第46話 解決策④
「――――『そこまでだ!!!!!』 」
そんな大きな声が、旧部室棟・正面玄関に突然轟く。
「……ッ!! ……っるせぇな! なんだぁ!?」
すぐにでも俺に殴りかかってきそうな男だったが、そのあまりにうるさい声に堪えきれず顔を顰める。
俺も思わず耳を塞いでしまった。
声がした方向であるサクたちの後ろ、旧部室棟・正面玄関の前を見てみれば、誰かが颯爽と姿を見せていた。
「 『君、それ以上はいけない……暴力は、最低な行為だよ!』 」
突如現れた男は、昔ながらの学生帽子の鍔を掴みながら、随分と芝居めいた話し方でこの場を諫めはじめる。
その話し方は、まるで舞台俳優のようだ。
(ん……?)
その話し方に、俺は覚えがある気がしてならない。
(あれ。この人、どっかで会ったことがあるような……)
「あぁ!? 知るか、黙れよ! キモい話し方しやがって。そもそも、てめぇは誰だ!?」
どこにもぶつけられずに宙ぶらりんになった怒りの矛先を、男は突然の乱入者へと移す。
「せ、先輩ー!!たすけてくださいー!!」
続けて、何故かつぼみんが突然現れた彼に対して「先輩」などと助けを求めだした。
「 『おお、大丈夫か後輩たちよ! まったく、持ち場にいないから心配したんだぞ?』 」
そして二つの声がかかった乱入者は、迷う素振りなど微塵も見せず、淡々と藍の肩を抱えているつぼみんの方へと歩き出す。
歩き方まで劇を見ているかのようだった。
「おい! 俺を……無視するんじゃ、ねぇ!!」
しかし、藍たちがいるその方向は俺とこの男のすぐ横だ。
苛立ちをぶつけるようにして、男は歩いてくる乱入者に殴りかかる。
「――ッ!?」
しかし――
――スカッ、という乾いた音と共に、振りぬいた左拳は空を切っただけだった。
鮮やかすぎる空振りだ。
「 『藍くん、大丈夫かい?』 」
気が付けば、つぼみんに先輩と呼ばれた男は当たり前かのように藍とつぼみのところへいる。
迫りくる全力の拳を、歩きながらただ前かがみになるだけで躱して見せたのだ。
「は、はい……その、すみません。勝手に持ち場を離れてしまって……」
藍が申し訳なさそうに謝罪をする。
「 『ああ、いいんだよそんなことは。それよりも、君たちに何かが無くて本当に良かった』 」
大げさに天を仰いだりして、誰が見ても安堵しているんだなと分かるような動作をしている。
その演技めいた動きは、どこか見ていて面白い。
「 『何といっても、君らは会長に任された大切な後輩たちだからね』 」
(ん? 会長に任された、大切な後輩……?)
「……あ」
俺はその一連の会話から、彼が誰だったのかをようやく思い出した。
ただ、思い出せたはずみでつい声が漏れる。
「 『やぁやぁやぁー! こないだぶりだねー! 天才くん』 」
声が聞こえてしまったことで、彼が満面の笑みでこちらへと話しかけてきた。
「 『昨日のSNS見たぜぇーえ? あんりゃあすげえ。あれも君の計画通り! ……ってやつでさあ?』 」
ミュージカル調だったり、歌舞伎調だったりと、舞台調な台詞をコロコロと吐きながら雰囲気を変えている。
その変幻自在な演技は、プロの役者並みだ。
「いやいや……そんな、まさか。あんなのたまたまですよ、たまた――」
「 『はははー! そっかそっかー。ま、君も元気そうで良かったよー』 」
言葉を微妙に言い切れていないようなところで肩をポンポンと叩かれ、話を進められてしまう。
この、こちらの話をまともに聞いてくれていないかのような態度。
頻繁に調子が変わる、演技のような喋り方。
(そうだそうだ、こんな感じだったなー……)
俺は、彼のことを知っている。
あの時とは違って今は学生帽子を被っているし、そもそも一回しか会っていないからハッキリと顔を覚えているわけではなかったが、間違いない。
彼は――俺が相談部の申請を生徒会へ出しに行ったときに対応をしてくれた、書記の人だった。
旧部室棟なら勝手に使っていいってことを教えてくれたのもこの人だ。
「……何者だ? てめぇ」
強襲が失敗した男だったが、先輩に拳を躱されたことにより頭が冷えたようで、冷静に相手のことを見定めようと正体を探り始める。
質問を受けたことで、先輩も会話をするために男と向き合い自己紹介を始めた。
「 『僕かい? ……僕はただの、生徒会書記だよ。ただの、普通の高校生で……ちょっぴり演技が得意なだけの、普通の男子――来安善、というものさ!』 」
確かに内容は普通の自己紹介だったのだが、言い方と態度が仰々しいせいで全く普通には見えない。
これが演技が得意ということなのだろう。
自己紹介をしただけで、この場の空気を一瞬で飲み込んでしまった。
まるで、舞台のスポットライトを浴びているかのような存在感だ。
「チッ……また生徒会か。あのクソむかつく副会長といい野内藍といい、どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがる」
先輩の自己紹介に飲まれてしまったのは、やたらとキレがちなこの男とて例外ではなかったようで、歯がゆそうに頭を搔いていた。
「くそが。……もういい。……おい押切、俺は行くぞ」
すると、この生徒会が三人もいる状況は分が悪いと判断したのだろうか。
文音の傍に立っている、俺を見て驚きすぎていたあの女子生徒の名前らしきものを口にして、この場を後にすると告げる。
「はぁ? 何言っちゃってんの? こいつとの話はどうなんのよ」
そして、俺が出てきてからは一言も喋っていなかった押切と呼ばれた女子が、男に名前を呼ばれたことで初めて声を発した。
比較的目立つ風貌をしていて、メイクも今時のギャルといった感じの女子。
一般的にはかなりレベルが高いルックスをしているのだろうが、この場には文音や藍、つぼみんがいるせいで普通に見えてしまうのが何とも少し可哀想だった。
(そーいえば、何かで揉めていたんだっけ)
こいつ、というのは傍にいる文音のことだろう。
文音は何だか居心地の悪そうな顔をしていたが、サクやみずき、あずきは押切のことを睨んでいた。
何の話をしていたのか全く想像がつかない。
「んなこたぁ、明日にでも話せ。どうせ同じクラスだろーが」
「うちはこいつに今すぐ謝ってほしいつってんの。あんた、話聞いてた?」
「興味がねぇんだよ。まだやるってんなら、お前だけで勝手にやってろ」
「はぁ? マジ意味わかんない。じゃあ、あの約束は無しになるけど、あんたそれでいいわけ?」
「あぁ、それでいい。……もう実際に会えたしな。お前に付き合ってやったのもただの暇つぶしだ」
「うざっ。何なの急に。……てか、こんなやつら相手にあっさり退くとか、あんたダサすぎでしょ。ダッサ」
「言っとけ」
男はそう言うと、俺の前から外に向けて歩き出す。
(ふー……よかったーー……)
その去ろうとしていく後ろ姿を見て安堵する。
殴られて学校を欠席できることには多少魅力を感じていたとはいえ、何事もないことがやはり一番だ。
殴られずに済むのなら、それのがいいに決まってる。
(さて、と……じゃあ、今から創部記念・歓迎・お疲れ様会でもするとしますかね)
危機が去っていったことで、みずきたちが持ってきているであろう和菓子に早速気持ちが移り始めた。
――その時だった。
「 『あれ? 逃げちゃうんですか? 帝友恵くん?』 」
(――――え?)
突然放たれた、せっかく訪れた安寧を打ち砕くかのような、破滅の一言。
それを、安寧を齎した張本人である先輩が発したのだから、意味が分からない。
案の定、この場を立ち去ろうとしていた、帝と思われる男の足がピタリと止まる。
「……逃げるだと? てめぇが止めたせいで興が削がれたんだろうが」
まだ挑発に完全に乗ってはいないが、あそこまで血が上りやすい男だ。
反論してこないわけが無かった。
「 『え? 僕は別に、君たちの喧嘩は止めてませんよ?』 」
対して、一切悪びれる様子のない先輩が飄々とそんなことを言う。
「寝言は寝て言え」
同感だ。
変なことを言わないでほしい。
「 『僕は、暴力はダメだと言っただけで、君たちの喧嘩は止めていない』 」
「あぁ?」
先輩は両手を広げ、それがまるで望ましいものかのように俺たちの争いを肯定し始める。
「 『むしろ、暴力沙汰以外の揉め事ならば、この学校では推奨されているくらいだよ』 」
「せ、先輩?」
つぼみんもこの妙な展開に頭が追い付いていない様子だ。
俺も、この緩急が激しい目まぐるしい展開に全く思考が追い付かない。
「 『だから存分に、思うがままに、暴力以外で勝負をするといいさ。立会人は僕が務めるよ』 」
「……はっ、暴力以外なら、俺はその舐め腐った野郎に何をしてもいいってか?」
……いや、いいわけがない。
「 『犯罪と、会長を怒らせるようなこともダメだけどね。僕が立会人になるなら、負けた方にペナルティなんかも付けていい』 」
だから、良くないってば。
何でこんな展開になっているんだ。
「へぇー。……それは……結構おもしれぇ話じゃねぇか。……なぁ? 天才?」
助っ人だと思っていた先輩は、どうやら裏切り者だったらしい。
すっかり乗り気にさせられてしまった帝が、再び俺の元へと戻ってくる。
「俺と勝負しろ。天才」
そして、自信満々に勝負を挑んできた。
(うーん……)
――さて。
俺はどうすれば安全にこのカオスな状況を脱することが出来るのかと思案する。
(誰か助けてくれないかな? ……いつもみたいにサクとかが)
そう思いこっそりと帝の後ろ側にいるサクたちを見やる。
しかし、少し離れたところにいるサクや文音、みずきやあずき、それに押切という女子も、ただただ黙ってこちらの行く末を見守っているだけだ。
暴力なき今、誰かの助けなど全く期待できない状況だった。
(えぇー……どうしようかなー……)
もちろん、断りたい。
だけど、断ったらどうなるのだろうか。
今後もこんな面倒ごとが舞い降りてくるんじゃないのか?
もしかしたら今以上の事態になってしまうかもしれないと思うと、その選択は出来ない。
(はぁー、じゃあもう、受けるしかない、かぁー……)
渋々だけど、承諾するしかないかと諦める。
「まぁ……じゃあ、いいよ」
何ともやる気のない自分の声が口から出て行った。
「くく、そうこなくっちゃなぁ?」
帝の方はものすごく楽しそうだ。
「……で? 何するの? 勝負って」
じゃんけんでも何でもいい。
とにかく面倒くさいので、なるべく早く終わる勝負を願いながら詳細を聞いてみる。
「随分余裕そうだなぁ。いいのか? 俺が決めちまってよぉ?」
あぁ、そうか。
こういうとき、普通は勝負を仕掛けられた側が内容を決めるものか。
ゲームでもよくあるシステムだ。
「あー……何でもいいよ、別に」
でも、俺には特にやりたい勝負なんてない。
どうせ適当にこなすのだから、どんな勝負でも構わない。
何であろうと、どんとこいだ。
「なら、遠慮なく決めさせてもらうぜ?」
既に帝はやりたい勝負が決まっていたのか、考える様子もなくすぐに口を開く。
「俺とお前がやるのは――『進学期試験』の点数勝負だ」
「了解だ――」
――って、え?
(……今、できるものじゃないの!?)
予想と随分違った、定期試験での点数勝負という、至ってシンプルながら期間が長めの勝負を選択されてしまう。
それに、俺は自慢じゃないが頭が弱いのでもちろん勉強など出来ない。
この時点で、勝負に勝てるという可能性が完全に消え失せた。
いや、まぁそんな可能性は、何が選ばれても最初から殆ど無かったんだろうけど。
「そんでだ。……それだけじゃ面白くねえからなぁ。お互いに、負けた方にペナルティを指定しよう」
(こ、こいつ……!!)
帝はすぐに終わらない面倒な勝負を選択したばかりか、挙句の果てにはペナルティまでしっかりつけるつもりのようだった。
「そうだなぁー……じゃあ――」
ニヤニヤと俺の顔を見下ろしてくる。
(ま、まずい!!)
これは――完全にまずい展開だ。
試験の結果勝負になった以上、俺が負けることは確定している。
つまりこれは、実際に俺に降り注いでくるペナルティの宣告だ。
恐ろしいったらない。
一体、俺にどんな災厄が訪れるというのか。
内心で冷や汗をかきながら、俺は次の言葉を待つ。
心臓の鼓動が、また早くなってきた。
時間が、ゆっくりと流れているように感じる。
「お前が負けたときには――」
そして――
帝の口から、俺に対するペナルティが、もったいぶって告げられる。
「――彼女と別れてもらおうか」
「了解だ(キリッ)」
――即答だった。
あまりにも即答すぎて、周囲が一瞬静まり返る。
「……あぁ?」
帝も、予想外の反応に戸惑っているようだ。
「いや、だから了解だって。彼女と別れる、ね。オッケーオッケー、全然オッケー」
オッケーどころか、願ったり叶ったりだ。
ここにきて最悪の展開から一転、最強の問題解決策が降って湧いてきた。
これ以上ないくらいの好条件だと言っていい。
藍と別れる――それこそが、俺がまさに今最も望んでいたこと。
それに加えて、勝負に完敗したとなれば俺の評判など地の底だ。
しかも、それがただ定期試験を受けるだけで実現する。
俺は勉強ができないから、負けることはもう確定しているし、何の心配もない。
つまり、自動的に藍と別れられるということだ。
こんなに都合のいい話があるだろうか。
「てめぇ……言っておくがマジだぞ? これは」
帝が、困惑した表情で俺を見つめてくる。
「そりゃそうでしょ」
俺の声には、一片の迷いもない。
「てめぇ……本当に野内藍のこと、好きなのか?」
……しまった。
あまりにも嬉しさが滲み出てしまっていたかもしれない。
疑われてしまっている。
「もちろんだよ」
ペナルティを変更されては堪ったものではないので、悟らせないためにも堂々と好きだと言ってみせる。
そこでふと、藍の方をチラと見てみれば、かなり怪訝な表情をしていた。
サクは俺の現状を知っているので、何とも言えない表情をしている。
でも、今は周りのことは気にしない。
気にしてられない。
これは、俺にとっての大チャンスなのだ。
逃すわけにはいかない。
「……まぁいい。次はお前が俺のペナルティを言え」
帝はそれでもまだ腑に落ちていないような表情をしていたが、勝負を成立させるためにも話を進める。
「あー、ペナルティかー……」
喜びすぎていてまったく考えていなかった。
どうしたものかと、無い頭で一応考えてみる。
「そうだなー……うーん。……あ、じゃあ俺が勝ったら――(まぁ、勝つことはないんだけど)――何か一つお願いでも聞いてもらおうかな。それでどう?」
正直課したいペナルティなんか無いし、良い感じのものも思いつかなかったので、適当にペナルティを指定する。
「……くく、彼女を失うかもしれねぇってのにそんなんでいいのかよ?」
「あー、うん」
「なら、別に俺はそれでいいぜ。交渉成立だ」
「 『では……立会人の僕が改めて確認するよ。野内蓮くんが負けた場合、藍くんと別れる。帝友恵くんが負けた場合、蓮くんのお願いを何でも一つ聞く。これでいいね?』 」
先輩が、舞台のナレーターみたいな口調で確認してくる。
「ああ、それでいい」
「オッケーです」
俺たちは、ほぼ同時にそう答えた。
「 『では、これにて勝負成立だ! 勝負は進学期試験の結果で決する。楽しみにしているぞ、二人とも!』 」
先輩が、まるで舞台の幕引きかのように大きく手を広げる。
こうして――
俺と帝友恵の勝負が、正式に成立してしまったのだった。
成り行きで決まってしまった定期試験での点数勝負。
その先に待っているのは――
俺の、新しい学園生活の始まりだ。
――今日の俺は、いつにもまして忙しない。
そして、いつにもまして――希望に満ちていた。
蓮「ktkr」
更新後追記:
作者「予約投稿していて気が付きませんでしたが、10/3 19時更新の日間ランキングにて、二度目のジャンル3位ランクインしていました。応援ありがとうございます。正直めちゃくちゃ励みになります。……ちなみに、二章は今話でようやく佳境に入りました。もう少しお付き合いください」




