第5話 フラれたい恋の始まり③
――――ついに……いや、早くも俺——野内蓮に初めての彼女が出来る。
改めて確認しておくが、それはまだ入学式はおろか各クラスで新入生の顔合わせも始まっていない、初めての登校時間中での出来事だ。
「え、え?本当にいいの?……付き合うって、彼氏彼女になるってことなんだけど?」
了承をもらって嬉しくなったというよりも、予想外の返事すぎてあたふたしている。
傍から見れば告白に成功した際によくあるような光景だが、そんな状況とは全く違う。
混乱しているのは俺だけなんだろうか。
藍は澄ました顔をしている。
いやそりゃ、あわよくば付き合いたいな!みたいな調子のいいことを最後の最後まで考えてた自分がいた事は認めるが、まさかのまさか、想定外も想定外な返事だったのでそりゃ慌てるってもんだ。
「ええ………ただし、条件があるの」
「え、条件……?」
ん、なんだろう?
なんか……最初に話した時と印象ががらりと変わったぞこの子。
さっきまでの控えめでお淑やかな雰囲気はどこへ行ったのだろうか。
「そう、条件。……まず1つ目。私とお付き合いしていることを隠さずに、正直に学校中に認知させて。無理だとは言わせないわよ?」
…………学校中に認知?
条件と言われて不穏な空気を感じてしまったが、思っていたよりも意味が分からないことを言ってきた。
まぁ何だかよく分からないけど、彼女はすごくキリッとした真面目な表情をしているし、この子にとってはきっと重要なことなのだろうと解釈しておく。
とにかく目立ちたくない俺にとっては中々の無茶ぶりだとは思うが、本当に付き合うなら何の問題も起こらないだろうし、素直に頷いてしまう。
「ああ、そんなことか、全然OKだよ」
「…………」
え………
なんで快くオッケー出したのにしかめっ面してるのこの子……
それどころか、何故か鋭い視線が飛んできている。
え、ほんとになんで?
口が軽い男だと思われたんだろうか?
……いや、でも広めろと言ってきたのはそっちなんだけどな。
「…それと2つ目。私の過去について詮索しないこと。」
やっと口を開いてくれたかと思えば二つ目の条件を提示してきた。
過去を詮索しない、か。
そう言われると気になるのが人間の性なんだが、でもそれが条件というなら飲むしかない。
……でも、バレなそうならその時は踏み込もう。ちょっとだけ気になるし。
それに、お互いに過去を詮索しないなら、むしろ俺もありがたい。
俺も"天才くん"が高校で広まるのは避けたかったし、願ってもない条件だ。
「分かった。その条件を飲もう」
「……なら、契約成立ね」
(よっしゃ!まさか念願の彼女がこんなに早く出来るなんて――――)
あれ……でもこれ……交際、なのか?
ふと、冷静な自分が疑問を呈してくる。
……ん、契約?
俺が交際を申し込んで、彼女はそれを了承したはずなのに、何故だか話の流れで交際ではない何かが成立してしまった気がする。
条件って言ったって、内容はそこまで重要そうなものでもなかったしどうでも良かったのだが、後から契約って言われるとどうしても引っ掛かってしまう。
何だか詐欺に引っ掛かっているみたいな、そんな感じだ。
もしかして、ペリー(俺)が来航したのに逆に不平等条約を突きつけられたんじゃないの?
内容は不平等でもなく対等なものなんだけど、そんな気分になる。
(……まぁ、ごちゃごちゃ考えても仕方がない。今は彼女ができたことを素直に喜ぼうじゃないか!)
「ああ。これからよろしくな藍!」
俺はその名前を呼ぶと、意気揚々と教室へと歩きだした。
だが、どうしたことか。
名前を呼ばれた藍はその場から銅像のように動こうとしない。
まだ何かあったのかと後ろを振り返れば――
「…………」
一切不満を隠そうともしない、美人も台無しな形相で彼女は立っていた。
いや、美人だからこそ、その冷たい表情が余計に恐ろしく見える。
「あのね、野内くん」
その声は、凍てつく冬風のように耳に刺さるほど冷たい。
「私は貴方とお付き合いをするとは言ったけど、気軽に名前を呼べるなんて思わないでくれる?慣れあうつもりはないから」
(え?……いやいや、付き合ってるのに名前呼びも駄目って……)
……流石にそれはおかしいんじゃない?
なんて俺の内なる困惑など気にも留めず、藍は淡々と続ける。
「……だから、条件を追加させてもらうわ。3つ目の条件———これから私の事は野内さん、もしくは藍様と呼ぶこと」
「…………藍、様?」
思わず聞き返してしまった。
……彼女か?これが俺の彼女なのか!?
「ええ、藍様よ。何か問題でも?」
その表情は真顔だった。
冗談を言っている風でもない。
「それと、私への敬語も忘れないでね。恋人だからって馴れ馴れしくされるのは大嫌いなの」
「…………えっ、と……あ、はい……」
何だこれ……何なんだこの状況は……
「あと、デートは基本なしね。そんなの時間の無駄だから」
「え、いや……それはその………は、はい……」
「プレゼントも期待しないで。私、他人にお金使いたくないのよ。……あぁ、貴方はちゃんと準備するのよ?安物は受け取らないからよろしく」
「…………」
「返事は?」
「…………は、はい、分かりました……」
藍はそう言い放つと、同意を得ずして、立ち尽くし苦笑いを浮かべるしかない俺の隣を優雅に歩き去っていく。
その後ろ姿を見送っていると、さらに追い打ちをかけるように振り返って彼女は言った。
「あ、それから。他の女の子とはどんどん仲良くしてくれて大丈夫よ。ただ、その瞬間に終わりだから、それだけ覚えておいて。じゃ」
「…………」
――もう返事をする気力すら残っていなかった。
…………この時の俺の気持ちが誰かに分かるだろうか。
…………いや、分かるはずがない。
今の状況をラノベのタイトルにしたら、さしずめこんなところだ―――
『突然、初対面で告白してみたら成功しちゃって最高だったけど彼女の中身が最悪だった件』
なんて……
「はぁぁぁぁーーーーーー………」
藍の後ろ姿を見送りながら、思わず深い溜息が漏れる。
――最初に感じた印象。
可憐で儚くも強かで、内面にある芯の強さや優しさ、少女らしさを漂わせていた美しい人。
その美貌についつい見惚れてしまった自分の感性の強さが、今はひどく恨めしい。
蓋を開けてみればどうだ。
――高飛車で傲慢、強さのベクトルはもっぱら他人に厳しく、自分にはご都合主義。
まるで他人を寄せ付けない悪女の見本市みたいな女だったじゃないか。
いや、悪女どころか、これはもう暴君と言っていい。女王様だ。
藍様?ふざけんなよ、何が藍様だ。
全くもって、俺の審美眼はあてにならない。
(一体俺が何をしたっていうんだ………)
……いや、告白したのは俺だ。
確かに俺がした。
――でも、俺が欲しかったのは、こういう"無慈悲系ハードモード彼女"じゃなくて、もっとこう……普通で、優しくて、ラブ&ラブみたいな彼女だったんだよ……
いや、別に贅沢は言わないから、せめて名前くらいは呼ばせてくれよ。
せめて、タメ口くらいは許してくれよ。
せめて……もうちょっと優しくしてくれよ。
(………これ、本当に付き合ってるって言えるの?)
いや、言えないだろ。
どう考えても。
これじゃあ、彼氏じゃなくて良いとこ下僕だ。
神様は、俺を虐めてそんなに楽しいのだろうか?
うん……きっと楽しいんだろうなぁ……
などと神様の視点になってみたりもして、相も変わらず世界の片隅で苦悩している自分を哀れみたくもなってくる。
(はぁ……変わんないな、俺も)
こういう、物事が瞬く間に自分の思いもよらぬ方向に転がっていくたびに、嫌でも"天才くん"時代を思い出してしまう。
――― 小学生6年生までの俺は、見た目と運動センスだけは図抜けていて、なぜか目立つポジションばかり与えられていた。
足は速いし顔も良い、という理由だけでいつの間にか”学校一の人気者”になっており、既にこの時点で自尊心がインフレしまくっていたのを覚えている。
そうして小学校を卒業したときには、俺は自分が目立つことに一切の抵抗も無く、むしろ「もっと俺を担ぎあげ、もっと持ち上げろ」とどこかで思いあがっていた勘違い小僧に仕上がっていた。
そして、問題の中学時代に入るわけだが………
そこからの日々は、今思い返すのも嫌なぐらいに混沌としたものだった。
本当に何も知らないうちに、クラスメイトたちに"天才くん"などと担ぎ上げられ調子に乗っていた一年生。
自分は天才なんかじゃなくてむしろバカなんじゃないかって気が付いてから、「もう止めてくれ」って周囲に正直に吐露し始めたのに、何故か担ぎ上げが加速していき、学校中から生徒会長"天才くん"として尊敬された二年生。
生徒vs先生みたいな構図の戦争に巻き込まれて、混迷を極めた三年生。
こうして簡潔に思い出すだけでも、自分が如何に望むわけもない不幸を背負わされてきたか分かる。
俺は中学の3年間、本当に何もしていなかった。
ただ勝手に事件が起こって、知らぬ間に何もしていないのに勝手に事件が解決して――そのたび”天才くん”と讃えられていただけ。
なんだけど、あの頃の俺は肥大した自尊心に支配されてたクソガキだった。
“天才くん”とか言われて、調子よく神輿の上で手を振っていたのだ。
俺に出来たことなんて、せいぜい運動と、冗談を言って場を和ませることくらいだったのに……
本当に、あの時の自分をタイムマシンで殴りに行ってやりたい。
(……はぁー…………もうやめよう)
内心で大きく一息ついて一旦落ち着く。
もう過去は過去じゃないか。
わざわざ中学時代の自分を抹消するために、この”天才学園”を選んだんだろう?俺。
こうして廊下で恨み節を並べていても仕方ないじゃないか。
そうだよ……もう俺は"天才くん"じゃない。
ただの普通の男子高校生、野内蓮としてここにいるんだから!
中学の3年間を思い返してうだうだしていた気持ちを、ここで一気に吹き飛ばす。
新しい学園生活、俺は俺として、リスタートだ。
「さてと、俺も教室に向かうとしますかね」
先を歩いていった藍の姿はとっくに見えなくなっていた。
きっと今頃は、優雅に教室の席に着いているんだろう。
俺のことなんて、これっぽっちも気にかけずに。
(……本当に、俺と付き合う気あるのか?)
……いや、きっとないんだろうな。
でもじゃあ何でわざわざ付き合うことにしたんだろうか?
まさか、俺を揶揄うためだけにとか?
だとしたら……本当に最悪な女と関わってしまったな、俺は。
悪意が底知らずだ。
はぁ……面倒くさそうだし、もう早速別れてほしい。
というか、そもそもの告白を無かったことにしてもらいたいけど、そんなことはこちらから告白した手前非常に言いにくいし。
(どうしたもんかな……)
入学早々にして、頭痛の種がもう出来てしまった俺はやっと足を前へ進めようとするが、目の前の景色にすら文句が出てきてしまう。
「てか、この学校、教室遠すぎない……?」
やけに長い教室への道のりに、またもや気持ちが陰り始めていた。
……いや、もうとっくに真っ暗だったんだけど。
俺はそんな、不安しかない高校生活のスタートを切ったのだった。