第63話 昼休み行脚
投稿時間遅くなりました。
1年生教室棟の前を通りかかった時、一人の女子とすれ違った。
「……」
当然ながら何も話すことなどなく、そのまま通り過ぎる。
しかし、ふと視界の端にその女子の表情が映り込む。彼女は何だかすごく驚いたような、というか……嫌そうな顔をしているように見えた。
(……ん? あれ、前にも似たような反応されたような)
俺は立ち止まることなく歩き続けながら、記憶の引き出しを開ける。
確か……以前帝と一緒にいた女子が同じような顔をしていたっけ。あの時もめちゃくちゃ驚いた顔をされた覚えがある。
「えーっと……名前、何だっけな」
思い出そうとするも、当たり前のように出てこない。
だって、喋ったこともない相手だし。
まぁ、でも思い出せそうではあるんだよなー……。
スピードを緩め、頭を働かせる。
「あー、そうだそうだ! つぼみんに聞いたんだった」
すると、なんとなく記憶が繋がった。
確か……押切芽衣、だったか。
1組の女子で、帝と何やら揉めていた時に一緒にいた子。その後サクと文音と水をかけた云々で揉めていたという子だ。
それ以上のことは知らないし、興味もない。
というか……だ。
「……俺、何かしたっけ?」
あんな顔をされるようなことをしただろうか?
まったく心当たりがない。
初対面の時からあんな顔をされて、今回も同じような反応。
普通に考えれば間違いなく俺が何かやらかしてるんだろうけど……思い当たる節が全くもって見つからない。
「……まぁ、分かんないし……いいか」
あの女子ももう足早に何処かへ行ってしまったようだし、何か文句があるならそのうち厄介事が勝手に舞い込んでくるはずだ。
明日のことは明日の俺に任せればいい。
今日の俺は早く扇風機を取りに行こうじゃないか。
今のところ、走ってここまで来たので本来なら5分くらいかかるだろうところを2~3分くらいには時間を短縮できている。
昼休みは有限だからね。
できる限り早く扇風機を確保してトイレへ戻りたいところである。
そして、教室棟から部室棟へと足を進めようとした、その時――。
「あ、野内蓮!!」
そんな元気ハツラツな声が俺の耳に届いてきた。
「……」
でも、俺は無言で歩く。
「おーい!! 野内蓮、聞こえてるんだろ!!」
……よし、無視だ無視。
振り向いてはいけない。聞こえてないふりをしよう。
時間を食う気しかしないし、ここは歩みを止めてはならない場面である。
しかし――。
「え? 野内くん? 星海、お知り合いだったのですか?」
その声が耳に届いてきたことで、俺の足はピタリと止まってしまう。
これは……この声は……。
「うむ。この前のテストで野内蓮は星海と同じ点数を取ったのでな。実はそれ以来のマブダチなのだ」
「マブダチ……ですか?」
……間違いない。
この聞きほれてしまうような声は……レティだ!!
「いつから俺がお前とそんな眩しい関係になったって?」
それに気が付いた俺の身体は、すぐさま声のした方向へと振り向き近づいていた。我ながら何とも素直な身体だと思う。
あの試験以来、会う度絡んでくるチビッ子――言峰星海に一言添えて二人に向き合う。
「レティ、久しぶり」
俺らしくもない快活で男らしい声が教室棟前のピロティに響いた。
自分でも分かるくらいかっこつけている。ちょっと恥ずかしい。
「ええ、お久しぶりです。野内くん」
本当にかなり久しぶりだ。
レティが部室に来たあの日以来、たまに廊下ですれ違ったりしたときにちょろっと話す程度だったからね。
まともに話した記憶の方が少ない。
連絡先聞くにはまだ早い気もするし、クラスも違うから中々話をする機会もない。
恋愛とは……なんて難しいんだろう。
てか、仲が深まる以前に俺はまだ藍と別れられてないからレティと恋愛関係になれないんだけどね!
「おい、野内蓮。いつものつんけんした態度はどうした」
「はて、なんのことやら」
チッ……このチビッ子め。
俺のレティ向け甘いフェイス(自称)をバラすんじゃない!
って……あれ?
「というか……レティ、このチビッ子とは仲良いの?」
「おい、星海はチビッ子じゃないぞ」
「じゃあ、ロリッ子で」
「ロリッ子でもない!」
「ふふふ」
レティが微笑む。
……ああ、美しい。
「はい。星海とはクラスが同じで、今ではすっかり仲良しですよ」
「うむ。イヴちゃんは星海の親友なのだ」
なんと……この二人同じクラスだったのか……。
ということは、これからレティと話す機会があったら、このチビッ子とも一緒になる可能性が高いってことか。
まぁ……レティの親友なら仕方がない。
俺とレティの邪魔をしないならば許してやろう。大分不安ではあるけど。
「そういえば野内蓮、お前は今どこへ向かっていたのだ?」
「ん? ああ、部室棟」
「部室棟? 相談部の用事か?」
「まぁ……そんなとこ」
詳しく説明するのも面倒だし、大体合ってるからいいだろう。
「そうですか……お忙しそうですね」
レティがそう言って、少し残念そうな表情を見せる。
(ぐっ! ……や、やばい! 可愛すぎる!)
内心でそう思いながらも、表には出さない。
ここで調子に乗ったらキモイと思われかねない。
堪えてくれ、俺の顔面!
「じゃあ、星海たちはこれから中庭に行くから、また今度ゆっくり話そうな! 野内蓮」
「おう、またな」
レティにだけ向けて、俺は軽く手を振った。
え、星海? 次はレティだけと遭遇したいから、またねとは言わないよ。
「ええ。では、また」
レティが優雅に会釈をして去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺は心の中でガッツポーズをしていた。
(やった! 久しぶりにレティと話せた! ひゃっほうー!)
こんな感じで……なんてことはないレティと星海との会話を終えた俺は、やっとこさ部室棟を目指し始める。
◇
部室棟の場所は珍しく把握していた。
というのも、以前相談部の申請を出しに行った生徒会室がある特別教室棟とつながっている棟が現部室棟なため、一度足を運んだことがあるのだ。
レティたちと話していたせいで時間が掛かってしまったが、目的の備品室へようやくたどり着く。
そこで俺はふとあることに気が付いた。
「あ、やべ。もしかして鍵かかってるんじゃ?」
扉を開ける直前に溜息をつきそうだったが、とりあえずダメ元で扉を左へスライドさせてみる。
「よかったー。開いてたー」
恐らく人が頻繁に使うためだろうか。
鍵はかかっておらずすんなりと中へ入ることができた。
「えーっと……扇風機扇風機……おっ、あるじゃんあるじゃん」
目的の物は大体5分ほどで見つかる。あまり時間が掛からなくて良かった。
その中から小型の扇風機を選び、動作確認をしてみる。
……よし、ちゃんと動く。
これでトイレ生活がより快適になるだろう。
「じゃ、帰りますかねー」
あとは退散するだけだ。そそくさと早足で廊下を歩き始める。
「おい」
しかし。
備品室を出て少し行ったところで、扇風機を抱えた俺に声をかけてくる人物が一人。
「はい?」
どこかで聞いたことがあるような声。
その正体を思い出すより前に、俺は後ろを軽々に振り向く。
するとそこにいたのは――。
「その扇風機をどこに持っていくつもりだ?」
(おっ……と……)
藍とレティに匹敵するほど目を引く美貌。
しかし、あの二人とは全く違う、圧倒的な強者の雰囲気、まさにオーラとも呼ぶべきものをもった超絶美人。
そう――何を隠そう、現・城才学園生徒会長・桜崎茉莉伊である。
青みがかった艶やかな黒髪。
スレンダーで洗練された立ち姿。
そして何より、この場を支配するかのような存在感。
この城才学園の頂点に君臨する、桜崎財閥の御令嬢だった。
「あー……これは、ですね……その、部室で使おうかと思いまして……」
前に直接打診もしているし、SNSでバズりもしたから俺が相談部を非公式でやっていることは知っているだろうし、第一ホントのこと(トイレで個人的に使用するためです)を言ったらどうなるか分からないので適当に誤魔化す。
「ほう……部室か」
マリー会長は俺の目をじっと見つめる。
その視線には、何か値踏みするような鋭さがあった。
「嘘だった場合、それなりの罰を与えることになると思うが……それでも回答は部室でいいんだな?」
(えっ!?)
……ヤバい。
この生徒会長、絶対に嘘を見抜いている。
俺が下手な嘘をついたら確実にアウトだ。その罰とやらが速攻やってくることだろう。
ここは正直に言った方がいい……いや、でも「トイレで使います」なんて言ったら不審者扱いされる。
どうする……俺。
「……えーっとー……そのー……じ、実は部室じゃなくて、ですね……ちょっとだけ個人的に使いたくて……」
「個人的? 寮に持ち帰るのはダメだぞ」
「あ、いえいえ! 個人的に使いたいといっても自分の部屋でってわけじゃないので。それは大丈夫ですよ」
「ふむ……まぁならいいんだが。とはいえ、だ。個人使用ならしっかりと許可を取れ。……まぁ丁度いい。生徒会室も近いから少し寄っていけ。私が手続きしてやろう」
「あ……えと……はい」
もちろん、抵抗する余地など無く。
言われるがまま、俺は生徒会長の後を追うことになる。
だって……しょうがないでしょ。
無理無理。この生徒会長に対していつもみたいに駄々こねるとか、心臓もたないから。
こうして――俺は結局、この昼休みの間にトイレへは戻れなかった。




