第67話 天才くん③
「――やっぱり、そうなんだ」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る直前、レキちゃんから報告の連絡がやって来た。サクは予想通りだった内容を見て静かに頷く。
「ちゃんと説明してよー」
「ほんまにせやで」
まだ確定していたわけじゃなかったし、ただの勘違いだという可能性もあったので、みずきやあずきにはここまで「ちょっとだけ待ってて」と説明を放棄していた。二人は辛抱強くこちらの状況が変化するまで待機していてくれたが、連絡が返ってきたと見るやいなや流石に説明を強要してくる。
「ごめんごめん。実はさ……さっきの会話を聞いて、ちょっと押切について既視感って言うか……まさかと思うところがあって。それで僕の中学の後輩――まぁ後輩とは言っても蓮の妹なんだけど……とにかくその子に連絡を取って色々調べてもらったんだ」
サクの言葉に、二人が蓮の妹という単語に反応を見せる。しかし、冷静に状況を咀嚼しようとする二人に向けてサクはそのまま話を続けた。
「それで、その結果なんだけど……うん、やっぱり大当たりだった」
「……大当たり、てゆーのは?」
二人して首を傾げる。
「押切芽衣は――僕、文音……そして蓮の、かつてのクラスメイトだ」
「…………はぁあ??」
みずきが大仰に顔を曲げた。驚き。そして大きな呆れ。出した結論について……というより、その結論に至るまでが長すぎたことに理解が及んでいない様子だ。
「そうなるのはよく分かるよ、みずき。でも、違うんだ。厳密に言えば……僕たちが中学一年生の頃一緒だったのは"押切芽衣"じゃないんだよ」
「え……ん。んんんー?? わたし、ちょっと話が掴めないんだけどー?」
あずきが眉間に皺を寄せる。みずきは一足先に何かに納得したような表情を見せたが、サクはあずきのためにも分かりやすくこの出来事の核心を口にする。
「あいつの――今の押切芽衣って名前は、改姓改名したものだってことさ。それに加えて……多分、顔までちょっといじってるんじゃないかな」
少なくとも、サクや文音がまったくもって同一人物だと気が付くことが出来ないほどには、だ。
「なるほどやなぁー……それは確かに予想できんなぁ。でも、そこまでする動機は何なん? そんなでっかい恨みつらみ妬み嫉みをあの文音ちゃんが買ってるようには思えんのやけど」
「うーん。そうなんだよね。その動機なんだけどさ、今考えてみても恨みを買ってるとしたら文音よりも蓮のはずだと思うんだよ……。押切のやつ、中一のとき蓮にたったの一カ月で転校させられたから」
「え、野内くんに……転校させられた? ……いやいや、それってホンマに中一のときの話やんね? どないしたらそんなことになるん?」
信じられないという感情が滲んでいる。中学一年生の、しかも入学から一カ月で誰かを転校に追い込むなど、普通ではありえないから当然の反応だ。かくいうサクだって未だにあの衝撃を忘れられない。
「それについては僕も未だによく分かってないんだけど……。でも、そうなった発端っていうのが文音へのいじめだったことだけは確かだよ。今ほど苛烈な感情じゃなかったと思うけど、当時アイツは文音に嫌がらせをしてた女子の筆頭だったんだ。それでたまたま蓮に目を付けられて……って感じ」
「ふーん。じゃあつまり……自分が野内くんに追い詰められて転校することになったことを押切はずっと根に持っていて……それで、そもそもの原因を文音ちゃんだったって考えて、今こうして復讐してきてるわけ」
「そうなるね……」
何て突飛な思考。そして何より、あまりにも都合の良すぎる思考回路だ。何故そこで直接の原因である蓮ではなく文音へ嫌悪が向いてしまうのか。自分の行為がトラブルの原因だというのに、反省している素振りなど微塵も感じられないことからも、どこまでも小狡い醜悪な性格をしているなと思う。
「うわぁー……ちょー迷惑ー……めっちゃ逆恨みー……」
「ほんまになー」
……まったくだ。その情熱、労力を他のことに使ってほしい。
「まあ、そういうわけだからさ。……二人とも、ここからは蓮も交えて本気で押切を抑えに行くよ」
「うん」
「了解」
「じゃあ、今日は文音の護りを帝に任せるとして……放課後、また集合しよう」
もう時間のない昼休みでの会議を切り上げると、ガタガタガタと三人が席を立ち教室へ戻る。
「……あれ。……というか、さ。蓮……あの密談現場のこと、何で分かったんだろ。い、いやいやいや……そもそも……そもそもさ。何で的確にあんな会話盗み出せてるの!!?」
そんな折。あまりにも自然に盗聴できてしまったために、誰一人不思議とも思えていなかった当然の疑問がサクの口からわらわらと湧いて出る。
「まぁ……野内くんやしなぁ……」
「まぁ……野内くんだしねー……」
「二人とも、順応早すぎるって……」
……とは言いつつ、サクもこう思うしかない。「まぁ……蓮だしなぁ……」と。
◇
――そして来る放課後。
蓮からサクのもとにこんなメールが届いていた。
『放課後、生徒会室行ってきて。じゃ、そゆことだから。PS:あ、俺は大事な大事な大事な用事があるから帰るよ』
その、見るからに面倒ごとを押し付けてきていそうなメールを見たサクは、引き攣った笑みを浮かべながら、ただこう返す。
『分かった。行ってくるよ、生徒会室。PS:あ、そうだ。レキちゃんから伝言。”既読無視をした日数分、兄さんの大事なものが亡き者になっていってますよ”だってさ』
ちょっとした意趣返し。とはいえ伝言は事実なんだから仕方がない。してやったり顔でサクは携帯を右ポケットへ滑り込ませた。
本来なら放課後、昼に出来なかった本格的な相談を蓮へ持ち掛けるつもりだった。だからまぁ、これは逃げられた形になるのだが、でも昼に明確な助力もしてもらっているわけだし、「あとはお前らで頑張れよ」というポジティブな意味にも頑張れば受け取れるので許せる。
サクは携帯の画面を見つめながら小さく笑った。蓮らしいと言えば蓮らしい。自分で問題の核心を掴んでおきながら、解決は他人に任せることがある。無責任さと有能さが同居した、実に蓮らしいやり方だ。しかし、おまけと言わんばかりの面倒ごとの押し付けだけは、サクたちも忙しいんだから勘弁してほしいものだと思う。
そう思ったサクは、極めて丁重に丁寧にそのお願いは断ろうとしたのだけれど――。
「そうだ――ついでに、生徒会に相談でもしてみようか?」
――なんて考えに至り、引き受けた次第である。
まぁでも、正直一個人のトラブル話を真摯に聞いてもらえるか、取り合ってもらえるかは分からない。だからそこまで期待はせず、けれどもほどほどの希望を胸に抱いて。サクはみずき、あずきと一緒に、蓮から言われたとおり生徒会室へと赴くことになったのだった。
◇
――時を同じくして昼休み後半の時間。あのトイレでは押切と上垣内の密談が終わり、サクたちが神妙な顔で会議をしていた頃。
そんなことなど露ほども知らない俺――野内蓮は今、生徒会室でまさかの事態に大興奮していた。いや、訂正しよう――大興奮というより必死なのだ。
「――それで? 他にはどうなんだ。何かないのか」
「えーそうですねー……ちょーっと待ってくださいねー……うーんと他他……あ、そうだ!! 満点に免じてこれ以降は俺だけ試験免除、とかできませんか!?」
「だから……そんなことできるわけがないだろう。却下だ」
「くそう! ……あ、じゃあじゃあ! 次回以降のテストでは俺だけ点数悪くても退学なしとかどうですか!? いや、どうですかと言うか……どうかお願いしますこの通りです会長!!」
頭を机に下げる。淹れてもらってから少し経つがまだホワホワとあたたかいコーヒーの芳醇な湯気が鼻の奥を刺激した。コーヒーの香り。それは、とてもとても穏やかで嗅いでるだけでも心地良い。……が、そんなこと、まじのまじでどうでもいい。……というか、今だけは邪魔だ! 頭を机に擦り付けられないじゃないかこのコーヒー野郎!
「ハァァー……もちろんそれも却下だ。……さっきから同じようなお願いばかりじゃないか。お前、やはり私の見立て通りただのバカなんじゃないか?」
「ええバカですよ!! バカで何が悪いんですか!! バカだからこんなお願いしてるんでしょう!!」
「……あぁー……いや、その、謝ろう。重ねてすまんな。今は私がお前の実力を見誤ってたことへの詫びをどうしたらいいかと聞いているというのに。……というか、そこまで自分をバカだなんだと言い張れる愚鈍もおるまいしな。愚問だった。悪かった、そうまでしてでも実力を隠したい特別な理由でもあるのだろう?」
「いやいやいや、そんなんじゃなくてですね!? さっきからバカだバカだって言ってるでしょう!? いいですか、俺はバカなんです!! だから何卒!! 何卒、この愚鈍でバカで、どうしようもないわたくしめの試験を何とかしていただけませんでしょうか!!?」
「だから。こちらもそれは却下だと言っているだろう」
「うーくそう!」
必死の懇願も虚しく。
生徒会室に呆れたマリー会長の声と悔しがる俺の声が交錯する。重厚な扉。部室にしては高めの天井。整然と並んだ書類。この部屋のすべてが、生徒会という存在がいかにこの学園で高い権力を持っているかを象徴していた。そして今、その権威の頂点に立つマリー会長を前に、俺は堂々と声を張り上げている。
……とまぁ、良いふうに言ってはみたものの。
実態としてはかれこれ5分間ほど、ただただ俺のハイテンションな全力のお願いのことごとくが見事に蹴散らされているだけだ。
え、何でこんなことになってるかって?
それはね。俺はただ扇風機の持ち出し許可を取りに来た(連れてこられた)だけなんだけど、ついでにコーヒーでも飲んでいくかって言われてね。うん、まぁ当たり前に断れないじゃない? そしたらだよ?
「野内蓮。私は正直に言ってお前のことを愚鈍な人間だと決め付けていた。でも貴様は先月の『進学期試験』で正真正銘の満点を取った。――ん? 何故正真正銘だと言えるのか、だと? ああ、それはもちろん疑ったし調査もさせてもらいもしたが、不正など見つけられなかったんだ。だからこれにて私は自らの非を認めることにしたわけだ。すまなかったな、野内蓮。この通りだ」
何と、マリー会長――あの桜崎財閥のご令嬢に頭を下げられました。
それで、お詫びとして何か出来る事があるなら言ってくれとか申されたからこうなっているわけなんですね。はい。
「いやでも会長! 俺はこのままだと次のテストで退学になってしまうんですよ!? いいんですか、それで!!」
「何故確定事項なんだ……。満点を取ったお前の実力なら赤点など余裕で回避できるだろう」
いやいや、だから俺ってばバカなんだってさっきからずっと言ってるよね!? 何で急にそっち側に行ってしまわれたんですか!? 会長……まさか貴方もバカなんですか!? そうなんですか!? ねぇ!!
言葉には出さないが会長に愚痴を零す。
……くそう! こうなったらもう、実はあの満点は彼方からの合法カンペ(※不正です)があったからこそ取れたものなんですって言ってやろうか?
……いいやダメだダメだ。それは何か決定的にマズイ気がする。「じゃあお前だけやり直しな?」なんてこと言われたら即退学になっちゃうし。くっ、ならば別方向のお願いをするしか――あ、そうだ!
「……じ、じゃあ分かりました! もうそれは諦めましょう。なら会長! 別のお願いです!」
「……何だ? 言ってみろ」
「ぜひ、俺とデートを――」
「おい、調子に乗るなよ?」
「してくだ……って。はっはっは! 冗談ですって! はははー」
うーくそうくそう!
……うん、でもこれは無理だって何となく分かってました、はい。だけど会長、怖いけど美しいんだもん。レティや藍と同じかそれ以上だよ? ダメもとでもお願いして見たくなっちゃうのが男の子ってやつの性だよね……ってまぁ、そんなこと言ってるのは女子とまともにデートしたことも無い俺なんだけど。
「うーん、でもそうなると……会長にお願いするようなことって中々思いつかないですねー。あまり失礼なこともお願いできないですし」
「……たった今デートだのなんだのとお願いしてきたやつの言葉とは思えんな。……ふむ。まぁしかし、たしかに私相手だと言いづらいことも多いというのは一理ありそうだ」
マリー会長はガチャリとコーヒーカップを机に置くと、俺の前で足を組みなおした。
おおお……何だか婀娜婀娜しいぞ、おい。
特に黒のニーハイソックスが途切れてる太ももの部分が端的に言ってエロい。
「なら、何か悩み事だったり相談事だったりは無いか? 必ず解決できるとは約束できんが、私にできる限りのことは協力してやるぞ?」
マリー会長がこちらを見て話を続けてきたので、とっさに太ももを見ていた視線をさらに下へおろし、最初からこれを手に取るつもりでしたよーと言わんばかりにコーヒーカップを手に取る。
……あぶないあぶない。殺されるところだった。
「ああ、一応言っておくが……性的な事はもちろんNGだ。今私の脚をジロジロと見ていたことについては大目に見ておいてやるがな」
――ブッ!!
口に含んでいたコーヒーを軽く吹き出してしまう。
……あぶないあぶない。もう少しで零れてしまうところだった。
「さ、さーて……相談事、ですかー……うーん、何かあったかなー!」
とりあえず今のことは無かったことにして、悩み事だったり相談事だったりを元気よく考えてみる。
しかしまぁ、俺の悩みと言えばもっぱら”天才くん問題”と”藍問題”なわけだが……。これについてはもう俺の中で「どうにでもなれ!」的な感じで諦めがついていることでもあるし、そもそもいくら俺が実はバカで藍とはこういう関係で……って説明したとしても会長がどうこうできるとも思えない。
だって、会長と言えば元々俺のことを「バカで愚鈍」と言い切って広めてくれていた救世主なわけだが、現にこうしてその作戦でも解決に失敗している。今に至っては満点を取ってしまったことで、俺のことを本物の天才だと再認識しているくらいだ。
今更変に希望を抱いても余計にストレスがかかるだけだし、ここはやっぱりそれ以外の話題が良い。
(ううーん……でもそれ以外だと……)
……うん、ないね。俺、悩み事。
何だかそれら以外悩みが全くないなんてバカみたいで恥ずかしい。あ、でもバカだから恥ずかしくないか? いやいや、そういう問題じゃないんだよ。会長に「悩み、無いです!」って言って「こいつ幸せそうなやつだな……」って思われるのが恥ずかしいんだよ!
それだけは何となく嫌だったので、何かないか何かないかとドラえもんばりに必死で最近の出来事を探してみせる。
あれも大丈夫、これも大丈夫――と、藍からまた卵焼きだけ弁当が渡されそうで怖いんですなんてことを言い出しそうになった、そのとき。
「――あ!」
天啓が舞い降りた。
「そうだ会長。俺の友達が今悩んでいることがあるらしいので、その相談に乗ってあげてもらえませんか?」
さきほどかかって来た電話。サクからのお悩み相談のことだ。これだ。これしかない。これを会長に押し付け――じゃなくて任せられれば最高じゃないか。まさに天啓。究極の神アイデアだ!
「む? ……友達の? まぁ、お前がそういうならそれでもいいが……本当にそれでいいのか?」
「ええ、ぜひぜひ! というか、会長が適任ですよ。俺も正直面倒くさいなーって思ってましたから……って、あ、今のは内緒でお願いします」
「なっ!? お前……自分が面倒くさいからって、それを……私に、押し付けたのか?」
マリー会長の声が、一オクターブ上がった。その表情には明らかな不快感と驚きが浮かんでいる。
「えあッやべ漏れてた? じゃなくて……は、はははっ! やだなー会長、押し付けだなんてそんなそんな。言ったじゃないですか、会長が適任だって。適材適所ってやつですよ!!」
「……おい。漏れているぞ、本音が」
「ま、まぁまぁ会長。いいじゃないですか。ほら、可愛い……いや、かっこいい……いや、イケメンな後輩の頼みでしょう? よっ、マリー会長!! 超美人!! スタイル抜群!!」
ええい、どうにでもなれ!! ……とばかりに捲し立てる。今日気が付いたんだけど、この人意外に喋りやすいんだよね、俺。最初は恐ろしいほどの威圧感を感じていたが、こうして実際に色々話してみると、案外普通の調子で会話が成立する。もちろん、常に緊張感は漂っているけども。なんなら普通の人より話してて楽しいまである。あ、あれかな。相性が良かったり……なーんてね。
「……ハァーー……まったく」
皺をほぐすようにマリー会長は手で眉間を揉み、深い溜息をついた。
おおお……この人がやるとすごいかっこ可愛い……というか綺麗だ。
その仕草一つ一つに、育ちの良さと洗練された美しさが宿っている。まるで、絵画の中から抜け出してきたような完璧さとでも例えようか。とにかく何をするにも様になる。
「単に愚鈍を演じているのか、それともネジが抜けすぎている極端な愚鈍なのか……本当に掴みどころがなく分からんやつだな、お前は。……だが、私を前にしてここまで肝が据わっている下級生も初めてだ。そういう面でお前は間違いなく”天才”なんだろうなということがよく分かったよ。今日はそれで良しとしよう」
「……と、いうことは?」
「ああ。お前の面倒ごと……友人とやらの相談事は、この私が――桜崎茉莉伊の名のもとに責任を持って対処させてもらおうじゃないか」
「……ありがとうございます、会長」
……いやっっったぁぁああああ!! 面倒ごと一つ減ったぁぁぁあああ!!
俺は心の中に留まらず、ついガッツポーズが表に出てしまった。もちろん呆れられました、はい。
こうして昼休みも終わり――。
俺は次の授業の合間にトイレへと扇風機を運び、置きっぱなしになっていた携帯を回収すると、すぐにサクへとメールをしたためる。その内容はこんな感じだ。
『放課後、生徒会室行ってきて。じゃ、そゆことだから。PS:あ、俺は大事な大事な大事な用事があるから帰るよ』
――そして放課後。
せっかく面倒ごとを回避できたことだし、万が一にでも捕まりたくはなかった俺は猛ダッシュで帰路に就いた……のだが。寮に着き携帯を開くと同時に崩れ落ちた。画面にはサクからの返信メール。内容はこうだ。
『分かった。行ってくるよ、生徒会室。PS:あ、そうだ。レキちゃんから伝言。”既読無視をした日数分、兄さんの大事なものが亡き者になっていってますよ”だってさ』
「既読、無視をした日数分……だ、って……??」
慌ててすぐに「レキ 6月6日」という名前を探し出し、メッセージ履歴を確認するも……絶望がより深い絶望に変わっただけ。
最後の履歴は『4月3日 水曜日』。
――『兄さん。』17:32
という、恐ろしく意味ありげな句点が付いたメッセージ。
「あぁ――神よ! 貴方は何故に私をこうも虐めるのか――!」
涙を流した俺は、独り寂しくキリスト、イスラム、ユダヤなどなどなど……とにかくたくさんの名前も知らない神様たちに文句を叫んだ。叶うことなら――どうか時を戻してくださいお願いしますと祈りを捧げながら。あ、どうせなら近いんだし試験開始前に戻してくれてもいいですけどね……なんて都合の良すぎることも考えてみたりするが戻るわけがないので意味がない。
「レキへ……決して……決して! 忘れてたわけじゃないよ! うん、ちょっと兄ちゃん忙しかったんだよーてへへ! だから許してちょんまげ……っていやいや、これは流石にまずいか」
こうなったのもすべて『4月3日』の俺のせい……かと思いきや恐らくそういうわけではなく。多分……というか確実に『6月6日』の俺のせいなのだ。
だって……『6月6日』と言えば、我が妹――野内礼貴の誕生日なのだから。最後のメッセージ履歴が『4月3日』の時点で察してほしい。そう――俺という大馬鹿者は名前のところにわざわざ誕生日が書いてあるのにも関わらず、祝いのメッセージを送信し忘れていたのだ。いや、正確には違う。送信し忘れていたというより……そもそもの誕生日を忘れていた。いやだって……しょうがないでしょ! 最後のメッセージ『4月3日』だよ!? 『4月3日』!!
うん。目に入らなければ書いてあったところで意味なんかない。つまりはそういうことだ。
一体どうすれば残された俺の大事な大事なゲームや漫画たちを助けることができるのかを考え、俺は残りの一日ただ携帯と睨めっこするだけの時間を過ごし、結局夜になって電話にて妹から小一時間説教を受けることで事なきを得た。
今年の夏は初の寮生活ということで実家に帰るつもりなんてなかったのに、帰ってくることを約束づけられたことはまた別の話である。
レキ「……」




