第42話 恥より団子
「二人は紅茶かコーヒー、どっちがいい?」
サクと双子の姉妹をソファへと座らせた俺は、休みのうちに準備しておいたティーセットを棚から出しながら話を進めることにする。
「うちは緑茶もらおかな」
「わたしも緑茶ー」
「いや……紅茶かコーヒーだって言ってるんだけど?」
俺は思わず振り返ると、みずきとあずきを見やる。
てっきり揶揄われたのかと思ったのだが、二人ともまったく悪びれた様子もなく、むしろ当然という顔をしていた。
……まったく。
どうして俺の周りにはこうも言うことを聞いてくれないやつらが多いんだろうか。
棚に無いラインナップを所望されても出せるわけがない。
俺がわざわざ選択肢を提示したのは、それ以外は用意していないということだったのに。
「ほな、うちらは紅茶でええわ」
「はいはい」
紅茶でいいのなら初めから紅茶を頼めば良かったものを、わざわざあるかも分からない緑茶を頼んでくるあたりが実に天才学園の生徒らしい。
俺とは感性がかけ離れすぎているなと思いながら、彼女たちの紅茶を入れるついでに自分たち二人の分も用意する。
今回部活を始めるにあたって用意した茶葉にはそれなりにこだわりがある。
安物で済ませることもできたが、こういう時間を大切にしたいからこそ、お茶くらいは多少良いものを使いたいと思ったのだ。
今日使うのは、敷地内にあるでかいコンビニで買った少し値の張るアールグレイだ。
ティーポットに適量の茶葉を入れ、沸騰したお湯を注ぐ。
蒸らし時間はちょうど三分。
その間に、カップとソーサーを準備し、お茶菓子も忘れずに皿に並べる。
「どうぞ」
そして、お茶菓子と共に紅茶をテーブルへと持っていくと、サクが座るソファの隣へと腰をかける。
俺の左にサク、机を挟んだ向こう側のソファに双子の姉妹といった配置だ。
「いただこか」
「ありがとうー」
緑茶だなんだと言っていた割には、彼女たちは上機嫌に紅茶を啜っている。
みずきの方は一口飲むなり「なかなかええやん」と満足そうな表情を浮かべ、あずきの方も「おいしーい」とのんびりとした口調でコメントしてくれた。
どうやら、茶葉選びは正解だったらしい。
「…………カチャ」
一方、まだ文音を心配している様子ではあるが、サクも一旦は落ち着いてお茶を仰ぎ始めた。
カップを傾け、静かに一口含んでいる。
「えーっと……そろそろ紹介してほしいんだけど」
俺とてホッと一息つきたいところだったのだが、そんなことよりもまずは早急にこの二人を俺に紹介して欲しかったので、ティーカップには手を付けずサクに進行を促す。
「あー……そうだね。じゃあ早速――」
そう促したことで、サクが二人を紹介しようとカップを置いた。
「この二人は、入学式でやったイス取りゲームからの知り合いで――」
サクは手と視線で、まずは自分の目の前に座る女子から紹介を始めようと自己紹介を促す。
「まずはウチからやな。ウチの名前は――蕨みずき。1年5組や。今後ともよろしく」
それを聞いた俺は――
(この子とは気が合わなそうだなー……)
――なんて第一印象を受ける。
顔立ちや見姿は二人ともかなり似通っているが、ただ明確に雰囲気が違っていて、みずきの方は気が強そうだ。
言葉遣いからして関西弁だし、その目つきには何というか、鋭い知性のようなものが感じられる。
おそらく、頭の回転が相当に速いタイプなのだろう。
こういう相手と議論になったら、俺なんかはあっという間に論破されてしまいそうだ。
気が強い女子は藍だけで、もううんざりしているのだ。
これ以上増えて欲しくは無い。
「よろしくー」
ただ一言だけそう返すと、俺は視線を右へとスライドさせる。
掘り下げは無用だ。
手っ取り早く顔合わせを済ませたいので、次の子へと話題を移す。
「わたしは蕨あずきー。よろしくー」
「あぁ、よろしく」
あずきの方は打って変わって、ものすごく気だるい雰囲気を醸し出している。
みずきとは正反対で、のんびりとしたペースで話すあずきは標準語のイントネーションだし、その表情からも穏やかな性格が窺える。
自覚するほど怠惰でマイペースな俺にとっては、このくらいの気性の方が落ち着く。
(こっちは気が合いそうだな)
そんな気持ちで何度か、うんうんと頷き、自己紹介も終わったことだしお茶でも飲もうかと机に手を伸ばした。
「ほら、次は蓮の番だよ」
しかし、サクの発言を受けて動きを止める。
「え?……あ、あぁー……要る?」
「……要るよ、一応」
すっかり自分の紹介を忘れていた。
というよりも、俺のことを知っているふうだし要らないなと勝手に思っていたのだ。
確かにサクの言う通り、礼儀としては一応やっておくべきなのかもしれない。
「まぁ、じゃあ一応……野内蓮です。よろしくお願いします」
丁寧に、おかしなやつだと言われないように無難に自己紹介を済ませる。
「よろしゅうな」
「よろしくー」
すると、二人揃って座りながらお辞儀をしてきた。
さすがは双子だ。
何とも丁寧なそのお辞儀は、見事なまでにシンクロしている。
性格的には正反対に見える二人がこうして同じタイミングでお辞儀をする姿は、何だか微笑ましいものがある。
「さてと、自己紹介も済んだことだし……ゆっくりお茶にしますかねー」
二人が顔を上げるのを見計らうと、もうこれにて用事は済んだと言わんばかりにお菓子のクッキーを口に運び、感じた甘さを紅茶で漱ぐ。
「んんー、クッキーはやっぱりもうちょっと甘くないとな……」
このクッキーはコンビニで買った安物だが、茶葉が良いおかげか紅茶との相性はそれなりに悪くない。
ただ、甘さが少し物足りないのが難点だ。
次回からは、もう少しグレードの高いお菓子を用意した方がいいかもしれない。
初対面の女子二人を紹介されるということでさっきまでは若干そわそわしていた俺だが、それも自己紹介が終わった今はかなり落ち着いていた。
こうやって、安物のクッキーの甘さについて所感を述べることだってできるほどにいつも通りだ。
「野内くんは甘いもんが好きなん?」
するとここで、文句を言いながらも実に満足そうな表情を浮かべていた俺に対し、みずきが質問をしてきた。
クッキーに対して感想を述べたことで、そんな疑問を抱いたのだろう。
「あーうん。まぁ、基本的に?」
「あれ? そうだっけ?」
カレー好きな俺のことを知っているからか、訝しげにサクが首を傾げたがスルーする。
正確に言えば、甘いものが好きというよりは単にこのようにお茶休憩の時間が好きなだけなんだが、説明して言及されても面倒なので、適当に答えたのだ。
今幸せそうな顔をしてるのは、学校という苦痛の時間の最中で、ただお菓子を食べお茶を飲むだけというこの時間がものすごく好きなだけだ。
俺にとって学校は基本的に苦痛の場でしかない。
授業は分かんなくて退屈だし、人間関係は面倒だし、常に何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性がある。
そんな環境の中で、こうして平穏にお茶を飲める時間は、まさにオアシスのような存在なのである。
「ほんなら、今度また和菓子持ってこよか?」
「ん?……何で和菓子?」
ただ会話を広げるためだけの会話だと思っていたのだが、何やら相談部にとって重大な話のような気がしてその発言に食いつく。
何故か”お菓子”ではなくて、”和菓子”と言ったところが気になったのだ。
その問いかけには、目の前のあずきが簡単に答えてくれた。
「わたしたちの実家が和菓子屋さんでねー。送ってくれるんだー、色々」
「――――なん……だって?」
衝撃の事実を聞かされた俺は、思わず聞き返してしまう。
「だからー、わたしたちの実家が和菓子屋なんだってばー、お菓子ならたくさんあるのー」
俺が上手く聞き取れなかったと勘違いしたのだろう。
あずきがもう一度説明をしてくれたのだが、さっきだって俺はしっかりと聞こえている。
聞き返してしまったのは、そういうことではない。
「それは……つまり、八ツ橋とかが、いっぱいあるってこと?」
「まぁ、あれは期限が短いから今は無いけど。頼めば送ってもらえるで」
「…………」
「ん? ……蓮、どうしたの?」
突然俺が無言になったことを怪しみ、サクが俺の様子を窺ってきたが、そんなことはどうでもいい。
甘い。
甘い誘惑。
その甘美ならぬ甘味の誘惑に、俺は今――
「みずき、あずき……いえ、みずきさん、あずきさん! ぜひ相談部に入ってくださいよろしくお願いします!!!!!」
――負けてしまったところなのだ。
優雅なティータイムを過ごしていたが一転。
俺は颯爽と立ち上がると、軍隊のようにキビキビとお辞儀をしてお願いをする。
どこからどう見ても、ただ和菓子に釣られたようにしか見えないだろう。
何とも恥ずかしい行為だ。
だが、それがどうした。
それくらいは仕方がない。
……だって、お菓子に釣られているのは事実なんだから。
この二人がいれば……いや、この際どちらか一人だけでも構わないので、とにかくこの姉妹さえ居てくれれば、相談部は今後一切お茶菓子に困ることがない。
正式な部活動ではない相談部は、もちろん部費なんてものあるはずがないので今出しているクッキーとて俺の自費だ。
薄情なことに、サクと文音は飲み物には賛成を示したくせにお茶菓子はとりあえず要らないという判断だったので、お菓子だけは俺が勝手に準備したのだ。
そんな中に現れた希望の光。
八ツ橋どころか、どら焼き、大福、最中、羊羹……考えただけでよだれが出そうになる、それら他の和菓子までもが食べ放題だという和菓子屋の出張サービス。
それもタダで、だ。
食いつかないわけがなかった。
「え!? ちょっ……蓮、たしかに部員は足りないけどそんな急な誘い――」
当然、そんな突拍子もないばかりかみっともない行動をサクが見逃すはずもなく、俺を諌めようと動き出したのだが――
「ええよ?」
「――みずきたちも困るでしょ……って……え?」
(…………え?)
それとほぼ同時に、考える間もなくみずきから了承の返事が飛んできた。
「だけど、その代わり緑茶か抹茶は用意しといてな?」
生真面目なサクはその返答に唖然としている。
かくゆう勧誘した張本人の俺とて同じ気持ちだ。
まさかそんな即答でOKを出されるとは思っていなかった。
OKされるまで土下座をし続ける覚悟を決めていたくらいだ。
予想外が過ぎる。
だけど、これは大きすぎる儲けものだ。
これで俺たち相談部の未来は安泰である。
「おっけー分かった! そうと決まれば、買い出しなんかもして今日は二人の歓迎会をしよう! ……ってことでサク、まずは文音を探してきて――」
気が変わる前に早く招き入れるのが吉。
早速二人のちょっとした歓迎会をするために、まだ帰ってきていない文音を探してきてくれないか、と言いかける。
しかし――
「ちょっ!! ちょっと待って!!」
そこでサクに勢いを止められてしまう。
サクは俺の発言を断ち切ると、みずきの方へと顔を向け余計なことを聞き始めた。
「……ほ、本当にいいの? ここ、非公式の部活だし、そもそも今日始まったばっかりなんだけど……」
「ホントのホントにええよ。というか、元々ウチらの方から今日はそれお願いするつもりやったくらいやしなぁ。なぁ、あずき?」
「うん。おっけー」
「なっ……」
自ら入りたがっていたなんて余計に訳が分からないようなことを言われてしまい、サクも一瞬言葉を失ってしまう。
しかし、持ち前の対応力ですぐに少し冷静さを取り戻した後、サクはみずきたちに更に質問を返す。
「……なんで、相談部に入りたがるのさ」
「何でって、何となくやけど?」
「何となくって……みずき、何か企んでるんじゃないだろうね?」
サクは未だにみずきが入る理由に納得できず、まだ何か勘ぐりをしているみたいだった。
これは、生真面目なサクの悪い癖だ。
何でもかんでも、理屈を付けようとする。
世の中には、サクみたいに論理立てて筋道良く動けない人種もいるんだ。
ほら……俺とか、ね。
「だから……言っとるやろ?何となくやって。企みとかあるわけないやろ」
みずきも少し面倒くさがっているように見える。
だというのに、サクはまだ引き下がろうとしない。
「いや……でも、そんな理由でこの部活入る人なんて――」
「まぁまぁまぁまぁ……良いじゃんか別に、入ってくれるんだから。部員も足りてないわけだし」
これはまずいと判断をし、ここらでサクを引き止める。
こんな押し問答でへそを曲げられ「やっぱり入らない」なんてことになったら目も当てられない。
和菓子の安定供給という大きなメリットを手放したくはない。
「まぁ……それはそう、なんだけど……だって、おかしくない?」
「あんなー……ウチのこと疑いすぎやろ」
ほれみろ。
段々とイライラしてしまっているじゃないか。
「いやいやいや、俺は全く、これっぽっちも疑ってないから。ほら、サクも謝って謝って」
いち早く火消しにかかるため、素早くサクの頭を下げさせる。
このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
「……まぁ、うん。……ごめん、ちょっと疑いすぎたかも」
俺に言われたことで、サクは渋々ながら状況を飲み込んでくれたようだ。
大人しく頭を下げる。
「ほんまやで。……ま、ええよ。入れてくれるんやろ?」
それが良かったのだろうか。
少し苛立っているように見えたみずきも怒りを収めてくれた。
「あぁ、それはもちろん! 歓迎歓迎、大歓迎だ」
これにて一件落着。
そして――
「ではでは、改めまして……今日は今からみずきたちの歓迎会をしようと思います!」
――ここからは、本来のこの部活の目的を果たすフェーズだ。
さっきサクに遮られてしまった、初めてのお茶会開催を高らかに宣言する。
「ええよ、ウチらはそんなんせえへんでも。なぁ、あずき?」
「うんー」
しかし、当の本人たちはあまり乗り気ではない様子だ。
みずきが話を振った俺の目の前にいるあずきも、スマホをいじりながら適当な返事をしている。
「僕も別にそんなことしなくていいと思うけど」
当たり前のようにサクまで反対側だ。
どいつもこいつも、まったくなっていない。
この部活は相談部という名前をしてはいるが、お茶をしてダラダラとするだけが目的の部活動なのだ。
絶対にぐうたらしてやるという気概が足りていない。
「いいや、ダメだ。みずきたちも今から俺たちの仲間なんだから、早く馴染んでほしいしな」
「まー、それはそうやなー」
だから俺は、きっぱりとそれらの反対意見にノーを突き付ける。
それっぽい理由を添えたことで、みずきからの反応も悪くない。
「それに、今日は記念すべき相談部初活動の日だろ? 乾杯ぐらいするべきだ」
「まー、そう言われればたしかに……」
今日は相談部が正式に活動を開始した記念すべき日であるということと、俺たち相談部に新メンバーが加わった記念すべき日でもあるという事実を前に、無駄を嫌うサクも早くに折れた。
完璧な流れだ。
「よし、そうと決まれば早速準備をしよう」
「え、準備って?」
俺の発言にサクが疑問を抱く。
何か準備することがあっただろうかという顔をしている。
「そりゃ、お菓子とか色々いるだろ? 今はクッキーくらいしか無いし。それに、まだ文音が来てないからさすがに探しに行かないと」
「あー、なるほど……」
仕方がないので説明をしてやると、お菓子はともかく文音のことを気にかけていたサクが納得した。
「……てことで、サクは文音探しを、みずきたちはお菓子を頼んだぞ」
「了解」
やると言ったらやる。
そんな空気をいち早く感じ取ってくれたのだろう。
みずきは即答だ。
「ちょっと待った」
……だというのに、付き合いの長いサクの方はまた駄々をこねはじめた。
一体今のどこに文句があったというのだろう。
すべてが完璧だったと思うんだけど。
「え、なに」
もしかしたら一人だけ文音を探しに行くという労力が高い作業が嫌だったのかもしれないと思いつつ、要件を聞いてみる。
「いやね、別に僕は言われなくても文音を探しに行くよ? でもさ……」
「うん?」
しかし、どうやらそういう文句ではなかったらしい。
だとしたら、今のどこに問題があったのかが本当に分からない。
何の用なんだろうか。
「……蓮は、何をするわけ?」
…………おっと。
どうやら、俺は無意識のうちに自分の役割を省いていたらしい。
今指摘されて気が付いたが、俺のするべきことが全くない。
事前にコーヒーと紅茶は買ってあるし、今必要なのは部員である文音とお茶菓子だけだ。
そうとなれば、俺も文音探しに参加すると言うべきなんだろうが……
(正直、めんどくさいんだよなー……)
怠惰の極みである俺の心は欲求に正直だった。
「俺は……ここで留守番かな。うん、留守番」
「は?」
堂々と、何もしないことを宣言する。
教室棟に向かったと思われる文音を探しに行くだけなら、サクだけで十分だろうと判断したのだ。
それを聞いたサクは呆れかえっている。
明らかに俺に軽い説教をしようとしていた。
(さて、ここからどうやって屁理屈をこねたものか……)
そうやって、これから来るであろうサクの論理という暴力に対抗するための作戦を考え始める。
その時だ。
「ま、それがええやろな」
まさかの援軍が割り込んでくる。
みずきが、そうすることが当たり前かのようにぼそりと呟いた。
「――え?」
サクも、単にみずきたちは言葉に出していないだけで自分と同じ気持ちだと思っていたのだろう。
予想外の援護に面食らっている。
「当たり前やろ。仮にその子と入れ違いになったときのために誰かはおった方がええし」
「た、たしかに……」
(た、たしかに……)
サクがそりゃそうだと大人しくなると同時に、俺もそりゃそうだと納得する。
(その屁理屈があったか……)
後学になるなぁと感心してしまったほどだ。
この姉妹はそもそも指定席獲得してたって前触れだったし、相当頭がキレるのかもしれない。
「わたしたちが居るわけにもいかないしねー。面識ないし」
あずきも補足してくれる。
(なるほど……)
それなら俺が残ることにもすごく正当性がある。
二人のおかげで、俺は動かなくて済みそうだ。
「……ってことだから、文音探しはよろしく、サク」
「わかったよ……」
俺かサクのどちらかが残らなくちゃならないのなら、サクももう文句は言わない。
大人しく了承をしてくれた。
「ほんなら、はよ行こか」
「そだねー」
そうして、みずきが主導して二人が立ち上がる。
サクも遅れて腰を上げた。
「……蓮、もし文音が戻ってきたらちゃんと連絡してよ。僕が延々と探し続けることになるから」
「分かってるって。ほら、早くしないと二人とも行っちゃうぞ」
もうみずきとあずきは部室の出入り口へと歩き始めている。
俺はサクに「お前もとっとと行ってこい」と顎でそちらを指す。
それを受けてサクもすぐにみずきたちを追いかけようとしたのだが、途中でこちらを振り返ると最後に心配無用すぎることを言ってきた。
「あと、留守番なんだから絶対にここから離れないでよ? ……絶対に」
そんな心配はする必要が無い。
俺がせっかく掴み取った怠惰の権利を自ら手放すわけが無いのだ。
「離れない離れない。大人しく待ってるから早く行ってきなって」
連絡は忘れるかもだけど、自ら動き出すことだけは絶対にないので安心していい。
そんな気持ちを込めてサクを送り出す。
「じゃ、すぐに戻るから」
それを聞いても尚、サクはまだ心配そうな顔をしていたが、いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので早足で部室を立ち去っていく。
「いってらー」
遠ざかっていく背中に向けて、気の抜けた声を掛けてやる。
すぐに、サクは部室から姿を消した。
「ふぅー……」
そして、この部室には俺一人だけが残される。
「ようやく落ち着けるな……」
窓から入り込む春風が、先日付けたばかりのカーテンを靡いている。
旧部室棟は1年生の寮が見えるほどの場所にあるためか、外からはガヤガヤと生徒たちの声がうっすらと聞こえてきていた。
「さてと……じゃあ俺は、ひと眠りするとしますかね」
こうして――
俺はソファへと横たわると、外から入ってくる気持ちのいい風を受けながら意識を落としていった。
蓮「Zzz」




