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第66話 天才たちはあのトイレにて


『それじゃ、相談の前にちゃっちゃと取りに行ってくるからちょっとこのまま待ってて』


「……え? ちょ、待っ!! 蓮!! 相談を先に聞いてよ!!」


 ――時間は少し遡り、サクたちが蓮に相談を持ち掛けようと電話をかけていたとき。


 サクは電話越しに、ガチャガチャという何かに鍵をかけるような音を聞きながら苛立ちを見せていた。


「待ってって!! ……って、くそっ!! 蓮のやつ、本当に行きやがった!!」


 携帯を机に放りだし、自分らしくもない暴言を吐き捨てる。普段のサクからは考えられない感情的な言葉だった。


「え? なになに」


「どうしたん?」


 その姿にみずきとあずきも驚きを見せる。


 ……いけない。こんな些細なことで怒ってしまうほどにストレスが溜まっていたのだろう。


 いったん落ち着きを取り戻すために深呼吸をする。


「スゥーー……ハァーー……いや……ごめん……ちょっと取り乱した」


 冷静になろう。冷静に、論理的に。それがサクの本来の姿だ。蓮が適当なのはいつものことじゃないか。今更驚くことでも苛立つことでもない。


「蓮は今どこかに――いや、どこかっていうか多分扇風機取りに行っちゃったんだけど、通話は繋がったままだしすぐに戻ってくると思う……多分」


 通話中になったままの画面をみずきとあずきに見せながら、スピーカーモードにしてあちら側に誰もいないことを聞かせる。蓮は外にいたんだろうか。携帯から流れてくるのは微かな風の音と遠いセミの鳴き声だけだ。初夏の昼下がりを感じさせる、のどかな環境音が聞こえてくる。


「ふーん。まぁ、扇風機がどうのこうのは別になんでもええんやけど……で? 相談は乗ってくれそうだったん?」


 みずきが現実的な質問を投げかける。その鋭い目は、状況を的確に把握しようとしている。


「あぁ、うん。それは大丈夫だと思う。そんな気がしてたー、とか言ってたし」


 文音やサクがトラブルに巻き込まれていること自体は、水かけの騒ぎもあったし部活も休止しているので蓮も絶対に知っているだろう。しかし、「そんな気がしてた」とはつまり、近々サクたちから相談を持ち掛けられるだろうなということまで把握していたということだ。トラブルにまったく関与していないというのにすべてを見通しているかのような物言いが、親友ながらつくづく恐ろしい。


「なら、このまま待っとけばええっちゅうことやんな?」


「うん……そう、だね」


「了解ー」


 意外にもすんなりと待機時間を了承した二人に驚きながらも、サクはすることもなくただただ携帯を眺め蓮が戻ってくるのを待ち続けた。




 ◇




『――――……なら……だ」


 そのままひたすらに待つこと十数分。人の気配が全くしなかった携帯の向こう側にようやく動きがあった。まだ距離が遠いのか何を言っているのかは分からなかったが、たしかに人の声が聞こえてくる。


「ハァー……やっと戻って来たか……」


「……お、来たん? さすがに待ちくたびれたでー野内くん」


 サクは画面に声の波形が出てきたことを確認し、ため息交じりに携帯に話しかけようとする。みずきも背伸びをしながら携帯の向こう側に意識を向けた。しかし――。


「待って」


 そこで突然、あずきからの待ったが入る。嬉々として話をしようとしている二人のことを両手で勢いよく制した。


「……え?」


 普段気だるげなあずきを見ているだけにサクは唖然とする。サクとみずきを止めたあずきの顔は見たことも無いくらいに真面目なものだ。緊迫感すら感じられる。一体どうしたというのだろうか。


「シッ。静かにしいや」


 どうしたのかとあずきに問いただすつもりだったサクのことを、同じくあずきに動きを止められたはずのみずきが口に人差し指を立て静止した。みずきの顔はあずき以上に鬼気迫るものがある。


 その表情を見てサクはようやく状況を理解する。【直感の天才】あずきが何かを察知したのだと。


『――はぁ? ほんとうにそんなこと出来るの?』


 すると、間髪入れずに携帯のスピーカーからそんな声が聞こえだした。


(……女?)


 繋がっているのはたしかに蓮の携帯なのだが、その向こうからは女の声が聞こえる。その口調、声音はどこか聞き覚えがあり心が妙に毛羽立った。


 同時に、みずきが自分の携帯を取り出し何故か通話を録音し始める。その動きには迷いがなく、まるで何かを確信しているかのようだった。


『ああ、問題ない。これはただの道具ではなく、”充電型・超高速データ転送機”というものだ。本来は携帯などに差し込んでデータを抜き取るためのものなんだが、逆にデータを忍ばせることもできる優れものでな。それも、ハックの必要もなくたったの二秒で済む」


 今度聞こえてきたのは女の声ではなく男の声。淡々とした口調からも蓮ではなく別人だった。


(……超高速データ転送機? データを忍ばせる?)


 サクは会話をしているのが誰かということを考えると同時に、会話の内容が穏便ではないことに眉を顰める。明らかに普通の談笑ではない様子だ。聞き逃しがないよう耳に意識を集中させる。


『へぇー……これそんなにすごいものなんだ。でも、何であんたこんなもの持ってるわけ? 何、まさか自作?』


『いいや。こういうものを扱うプロ御用達の裏サイトがある。性能が良い分値段は相応に高いが、サイトを見つけさえしてしまえば普通に購入可能だ』


『……ふーん。まぁ、怪しいけど使えるなら何でもいいわ。じゃあ、あとはウチが携帯で女子の着替えをそれっぽく盗撮して――そんでそのデータを入れたコレを千条の携帯に差し込むだけってわけね』


(……!!?)


 盗撮という部分もだが、千条という苗字にサクは目を見開く。


 この女子――押切だ。


 どうして蓮の携帯から聞こえてくるのか、相手の男子も携帯がある場所も分からないが、誰か協力者と密談していることだけは確か。より一層、サクたちは音声に意識を集めた。息を殺して聞き入る。


『ああ。ただ、盗撮は今日からだが実行するのは最短でも金曜日だ』


『? なんでよ。今日のプールで盗撮したやつを明日のうちに適当に差し込めばいいだけでしょ』


『事はそう単純じゃない。今のお前がその”適当に差し込む”ということを誰にも見られず教室や外で出来ると思うか? 不可能だろう』


『……ッ。まぁ、たしかに考えてみればそれはそうだわ。チッ……あのクソ帝さえいなけりゃ余裕なのに」


『奴はトイレのタイミングすら意図的に調整して徹底的に千条文音を守っているからな。だからその帝がいないタイミングを狙うしかないんだが……かと言って教室以外の場所では島田朔と蕨姉妹が傍に付いている。恐らく差し込むタイミングを見計らっているうちに夏休みに突入してしまうだろう』


『そうね……なら差し込むのはあんたに任せるわ』


『いや。俺がやったとて帝や島田の警戒は変わりないんだ。お前と同様、実行できずにこの作戦は失敗することになる』


『……はぁ? じゃあ、さっきの"実行するのは金曜日"ってのは何なわけ? ……まさかあんた、あとはウチに丸投げするつもりじゃないでしょうね』


『勝手に結論付けるな押切。まだ話は終わっていない。それについてなんだが……盗撮現場を現行犯で抑えることにしよう』


『……盗撮現場を?』


『帝も島田もいない。それにカメラさえもない更衣室こそが、そもそも何かを仕掛けるのには絶好の場所だ。携帯や財布などの貴重品は更衣室へ必ず持参だから容易だしな』


『……あー、なるほどねー』


 押切の声が明るくなる。まるで、楽しい遊びの計画を立てているかのように。


『それに……千条の携帯が仕掛けられていたところがその場で大衆に晒されでもしたら、千条に言い逃れなど出来るはずもない。ロックがかかっていてその場の光景が撮れていなくとも、実際に過去の盗撮データが入ってるんだからな』


 サクは拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込むが、痛みすら感じない。


『へぇー……面白そーじゃん。なーんだ、もう策が決まってたんならもったいぶらずに最初から言ってくれればいいのに。……てゆーか、こんな簡単ならやっぱり明日にでもやっちゃおうか?』


『ダメだ。今日から少し間を開けるのは奴らを油断させる意味合いもあるが、千条を確実に退学へ追い込むための期間でもある。今日から木曜日までの授業で適切なカメラポジションやタイミングを見つけ四つの盗撮データを用意しろ。初日から毎日盗撮をしているならより真実味が増すからな。あと、映りこむカメラを設置しているお前の姿を消す処置を忘れるなよ』


『あーはいはい。分かってるって、しっかりやるってば。ウザイからそんなマジで説教してくんな』


『……そうか。分かっているならいい。俺が出来るのはここまでだ。あとは頼んだぞ』


『頼まれなくてもやるっつーの。……でも、素直にありがとうって言っておいてあげるわ。こんな作戦ウチじゃ考えらんなかったし助かったからねー。たしかにあんたならあの野内ともやりあえるかもしれな……って、あー嘘嘘。……やっぱ今更だけど、野内をどうこうすんのはやめといたほうがいーんじゃない? 正直退学になるだけだと思うけど?』


『対立すれば俺が退学させられると? 押切、お前から見た野内蓮はどういう存在なんだ?』


『はっ。ウチから見た野内がどういう存在か、だって? どうもこうもそんなの……()()()よ、アレは。あんな奴、二度と関わりたくない。中学の時までは初めてあんなのに会ったからただの過大評価、ウチのトラウマかもしれないって思ってたけど……今の実績を見ている感じでも間違いなくアレは関わっちゃダメな奴だわ。ウチがいなくなった後の評判も物凄かったらしいしね』


(……中学、だって? ……いや、そんな……まさか)


 新たに得られたその情報により、サクの中で押切芽衣という人物が、「ある女子」と繋がりかけた。


『野内はプライドの高いお前にそこまで言わせしめるのか。というか……意外だな。お前は強いやつにも臆しないタイプだと思っていたが』


『ハァーー……ここまであんたは何を見ていたわけ? ウチがあのクソ帝に一回でも嫌がらせをした? してないでしょ。自分より強いやつはね、虐めれないし壊せないの。こーゆうのはね、自分より弱いやつにしか成立しないのよ。だから自分より能力が高いやつに刃向かっても、なーんにも良いことがないわけ。おわかり?』


『ほう。それは……【心壊の天才】押切芽衣でも――という意味か?』


『ええ』


『……なるほどな。なら覚えておこう』


『分かったなら別に覚えなくていいっての。……とにかく、ウチが言いたかったのは"野内には気をつけろ"ってことだけ。これで一応警告はしたから。あとはお好きにどうぞご勝手に。散々言ってるけど、ウチは野内にだけは絶対関わらないからね』


『ああ。分かってる』


『あ、そ。なら良いわ。じゃ、また木曜日の昼休みに』


『了解した。木曜日だな。……でも、本当に場所はここでいいのか? 仮にも男子トイレなんだが』


『ええ。だってこんな辺鄙な場所にあるトイレ、わざわざ昼休みに誰も使いに来ないでしょ? 実際ウチもこんな場所最近まで知らなかったし。それに……ほら、あんたも見てみなよ、これ。ここのトイレ全部の便器が使用禁止になってるし、ご丁寧に外にまで使用禁止の紙が出されてる。間違ってもこんなところに来るやつはいないってことよ。それに誰か来たとしても外がひらけてるから分かりやすいしね』


『たしかに……。って、ん? この個室、空き室状態なのに開かないと思ったらこちら側から後付けの鍵で施錠されてるのか。……これは最早トイレではないな。というか、外からの施錠に意味があるのか?』


『さぁ? まぁどうでもいいでしょ、そんなこと』


『まぁ……それもそうか』


 そうして、二人の足音が遠のいていくのが分かる。サクはその会話を聞き終え通話を切ると同時に、すかさず別の人物に連絡を飛ばし始めた。指が震えている。だが、これは恐怖ではない。


 怒りと、そして――希望だ。


『はいもしもし! サクさん、お久しぶりです!』


 昼休みで昼食を食べていただろうに、ワンコール半で元気に電話へ応じたその人物は――。


「うん、久しぶり――レキちゃん。早速で悪いんだけど、ちょっとそっちで調べて欲しいことがあって……」


「はい、何でも大丈夫ですよ。サクさんや文音さんには私自身凄くお世話になりましたし。それに――何と言っても兄さんが現在進行形でずーーーっと迷惑を掛けていますからね……!」


 ――現・緑陽中学生徒会長・野内(のうち)礼貴(れき)


 野内蓮の妹にして、その血筋を疑う余地もないほどの、紛うことなき天才美少女だった。


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