第50話 本庄彼方は天才である
――時間は、『学年別・クラス対抗イス取りゲーム』が行われた入学式の日の翌日まで遡る。
『わーっしょい、わーっしょい!天才くーんバンザーイ、バンザーイ!』
(野内蓮、か……)
ガヤガヤとうるさい1年10組の教室で、クラスメイト達に担ぎ上げられている男子生徒――野内蓮のことを、堂々と観察している男が一人。
――彼の名前は、本庄彼方。
1年10組に在籍する、どこにでもいそうな顔立ち、平均といった感じの背丈と図体を持った、本当にありふれている云わばモブキャラといった佇まいをした青年だ。
茶色がかった髪も特に目立つ色ではないし、顔の造形も整っているわけでも崩れているわけでもない。
どこか印象に残らない、街中を歩いていても二度見されることのない、そんな容姿。
しかし、そんな平凡にしか見えない彼にも、全く普通ではない特別に秀でた才能がある。
――偵察能力。
本庄彼方は、齢15にして偵察のプロである【調査の天才】だった。
ありていに言えば、探偵というものだ。
そんな才能に彼方自身が気付いたのは、中学一年生のとき。
友達から好きな人の好きな人を探ってきてほしいだとかいう、些細な可愛らしいお願いでのことだった。
最初は軽い気持ちで引き受けたその依頼。
しかし、探っていくうちに、彼方は気が付いてしまったのだ。
自分は普通であるがゆえに、全く他人に警戒されないということを。
普通なのでどこにいても気にされないし、知らない人たちの人混みに紛れても誰も覚えていない。
だから、調査対象の綿密な行動記録、行きつけのスーパーや通ってる塾なんかを突き止めるのは全く難しくなかった。
さらにいえば、身辺調査をする必要まであったとしても、難なく、そして程よく距離を自ら縮め、全く怪しまれることなく情報を聞き出せる圧倒的適性の高さまであったのだ。
調査においては「普通」であることが、最大の武器。
それに気付いた時、彼方は自分の才能を確信した。
それ以来、彼方は中学生でありながら、対象を個人に限った調査依頼のみを匿名サイトで請負い始める。
最初は依頼の数も疎らだったが、彼方の仕事の速さと正確さに驚き、口コミで評判がすぐに広がっていった。
そして――
中学三年になるころにはその才能も立派に育ち、業界ではその調査の迅速さと正確さ、さらには一度も対象に気付かれたことがないなどの噂も相まって、すっかり大人気のプロとなっていたのだった。
(まさか、あの”天才くん”がここまで凄いとは)
彼方は胴上げされている蓮を見てそんなことを思う。
視線は自然に、まるでクラスの喧騒に目を奪われているだけの生徒のように見えるよう意識している。
実際、周りの誰も彼方が蓮を観察していることに気付いていないし、気にしてもいない。
中学最後の仕事で城才入学予定者の身辺調査依頼を受けていたため、彼方は蓮のことを入学前からある程度知っていた。
調査では「聡明な生徒会長」、「かっこいい」、「尊敬してる人」なんかの良い評判が殆どで、実績としても学校の古臭いルールを一新してみせた手腕がかなり評価されていたと思う。
でも、所詮はただの情報だ。
その時は然程興味を持つこともなく、次の対象の元へと向かったのだが。
いざ、こうして目の前で実力を見せつけられてしまうと話は変わってくる。
野内蓮――天才くんは、調べていた情報以上に規格外ともいえる圧倒的な知略の持ち主だった。
調査ではただの結果しか耳に入っていなかったため気にしていなかったが、その過程を実際に目撃してしまえば俄然興味も沸いてきてしまうというものだ。
(でも、相変わらずとても賢そうには見えないんだよな)
彼方は現在、城才学園入学を契機に探偵業は休業中だが、その調査癖は全く抜けていない。
今日だって無意識のうちに、蓮のことを常に観察してしまっていた。
彼方の職業的な目から見ても、蓮の外見からは知性は感じられない。
むしろ、どこか抜けているようにすら見える。
それがまた、不思議だった。
『わーっしょい、わーっしょい!』
蓮は昨日、突如行われた教室分けレクリエーションなるものをたったの一人で制して見せたことにより、入学早々にこのクラスのヒーローとなっている。
まだお互いに名前も覚えていないだろうクラスメイトたちは一丸となって、口々に蓮のことを「天才くん」と呼び称賛していた。
――そんな折だ。
「みんな。盛り上がってるとこごめんなんだけど、俺、体調悪くなったから早退するよ………」
蓮が突然、登校二日目の午後にして早退すると言い出した。
教室内の熱気が、一瞬だけ静まる。
(ん? 体調不良?)
彼方はずっと彼のことを観察していたが、体調が悪そうな兆しは全くなかった。
表情は昨日と変わらず、歩き方にもふらつきはない。
声のトーンも、平常だ。
だからこそ、不思議でたまらない。
また何か企んでいるのでは、なんて思考にどうしてもなってしまう。
職業病、というやつだろうか。
(これは……もしかしなくても、いい情報が手に入るかもなチャンスなんじゃ?)
彼方の勘がそう告げている気がした。
不自然な天才くんの行動を調査すれば、その実力がどれほどのものなのか把握できるかもしれない、と。
好奇心にはあらがえない。
いや、正確には好奇心だけではなかった。
探偵としての職業的興味、そして何より、この「天才」の正体を知りたいという純粋な欲求。
それらが複雑に絡み合って、彼方の心を動かしていた。
しかし、彼方は即座に動きだすような目立つ真似はしない。
今から自分もすぐに早退し、後をつけでもしたらこちらに気が付いてくださいと言っているようなものだからだ。
プロとして、そんな初歩的なミスは犯さない。
だから、少し時間をずらしてひっそりと調査を開始することに決める。
彼方は教室の窓から蓮が寮へ向かう姿を確認すると、時計を見た。
(三十分くらい空ければ、十分かな)
そうして、彼方は予定通りに蓮から三十分ほど遅れて早退した。
「あのー、すみません。1年10組の野内蓮くんって、何号室でしたっけ? 同じクラスなんですけど、体調悪そうだったから心配で」
それから、寮母のおばさんに部屋を尋ねる。
「まあ、優しいのね。ちょっと待ってね……ええっと、野内くんは303号室よ」
「ありがとうございます」
情報収集の基本は、自然な会話から。
彼方は礼儀正しく頭を下げると、蓮の部屋目指して階段を上がる。
303号室の前に立つと、彼方は周囲を確認した。
廊下には誰もいない。
まずは玄関前に超小型のカメラをバレないよう設置することにした。
超小型なためバッテリーが3日しか保たないという欠点はあるが、設置さえ出来てしまえばリアルタイムで映像を転送できることから行動のとっかかりを掴むにはもってこいのものだ。
扉の上部、普通の人が気にしないような場所に、さりげなく貼り付ける。
黒い小さな点にしか見えないそれは、埃と見分けがつかない。
(よし、完璧だ)
設置にかかった時間は、わずか十秒。
ひとまず、今日という一日はそれで様子を窺うことにする。
彼方は何事もなかったかのように、自室へと戻っていった。
◇
――翌日、野内蓮は学校を休んだ。
そのせいで彼方まで学校を休む羽目になった。
「何で休んだんだ? まさか、本当に体調が悪いとかか?」
自室のベッドに座り、彼方はノートパソコンの画面を見つめながら呟く。
画面には、昨日設置したカメラからの映像が映し出されている。
今のところ、彼方が設置したカメラは玄関前の一台だけだ。
そのため、中のことが分からない。
少なくとも、夜中も含めて蓮は外へは一度も出てきていない。
「いや、でも昨日の感じだと……体調不良って感じじゃ、ないよな。多分」
まったく内情は分からないが、明らかに昨日は元気だったので他の理由があるんだなと彼方は推測する。
「よし……じゃあ、今日は覗き見でもしてみようか」
本当は部屋の中にもカメラやマイクを設置したいが、対象が外へ出てこないのなら仕方がない。
可能な限り情報を探るためにも、今日は一旦、遠くから観察をすることにする。
そうして彼方は勢いよく立ち上がると、愛用の機材が詰まったバッグを持ち出して自室から外へと出ていく。
向かったのは、部屋のベランダ側――寮から少し離れた位置にある建物だ。
まずは、蓮の部屋が見えそうな適当な場所を見つけ出した。
扉に手をかけてみれば鍵が開いていたので、遠慮なく中に入る。
どうやらもう使われなくなった建物らしく、部屋の鍵は中に釣るしてあった。
一応、合鍵を作っておくために拝借しておく。
空気は大分埃っぽいが、気にせず、汚れでくすんだ窓をわずかに開ける。
「えっと……部屋はあそこか。ここからなら余裕で見えそうだ」
目視でも部屋の位置が確認できるほどの距離。
彼方が持ち出してきた愛用の高性能カメラならば、部屋の中までバッチリ見えるだろう。
試しに、レンズを望遠用のものに変えて部屋の方へと向けてみる。
「よし、見える」
完璧だった。
遠すぎず、かといって目視で何をしているのかは分からないような絶妙な位置取り。
ファインダーを覗き込めば、カーテンを閉めずダラダラとベッドに寝転がっている蓮の姿がよく見える。
「…………」
しかし、何かとんでもないものを作ったりしてるんじゃないか、なんて想像を勝手にしていた彼方は目を疑った。
「……ゲーム?」
今後の学園生活プランを熱心に組み立てるのでもなく、勉強をするわけでもなく、想像もつかないような何かをしているわけでもなく、うつ伏せになりながら携帯ゲーム機でゲームをしているだけ。
これじゃあ、ただ学校をサボっているようにしか見えない。
「あー……休憩してるのか?」
考えられる可能性としては、その線が最も濃厚だ。
策略を張り巡らせるにしても、それだけをしていては精神的にも疲労が溜まってしまうだろうから。
なので彼方はそのまま、蓮の動向をしばらく見守ってみる。
一時間が経過。
蓮は、ゲームをしている。
二時間が経過。
……蓮は、まだゲームをしている。
三時間が経過。
…………蓮は、相変わらずゲームをしている。
(……え、ほんとに休憩?)
彼方は、少し不安になってきた。
もしかして、自分の読みが間違っていたのだろうか。
本当に体調が悪くて休んだだけで、気分転換にゲームをしているだけなのかもしれない。
……いや、でもそれにしては元気そうだ。
時折、ゲームに熱中して身体を動かしたり、叫んだりしている様子が見える。
(うーん……)
そして――
――夕方。
「……はじめて、外へ出たな」
あれから蓮は食事も摂らずに、ゲームをひたすらやり続けていた。
途中、何度か携帯を見たり、部屋の中を歩き回ったりしていたが、基本的にはゲーム三昧だ。
気が付けばもう日が沈んできている。
そしてようやく、夜飯時になったことでコントローラーを投げ出し、外へと出かけ始めた。
「どうしようか。カメラを仕掛けるチャンスではあるけど……ここはひとまず、時間の計測だな」
見ていた感じでは、部屋の鍵をかけずに外出している。
ピッキングする必要が無い分、時間に猶予が出来るのでカメラをセットするのに絶好のチャンスではある。
しかし、どのくらいで帰ってくるのかが分からないし、何よりこちらも近くとはいえ外出中だ。
今から向かっていたのでは、遭遇のリスクが高いだろうと判断し、まずは参考までに帰宅までの時間を計測することにした。
彼方は携帯のストップウォッチを起動させる。
そして――およそ30分が経過した後。
蓮は大量の荷物を持って帰って来た。
敷地内にあるコンビニへと買い物に出かけたのは袋から分かるのだが、それにしても相当な量を買い込んでいる。
「しまったな……」
彼方は判断を間違えたと少し後悔する。
30分もあれば余裕でカメラもマイクも仕掛けられたし、何よりあれだけ大量の買いだめをされてしまえば次の外出がいつになるのか分からないからだ。
何か情報を集められそうな臭いがするこのチャンスを逃したくはないので、なるべく早く、部屋に機材を仕掛けたい。
「仕方ない。明日も休んで仕掛けるしかないか」
幸せそうに色々なものを袋から取り出す蓮のことを盗み見ながら、彼方は明日も学校をズル休みすることにした。
◇
「な、何で……」
翌日、彼方は自室で嘆いていた。
「何で、今日も学校行かないんだよ!」
玄関先に仕掛けてある唯一のカメラを見ていたのだが、友人たちが呼びに来たというのに、結局蓮が出てこなかったのだ。
どうやら、今日も学校を休むつもりらしい。
「まじかよー……」
彼方の作戦では、今日蓮が学校に行っている隙にカメラなどを仕掛けるつもりだった。
嘆かずにはいられない。
大分予定が狂ってしまった。
しかし、落ち込んでいても仕方がない。
状況に応じて計画を変更するのも、探偵の大事なスキルだ。
「じゃあ今日もまた、直接覗き込むか? ……いやー、でも部屋に入るのが最優先か」
一応、しばらくは部屋を覗き込むこともあるかと考えカメラはあの場所に隠してきたが、今は覗きよりも仕掛けだ。
幸い、今日一日はギリギリ玄関のカメラもバッテリーが保つだろうから外へ出たらすぐに分かる。
「自室で待機だな」
彼方は蓮が外出したと分かった瞬間に、速攻でカメラなどを仕掛けに行けるよう自室で待機することにした。
機材の最終チェックをする。
色々なカメラや、マイク、そして細工用の工具。
全て、彼方が中学時代から使い込んできた相棒たちだ。
――そしてその瞬間は、思いがけずあっという間にやってきた。
「お!? まじか!? ……って、やば、急げ!」
長期戦だろうなと思いながらゆっくりしていると、ものの数分で蓮が外へと出てきたのだ。
それを見た彼方は慌てて荷物を手に取り、外へと静かに飛び出す。
彼方の部屋は4階だ。
なので、3階にある蓮の部屋へは十数秒で辿り着く。
「よし……鍵は……かかってないな」
ドアノブに手をかけると、案の定、鍵はかかっていない。
昨日と同じだ。
蓮は、部屋の鍵をかける習慣がないらしい。
出てきた蓮はジャージ姿だったので、ランニングにでも出かけたのだろう。
猶予は恐らく30分前後。
不測の事態も考慮して、大体15分程度で実行するのがベストだ。
「罠も……無し」
扉に葉っぱなどが挟まれたりしていないかなどを落ち着いて確認する。
髪の毛が扉に挟まれていないか、セロハンテープなどで小さな印がつけられていないか。
そういった細かい部分まで、丁寧にチェックする。
プロとして、慎重すぎるくらいが丁度いい。
そして周りに誰の目もないことを確認した彼方は、自分の部屋へと入るかのように自然な様子で足を踏み入れた。
「さて、と……お邪魔しますよーっと」
自分の部屋と同じワンルームのレイアウトなため、誰かの部屋という感じはそこまでしない。
悠長にしていられる時間も無いため、早速カメラとマイクの設置ポイントに目星をつけだす。
「カメラは……そうだな、キッチン上と……」
まず、感応式の小型カメラをキッチン上にある黒い換気扇の外側へと貼って設置する。
一見、バレそうに思えるが、この場所は中々バレない。
カメラの大きさが小指の先程度しかないのも要因だが、キッチンというのは火や包丁、出来上がった料理に真剣でそんな変な場所を気にすることが殆ど無いのだ。
彼方がよく使う手法だった。
これで、部屋全体を見渡せる位置にカメラが一台設置できた。
「あとは……お、なんだこれ」
荷物の散乱した部屋を見渡し、使えそうなものがないか物色していると、気になるものを見つける。
「……今どき、エロ本ってまじかあいつ」
それは、ネットが普及した現代では中々見る機会がなくなった代物。
セクシーな女性が表紙を飾っている、いわゆる――エロ本だった。
「……まぁ、でも、袋とじも開いてるみたいだし、使えそうだな。これ」
こんなとこに放ってあったくらいだ。
もう見なさそうだし、無くなっても探さないだろうなと判断し、このエロ本を活用することにする。
「この部分をくりぬいて……っと」
小型のカッターナイフを取り出すと、エロ本の一部分を丁寧にくりぬく。
そして、さっきよりも小型のカメラを埋め込む。
パッと表紙を見ただけでは、まず気付かない。
「よし、次は充電器……」
それからカメラと接触するように薄型のワイヤレス充電器を挟んでおけば完成だ。
これで、バッテリーの心配もない。
「良い感じだな……これは、あそこでいいか」
テレビ台の裏側。
埃が溜まっても中々手が出せない、狭く厄介なその隙間に、カメラだけはベッドを映し出せるよう上手にエロ本を落とし入れる。
自然に、まるで元からそこにあったかのように。
「よし、完璧。次はマイクマイク」
カメラは壊れてもいざとなれば直接覗けばいいだけなので適当気味でも問題無いが、マイク――盗聴器はそうはいかない。
音という情報を確保するためにも、"バレにくい"ではなく、"絶対にバレない"場所に設置しなくてはならない。
「……ここにするか」
だから、より本格的な方法を。
犯罪などでも良く使われる、延長コード内部にマイクを仕込むやり方を選択する。
「急げ急げー……」
ただ設置するだけのカメラとは違い、こちらは内部に仕込まなければならないため時間が掛かってしまうが、その価値がある方法だ。
これは延長コードの内部に細工をするので、外から見ただけでは分からないし、何より電源に困らないのがいい。
電源に繋がれている限り、ずっと収音し続けてくれるのだ。
彼方は慣れた手つきで、延長コードのカバーを外すと、中の配線を傷つけないように注意しながら、超小型のマイクを埋め込んでいく。
「よし、出来た!」
完成したので、コードを電源へと繋いで元あった位置へと戻す。
ひとまず作業はここまでだ。
現在、蓮が部屋を飛び出していってから丁度15分。
これ以上は危ないと判断し、彼方は玄関前のカメラを回収すると、足早に部屋を後にした。
――そしてその夜。
朝に仕掛けたカメラからの映像を見ていた彼方だったが、衝撃の光景を目の当たりにする。
バレるはずがなかった盗聴器が、蓮によってすぐに破壊されてしまったのだ。
◇
――翌日。
今日も今日とて蓮は学校を休んだ。
これで3日目だ。
しかし、彼方もそうかと言えば今日は違う。
もちろん、蓮が休むのなら休むつもりではあった。
だがそれも――昨日の夜までは、という話だ。
「何でだ……何で、バレた!!?」
放課後の学校で、彼方はカメラの映像を見ながら独り言をする。
あれは昨日の夜、仕掛けたカメラで蓮のことを観察し始めたときのこと。
蓮はそれまでダラダラとゲームをしていたというのに、何故か突然コーヒーを淹れだし、鮮やかに延長コードへとそれを流し込んだのだ。
うっかり転んでしまったとか、落としてしまった、何てものではない。
狙い定めて流し込む、という表現が正しい。
だってそうだろう。
うっかりで、コーヒーの入ったカップを電化製品の上で急に回転させ始める人間なんて、いるはずがないのだから。
あれは完全に意図的な行動だった。
そんなことがあったために、彼方はより警戒を強め、今日は学校に行くことにしたのだ。
幸運なことに、見つかっていてもおかしくはないカメラの方はまだ2台とも生きているし、こうして学校でも観察はできるから。
「見た感じ、他にカメラは無さそうだったんだけどな……」
罠も無かった。
カメラも無かった。
ならば何で、バレたのか。
そこが分からない彼方は、反省しようにも反省が上手く出来ない。
何より――
「……ていうか、まさか俺ってことも分かってるのか?」
侵入者の正体までも知っているのでは、という可能性が頭を過ぎり焦りが出てくる。
「いやいやいやいや……カメラは無かったし、誰にも見られてないんだ。たしかに、侵入したことはバレたのかもしれないけど、流石に俺ってことまではバレてない……はずだ。うん」
彼方は何とか疑心を振り払うと、落ち着いて蓮の観察へと戻る。
画面に映る蓮は、相変わらずベッドでダラダラとゲームをしているだけ。
時折、携帯を見たり、お菓子を食べたりもしている。
まるで、盗聴器があったことなんて何も気にしていないかのような態度だ。
彼方はそんな蓮の姿に対して、どこか底知れない恐怖を抱き始めていた。




