第53話 勘違いは止まらない
投稿時間遅くなりました。今話にて第二章完結となります。
6月10日、月曜日。
「~~♪」
俺はいつもよりも上機嫌に、そしていつもよりも若干早い時間に登校していた。
有名なロックシンガーの曲を鼻で歌って、スキップしてしまうくらいには上機嫌だ。
朝の空気が心地よい。
いつもなら憂鬱な登校も、今日ばかりは足取りが軽い。
まるで遠足前日の小学生のような気分だ。
だって、今日というこの日は、俺の本当の学園生活が始まる日(彼方が赤点取ってなければ)なんだから。
「おおー、すげー人だかりだなぁー」
下駄箱で靴を履き替えていると、教室へと続く広いホールに大勢の人がわらわらと集まっているのが嫌でも目に付く。
試験の結果発表が堂々と張り出されているらしい。
いつもなら人だかりに対して鬱陶しいと心の中で毒を吐くところだが、今日の俺は全く気にも留めない。
だって、今日というこの日は……(同上)。
少し近づくと、周囲の雑言が耳に入ってくる。
「すっげー!! あの二人、テスト満点ってマジかよ!!」
「え……すっっっごっ……」
「あ。あの三番目のやつ、そーいえば点数勝負ふっかけてたらしいぜ」
「え、誰に?」
「それが……あの――――に、だって」
「へー……そりゃまた……むごいねー」
「だよなー。あ、てか言峰って、首席のあの小さい子だよな?」
「そうそう、あの小さい子。タメだっていうのが未だに信じられないんだよねー」
どうやら、あんな訳も分からないテストで満点を取った凄いやつが二人もいるらしい。
(満点って……凄いなー。さすがは天才学園って感じだ)
凄い。
うん、凄い。
……あまりに遠い存在過ぎて、凄いという感想しか出てこない。
それに、俺たちと同じように点数勝負をしていたやつらがいるらしい。
会話から察するに、恐らく勝負を仕掛けた側が3位に君臨しているのだろう。
願わくば、それが帝であってほしいものだ。
(さて、と……)
下駄箱にいても仕方がないので、俺も掲示を見に行くことにしよう。
彼方のやつは一体どのくらいの実力だったのか気になるところだ。
右足、左足と、順番にゆっくりと足を前に出していく。
そして人ごみに本格的に近づくと、何やら周囲がざわざわとし始めた。
「おい、あれ……」
「何? お、噂をすれば何とやら、だな」
後ろから指をさされている気がする。
(ん……? あれ? これって、もしかして……)
これはもしかして……いや、間違いない。
きっと、さっき聞こえてきた会話の、3位にいる勝負を仕掛けたやつというのが思惑通り帝だったのだろう。
だから俺の負けが確定したことで、「見ろよあれ、ほらあの……点数勝負に完敗したっていうバカ」みたいな感じの注目を集めてしまってるんだ!
そうに違いない。
同じようなざわめきが広がっていることからも、相当コテンパンにやられてしまったんだなということがよく分かる。
(――――っしゃぁあああああああああ!!)
心の中で盛大にガッツポーズを決める。
やった、やったぞ!
これで晴れて俺は”天才くん”の呪縛から……そして藍から、解放される!
もう二度と、あの息苦しい評価に縛られることもなければ、ゴミを扱うかのような待遇を受けることも無いんだ!
まだ掲示が遠くて見えないが、見えなくても結果は一目瞭然というやつである。
あとは堂々と結果を見に行き「完敗してしまいました無念」という演技をすれば、すべてが終わる。
まぁ、元々彼方にカンペをお願いした時点で負けは確定していたようなものなんだけど。
それでもこの周囲の反応は頼もしい。
嬉しいものは嬉しいんだ。
(よし! じゃあ、見に行くか!)
そして、自信満々な態度で俺が歩き出すと、自然と人だかりの中に道が出来ていく。
まるで、モーゼだかモーセの十戒のように、人々が左右に分かれていった。
注目を集めそうなので普段は嫌なのだが、この大量の人の中で掲示まで近づくためには非常に有難いことなので、遠慮なく足を進めた。
これが最後の”天才くん”待遇だと思うと、ほんの少しだけ感慨深い。
そして――
俺は掲示を見て……見て。
(…………???)
掲示のてっぺんに書いてある部分から読んでいくことにしたのだが……。
上から二番目のところに、『1位 野内蓮 1000点』と書いてあって……。
三番目のところに、『3位 帝友恵 954点』とも書いてあって……。
(………………?????)
――思考が、完全にフリーズしてしまった。
……いや、待て。
待て待て待て。
……今、何を見た?
二番目に、何て書いてあった?
もう一度、ゆっくりと視線を上げる。
『1位 野内蓮 1000点』
(…………?)
もう一度。
『1位 野内蓮 1000点』
(……………………?)
「…………フッ」
思考が止まってしまっているので、目の前が真っ白になることもなく、ただただ『1位 野内蓮 1000点』、『3位 帝友恵 954点』という文字を眺めては微笑みを溢す。
「…………」
そして、突然真顔になり……情報を処理しようと身体が動きを止めた。
俺は何も、考えられない。
思考が、働かない。
訂正しよう。目の前どころか頭の中が真っ白だ。
それでも周囲からは色々な言葉が発せられており、停止中の頭の中に勝手になだれ込んでくる。
「うわぁー、あれが噂の"天才くん"?……めっちゃ男前じゃんー!! しかも超勉強できるとか、あたし超タイプかもー」
「バカ、お前知らねぇの? あいつ彼女いんぞ。それに、今回の勝負も彼女を守るために受けたって話らしい」
「え、マジ?」
「結果を見るに……本当だろうな。ほら、10組にめちゃくちゃ綺麗な野内藍って子いるだろ? 入学式の日に速攻告白して付き合ったらしいから。ベタ惚れなんだろ」
「入学式で!? やっば、グイグイ系じゃん! めっちゃタイプ―……いいなぁー」
「ぐさっ! 俺もグイグイ誘ってるはずなんですけど!? ……って、あ。見ろ、あれ言峰だ」
「え、どこどこ」
「あそこ……って、ちっさくて見えなくなったわ」
あー……。
どうして……。
どうして、こうなったんだろうか……。
俺は何を、どこで……。
何をどこでどうやってどうしたからこうなってしまったんだろうか……。
(いや、そんなの……)
そんなものは。
考えるまでもなく、原因として挙げられるのは一つしかなく……。
(……たぁー……)
俺はとりあえず思考を放棄して、その原因となる人物に対して、この心からの憤りを持っていくことに決めた。
(かああぁぁなあぁあぁたぁああああ!!!!!)
道中、知らないロリッ子や帝に話しかけられもしたが、今はそれどころではないので一切取り合わず、俺は10組の教室へと足を踏み入れた。
教室には、藍やつぼみんがいて……そして。
肝心の人物――彼方の姿は、どこにも見当たらなかった。
◇
帝友恵は驚愕していた。
「満点……だと!?」
文句のつけようがないほどの完敗。
悔しさももちろんあるのだが、同時に、聞いていた以上の”天才”ぶりに感心してしまう。
「あの時は、たしかに雑魚が粋がってるだけに見えたんだがな……」
友恵は勝負を仕掛けたあの日のことを思い出す。
初めて噂の”天才くん”を見た印象は、普通だった。
たしかに、タッパもそれなりにあってスラっとしたスタイルをしていたので、見た目は整っているし、賢そうにも見える。
しかし、姿を現したときから、終始一貫してこちらを舐めた態度を貫いていたし、とてもそれが賢い態度とは思えなかったのだ。
それに感覚の話にはなるのだが、滲み出るオーラのようなものが明らかにバカの雰囲気だった。
まるで、何も考えていないかのような、そんな印象を受けたのを覚えている。
それでも、結果を出している点と周囲からの評価が高いのは事実だ。
だから友恵は蓮に勝負で勝利し、本物の天才とはどういうものかを学年中、学校中に知らしめるつもりだった。
だが、蓋を開けてみればどうだろうか。
あの舐め腐った態度は、粋がっていたのではなく。
自分が天才だからと、本当にこちらを舐め腐っていただけ。
能力が友恵よりも上だというのなら、あんな態度を取っていたことにも納得がいく。
どちらにせよ苛立つことには違いないのだが、蓮と友恵の力関係の前提が違ってくるのだから、納得せざるを得なかった。
「チッ」
だが、だからこそ、分からない。
何故それほどの才覚を持ちながら、周囲に自然と溶け込めているのだろうか、ということが。
友恵自身、かつて”神童くん”と呼ばれていた頃は、周囲から浮いていた。
才能があるというだけで、まるで別世界の人間のように扱われたのだ。
それが嫌で、わざと天才なんかとは真逆の存在、不良のような格好をするようになったのだが……。
それでもなお、不良たちとでさえ同化することはできなかった。
なのに、野内蓮は違う。
あれほどの才能を持ちながら、クラスメイトと普通に会話し、笑い合っている。
……一体、どうやって?
するとそこで、突然周囲が明らかにざわめきだす。
友恵も注目が集まっている方向へと視線を向ける。
(野内……蓮……!!)
下駄箱前には、勝負の行方など見るまでもないとでも言いたげな蓮の姿があった。
そして蓮が歩き出すと、人だかりの中にみるみる道が出来ていく。
堂々とその道を歩く姿は、まるで王様だ。
完全に認めたわけではないが、この光景をあえて表現するならば天才の王。
少なくとも今のところ、その表現に反対するものなど出てはこないだろう。
何故なら、入学早々頭脳戦に一人勝ちをしただけでなく、誰もが難しいと感じるあの試験でトップタイを勝ち取った者など、あの男以外この学年には存在しないのだから。
やがて蓮は掲示の前へとたどり着く。
堂々と、結果を閲覧している。
(くそが……)
その姿を見た友恵は、心の中でやはり悔しいと感じた。
だって、まるで喜んでいないのだ。
圧倒的な勝利、それも満点での学年首位タイ。
だというのに、一切誇らしげな様子がない。
未だ最初のニヤケ面のままだ。
(くそムカつく野郎だな、やっぱり……って、あ?)
しかし――どうしたのだろうか。
結果を見ても尚ほくそ笑んでいた蓮だったが、突如真顔になると急ぎ足で廊下へと向かい出した。
周囲にいた人たちも慌てて道を開けている。
(もう行くのかよっ! もう少し余韻に浸るとかねぇのか、あの野郎!)
一応、時期を見て敗北宣言をしなければと考えていた友恵は、焦り蓮の元へと駆け寄りだす。
人ごみを掻き分け、先に廊下へと到着した友恵は蓮が来るのを待った。
そして、さほど時間もかからずに蓮は廊下へとやってきたのだが――
「ちょっ……ちょっと待てー!!……ハアハア」
何やら、小学生かと勘違いをしてしまいそうになる小さい女子を後ろに引き連れてきた。
息を切らせながら、必死に蓮を追いかけてきた様子だ。
「おい」
帝は気にせず、蓮の前へと歩み出る。
「…………」
蓮は無言だ。
先程までとは一転して、真剣な表情をしている。
「俺の負けだ。てめぇを認めてやる。……ペナルティも大人しく受ける。だから言え」
屈辱的だが、負けは負け。
立会人までいたのだ。
ペナルティの宣告を受けるため、自ら短く申し出る。
「ああ、うん。俺、忙しいから、また」
「……分かった。なら、用があるときはてめぇが来いよ」
しかし、蓮は何やら友恵のことなど二の次三の次の様子で、先を急いでいた。
友恵の申告を保留にし、教室へと向かって行ってしまう。
その背中を見送りながら、友恵は複雑な感情を抱いていた。
あれは勝者の余裕、というものではない。
むしろ、何か焦っているような――そんな印象を受けた。
「ハアハア……あ! ちょっと……待てぇー……」
教室へと急いでいた蓮を追いかけようと、着いてきていたチビッ子も同時に動き出したのだが、バタンッとその場で倒れ込んでしまった。
「……お前、何してんだ?」
蓮もずっと無視していたし、友恵も無視するつもりだったのだが、その小さい容姿には見覚えがあったので話しかけてみる。
掲示板で見た名前――言峰星海。
学年首席、蓮と同じく試験で満点を取った化け物。
その本人が、今目の前で倒れていたからだ。
「ハアハア……野内……蓮……と……友達に……なろうと……」
「あ? 友達?」
またこれだ。
蓮の周りにはたくさんの人が集まってくる。
あそこまでの才能を持っているというのに、何故だろうか。
友恵からしたら不思議で仕方がない。
才能がある者は、孤独であるべきだ。
それが、友恵が”神童くん”時代に学んだこと。
だが、野内蓮は違う。
そして、この言峰星海も……。
このまま倒れたまま会話されるのも妙な気分だったので、友恵は星海を掴み立ち上がらせてやる。
「そう……友……達……です。……あ。わざわざすみません、ありがとうございま――すっ!? って……ヤヤ、ヤンキー!?」
「あ?」
「ヒッ! ……あの、し、失礼しましたー、じゃあ、星海はこれで――」
「あ、おい。――って、バテてたんじゃねぇのかよ」
友恵の威圧感に驚くと、とても倒れ込んでいたとは思えない足の速さで廊下を逃げるように駆けて行ってしまった。
いや、逃げるようにというか……文字通り逃げていった。
「星海……あれが言峰星海か……」
そう呟いて、友恵も1組の教室へと向かうことにする。
――自分はあんなチンチクリンにも負けたのかと、ショックを隠しきれないままに。
◇
「ふぅ」
放課後、夜の生徒会室でマリーは仕事を終え、そっと息を吐き出す。
「お疲れ様でした。会長」
すかさず、傍に副会長――天内天智がコーヒーを差し出しに来てマリーを労う。
湯気が立ち上る芳醇な香りが、疲れた神経を少しだけ癒してくれる。
「あぁ、まったくだ」
マリーは今、色々あって機嫌が悪い。
生徒会は今日、朝から晩まで授業には一切参加せず、日がな一日赤点取得者の退学処分に従事していた。
特に1年生は初めての『進学期試験』ということもあり、毎年第一回目の試験ではそれなりの退学者が出てくるため、結果発表の日は非常に忙しい。
だが、逆に言えばそれ以降の学年、試験ではあまり退学者は出てこない。
――はずだったのだ。去年までは。
「1年はともかく……ここに来て2年にあそこまで退学者が出るとは。一体どうなっている? 来安」
マリーは、離れた位置のデスクに座る来安善に鋭い視線を向ける。
「 『どうなってると申されましてもねー……そんなの僕が分かるわけないじゃないですかー? 会長?』 」
マリーに尋ねられた、次期生徒会長とも名高い善は大袈裟な身振り手振りをしながらそう返す。
相変わらずの演技調。
だが、マリーはそんな態度に騙されない。
「……もう一度だけ聞いてやるぞ、来安。どうなっている?」
そんな善に対して、マリーは厳しい態度で再度質問する。
善がまともに受け答えしていないことを理解しているからだ。
生徒会室には今、マリー、天智、善しかいない。
空気は一気にヒリついた。
一瞬の静寂が、生徒会室を支配する。
だというのに、善のふざけた調子が解ける様子が見られない。
「まぁまぁ、会長、落ち着いて。……来安も、ここは正直に白状した方が身のためだと思いますよ」
見かねた天智が場の空気を落ち着かせる。
その声が、張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
「 『それもそうかー……まぁぶっちゃけると、今回はいつもの底上げ勉強会、やってなかったからっすね。はい』 」
そして、チャラ男風な様子で善が軽々にそう答える。
「何故やらなかった?」
「 『みんなが出来ると言ったから、ですよ。それに、いつまでも僕におんぶにだっこでは成長しないでしょう?』 」
なるほど、とマリーは一応の納得をする。
たしかに、善の言う通りいつまでも人に頼っているというのは見過ごせないことだし、出来ると言われていたのならやらなかったのも頷ける。
――しかし、だ。
「では、何故それを事前に私へ報告しなかった?」
何の報せもないというのはダメだ。
元はと言えば、2年生で行われている底上げ勉強会は善が自分から生徒会へ進言し、始めたこと。
やるのならやるで、最後まで責任を持って管理してもらわねばならない。
桜崎茉莉伊の名のもとに、中途半端は許されない。
「 『だって、あの時点では報告するようなことでもありませんでしたし。まぁ、結果的には残念でしたけど』 」
「報告すべきか否かを勝手に判断するな。重要かどうかは私が判断する。とにかく何もかもを報告しろ」
「 『はぁ、そうですか。分かりましたよー、会長』 」
あまり分かっては無さそうだが、これでも2年では最も優秀な男だ。
何だかんだで理解はしてくれているのだろう。
普段の演技調な喋り方も、来安が舞台俳優として現役で活躍している【演技の天才】という前提知識を持ってさえいればそれほど気にならない。
「 『あ、じゃあ……反省を踏まえて、早速報告をさせてもらっても?』 」
「……? ああ」
説教してすぐだと言うのに、もう報告していないことが出てきたらしい。
マリーは少しだけ眉をひそめる。
一体、何を報告し忘れていたというのか。
「 『先日、1年のいざこざに偶然遭遇しましてね。それで、その喧嘩を仲介させてもらったんですけど、今日の試験で勝敗を付けることになっていたんですよ』 」
「……なに?」
何やら、関係ない、どうでもいいことにも聞こえる内容なのに、善がわざわざ仲介したという点からマリーは不穏な気配を感じた。
「 『で……結果が予想以上に凄かったので、その報告をしておこうかと思いまして』 」
善が、話を続けた。
「 『結果は……例の”天才くん”――野内蓮が全科目満点の1000点を獲得して圧勝でした。帝友恵も954点と大健闘ではありましたけどね』 」
「…………」
――マリーが感じた不穏な気配は大当たりだったようだ。
その「天才くん」「満点」というワードもまた、マリーの不機嫌に一役買ってしまっていたのだから。
コーヒーカップを持つ手に、わずかに力が入る。
満点。
あの試験で、満点。
それも、野内蓮という――マリーが「愚鈍」だと判断した男が、だ。
「来安、その話は……」
「 『え? 何ですか?』 」
マリーの怒気を感じ取った天智が善の口を止めようとするが、善からしたら言われた通り、ただ報告をしただけのことである。
当然、悪びれる様子もなく、「何か問題がありましたか?」と言った表情をしていた。
「いや、良い。……何でもない。気にするな」
いつも演技調で喋っているため本音かどうかは分からないが、善が悪いことをしているわけではないというのは確かだ。
なので、この話は後から一人で処理するために横に流す。
「 『そうですか。まぁ、そういうことがありましたので一応の報告でしたぁー。以上です、お疲れさまでした』 」
そして、報告を終えた善は鞄を持つと、生徒会室を後にした。
部屋に、再び静寂が訪れる。
「……おい、天内。お前はこのことを知っていたのか?」
部屋に残されたマリーは、天智に話を振る。
「……いえ? ただ、あの二人が争うことは――というより、帝くんが蓮くんに喧嘩を仕掛けにいくことは予想できていましたけどね」
「そうか。……で? この結果を、お前はどう見る?」
マリーは自身の感じている考えをまとめるためにも、天智の意見を窺う。
「どう、ですか? ……まぁ、順当なのでは? 腕っぷしなら帝くんに軍配があがるでしょうけど、今回は頭脳勝負でしたしね」
「…………」
天智の意見に、マリーは無言で答える。
コーヒーカップを、デスクに置く。
かちゃり、と小さな音が響いた。
「違うんですか?」
「……ああ、多分、だがな」
あの、見るからに愚鈍だと思われた野内蓮が、難関問題全てを正解して見せたという事実。
違和感を拭いきれないのだ。
自分の感覚が間違っているとは思えない。
マリーは、これまで数多くの人間を見てきた。
その中で培われた観察眼は、決して鈍ってはいない。
ならば、なぜこんな結果になったのか、を考えなくてはならない。
「私はひとまず、学校中の監視カメラ映像を探ってみよう。天内は今日はもう帰れ、時間も遅い」
まずは、正当な手段以外の可能性から考える。
勝負していたと聞いた以上、その可能性は十分にありうる。
「いえ、僕も手伝いますよ」
「お前とは意見が違うだろう? 手伝いにならん、帰れ」
「そうだとしても、違反が無いという反証が見つかれば、それもまた有難いのでは?」
「はぁ……分かった。なら、とっとと取り掛かるぞ。1時間で終わらせる」
――マリーたちはその後、時計の針が頂上を回ってしまうまで蓮の違反の証拠を探し続けたのだが、不審な様子はどこにも写っていなかった。
試験当日の監視カメラには、ただひたすらに参考資料を見ながら真面目に試験を受ける野内蓮の姿が映っているだけだった。
そして――その事実が、マリーの心に小さな、しかし確実な疑念の種を植え付けることになる。
野内蓮という男は、一体何者なのか、と。
作者:
今回の第53話にて、第二章完結です。読んでいただきありがとうございました。そして何より、読書お疲れさまでした。
第二章は全33話、投稿期間・一カ月強、文庫本約2冊程度の文量となってしまいましたが、毎日読んでくれた皆さん、ブクマや評価をしてくれる方々のおかげで何とか書ききることが出来ました。めちゃくちゃ感謝してます。
さて、内容について何ですが、第一章とは少し構成を変更してお届けしました。第一章では蓮の行動がオチだったのに対して、今回の章ではより蓮の感情に近くなってほしくて殆どの話を蓮視点で進行、後から別キャラクター視点で追いかける、といった形での勘違いコメディーを楽しんでいただけたかなと思います。
あまりあとがきが長くなりすぎてもいけないので、言いたいことがあったら活動報告で書いておきますね。第三章もまたストック期間を設けてから投稿再開させていただきますので、よろしくお願いします。今のところ三章は文音メインのお話を書く予定です。
では最後に改めまして……
皆さん、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!
少しでも「面白かった!」、「頑張れ!」と思って頂けましたら、ぜひログインをしてブックマークと星評価をしていってもらえると嬉しいです!
(私も投稿するまで知らなかったのですが、ブクマ1件につき2pt、星1つにつき2pt が作品の総合評価に加わる仕組みで、ランキング順位なんかに直結してくる形です。作者の今の生きがいですので、よろしければ何卒何卒~……笑)




