しかしながら今の俺にはそんなことは些事でしかなった。


 まず、何よりも自己紹介時の予期せぬアクシデントを無事に生還できたことが大きい。

 以前までならあそこで交際発表をすることに抵抗できず、堂々と実行していたはずだ。

 そんな前までの自分を超えられた、変えられたという事実がとにかく嬉しい。


 でも、何の不満や不安も残っていないわけでもない。

 最後だけ何故か潮らしくなっていて怒り損ねたが、よく考えてみたらこの場で交際発表させるなんて普通に罰ゲーム以外の何でもない。

 そんなことを強制してきた彼女はきっと悪魔の生まれ変わりか、悪魔そのものなのだろう。

 皆が見た目に騙されていても、俺だけは絶対に騙されないぞと強く思う。


 ………俺がいの一番に騙されてるんだけどね、まぁ。


 正直に言えば、あんなことを仕出かした藍のことはまだどこかで恨めしく思っている。

 でも、俺の必死の抵抗が功を奏して何だかんだで藍も折れてくれたおかげで、公開処刑だけは免れたのも事実だ。

 なので、今は黙ってこの憤りを飲み込むことにする。


 それに、サクと文音には彼女ができたというビッグサプライズを報告できることだし、問題はあるが問題ない。

 今日はプラスとマイナスな事が上手に打ち消しあっている一日で、最高の気分で眠れそうだ。


 尤も、ちょっと彼女のキャラは”棘”が多めだけど、そのストレスだけで済むなら普通の学園生活の範疇だろう。


 ……多分。


「礼――――」


 号令に合わせて深々とお辞儀をする。

 入学初日の清々しい朝、新たな学園生活の始まりを告げる一礼。

 本来ならもっと厳粛な気持ちで臨むべきなのだろうが、俺の頭の中は今日という一日を無事に乗り切った満足感でいっぱいだった。


 そんな一瞬の油断――


 お辞儀した時に、視界の端で何かが動いた。


 紙のような何かが机の端から滑り落ちていくのが見える。

 それはひらひらと舞いながら、スローモーションのように床に向かって落ちていく。


 あれって…………


 ――瞬間、背筋に冷たいものが走る。


「あ、野内くん何か落ちたよ……」


 隣の席から声がかかる。

 彼女は親切心からか、俺が動き出すよりも早くそれを拾い上げていた。


「って、んん!?!?」


 隣の席の女子生徒が、落ちたそれを拾い上げて固まっている。

 同じくして、俺の体感時間も急速に伸びていっているのを感じる。


 この子はキャピキャピ派手系女子といった雰囲気で、美人というよりは可愛い系の、ショートヘアで赤毛の女の子だ。

 明るい性格が声のトーンからも伝わってくる、いかにも友達が多そうなタイプ。


 名前は聞いてなかったが、藍の自己紹介の時「うち霞むんだけど……」と嘆いていたのが印象に残っている。

 確かに藍と比べられたら、大抵の女子は霞んでしまうだろう。

 でも、彼女は彼女で十分可愛いと思える。

 派手なネイルと、耳につけた大きめのピアスが特徴的だった。


 ……なんてことを考えられる暇があるくらいには、俺の時間は止まっていた。


 対する彼女は、俺の机から今さっき落ちていった”メモ”を拾い上げ、ただそれをじっと見つめていた。


「え……野内君と野内さんって……」


 彼女の声は震えている。

 メモの内容を理解しようとしているのか何度も視線をメモと俺、そして藍の間で行き来させている。


「え、ええ!?付き合ってるの!?」


 ……最悪の展開だった。


「……もう!?ほんとに!?」


 ――――やめろ!声がでかい!お前は拡声器か!


 流石は可愛いキャピキャピ系女子というべきか。

 声の声量も教室中にばっちり響いている。

 その伝播力は光回線なみだと思う。

 気が付けば、初対面同士の新クラス初日とは思えない一体感が教室を包んでいた。


 全員の視線が一斉にこちらに向けられる。

 まるで磁石に引き寄せられる鉄粉のように、クラス全員の意識が俺と藍に集中した。


「え!?ええ!?嘘だろ!?」


 男子生徒の一人が立ち上がる。


「たしかに野内イケメンだけど、はやすぎね!?」

「ま、ま、まじかよ……」


 それに別の男子が続く。


「俺も野内さんいいなって思ってたのに!」


 ……ああ、同志よ。

 その気持ちは痛いほど分かるぞ。

 でもね、そんないいものじゃないんだよ……


「どんな口説き方したら入学式前に付き合えるんだよ!」


 体育会系っぽい男子が叫ぶ。

 いや、口説いたというより罠にハマっちゃったというか……

 告白したのは俺だが、とにかく口説いてはいない。


「キャー!!この学年最速のカップルだよ絶対!!」

「野内君もかっこいいし、野内さんも超絶美人だし、やば……」


 続いて女子たちの黄色い声が響く。

 さっきよりも教室の温度が一気に上昇したような気がした。


「最近の若い子ってやることがはやいのよねー」


 ここで担任の先生が口を開く。

 歳的にはそれほど離れていないだろうに。

 こっちに話しかけているというよりも自分に言っている感じだった。


「あ、みんなお話もいいけど、入学式にはちゃんと間に合わせてねーもうそんな時間ないからー」


 先生は教室の喧騒をまるで意に介す様子もなく、最後に、


「先生が怒られちゃうんだからちゃんと来なさいよー」


 とだけ言い残し、さっさと教室を出て行ってしまった。


(……いや、これ止めてから行ってくれよ!!)


 仮にも先生なのだ。

 あんな面倒くさそうな態度でそそくさと自分だけ出ていくなんてどうかと思う。


 それに、教室は暴動寸前と言えるほどの異常な盛り上がりを見せていたために、クラスの連中はそんな先生の言葉など全く聞いていない。


(いや……もうこれ……)


 ……無理だ。


 穏便に収める方法が全く分からない。

 俺の普通の学園生活を送るための”負のプロモーション戦略”は、開始からわずか1時間ほどで完全に崩壊した。

 ハッキリ言って地獄でしかない。


 そんなことを考えている俺はというと、ただ机に突っ伏していた。


 そう。周りを無視してただただ机に突っ伏していた。


 顔を上げるのが嫌だ。

 現実逃避したい。

 今すぐこの場から消え去りたい。


 ――そして出来る事なら、時間を巻き戻してあのメモをポケットの中にくしゃくしゃにして放り込みたい。


「ねえ…………」


 藍の氷のように冷たい声が頭上から降ってくる。


「……あのメモ片づけてなかったの?」


 渋々だが顔を上げると、藍が立ち上がって俺を見下ろしていた。

 その表情は声音よりもさらに厳しいもので、北極の氷河のように冷え切っている。


「なに?馬鹿なの?」


 それは怒っているというより、呆れを通り越してか、もはや人間を見る目ではない。

 いや、そもそも見てくるという表現は正しくないだろう。

 射抜いてくる、だ。

 まるでレーザービームのような視線だった。


 藍はこの場で交際を公表されるのを望んでいたから、それ自体は喜ばしいことのはずだ。

 でも、メモを片づけるのを失念したうえに、それを他人に見られてしまうという失態を犯した俺を蔑んでいる。


 きっと、その視線には「そんな簡単なこともできないの?」という軽蔑と、「私の彼氏がこんなに無能だなんて」という失望が混じっているのだろう。


(だって………だって仕方ないじゃないか!!宣言しなくていいって安心しきってたんだからぁ!!)


 椅子から手を離してくれた時点で、やっと解放されたぁーって一息ついちゃうでしょ普通!


 大体机の隅っこになんか置いたままにしないでよ!処分しといてよ!自分で始末つけてよ!


 ………って言ってやりたい。


 そんな、藍と思い通りにならない現実に向けた恨みつらみを心の中に押しとどめて、俺は席を立つ。


 ゆっくりと、まるで処刑台に向かう囚人のように立ち上がる。


 ……もうどうにでもなれだ。

 ここまで騒ぎになれば、交際を隠す意味もない。開き直るしかない。


 それに、よく考えてみたらこれくらいで”天才くん”のようにはならないんじゃないかと思えてくる。

 だって、こんな男と女が付き合ったごときのことで、中学の二の舞にはならないだろう。


(……ならないはずだ。きっと。多分。大丈夫大丈夫…………)


 皆が黄色い歓声をあげながら、好奇の視線を立ち上がった俺に向けてくる。

 その視線は熱く期待に満ちていて、まるで俺がアイドルになったかのような熱気だった。


 ――――(すぅーーーー……はぁーーー……)


 バレないように心の中で深呼吸をする。


 それを一度、二度、三度と繰り返す。

 そうして俺は、覚悟を決めた。


(……よし、やるしかない)


「ふう」


 今度は分かるように、大きく息を吐く。


「――みんな、聞いてくれ」


 声を張り上げると、教室がさらに騒めいた。


「バレてしまっては仕方がないな……俺、野内蓮は、今日この日から野内藍と交際をスタートした」


 言い切った。

 もう後戻りはできない。

 新たな作戦など全くないが、この場ではこうするしかない。


「誰か、藍のことを狙っていたって言ってたか?……ふっ」


 誰かがそんなことを言っていたような気がする。

 いや、実際は言ってないのかもしれないがどっちでもいい。

 とにかく不敵に笑って見せる。

 中二病全開な感じだが、もうこの際そっち方面でも何でもよかった。


「奪いたければ奪ってみろ!……俺は誰にも、負ける気はない!」


「……………」


 直前まで、つまらない男アピールしていた残念な奴が、何故か今は急に堂々と交際宣言をしていた。

 ――もはや、変身ヒーローばりの豹変ぶりである。

 傍から見たらジキルとハイド状態だ。


 そして、一瞬の沈黙の後、クラスの女子から耳をつんざくほどの黄色い悲鳴があがる。


「…………キャアアァアーーーーーー!!!!」


 耳が……鼓膜が震えている。

 鼓膜が破れそうだ。

 くっ……明日は耳鼻科に行く必要があるかもしれないな……



 ――これが、舞台に立つときの俺のやり方だった。


 高らかに、堂々と胸を張って、やるときは思い切って恥じらいを捨ててやる。

 それが人前など表舞台に立つときの俺の立ち振る舞いだった。


 中学3年間も”天才くん”に仕立て上げられてきた経験から、こういう、いざというときの鉄面皮には自信がある。

 演技と言えば演技だが、いつの間にかそれが板についてしまったのだ。

 もはや本当に俺の第二の人格と言ってもいいかもしれない。


 こと自分を尊大に見せることに関しては、俺という男に敵う者もそうはおるまい。

 そのことだけは、中学3年間で培った数少ない財産だと思っている。


 ……いや、やっぱり負の遺産の間違いかも。


「ちょっ……さっきまでの嫌がりようはどこにいったのよ!」


 藍の声が聞こえる。


「大体、奪いたければ奪えってどういうことよ!」


 予想外の俺の豹変ぶりに、藍も唖然としていた。

 確かに、さっきまで必死に交際宣言を拒否していた男が、急に「奪いたければ奪ってみろ」なんて言い出したら誰だって混乱するだろう。


 加えて言えば、そんな俺の発言に苛立っているようだが、今は当然それどころではない。


「野内くん!本当に今日からなの!?」


「どこで、どうやって出会ったの!?」


「告白はどっちから!?」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


 案の定、俺と藍は瞬く間にクラスメイトたちに囲まれた。

 人の輪が二重、三重にできあがる。

 まるで有名人の記者会見のようだ。


「出会いは今朝の下駄箱で――」


 嘘をつく理由もないので、正直に答える。


「下駄箱!?」


「マジで!?」


 驚愕の声が上がる。

 そんな感じで俺たちは、居心地が悪い時間をしばらく過ごすことになった。


 質問攻めは延々と続き、適当にあしらいながら時間が過ぎるのを待っていたのだが、

 俺は時計を見てあることに気が付いて、何とか興奮しっぱなしのクラスメイトたちを現実に引き戻した。


「おっと藍様、もうすぐ入学式のお時間ですよ」


「あ、藍様って……」


 藍が何か言いかける。

 ……自分でそう呼べと言ったんだろうに。

 今更理不尽に小言をもらいたくはなかったので、手をパンパンと叩いて言葉を遮る。


「ほら、クラスのみんなも急いで急いで!」


「ちょっと!……待ちなさいよ!」


 取り乱した姿すら様になるのがまた、憎たらしい。

 彼女なんだから憎たらしなんて思うのは間違ってる気もするが、本当にそう思っているんだから仕方がない。


 捕まると面倒そうなので、自慢の俊足でいの一番に講堂へと駆けていくことにした。


 どうやら俺たちが騒いでいるうちに、他のクラスはとっくに移動していたらしい。

 1組から9組まで、どの教室を覗いても人影はない。


 気が付けば、入学式まではあと1分程度しか猶予が残されていない。


 後ろを振り返れば、俺の後を追ってくる藍と10組のクラスメイトたちが講堂へと急いでいる姿が見える。



 ――――そして、その姿を見るのと同時に、俺は思うのだ。








「…………あれ……これ……入学式間に合わなくない?」



 案の定、10組の生徒たちは講堂へ入れなかった――――。

蓮「可哀想な俺に免じて☆評価とブクマと感想とレビューしてくださいッ!(強欲土下座)」

蓮(応援してくれる人がいると、ちょっと心強いから!)


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