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第52話 彼とカレーと偵察とカンニング


 ――ゴールデンウィーク前、最後の学校の日。


 ガタンッ、と。


 席が思い切り後ろに引かれる音と共に、蓮の「え!?」という大きな声が放課後の教室に響いた。


「二人とも、生徒会に入るの!?」


 立て続けにわざとらしく驚いていたりもする。


(白々しいな……)


 彼方はそんな光景を見て密かにそう思う。


 カレーの件があったことで、懲りて手を引いたかと思われた彼方だったが、実はそうではない。


 ムキになって、細心の注意を払いながらだが調査を継続していた。


 あっちに不法侵入の物的証拠が残されていない今、本当はもうここで手を引いた方がいいことは分かっているのだが、プロとしての矜持というやつだろうか。


 何故か、自分の力を蓮に見せてやろうと意固地になってしまっている。


 調査とは言っても、以前のようにカメラなどで四六時中観察が出来ているわけではなく、居合わせたら観察を欠かさない程度のものだが、それでも分かってきたこともある。


 この男、普段はまるで真剣な姿を見せようとしないのだ。


 授業中なんて問題を当てられても寝続けているし、誰かと会話していても適当な受け応えを頻発させている。


 今のわざとらしい驚き方からも、「まぁ、知っていたけど」とか思っていそうなことが透けて見える。


(ほんと、何であんな性格してんだか――って、やべっ!!)


 そんなことを考えながらボーっと蓮のことを見ていた彼方だったが、蓮から突然視線を送られたことで慌てて目を逸らす。


(何でここでこっち見てくんの!?)


 全く視線を送られた意味が分からない。


 少し間を置き再び見てみれば、そのまま蓮は周りの席にいる野内と立花と真剣に話を継続していた。


 目は口程に物を言うって言葉があるけれど、蓮に限ってはまったくもって物を言っていない。


 何事もなさそうだったので、そのまま彼方は蓮を観察しようとしていたのだが、突如、蓮の様子が再びおどけた調子に変化する。


「――ああ、なんだ、そのこと?……それはそうでしょ! あんなの偶然以外の何物でもないって! マジで俺、なーんにもしてないから」


 一体どんな会話をしているというのか、声量が何段階かアップした。


 そして――


「……でもほんと、俺って実はめちゃくちゃバカだからさ……だからさ、これからは、そういう感じでよろしく!」


 またもや、あのわざとらしい態度だ。


 今度は何を言い出すかと思えば、自らのことをバカだと宣言したらしい。


 隣の席の立花と握手まで交わしている。


 それから蓮は、しばらく前の席にいる彼女と話をしていたが、話が終わったのか満足気な顔をして席を立つ。


「じゃ、また休み明けから改めてよろしく、二人とも。……あ、そうだそうだ!」


 そして、話していた二人に挨拶を済ませトコトコと廊下へ出て行ったかに思えた蓮だったが、徐に後ろを振り返ると最後にこう言った――


「生徒会、頑張ってな!ファイトー、いっぱーつ! ……なんつって」



「シ――――――――ン…………――――――――」



 ――彼方はただ聞いていただけだというのに、この時の教室の空気感が一生忘れられなくなってしまったのだった。




 ◇




 ――ゴールデンウィークに入って二日目のこと。



「よし、こんな感じでいいか?」


 彼方は、蓮の部屋へと三度目の侵入を果たしていた。


 昨日から蓮は部活の準備か何かで忙しいらしく、一日中部屋にいないので、その間を狙った形だ。


 初めは部活の準備のほうへ尾行でもしようかと思っていたのだが、あのいつも一緒にいる二人がものすごく邪魔だった。


 片方の金髪ピアスの男子は少しでも後ろを取られると勘繰ってくるし、自由奔放な女子の方は何をしてくるか分かったものではない。


 なのでこうして、彼方は彼方なりのアプローチで調査を継続しているわけである。


 懲りていないと言えばそうかもしれないが、今度のカメラ設置は前のパターンと違うため、今度こそバレないという絶対の自信があった。


「いや、ここはダメだなー……」


 彼方が手にしているのは、「超薄型全面自動迷彩パネル付きカメラ」。


 一度駆動させたら、設置した本人すら場所が分からなくなるほどに超高性能な擬態性能を持っている、お化けカメラだ。


 リモートでライブカメラ映像を見れるのはもちろんのこと、バッテリー節約のために迷彩機能以外をオフにしたりもできる。


 おまけに、元々のバッテリーがフル稼働で60日は持ってくれるし、完全防水まで付いている。


 業界でも最先端の技術を詰め込んだ、まさに究極の個といったハイエンドモデルカメラだった。


 なんとそのお値段……百万を優に超えている。


「……このカメラめちゃくちゃ高かったからなー、ちゃんと活躍してもらわないと」


 そんな買い物を平気でしてしまうくらいに、彼方は蓮への対抗心で燃えていた。


 必ず、調査という手段を持って蓮をギャフンと言わせてやると。


「あ、そうだ。防水なんだし、外でもいいのか」


 中々隠し場所として適した場所を決めきれずにいた彼方だが、ベランダに設置するという通常ではありえないことを思いつく。


 ベランダという、普段あまり注意を払わない場所。


 しかも完全防水のこのカメラなら、天候も気にする必要がない。


 外へ出て試しに地面へ置いてみると、みるみる色、質感、模様などが同化していった。


「性能はバッチリだな。これなら壁にでも貼っておけば完璧だ」


 カメラのレンズは各側面に設置されているため、どこにどの向きで設置しようとも関係ない。


 レンズにまで迷彩機能が搭載されているので本当にパッと見では気づきようがなかった。


 彼方は慎重にカメラの位置を調整する。


 部屋の中が見える角度、しかし外から見ても絶対に気付かれない位置。


 何度も確認し、テスト撮影を繰り返す。


「まぁ、こんなところか。ならあとは動作確認でもして、俺も休みを満喫しよう」


 そして彼方は自室へと帰ると、インドアらしく部屋の中で残りの休みを無為に過ごした。




 ◇




「――なっ!!?」


 四連休が明けた学校の日。


 朝の人が疎らな教室で、彼方は携帯の画面を見ながら驚愕していた。


 映されているのは「城才学園・相談部」というアカウントの――


『ビフォーアフター撮ろうと思ったら心霊写真撮れちゃって今これ→(ガクガク)』


 ――というバズった投稿。


 そんな文章と一緒に、ビフォーアフターと思われる二枚の写真が添付されている。


「なん……だと!!?」


 今、学校内にとどまらず驚異の鬼バズを果たしているのは、アフターの画像が原因だ。


 白いぼんやりとしたものが蓮の後ろに浮かんでいる。


 しかし、彼方が驚愕しているのはそちらではない。


 彼方の目を泳がせたのはビフォーアフター写真のビフォーの方、随分と見覚えのある、汚い部屋だけが写された写真の方だった。


(ど、どどど、どうやってあそこが分かったんだ!!? どうして!?)


 間違いない。


 この、相談部として使われてる部屋は、彼方が蓮のことを覗き見るために使用していた部屋だった。


(ま、まさか……最初から、覗いてたことまでバレていたの、か!!?)


 しかも、その写真には明らかに彼方のものと思われるカメラバッグが開けた状態で写りこんでいる。


 あのカメラバッグは、彼方が愛用している一眼レフカメラを収納していたものだ。


 わざわざそれを開いて、中身が見えるようにして撮影している。


 これは偶然ではない。明らかに意図的だ。


(俺のカメラを使って撮ったってことなのか!? な、なんのためにそんなことを……って、ん?)


 ビックリすることだらけだが、何で今更こちらに牽制をかけてきたのかが分からない。


 頑張って蓮の思惑を考えていた彼方だったが、とあることに気が付くと途端に背筋が凍る。


(これ……って……)


 ビフォー画像をよく見る。


 換気のために開かれていたと思われた窓だったが、よく見るとそうではないことに気が付く。


 窓の外。


 向こう側に見えるのは学生寮のベランダだ。


 そして、そこには――


(…………俺!!?)


 ――蓮の部屋の外でカメラを設置している、彼方の姿が写りこんでしまっていた。


 彼方は思わず声を上げそうになるのを、必死で堪える。


 周囲に他の生徒はまだ少ないが、それでも何人かはいる。


 ここで騒ぎ立てるわけにはいかない。


 震える手でスマホの画面を拡大する。


 距離が遠く、レンズも望遠用のものに変えていないためか超拡大しないと分からないが、間違いなくそれは彼方だった。


 ベランダに立ち、何かを設置している自分の姿が、はっきりと写っている。


 顔も、服装も、全てが判別できる。


 動かぬ証拠というやつだ。


(なな、なんでだ!!? なんで、バレてる!?)


 頭の中が真っ白になる。


 どうして、蓮は侵入している彼方に気付いたのだ。


 いや、気付いただけではない。


 わざわざ彼方が覗いていた部屋まで特定し、そこを相談部の部室として使い始め、さらにはこうして証拠としての写真まで撮影している。


 これは――完全に、すべてが計算されていた。


(や、やばい! あいつは……蓮は、やばい!!)


 今回は疑うまでもなく、今までよりもハッキリと、本気で牽制しにきている。


 覗きをしていた部屋まで抑えられたばかりか、隠していた愛用の一眼レフカメラで遠くにいる彼方を自然に写りこませるなんて、偶然では到底不可能だ。


 これは、懲りずに蓮を調べていた彼方に対して「いい加減にしろ。全部バレているし、犯罪の証拠もこうやって簡単に手に入れられるんだぞ」というメッセージに違いない。


(も、もう……無理だ……)


 もはや、蓮に対して調査を続行しようなんて気にもならないほどに、彼方は命の危険を感じていた。


 他の人が見ても何も問題なんて無いような画像でも、この写真は彼方にとって問題しかないのだ。


 覗きをしていた部屋、覗きをしていたカメラ、侵入していた彼方の姿。


 それらすべての犯罪の証拠を握られてしまった以上、もう彼方には抵抗することもできない。


 彼方は深く息を吸い込む。


 プロとして、数々の困難な調査を成功させてきた。


 だが、今回ばかりは――完敗だ。


 相手が一枚も二枚も上手だった。


 いや、上手というレベルではない。


 まるで、最初から全てを見透かされていたかのような、圧倒的な差を感じる。


 カメラは取り返せばいいし、愛用のものなので取りに行くつもりだが、こんなふうに写真を万バズという形で拡散されてしまっては隠滅のしようがない。


 つまり……どうしようもなかった。


(よし……すぐに……謝ろう……)


 そうして彼方は、蓮の登校を待った後、しっかりと謝罪をしたのだった。


 ただただ、警察に突き出されないことだけを祈りながら。




 ◇




「よかった……カメラは元通りだ」


 蓮に「何でもするから許してくれ」と懇願したことにより、何とか警察行きを免れた彼方は、その日の午後には早退していた。


 そして、例の覗き部屋――相談部室へと赴き、愛用のカメラセットを回収している最中だ。


「よし、次はあのベランダに仕掛けたカメラだな」


 もう蓮からは手を引く。


 プロとして実力を蓮に認めさせたいという気持ちはまだ滾っているが、一方で完敗したと諦めもついている。


 調査対象に初めて、完膚なきまでに気が付かれてしまったのだ。


 それどころか、完全に手の平で転がされていた。


 謝ったらあっさりと許してもくれたし、恩義すら感じている。


 プロだからこそ、ここはしっかりと手を引かなくてはならない。


(はぁー……なんか、疲れたな)


 彼方は部室の窓から外を見る。


 相談部として使われることになったこの部屋は、蓮の部屋がよく見える。


 部室にわざわざこの部屋を選んだのは、彼方が覗いていた部屋だからだろう。


 ここを使うことで、彼方に「もう監視はやめろよ」という優しい警告をしているのだ。


「……急ごう」


 彼方は持っていた合鍵で部室の施錠をすると、あの百万越えのカメラを回収するため、蓮の部屋へと足を走らせた。




 ◇




『進学期試験』を目前に控えた、5月最後の金曜日。


 いつものように、クラス内で何が起こっても情報を知れるよう朝一番に登校をしてきたつもりの彼方だったが――


「あれ。おはよう」


 ――珍しく、今日は朝二番となってしまう。


「蓮、今日朝早いのな」


 いつもギリギリで登校してくる蓮が、彼方よりも先に朝一番で教室に来ていたのだ。


「あぁ。おはよう、彼方」


 真剣な表情で突っ立っている蓮が挨拶を返す。


「こんな朝っぱらから何してたんだ?」


 こんなに朝早くから蓮が登校したことなんてこれまで一度も無かったため、どうかしたんだろうかと純粋に気になった。


「いやなぁー、実はなー……」


 すると、蓮は彼方の方へと身体を向けて――


「彼方を待っていたんだ」


 ――なんてことを笑顔で言い出す。


「へ?」


 突然待っていたと言われて、彼方は唖然としてしまう。


「……え、俺を? 待ってた? 何で?」


 もしかして、やっぱり以前の調査のことが許せなくなってしまったのだろうかと不安がよぎる。


 考えていても仕方がないので直球で聞いてみた。


「ほら、前にお願いがあったら聞いてくれるって言ってただろ?」


「え……あ、あぁー……そういうこと……」


「そうそう」


 すると、安心する回答が返って来た。


 以前、彼方が蓮に対して謝罪をしたときに、対価として提示した条件でもあるので理解するのに時間はかからない。


 どうやら蓮は、彼方に依頼があってこんな朝早くから学校に居たらしい。


 たしかに、毎日朝一番に登校している彼方とアポなしで二人きりになるにはもってこいの時間だった。


 流石だなと彼方は思う。


「で……その、お願いってのは?」


 久しぶりの調査依頼に、プロとしての血が騒ぐ。


 それも、依頼者がこの”天才くん”だ。


 腕が鳴らずにはいられない。


「あぁ、えっと――」


 そして――


 蓮の口から依頼の内容が淡々と軽い調子で告げられる。


「彼方に、俺が今度の『進学期試験』で使う参考資料を用意してほしいんだ」


「――!?」


(…………っ!!)


 ――依頼はまさかの、カンニング依頼だった。


(まじ、かよっ……!!)


 これは、躊躇う。


 彼方は必要とあれば盗聴器だって仕掛けるし、覗きだって躊躇いなくするが、それはあくまで調査対象を調べるために仕方なく行うものだ。


 プロの探偵として、情報を得るための手段。


 それは違法ではあるが、真実を明らかにするという大義がある。


 少なくとも、彼方はそう信じている。


 だから犯罪行為を目的とした犯罪はしたことがないし、プロとして調査スキルを犯罪目的で使うことも自分が許せない。


 なので、今回の依頼――学校側から問題や解答を入手しろという依頼は、到底オッケーが出来るものではなかった。


 探偵には探偵の、プロにはプロの、矜持というものがある。


 自分の技術を、ただの不正に使うわけにはいかない。


(これは……断るべきだ)


 彼方の理性が、そう告げる。


 だが――


「あぁー……いや、()()()()まぁ、()()、か」


「……っ!」


 突然、依頼を飛ばしてきた張本人である蓮が諦めを含んだかのような言葉を吐き出す。


 その顔は、彼方のことをバカにしているようで、諦観しているようで――


 明らかな"失望"の色が浮かんでいた。


「やっぱり、彼方には無理だよな」


 なんてことを言いたげな表情が、彼方の心に深く突き刺さる。


 そして……躊躇していた彼方の心に火をつけた。


 無理、だと?


 やっぱり、だと?


 それはつまり、最初から期待していなかったということで。


「彼方程度の腕では、この依頼は難しすぎる」


 そう言われているような気がした。


 プロとして、探偵として――それだけは、許せない。


「……いや、分かった。任せろ」


 彼方は力強く依頼を受諾する。


「あ、まじ?」


 瞬間、コロッと蓮の表情が明るくなった。


「ああ。ただ……その……もう時間も無いし、あんまり期待されても、困るというか、だな……」


 ただ、一応、真面目な話をしておかなければならない。


 今日を含めても、試験まで期限はあと三日だ。


 調査依頼としては厳しいと言わざるを得ない。


「あはは、分かってるって。()()()()()準備してくれたらいいから。これも、()()()()()()なんだし」


 バシバシと彼方の背中を蓮が叩いてくる。


(くそっ……彼方なりに? ただのテスト、だと?)


 その"彼方なりに"、という言葉には「あんまり期待してないから」という意味が含まれていて。


 "ただのテスト"というのはつまり、彼方が探偵としてどれだけ使える人材なのかを確かめる「ただのテスト」ということで。


「ッ!! ……わ、分かった」


 彼方はここでもまた、忘れかけていたプライドを貶されたことによる蓮への怒りを思い出す。


 そして、絶対に上手く仕事をこなしてやるという決意をして頷きながらそう答えた。


 見返してやる。


 プロとして、探偵として――自分の実力を、思い知らせてやる、と。


「じゃ、そゆことでよろしくな。あ、俺、トイレ行ってくるから」


「あ、ああ……」


 軽やかな足取りで廊下へと出ていった蓮を見て、早速彼方も動き出す。


「よし、やるぞ」


 ポリシーには反するが、蓮を見返すためにも、自分を鼓舞するためにも、この依頼だけは何としてでもやり遂げなければならない。


 彼方はプロとしての矜恃すら投げ捨てる覚悟で、持てる全てを持って調査を開始した。


 そして、その三日間――


 彼方は、ほとんど眠らなかった。




 ◇




 6月2日、夜。


 彼方は蓮の部屋へと訪れていた。


「この紙に書いてある通りに書けば完璧だから」


 そうとだけ言って、彼方は頼まれていた成果物を蓮に手渡す。


 決して公には出来ない代物だ。


 長居は出来ないし、細かい指示も口頭ではなく紙に書いておいた。


 A4用紙に、ゆとりを持って書き込まれた試験の解答。


 全科目、全問題――完璧な答えだ。


「え? 別に明日でも良かったのに」


「あーいや、やっぱり目立たない方がいいだろ、さすがに。もっかい言っとくけど、()()()()()()()()完璧だ……実際に問題を見てから、質は確かめてくれりゃいい」


 この依頼は彼方の実力を測るためのもの。


 だから彼方も、大きなリスクを冒してまで試験の答えを完璧に調査してきた。


 具体的には、いつも道具を購入している御用達サイトで以前購入してあった「超高速データ転送USB」という道具を使用した。


 これは差し込むだけで、たったの2秒で全てのデータを抜き取ってしまうという悪魔のアイテム。


 市販などもちろんされていないし、彼方も大金を叩いてようやく入手できたばかりのものだった。


 そのアイテムを使用して、彼方は学校中の全てのパソコンからデータを入手したのだ。


 もちろん学園側も流出対策は徹底的にしてあり、大量のダミーデータが存在していたのだが、すべてのパソコンのパスワードまで入手できている彼方なら全く問題ない。


 そこは業界の伝手を頼るという手段で簡単に乗り切れた。


 データ調査専門の業者など、珍しくもないのだから。


 そうやって、彼方は完璧に調査を達成してみせたのだ。


 解答を入手したという結果を、明日から蓮に実際に実感してもらえれば、間違いなく相当な評価を貰えるだろう。


 彼方は達成感で心が満たされていた。


(これで……認めてもらえる)


 三日間、ほとんど眠らずに作業した。


 リスクも、莫大だった。


 バレれば、退学どころでは済まない。


 だがそれでも、やり遂げた。


 プロとして、探偵として――完璧な仕事を。


「あー、そう? ……まぁうん、分かった。ありがとう彼方」


 渡した資料に書かれているのは解答だけ。


 まだ蓮はイマイチの反応をしている。


 これが明日から、どんなふうに態度が変化していくのか、彼方は楽しみで仕方がない。


「じゃ、俺行くから」


「あー、じゃあなー」


 いつまでもここに居て、誰かに目撃されても面倒だと判断した彼方は、そそくさと自室へ帰る。


 そして、自室へと戻った彼方の身体には、ドッと疲れが押し寄せた。


「あーー……づがれだぁーー……」


 ベッドに溶けるようにして、シャワーも浴びず彼方は眠りに落ちていった。




 ◇




(ま、まま、まずい!!)


 翌日、6月3日、月曜日。


 一限の試験科目、生物基礎にて。


 彼方は猛烈に、焦りに焦っていた。


(昨日寝落ちしたせいで……何も、分からない!!)


 解答を入手しているので、もちろん彼方も答えを見放題のはずなのだが、そこはプロの彼方である。


 たしかに一度、絶対のポリシーを破ってしまったとはいえ、あれは自分の力を証明するためにしたこと。


 それを本当に自分のために使ってしまっては、今後プロとしてやっていけないと思った彼方は、自力で試験を突破するつもりでいた。


 しかし、だ。


 直前の集中詰め込み期間を調査に費やしていただけでなく、挙句の果てには昨日寝落ちをしてしまったことにより、圧倒的に準備不足な状態だ。


 その上、この難易度である。


 元々用意していた自分の資料には、まるで役に立つような知識が書かれていない。


(こ、こうなったらもう! ……思い出せ思い出せ……記憶を、あの時の記憶を……)


 退学だけは何としてでも避けたいので、背に腹はかえられないと記憶を掘り起こそうとする。


 蓮に渡した解答用紙を、必死で思い出そうとしていた。


(た、たしか……この一問目は……ええとええと……)


 簡単に掘り起こすとは言っても、全部で10科目分の解答を見てきた彼方だ。


 それも、暗記を目的としたものではなく、ただ蓮に渡すための紙に書き写していただけ。


 当然、きちんと覚えられているはずもなく――


(あ! そうだ! たしか一問目は、ミトコンドリアだった!)


 解答用紙に、自信満々で「ミトコンドリア」と書き込む。


 だが、それは――間違いだった。


 正解は「ミトコンドリア()()()()()()」。


 皮肉にも彼方は――蓮も思い浮かべていた間違った答えを書いてしまったのだった。




 ◇




 ――そして、6月10日、月曜日。


 彼方は張り出された結果の掲示を見て、まず驚愕し……そして、絶望した。


 こう、記されていたのだ。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『城才学園高校・本年度第一回 進学期試験 結果』


 1位:言峰星海 1000点


 1位:野内蓮 1000点


 3位:帝友恵 954点


   :

   :


 ……(以下、成績一覧省略)……



 以上が、第一回 進学期試験の結果である。


 尚、結果一覧に名前が無い生徒は、成績不振の理由により処分が下されるため、本日(6月10日)中に生徒会室へと赴くこと。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 いや、記されていた、というより……。


「本庄彼方」という名前が、どこにも記されていなかったのである。



 ――かくして。


 彼方の波乱の学園生活は、およそ二ヶ月ぽっちで幕を閉じることとなった。


???「つまり兄さんは、カンニング(ペーパー)のカンニングじゃなくて、カンニング(したもの)のカンニングをしていたと……まったく……」

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